はじめに

2000年12月25日に閉店した北九州市八幡西区黒崎の百貨店「黒崎そごう」の21年間の記録を残したい…
そんな気持ちで始めたブログです。順不同・時系列無視・未確認等お許しください。

2004年6月 isa@管理人(最終更新:2021年8月)

※メモリアル【memorial】:記録・覚書・回想録・年代記の意。
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Kurosaki_sogo_perspective
黒崎そごう カラーパース画

そごう豆知識

Sogo_ihei_nenpu 〈そごう〉の起こりは、江戸文政年間、大和国十市郡十市村(現在の奈良県橿原市十市町)の「きぬや徳兵衛」の次男「伊兵衛(いへい)」が、天保元年(1830年)に大阪坐摩神社南隣(現在の大阪市東区渡辺町所在)に店を構え「大和屋(やまとや)」と称し古手商(古着商)を始めたことに由来します。初代伊兵衛の長男「二代伊兵衛」は、父ゆずりの商才と明治維新の新しい時流を敏感にとらえ、数々の新しい方策を打ち出します。明治3年に「十合(そごう)」姓を名のり、明治9年には、養子「十合重助」に当時の繁華街である大阪市安堂寺橋通り3丁目に呉服店を開業させ、太物(綿織物)を販売しました。明治10年、安堂寺橋通りの店を閉鎖し、大阪市南区心斎橋筋1丁目44番地(現在の心斎橋筋鰻谷角)に新店舗を開き、重助を移り住まわせます。「大和屋」は古手商を廃業。心機一転の決意をこめて創業以来の屋号「大和屋」をも廃止。新しい店には、新しい看板とのれんが掲げられ、それには『現金正札 呉服太物帯地 十合呉服店』と印されていました。屋号を「十合呉服店」と改めました。これが「心斎橋そごう」のスタートとなりました。明治30年「十合 合名会社」に、明治41年「合名会社 十合呉服店」に商号を変更しました。心斎橋に進出したそごうは、明治32年、神戸に支店を開設。大正8年には大阪本店を改装し、商号も「株式会社 十合呉服店」に改め、本格的に百貨店業に乗り出すことになります。昭和15年「株式会社 十合」に、昭和44年「株式会社そごう」に商号を変更しました。
※肖像画は店祖「初代十合伊兵衛画像」(久保田米僊 画)
※店名「そごう(ひらがな)」表記は、昭和8年(1933年)の「そごう神戸店」開店の際から使われるようになりました。

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十合呉服店 大阪本店 明治38年(1905年)
ショーウィンドーと軽便車(看板表記:合名会社 十合呉服店 流行品 見本場)

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神戸元町「安井写真機店」店頭から浜側の十合呉服店 神戸支店を撮影
大正2年(1913年)  (C)安井光三

Sogo_osakahonten十合呉服店 大阪本店 大正7年(1918年)11月竣工
鉄筋混凝土・4階建、建坪180・延坪817、竹中工務店設計

Sg15十合呉服店 大阪本店 大正12年(1923年)

Sogokanban
左:十合呉服店 大阪本店 新装開店時に玄関両側に掲げられた銅地金文字大看板「十合呉服店・随意御縦覧」明治41年(1908年)
(黒崎そごうにもこの大看板のレプリカがありました)
右:十合呉服店の引札(ひきふだ=チラシ)明治5年(1872年)頃

Sogoelevation
村野藤吾「そごう大阪本店」御堂筋側エレベーション
昭和7年(1932年)6月30日 建設は大倉土木(現大成建設)

Muranosogo 
村野藤吾「そごうロゴタイプデザイン」アイデアスケッチ

昭和5年(1930年)そごうは、本店新店舗の設計者に当時新進の建築家「村野藤吾(福岡県立小倉工業高等学校卒)」を起用します。一期工事、二期工事の末、昭和10年(1935年)「そごう大阪本店」が完成。その後、村野藤吾は「そごう東京店」も設計しています。

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そごう大阪本店 第一期工事完成 昭和8年(1933年)

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そごう大阪本店 第二期工事風景 昭和10年(1935年)

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そごう大阪本店 第二期工事完成 昭和10年(1935年)

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そごう大阪本店 第三期工事完成 昭和12年(1937年)

Sogo_osaka_elevator
そごう大阪本店 1階エレベーターホール(8基)

Elevatorgirl_3エレベーター扉は島野三秋 作「黒漆蒔絵模様(漆象嵌花鳥図)」

Osakaopen_2そごう大阪本店 新築開店の新聞広告 昭和10年(1935年)(大阪毎日新聞)
藤川勇造氏の「飛躍の像」をメインビジュアルに使用

Sogoopenそごう大阪本店 第三期工事完成後の斬新なグラビア新聞広告
昭和13年(1938年)(大阪毎日新聞)

この村野藤吾が設計した「そごう大阪本店」の淡い黄褐色のトラバーチンと大理石を使った外観デザインが、のちの「黒崎そごう」をはじめとしたそごうグループ各店の外観デザインのベースになっています。

Sogosensai昭和20年(1945年)3月13日「大阪大空襲」から、わずか2日後の大阪心斎橋「そごう大阪本店」「大丸心斎橋店」付近の惨状
そごうは、辛うじて直接の被災を免れました…

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「OSAKA PX」のネオンが付け替えられた そごう大阪本店

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「OSAKA PX」時代の そごう大阪本店 正面エントランス付近のカラー写真
アメリカ進駐軍の軍用車両が駐まり、シャッターに「PX」の文字が見える (C)Robert V. Mosier

昭和21年(1946年)5月1日「そごう大阪本店」は、アメリカ進駐軍に「OSAKA PX(軍人・軍属向け物品販売所)」として全店接収され、「OSAKA COMMUNITY CENTER(大阪中央公会所)」と呼ばれる駐留軍施設として利用されることになりました。接収は、昭和27年(1952年)まで6年間も続き、その間は唯一の大型店「そごう神戸支店」と5つの営業所(そごう本部卸商品館・そごう難波店・そごう阿倍野店・そごう全国食品市場・そごう百貨更正デポー)のみで〈そごう〉を支えなくてはなりませんでした。その時点で、接収を解除されたのは「そごう大阪本店(OSAKA PX)」と「小倉玉屋(KOKURA PX)」のみでした。

Sogo_hiyakuzo
そごう大阪本店 のシンボル「飛躍の像」昭和10年(1935年)
高さ210cm・ブロンズ像・御堂筋側外壁地上18〜21mに位置
日本近代彫刻界の第一人者 帝国美術院会員(二科会名誉会員) 藤川勇造 作

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そごう神戸店 移転新築開店 昭和8年(1933年)10月1日 (C)大林組 

Sogo_kobe1969

Sogo_kobe_mitsui1969
そごう神戸店 増築開店 昭和44年(1969年)10月3日

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かつて存在していた神戸市電と そごう神戸店(昭和40年代) (C)神戸市広報課 

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そごうグループ4店舗時代の広告 昭和45年(1970年)  (C)日本万国博覧会公式ガイド

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横浜そごう 完成イメージ図

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新生そごう神戸店 復興オープン イメージ図

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茨木そごう 完成イメージ図(未開店)

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Sogologosystem
そごうのロゴマークは「まるにちきり」または「まるちきり」と呼ばれています。「ちきり」は縦糸を巻く織機の付属具で、当初そごうが呉服店(十合呉服店)であったころ、織機にちなんでマークとして使ったものです。また「ちきり」は石材や木材などをつなぐときに用いる堅木の「千切り」に通じ、堅く結びつくことも表わしてます。さらに「まるちきり」は「五」の文字を図案化したもので「りゅうご」とも言われ、形がエンドレスなところが目出たい意味も持ってます。なお、マークの規格は、直径の9分の1をもって、円の太さ(外円および内部)が定められています。

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「ダリア」は躍進そごうの店花。親切・感謝を表します。優美な大輪「デコラティブ咲き」豪華で花首が強く、上向きに咲く「ダリア」はそごうの限りない将来への発展を象徴しています。(しかし残念ながら経営破綻してしまいました…)
※1967年ストアフラワー「ダリア」を制定

そごう系列会社一覧(破綻前)

経営破綻前の「そごうグループ」各社を不完全ですがまとめてみました。現在、そのほとんどが法人として存在しておりません。なお、有価証券報告書上では、大部分の法人が「株式会社千葉そごう」の子会社であり「株式会社そごう」の子会社はわずか7社に過ぎません。その「株式会社千葉そごう」の50%以上保有の筆頭株主が水島廣雄氏でした。なお、「株式会社横浜そごう」および「株式会社廣島そごう」にはさらに子会社が各20社以上、その他現地法人にも無数の子会社・傍系会社が存在し、その法人名・実数は把握できておりません。

国内法人

Osaka_sogo1979
そごう大阪店(1979年・心斎橋そごう)

Kobe_sogo1979
そごう神戸店(1979年・神戸三ノ宮そごう)

Tokyo_sogo1979
そごう東京店(1979年・有楽町そごう)

Chiba_sogo_tsukamoto1
千葉そごう旧店舗(1969年)

法人名
住所
資本金
備考
 株式会社 そごう  大阪市中央区  144億4,000万円  親会社
   (大阪店)  大阪市中央区    (直営3店舗)
   (神戸店)  神戸市中央区    (直営3店舗)
   (東京店)  東京都千代田区    (直営3店舗)
 そごう商事 株式会社
 大阪市中央区  1億円  そごう 連結子会社
 十合木材工業 株式会社
 大阪市中央区  不明  そごう商事 子会社
 株式会社 神戸エス・ジー・サービス
 神戸市中央区   1,000万円  
 神戸エス・ジー・ビル 株式会社
 神戸市中央区  1億円  
 株式会社 十合
 大阪市中央区  不明  後の株式会社ミレニアムリテイリング
 株式会社 ダリア友の会
 大阪市中央区  不明  
 そごう情報システム 株式会社
 横浜市神奈川区  1億円  
 株式会社 ケイ・エスビル
 神戸市中央区   1億円  
 株式会社 千葉そごう
 千葉市中央区  1億円  親会社(千葉)
 株式会社 柏そごう
 千葉県柏市  1億3,000万円  
 株式会社 阿倍野そごう
 大阪市阿倍野区  1億円  未開店
 株式会社 廣島そごう
 広島市中区  1億円  千葉そごう 子会社
 株式会社 札幌そごう
 札幌市中央区  4億円  
 株式会社 黒崎そごう
 北九州市八幡西区  7億5,000万円  
 株式会社 船橋そごう
 千葉県船橋市   20億円  
 株式会社 徳島そごう
 徳島県徳島市  1億円  
 株式会社 八王子そごう
 東京都八王子市  1億円  
 株式会社 横浜そごう
 横浜市西区  4億5,000万円  現 株式会社そごう・西武
 株式会社 大宮そごう
 埼玉県大宮市   1億1,000万円  
 株式会社 郡山そごう
 福島県郡山市   不明  未開店
 株式会社 木更津そごう
 千葉県木更津市   2億5,000万円  
 株式会社 長野そごう
 長野県長野市   8億円  
 株式会社 豊田そごう
 愛知県豊田市   1億円  
 株式会社 加古川そごう
 兵庫県加古川市   18億円  
 株式会社 奈良そごう
 奈良県奈良市   168億9,000万円  
 株式会社 多摩そごう
 東京都多摩市   164億3,800万円  
 株式会社 呉そごう
 広島県呉市   1億円  廣島そごう 子会社
 株式会社 西神そごう
 神戸市西区   1億円  
 株式会社 茂原そごう
 千葉県茂原市   1億円  千葉そごう 子会社
 株式会社 福山そごう
 広島県福山市   1億円  
 株式会社 柚木そごう
 東京都八王子市   5,000万円  
 株式会社 廣島そごう新館
 広島市中区   1億円  廣島そごう 子会社
 株式会社 新千葉そごう
 千葉市中央区  1億円  千葉そごう 子会社
 株式会社 小倉そごう
 北九州市小倉北区  1億円  
 株式会社 錦糸町そごう
 東京都墨田区   1億円  
 株式会社 川口そごう
 埼玉県川口市  3,000万円  親会社(川口)
 株式会社 いよてつそごう
 愛媛県松山市  1億円  伊予鉄道70%
 株式会社 コトデンそごう
 香川県高松市  3億円  高松琴平電鉄57%
 株式会社 そごうホップ
 大阪市阿倍野区   1億1,000万円  阿倍野そごう・廣島そごう 共同出資
 株式会社 そごうインターナショナル・デベロップメント
 東京都品川区   155億3,300万円  千葉そごう 子会社
 株式会社 そごうトラベルサービス
 横浜市西区   8,000万円  
 株式会社 そごう工作所
    4億9,000万円  
 株式会社 サンダリアン
 大阪市中央区   不明  千葉そごう・柏そごう 共同出資
 株式会社 そごう物産
 東京都港区   32億円  旧ティスミー
 株式会社 シー・エヌ・エス
 横浜市西区   1億円  横浜そごう 子会社
 そごうクレジットサービス 株式会社
 横浜市神奈川区   2億円  
 株式会社 そごう情報サービス
 横浜市神奈川区   1億円  
 中国そごうシステム開発 株式会社
 広島市中区  3,000万円  廣島そごう 子会社
 そごうファイナンス 株式会社
 東京都港区   1億円  千葉そごう 子会社
 そごうカンサイ物流 株式会社
 神戸市東灘区   2,000万円  
 ロジスティックスサービス 株式会社
   不明  
 株式会社 滋賀ゴルフ倶楽部
 滋賀県水口町   3,000万円  
 三多摩土地建物 株式会社
 東京都多摩市   1,000万円  多摩そごう 子会社
 株式会社 そごうクリエーティブアソシエーツ
 神戸市中央区   2,000万円  
 株式会社 エス・エス・ディー
 広島市中区  不明  旧そごうスペースデザイン
 廣島そごう 子会社
 株式会社 中国そごう都市開発
 広島市中区  2,000万円  廣島そごう 子会社
 株式会社 そごう海洋開発
 広島市中区  5,000万円  廣島そごう 孫会社
 株式会社 そごうサンホームズ
 広島市中区  不明  廣島そごう 子会社
 株式会社 そごうサンヘルス
 広島市中区  不明  廣島そごう 子会社
 株式会社 装苑
 広島市中区  5,000万円  廣島そごう 子会社
 株式会社 クロスワールド
 広島市中区  不明  廣島そごう 子会社
 株式会社 嵯峨野
 広島市中区  不明  廣島そごう 子会社
 株式会社 グリーンスポーツ
 広島市中区  不明  廣島そごう 子会社
 株式会社 オーク
 広島市中区  不明  廣島そごう 子会社
 株式会社 プロスパージャパン
 広島市中区  不明  廣島そごう 子会社
 株式会社 そごうパーキングサービス
 広島市中区  不明  廣島そごう 子会社
 株式会社 七博
 東京都港区   1,000万円  
 株式会社 アレックス
 東京都港区  1,000万円  横浜そごう 子会社
 株式会社 秋田アレックス
 秋田県秋田市   2,000万円  横浜そごう 子会社
 株式会社 ベストワン
 東京都港区  不明  
 株式会社 エヌ・ジー・シー
 横浜市西区  不明  横浜そごう 子会社
 株式会社 ヴィアート
 横浜市西区  不明  横浜そごう 子会社
 株式会社 ティスミー
    不明  
 株式会社 ティスサービス
 横浜市西区  不明  横浜そごう 子会社
 株式会社 ラリック・ジャパン
   不明  
 株式会社 エイチ・ピー・ティー
 横浜市西区  不明  横浜そごう 子会社
 株式会社 徳島クロージング
 徳島県徳島市   不明  徳島そごう 子会社
 株式会社 コリドー開発
 千葉市中央区   5,000万円  千葉そごう 子会社
 千葉そごうスポーツ 株式会社
 千葉市中央区  不明  千葉そごう 子会社
 千葉そごう産業 株式会社
 千葉市中央区  1,000万円  千葉そごう 子会社
 千葉そごうサービス 株式会社
 千葉市中央区  不明  千葉そごう 子会社
 茂原そごう産業 株式会社
 千葉県茂原市   不明  茂原そごう 子会社
 中栄商事 株式会社
 東京都八王子市   不明  八王子そごう 子会社
 十栄商事 株式会社
 北九州市八幡西区   不明  黒崎そごう 子会社
 十全商事 株式会社
 北九州市八幡西区   不明  黒崎そごう 子会社
 財団法人 そごう美術館
 横浜市西区   不明(基金)  
 財団法人 奈良そごう美術館
 奈良県奈良市   不明(基金)  
 財団法人 千葉そごう美術館
 千葉市中央区   不明(基金)  

海外法人

法人名
住所
資本金
備考
 そごうホンコン 株式会社
 香港  400万HK$  千葉そごう 子会社
 イーストロードディベロップメント 株式会社
 香港  50万HK$  
 Sスペースデザイン 株式会社
 香港  不明  そごうホンコン 子会社
 そごうシンガポール 株式会社
 シンガポール  1,000万S$  
 そごうタイランド 株式会社
 タイ  2,500万B  
 エラワンそごう 株式会社
 タイ  2,500万B  
 太平洋崇光百貨 有限公司
 台湾   不明  
 廣三崇光百貨 有限公司
 台湾  不明  
 北京荘勝崇光百貨 有限公司
 中国  不明  
 そごうパルナスデパートメントストア 株式会社
 マレーシア  2,000万RM  
 パルナスそごう 株式会社
 マレーシア   1億RM  
 GAMAホールディングス 株式会社
 マレーシア   1,641万8,804RM  
 GAMAスーパーマーケット&デパートメンタルストア 株式会社
 マレーシア   不明  
 そごうパネンインドネシア 株式会社
 インドネシア   不明  
 そごうロンドン 株式会社
 イギリス   3,300万£  
 そごうエスパーニャ 株式会社
 スペイン   不明  
 ホテル・デ・ヴィラ・オリンピア 株式会社
 スペイン   32億PTS  
 そごうイタリア 株式会社
 イタリア   1億9,700万ITL  
 日伊興産イタリア 株式会社
 イタリア   不明  そごうイタリア 子会社
 S&Aインターナショナル 株式会社
 イタリア   28億5,100万ITL  アサヒビール合弁
 S.N.C.そごうフランス 株式会社
 フランス   8,400万FF  
 プルニエ 株式会社
 フランス   不明  興和不動産(興銀)合弁
 バローハム 株式会社
 オーストラリア   51億A$  そごうインターナショナル・デベロップメント 子会社
 そごうアメリカ 株式会社
 アメリカ   1,260万US$  
 ツー・ロデオ・アソシエーツ 株式会社
 アメリカ   1億5,900万US$  興和不動産(興銀) 合弁
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黒崎そごう会社概要

本 館

Kurosakisogo_parse_real
黒崎そごう 完成予定図

Kurosaki_sogo_pers
黒崎そごう カラーパース画

Kurosaki_sogo_pers_mono
黒崎そごう モノクロパース画

商 号
 株式会社 黒崎そごう (英文 Kurosaki Sogo Co.,Ltd)
店 名
 黒崎そごう
住 所
 〒806-0021 北九州市八幡西区黒崎1丁目1番1号
電 話
 093-632-2111(代表)
営業時間
 午前10時〜午後7時(1階・2階・3階は午後7時30分まで)
年間休日
 12日
定休日
 木曜日(1979年10月6日〜1991年9月2日)
 火曜日(1991年9月3日〜1996年5月15日)
 木曜日(1996年5月16日〜2000年12月25日)
設 立
 1977年10月21日
開 業
 1979年10月3日
開 店
 1979年10月6日(閉店2000年12月25日)
内 容
 百貨店業および百貨店業に付随する事業
資本金
 7億5千万円(開業当初3億円)
株式総数
 株式会社 広島そごう 40.67%
 株式会社 千葉そごう 24%
 株式会社 柏そごう 16%
 株式会社 横浜そごう 7.6%
 株式会社 船橋そごう 5.2%
 株式会社 小倉そごう 0.4%
 その他6.13%
役 員
(開業時)
 代表取締役相談役 水島廣雄(当時:株式会社 そごう 代表取締役社長)
 代表取締役社長 松尾武(当時:北九州市議会議員)
 代表取締役 山田恭一(当時:株式会社 そごう 専務取締役)
 常務取締役店長 山形義一
 取締役 光行康郎
 取締役 田中久昭
 取締役 里見康男
 監査役 城戸寿彦
建物面積
 50,051㎡(地上8階)
店舗面積
 26,332㎡(兼業面積3,306㎡)
取引銀行
 日本興業銀行・福岡銀行・西日本相互銀行・福岡相互銀行・北九州八幡信用金庫
出資先
 株式会社 小倉そごう 20%(4位)
 株式会社 横浜そごう 9%(4位)
 株式会社 長野そごう 3%(3位)
従業員数
 正社員225名(男114・女111)・パート73名 ※2000年

売上推移(決算公表数字)

年度
会計期間
売上高
店長
備考
1979年 1979年10月〜1979年12月 (非公表) 山形 義一  ◎10月6日 開店
1980年 1980年1月〜1980年12月 185億0,000万円 山形 義一  ◎4月 地域一番店(対 八幡井筒屋)
 ◎11月21日 そごう小倉ご用承り所開設
1981年 1981年1月〜1981年12月 225億0,000万円 山形 義一  ◎6月29日 そごう博多ご用承り所開設
 ◎12月2日 そごう宗像ご用承り所開設
1982年 1982年3月〜1983年2月 256億0,000万円 山形 義一  ◎営業利益黒字化
 ◎2月12日 そごう戸畑ご用承り所開設
1983年 1983年3月〜1984年2月 273億0,000万円 山形 義一  
1984年 1984年3月〜1985年2月 303億0,000万円 山形 義一  ◎単年度黒字転換
1985年 1985年3月〜1986年2月 322億0,000万円 山形 義一  ◎6月2日 そごう直方ご用承り所開設
1986年 1986年3月〜1987年2月 329億0,000万円 山形 義一  
1987年 1987年3月〜1988年2月 334億0,000万円 山形 義一  
1988年 1988年3月〜1989年2月 344億0,000万円 桜井 俊宏  
1989年 1989年3月〜1990年2月 356億0,000万円 桜井 俊宏  
1990年 1990年3月〜1991年2月 377億2,000万円 桜井 俊宏  ◎11月17日 飯塚そごうショップ開設
1991年 1991年3月〜1992年2月 380億2,000万円 梶谷 方宏  ◎最高売上(全国小売業71位)
 ◎12月 メイト黒崎ビル営業店舗部分買収
1992年 1992年3月〜1993年2月 370億1,000万円 梶谷 方宏  ◎6月15日 下関そごうショップ開設
1993年 1993年3月〜1994年2月 306億8,000万円 梶谷 方宏  ◎4月1日 九州百貨店協会加盟
 ◎6月20日 宗像そごうショップ開設
1994年 1994年3月〜1995年2月 276億0,000万円 樋口 勝彦  ◎6月24日 直方そごうショップ開設
1995年 1995年3月〜1996年2月 257億3,000万円 垣内 龍介  
1996年 1996年3月〜1997年2月 257億9,000万円 垣内 龍介  
1997年 1997年3月〜1998年2月 245億9,200万円 垣内 龍介  
1998年 1998年3月〜1999年2月 224億9,000万円 垣内 龍介  
1999年 1999年3月〜2000年2月 200億9,200万円 土屋 徹  
2000年 2000年3月〜2000年12月 (非公表) 濱田 和麿  ◎12月25日 閉店

1991年12月、賃貸借で営業していた店舗部分などを自社ビルとして買収することで ビル所有者の「株式会社 メイト黒崎」と合意した。「株式会社 黒崎そごう」側が譲渡を申し入れていたもので買収金額はビル・土地代を合わせ約95億円(福岡銀行・西日本銀行・福岡シティ銀行による3行協調融資)。毎月支払う高額な家賃負担軽減が狙いだったが、「小倉そごう」開店に伴う、「黒崎そごう」閉店デマを払拭する要素もあった。

株式会社 黒崎そごう」は、2000年12月25日閉店、2001年1月31日に全従業員を解雇、3月12日東京地裁が再生手続廃止を決定、4月18日東京地裁が破産宣告、のち清算され、現在、法人として存在していない。

Kurosakisogo
黒崎そごう 全景
「ジャスコ黒崎店」が「黒崎フォーラス」に業態変更(1990年9月)した頃

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ペデストリアンデッキ2階 正面玄関前 (魚眼レンズで撮影)

外商ご用承り所

名 称
住 所
開店日
そごう小倉ご用承り所  北九州市小倉北区大畠3丁目4番17号  1980年11月21日
そごう博多ご用承り所  福岡市中央区大手門2丁目1番10号西鉄大手門ビル3階  1981年6月29日
そごう宗像ご用承り所  福岡県宗像市稲元358  1981年12月2日
そごう戸畑ご用承り所  北九州市戸畑区天神2丁目1番33号  1983年2月12日
そごう直方ご用承り所  福岡県直方市津田町1番2号  1985年6月2日

サテライトショップ

名 称
住 所
開店日
備 考
飯塚そごうショップ  福岡県飯塚市西町2番87号  1990年11月17日  
下関そごうショップ  山口県下関市唐戸町1番22号  1992年6月15日  小倉そごう開店後、運営移管
宗像そごうショップ  福岡県宗像市土穴411-5  1993年6月20日  宗像ご用承り所閉鎖後、移転開店
直方そごうショップ  福岡県直方市古町10-13  1994年6月24日  直方ご用承り所閉鎖後、移転開店

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宗像そごうショップ 完成予定図

Sogo_munakata_shop宗像そごうショップ(旧国道3号線沿・現サンリブくりえいと宗像前)

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直方そごうショップ イメージスケッチ

Sogo_nogata_shop直方そごうショップ(ふるまち通り内)

物流センター

閉鎖していたボウリング場跡を改築。1階にレストラン、2階にボウリングレーンの名残がありました。現在は解体され、跡地には高層マンションが建っています。当初、「小倉そごう」は開店時に独自で門司に最新鋭の物流センターの建設を予定。しかし計画は頓挫し、「小倉そごう赤坂センター」と「黒崎そごう物流センター」を共用していました。

◎名 称 黒崎そごう物流センター(通称:そごう水巻物流センター)
◎住 所 福岡県遠賀郡水巻町頃末新池ノ下1030-3
◎敷地面積 4,224㎡
◎建築面積 2,475㎡(鉄筋2階建)
◎床面積 4,950㎡(1階配送・納品/2階ストック・包装)
◎開 設 1979年10月

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黒崎そごう物流センター

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黒崎そごう桃園センター

事務別館(外商事務所・途中解約)

◎名 称 黒崎そごう事務別館
◎住 所 北九州市八幡西区藤田2丁目2-1(朝日生命八幡ビル内)

開設準備室(オープンまで)

◎名 称 黒崎そごう開設準備室
◎住 所 北九州市八幡西区黒崎3丁目9-22(八幡第一生命ビル5階・6階)

黒崎そごう出店経緯

元々「そごう」は「小倉そごう」出店計画が先にあったため、「黒崎そごう」出店に関しては、一度正式に断っている。しかし、北九州市をはじめ、地元側から『八幡西区の黒崎に出店をするなら、小倉そごう出店にも協力する』と言われ、出店に踏み切った。これを一例とし「そごう」は、地方自治体の再開発事業に協力する形で歯止めの利かない多店舗化の歴史を歩み始めて行くことになる。

黒崎そごうは、北九州市の国鉄黒崎駅前に建設された黒崎再開発ビル(加筆:メイト黒崎ビル)の核店舗として、1979年10月6日開店した。黒崎再開発ビルは、北九州市の副都心黒崎駅前の近代化をはかるため、都市再開発法に基づいて、黒崎駅東地区市街地再開発組合が施工したビルである。「株式会社そごう」は、再度にわたり、このビルの核店舗として出店要請を受け、1975年9月に出店表明、1977年10月に資本金1億円の「株式会社黒崎そごう」を設立した。その後、1979年3月、増資により資本金を3億円とした。(加筆:のち7億5千万円に再増資)黒崎再開発ビルは、1978年6月起工、翌1979年9月竣工した。建物は、一部地下1階地上7階、総面積は98,195平米で九州最大を誇り、建物の東西の全長236mは日本一の長さである。(加筆:いずれも当時)ビルには、黒崎そごうのほか、ジャスコ黒崎店、メイト専門店街が入居し、さらに公共施設、クリニックなどが配され、そごうとしては初めての入居形態である。黒崎そごうの誕生によって、そごうは、北海道から九州にいたる日本列島四島を縦断するわが国初の百貨店網を実現したのである。
(株式会社そごう小史より)

黒崎駅東地区再開発ビル(メイト黒崎ビル)建物概要

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黒崎駅東地区再開発ビル(メイト黒崎ビル)完成予定図

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店舗配置図

◎名 称 黒崎駅東地区再開発ビル(メイト黒崎ビル)
◎建築主 黒崎駅東地区市街地再開発組合
◎設 計 石本建築事務所
◎施 工 大成建設九州支店
◎敷地面積 20,747.05㎡
◎建築面積 15,228.62㎡
◎延床面積 98,195.28㎡
◎建ぺい率 73.4%
◎容積率 416.6%
◎構 造 鉄骨 / 鉄筋コンクリート造
◎主外装 プレキャストコンクリート吹付タイル仕上
◎階 数 地上7階 / 塔屋3階
◎各部の高さ 建築物の高さ31.70m / 塔屋までの高さ42.55m / 軒髙31.00m
◎用途・防火地域 店舗 / 防火
◎駐車場施設 収容台数363台以上
◎エレベーター
  乗用7基(3基27人用120m/分、2基14人用90m/分、1基11人用60m/分、1基9人用60m/分)
  人荷用4基(3基1,500kg90m/分、1基1,500kg60m/分)
  荷物用3基(1基2,500kg90m/分、1基2,000kg90m/分、1基1,500kg60m/分)
◎エスカレーター
  屋内用 幅1,200mm(UP・DN)24台
  屋外用 幅1,200mm(UP・DN)2台(全天候型)

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メイト黒崎ビル駐車場 階別動物マーク

建設の記録

建設コストを軽減
黒崎そごうの建設コストは、従来のそごう店舗の中で最も安かった(当時)。長期的展望に立ち、回収期間(黒字化)が永くなることを想定。約2割のコストダウンを達成した。多面的な検討の末、地下階を造らなかった理由のひとつもそこにある。もっとも、黒崎の地下は川が流れていることもあり、造れば通常の倍の経費がかかり、地下鉄の無い地下階は、それほどの意味を持たないと判断された。

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再開発前の黒崎駅前

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1978年12月

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1979年1月

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1979年4月

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1979年7月

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1979年7月

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1979年8月

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1979年9月

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1979年9月(まだ駐車場入口が整備されていない)

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洞海湾を望む

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鳴水方面から

黒崎そごうオープンにあたって(プレスリリース)

マスコミ用資料挨拶文(1979年8月27日)
10月3日(水)そごうグループ10番目の店 黒崎そごうを開業させていただく運びとなりました。黒崎そごうは九州最大の都市 北九州市の副都心の形成という地元関係者の永年にわたる願いを実現する核店舗として開設されます。新しい街づくりを願う多くの人々の期待に応え核店舗としての役割を果たすためにも地域一番のサービス、地域一番の信用、地域一番のグレードをその内容とした店づくりを進めます。知名度ゼロからの出発というキビシイ現状認識のもとに、より謙虚な姿勢、ヴィヴィッドな感覚、強固なチームワーク、あふれる行動力で本当に消費者に喜ばれる店づくりを心がけてまいります。特にサービスの基本は「親切」と「感謝」とし、ニコニコ・ハキハキ・キビキビとした行動を全員が実行します。どうか末永く格別のご指導と、ご愛顧を賜りますよう心からお願い申し上げます。
※大店審による営業許可日は10月1日(10月3日開業・10月6日開店)

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黒崎そごう開店半年前に配布されたプレス用パンフレット(1979年春・A4・2色刷り)
初期のパース画使用(塔屋の“そごう”ロゴは当初計画に無かった)

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水島廣雄そごう社長 開店前 挨拶(1979年春)

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水島廣雄そごう社長 開店後 挨拶(1979年10月)

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新聞特集「躍進するそごうグループ」
(1979年10月3日・朝日新聞西部本社版・全5段)

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そごうのあゆみ「黒崎そごうは十店目」
(1979年10月3日・朝日新聞西部本社版)

ストアコンセプトの変遷
「黒崎そごう」オープン時は、中央百貨店「そごう」の九州上陸第1号としてのイメージ付けもあり、売上競争のためのマークダウン厳禁で『本格的都市型百貨店』を構築することが至上命令であった。その後、地域経済の鈍化傾向、「小倉そごう」オープンによる商圏縮小に伴い『ファミリーで楽しめる地域密着型百貨店』としてストアコンセプトを再構築した。

社内研修用記録映画

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◎映画名:九州のシンボル 宇宙戦艦 黒崎そごう誕生〈建設の記録〉
◎企 画:株式会社黒崎そごう
◎製 作:株式会社そごう総合事業部
◎1979年製作・35分
※ナレーターは右手和子さん(懐かしのTVアニメ「悟空の大冒険」悟空役の声優さんです)

◆映画に出てくる沿革一覧

◎1978年06月01日 起工式
◎1978年11月01日 黒崎そごう第1期生入社試験(応募約500名)
◎1978年12月06日 水島社長・山田専務現地視察
◎1979年04月01日 黒崎そごう第1期生入社式(安川電機体育館)・ 店花ダリアの種を付けた風船・合宿研修(葛城高原ロッジ・県立英彦山青年の家)
◎1979年04月27日 上棟式・祝賀会
◎1979年08月17日 黒崎そごう第1期生グループ店研修より帰店・千葉・神戸・広島・いよてつ (4ヵ月間研修)
◎1979年08月18日 下期人事異動に伴い第2次幹部社員到着
◎1979年09月06日 水島社長・山田専務最後の現地遵守・幹部社員集会(ホテルサンルート黒崎)
◎1979年09月03日 訪問キャンペーンスタート・2週間:30万世帯・1人1日100件
◎1979年09月11日 エスカレーター付き横断歩道設置(国道3号線)
◎1979年10月02日 節理の滝始動式・光の樹点灯式(水島社長)・伏見稲荷奉鎮祭(屋上)・労使共催開店祝賀前夜祭(屋上)
◎1979年10月03日 竣工式・竣工開店披露宴(1,100名)
             司会:山口崇・藤田弓子
             来賓:中山素平 日本興業銀行相談役・瀬川美能留 野村證券相談役・今里廣記 海外石油開発会長
             ゲスト:池坊専永・アンジェロリトリコ
             取引先:約700名
             乾杯音頭:馬場彰 オンワード樫山社長
             万歳三唱:高野義雄 東京スタイル社長
◎1979年10月06日 黒崎そごうオープン
             福岡大学ブラスバンド(演奏・本年日本一)
             黒崎祇園山笠保存会(太鼓披露)
             ママさんコーラス(SOGOそごうへ行こうの歌)※GO GO そごう
             東京消防記念会第5区4番組(木遣り)

そごうグループ発展史のひと節(竣工開店披露宴における水島社長挨拶の一節)
黒崎そごうは、そごうグループ多店化構想の10店目の店であり、また、日本列島4島にすべて店を持つという百貨店業界初めての事業の達成でもあります。百貨店の一つの店舗は、網の一つの結び目といえます。黒崎そごうの開店によって、10の網の目がしっかり結ばれたわけですが、この網の目は多くなればなるほど丈夫になり、たとえ一つの目がゆるんでも、他の網の目がお互いに支えあって補ってくれます。したがって、企業の安定的発展と永続性のために多店舗化は不可欠です。その意味では、黒崎そごう開店は、そごうグループ発展史の一つの大きな節といえます。

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水島廣雄そごう社長 竣工開店披露宴 挨拶全文(1979年10月3日)

houmon訪問キャンペーン(1979年)

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屋上で開催された労使共催開店祝賀前夜祭(1979年10月2日)


YouTubeにアップしました(約36分)
※全体的にノイズがあります。気分が悪くなる場合があります。

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使用したβマスターテープとVHSダビングテープ

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(1979年10月3日・西日本新聞夕刊1面)

宇宙戦艦 黒崎そごうオープンキャンペーン

黒崎そごうオープン広告

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話題を呼んだキャッチフレーズ「まるで宇宙戦艦!黒崎そごう」ポスター(1979年・B3判)

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オープン前日に折り込んだ新聞折込広告(1979年10月5日・B2判)

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新聞特集「躍進するそごうグループ」のカラー広告
(1979年10月3日・朝日新聞西部本社版・全5段)

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Open_pamphlet
オープン1ヵ月前の1979年9月3日からスタートした
「訪問キャンペーン(ローラー作戦)」用のパンフレット(外袋・ケース・本冊)

Openpostcard
パンフレットに同封していたオリジナルポストカード(3枚組)


Yamato (参 考) 

大ヒットアニメ映画『さらば宇宙戦艦ヤマト〜愛の戦士たち〜』は1978年8月上映で、「黒崎そごう」がオープンした1979年は空前の「宇宙戦艦ヤマト」ブームの真只中。1979年夏休みには第1作・第2作を一挙上映した『宇宙戦艦ヤマトフェスティバル』も実施されています。「黒崎そごう」でもオープン週に、キャッチフレーズにちなみ「宇宙戦艦ヤマト展」を開催しています。
外観を宇宙戦艦に見立てた発想、ヤマトブームのタイムリー性といい、『まるで宇宙戦艦!』は、秀逸のキャッチフレーズと言えます。「有楽町そごう」のオープンキャッチフレーズ『有楽町で逢いましょう』とまでは行きませんが…。
なお、原作者の漫画家「松本零士」氏が地元北九州市出身(福岡県立小倉南高等学校卒)と言うのは当時まだ知られてなかったと思われますので、偶然の産物と言えます。
(C)エナジオ (C)オフィス・アカデミー (C)松本零士 (C)東北新社 

 

黒崎そごうオープンTVCM

インパクトがあり当時評判だったオープン告知テレビスポット。25年以上たった今でも強い印象を残しているCMと言えます。
◎商品名:黒崎そごう(平常版 / オープン後使用版)
◎広告主:株式会社そごう
◎広告代理店:株式会社大広
◎制作会社:株式会社Bushman(現像:東洋現像所ビデオセンター)
◎時間:15秒
◎放映エリア:福岡県全域および関門エリア
◎挿入歌:S・O・G・O そごうへ行こう / GO GO そごう(作詞・作曲:いずみたく / 1966年制作)
◎ナレーションは声優 野田圭一氏(グレートマジンガー剣鉄也・一休さん蜷川新右衛門ほか)

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放送されていない冒頭ロゴマーク

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「S!O!G!O!」(合唱)

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「そごうへ行こう」(合唱)

Cm4
「S!O!G!O!」(合唱)

Cm5
「そごうへ行こう」(合唱)

Cm6
「まるで宇宙戦艦!」(ナレーション)

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「全国スケールの本格デパート」
「黒崎そごう!」(ナレーション)

Cm8
「そろってそごうへ」(合唱)
「行こお!」(ナレーション)

Cm9
エンドのロゴマーク


YouTubeにアップしました・・・

黒崎そごうCM集(現存一部)


YouTubeにアップしました・・・

黒崎そごう通年ラジオCM

KBCラジオ 午前10時の時報スポット
「S・O・G・O そごうへ行こう♪ 〜 黒崎そごうは只今10時開店です」(時報♪)
「S・O・G・O そごうへ行こう♪ 〜 黒崎そごうは本日お休みです」(時報♪)

黒崎そごう1社提供ラジオ番組

FM福岡 「黒崎そごうサマーウィンド」
ハートカクテルvol.1(松岡直也 作曲)をBGMにしたオシャレな週1回の5分間番組(1990年夏頃〜)

黒崎そごうオープン(1979年10月6日)

〈オープニングセレモニー司会〉
山口 崇(俳優・ミスターロージェント)
藤田弓子(俳優)
安藤正春(テレビ西日本アナウンサー・故人)・女性アシスタント(不明)
そごう新店舗のレセプションおよびオープニングセレモニーの司会を毎回担当している“ミスターロージェント”山口 崇氏と、一週間前に放送が終了したばかりのNHKの人気朝ドラ「マー姉ちゃん」に出演していた藤田弓子氏を起用。なお、山口 崇氏は「マー姉ちゃん」で藤田弓子氏とも共演しています。

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1979年10月6日 秋晴れのもと華々しくオープンした「黒崎そごう」

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「黒崎そごう」のオープンにより 業界初の日本列島四島縦断百貨店チェーンを達成
そごうグループ10店舗構想「グレーターそごう計画」を達成

Kurosakiekimae1979
約30万人と発表された開店を待たれているお客様の波(国鉄黒崎駅前)

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〈テープカットセレモニー〉※左から
松尾 武(株式会社黒崎そごう社長・故人)
岡崎春雄(黒崎駅東地区市街地再開発組合理事長・故人)
安川 寛(北九州商工会議所会頭・故人)
水島廣雄(株式会社そごう社長・故人)

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オープン直後の2階 正面玄関

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2階 北側通路

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ネクタイ売場でアドバイスをする山口 崇 1日店長と
呼び込みのTNC安藤アナウンサー

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左:藤田弓子 1日店長
右:ファッションデザイナー アンジェロ・リトリコ氏

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4階 紳士服売場での山口 崇・藤田弓子 両1日店長

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そごうグループ初の「川の流れるレストラン街」(日の出・呉竹付近)

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社報そごう「黒崎そごう開店記念特集号」1979年10月発行(通巻130号)

Kurosakiopen_np_2(1979年10月7日・朝日新聞西部本社版1面)

黒崎そごう歴代社長・店長

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会社年賀状(平成9年・平成11年)

株式会社 黒崎そごう

役職
氏名
在任期間
兼務役職
相談役
水島 廣雄  1977年10月〜2000年7月  株式会社そごう社長・会長(故人)

役職
氏名
在任期間
兼務役職
初代社長
松尾 武  1977年10月〜1994年5月  北九州市議会議員・議長(故人)
二代社長
山田 恭一  1994年6月〜2000年7月  株式会社そごう副社長・社長(故人)
三代社長
阪田 悦紹  2000年7月〜清算まで  株式会社そごう社長代行(元興銀取締役)

役職
氏名
在任期間
在任後役職
初代店長
山形 義一  1979年9月〜1988年2月  いよてつそごう店長・副社長(故人)
二代店長
桜井 俊宏  1988年3月〜1991年2月  そごう神戸店外販担当店次長・コトデンそごう店長
三代店長
梶谷 方宏  1991年3月〜1993年8月  小倉そごう店長・船橋そごう店長(故人)
四代店長
樋口 勝彦  1993年9月〜1995年2月  いよてつそごう店長・クアラルンプールそごう店長(故人)
五代店長
垣内 龍介  1995年3月〜1999年2月  小倉そごう店長
六代店長
土屋 徹  1999年3月〜2000年2月  小倉そごう外商部長
七代店長
濱田 和麿  2000年3月〜2000年12月  そごう呉店長(破綻後)

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そごう社章

syasyo左/そごう社章 正面
右/そごうルネッサンスバッジ(そごうルネッサンス運動1984年〜)

Sogo_name_badge
左/そごう従業員ネームバッジ 右/そごうサービス課バッジ
※いずれも在籍中にスキャンしたもので現存しておりません。

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新入社員には入社後研修期間、若葉マークの「見習」バッジもありました

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ダリア手帳(従業員携帯)

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社内コンテスト用 表彰メダルトップ

sogocardそごうカード(VIP用)そごうカード(一般用)

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黒崎そごう商品券(券面デザイン全社共通)

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そごうスマイルカード(全社共通・プリペイドカード・1992年5月〜)

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包装紙をモチーフにした「黒崎そごうNEWS」封筒
(マスコミ向けパブリシティー・プレスリリース用)

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1階 納品場エレベーターホールに掲示されていた
「あたりまえのことを」

黒崎そごう人の行動指針  「親切に、より親切に、もっと親切に!」
◎あたりまえのこと
 【ニコニコ】表情(いつも笑顔で親切に) 【ハキハキ】言葉づかい(大きな声と明るい返事) 【キビキビ】態度・動作(気持ちよくキビキビ行動)
◎消費者の4つの権利
 1.選ぶ権利 2.安全を求める権利 3.知らさせる権利 4.聞いてもらう権利

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そごうグループカード一覧表(1998年10月)

黒崎そごう職位・職制

職 位

職位
資格・等級
備考
相談役
   (非常勤)
社長・役員
   (非常勤)
店長
   役員兼務
副店長
   (半年足らずの特例ポスト)
店次長
A職 1〜3級  (黒崎は後年廃止)販推担当・総務担当・内販担当・外販担当
部長
G職 1〜3級  統括マネジャー
担当部長
(専任部長)
G職 1〜3級  マネジャー
課長
M職 1〜4級  マネジャー
担当課長
(専任課長)
(専門課長)
M職 1〜4級  スタッフエキスパート・スキルズエキスパート・セールスリーダー・セールスエキスパート
係長
(専任係長)
(専門係長)
S職 1〜3級  スタッフエキスパート・スキルズエキスパート・セールスリーダー・セールスエキスパート
一般係員
(専任係員)
(専門係員)
L職 1〜3級
J職 1〜2級
 スタッフ(大卒初任L職3級・短大卒初任J職2級・高卒初任J職1級)
パートスタッフ
   フリースタッフ

職 制

販売推進部  営業企画課(営業企画宣伝課)(営業企画担当)
 宣伝課(宣伝装飾課)(宣伝担当)
 装飾課(宣伝装飾課)(装飾担当)
 催し課(催・特招課)
 特販ギフト用品課(特販課)
 (販売サービス担当)
 (友の会担当)
 (外商サロン担当)
 (ギフトショップ担当)

営業第1部  呉服課(呉服寝具課)
 特別雑貨課
 美術工芸課(特雑美術工芸課)
 ギフト用品課(特雑ギフト用品課)
 リビング用品課(特雑リビング用品課)
 家庭用品課(美術家庭用品課)
 寝具課(呉服寝具課)
 家具課(家具家庭用品課)
 食品課(食品食堂課)
 食堂名店課(食品食堂課)
 紳士服レジャー用品課(紳士服課)(紳士服用品課)
 紳士用品課(紳士服用品課)
 特販課 ※スペースワールド担当
 制服課

営業第2部  文具玩具課(文玩子供ベビー用品課)
 子供服ベビー用品課(文玩子供ベビー用品課)
 婦人服第1課(婦人服課)
 婦人服第2課(婦人服課)
 婦人服第3課(婦人服課)
 婦人雑貨課

(営業第3部)  

外商統括部  統括課(統括担当)
 外商システム第1課(外商システム課)
 外商システム第2課(外商システム課)

第1外商部  第1課・第2課・第3課・第4課・第5課…

第2外商部  第1課・第2課・第3課・第4課・第5課…

第3外商部  第1課・第2課・第3課・第4課・第5課…

第4外商部  第1課・第2課・第3課・第4課・第5課…

総務部  秘書室(秘書・お客様相談室担当)
 お客様相談室(秘書・お客様相談室担当)
 人事課(人事教育課)(人事教育担当)
 教育課(人事教育課)(人事教育担当)
 サービス課(サービス担当)
 保安課(保安担当)
 庶務課(庶務担当)
 電機営繕課(電機営繕担当)
 配送課(配送担当)

財務部  財務課(経理財務課)(財務担当)

経理部  経理課(経理財務課)(経理担当)
 会計課(経理担当)

全そごう労働組合黒崎支部  

黒崎そごう店内スタッフ用語(隠語)
お客様の前で失礼がないように従業員同士のスタッフ用語を用いていました。
◎あたりに行く → トイレに行く※そごうグループ内では「つきあたり」「さんさん」とも
◎まるに行く → 昼休憩に行く
◎2まるに行く→ 2回目の休憩に行く(小休憩)※そごうグループ内では「さんかく」とも
◎セズ → 帰店せず(直帰すること)
店内放送での合図
◎「雨に唄えば」のBGMが流れる → 雨が降り出した合図
 各売場で包装用の手提げバッグを紙製からビニール製に一斉変更。店頭の傘売場を拡充する。出入口に傘袋を用意する。
◎従業員の呼び出し → 「○○からお越しの○○様(内線番号)までお電話ください」
◎保安課スタッフ用の各種隠語放送 → 「帆柱会の皆様、集合のお時間です」(店内巡回員・私服警備員向け)

Sogomeibo
そごうグループ社員名簿(表1・表4)1993年版

黒崎そごう制服の一例(全社共通)

Shimura志村 雅久(しむら まさひさ)
1940年東京生まれ。伊東衣服研究所卒。そごう専属デザイナーとして、1973年には日本人初のデザイナーズ・スポーツウェア・コレクションであるプライベートブランド「シムラ・スポーツ」を発表。同じくプライベートブランド「志村雅久ベスト」「シムラSライン」「ヨーロピアン・トラディション by シムラ」などを全国のそごうグループ各店に展開していた。また、そごうグループ女子社員(サービス担当社員・一般社員)の制服デザインも担当。また、小松左京原作の映画「さよならジュピター(1984年)」の衣裳デザイナーとしてエンターテインメント業界でも活躍。1992年には国内外で活動する日本人デザイナーにとって最大の栄誉である「第10回 毎日ファッション大賞」を受賞した。

そごう最盛期、サービス課社員の制服は季節ごとに贅沢にも毎年4回ずつ(春服・夏服・秋服・冬服)新調していました。一般社員は年2回(春夏服・秋冬服)を2年毎に新調していました。

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ジャンパースカートタイプの一般女子社員制服(1979年〜・包装風景)

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サービス課社員制服(1988年秋服)

Sogo_service1988
サービス課社員制服(1988年冬服)

Service891_3
サービス課社員制服(1989年春服)
モデル:小樋井麗子氏(当時セレーズファッションモデルクラブ所属)
黒崎そごうの広告に一番出ていただいていたモデルさん、他社では「肥前夢街道(タイム・マジック)」TVCM等

Service892
サービス課社員制服(1989年夏服)

Sogo_service1989
サービス課社員制服(1989年秋服)

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サービス課社員制服(1990年秋服)

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サービス課社員制服(1990年冬服)

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Teg_4
サービス課社員制服(1992年冬服)
宮沢りえ主演のTBSドラマ「東京エレベーターガール」着用デザイン

Sogo_service1993
サービス課社員制服(1993年春服)

Service93
サービス課社員制服(1993年冬服・小倉そごう開店当時)

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サービス課社員制服(1995年春服・夏服)※モデル:中村あずさ

Info
サービス課社員制服(1990年代後期・冬服)

Seifuku1Img136
一般女子社員制服(1990年頃・左:春夏服/右:秋冬服)

〈参 考〉

Sogo_service1
1964年「そごう大阪店」サービス課社員制服
バスガイドを連想する機能性重視のデザインを導入した。

Sogo_service2
左/サービス課社員制服(1971年10月〜)初めての全店統一デザイン(大阪・神戸・東京・千葉・いよてつ)
右/サービス課社員制服(1972年夏服)
デザインは、そごうプライベートブランド商品として、丁度販売が開始されようとしていた
パリのオートクチュールデザイナー「ジャック・エステレル」。
キャビンアテンダントを連想するこの制服は、半歩進んだ洗練されたデザインとして当時好評を博したと言う。

そごうプライベートブランド(PB)※破綻前

そごうプライベートブランド戦略は、同業他社に比べ、極めてブランドの認知度(いわゆる無名ブランドだらけ)が低く、売上の低迷・不良債権および在庫を招き、完全な失敗事業と言っても過言ではないでしょう。

プライベートブランド名
内容
備考
 ジャック・エステレル  婦人服  黒崎は未導入
 アンジェロ・リトリコ  婦人服・雑貨/紳士服・雑貨/女児服  途中提携中止
 パコ・ラバンヌ  婦人服・雑貨/紳士服・雑貨/男女児服  
 チタ・ファッシーノ  婦人服・雑貨/紳士服・雑貨/リビング用品  
 ジャンクロード  婦人服  途中提携中止
 シムラ・スポーツ  婦人服(カジュアル)  
 志村雅久ベスト  婦人服(プレタポルテ)  
 シムラSライン  婦人服  黒崎は未導入
 ハニーベル  婦人服・雑貨/女児服  
 ミス・マーティ  婦人服  途中提携中止
 イ・コローリ  婦人服  途中提携中止
 ダニー・ノーブル  婦人服  途中提携中止
 ザザ・サンディフォード  婦人服  途中提携中止
 ミキシング  婦人服  途中提携中止
 オブリッジ  婦人服  途中提携中止
 アイムテン  婦人服/紳士服/リビング用品  
 ロージェント  紳士服・雑貨/男児服  
 ロージェント2  紳士服・雑貨  
 ロージェント スポーツ  スポーツウェア  
 ロージェント ゴルフ  ゴルフウェア  
 ルイス  紳士服・雑貨  途中提携中止
 ヨーロピアン・トラディション by シムラ  紳士服・雑貨  
 ノートン&サンズ  紳士服  途中提携中止
 G.B.フォンタナ  紳士服  
 五大陸 オンリー・アット・そごう  紳士服  
 グレートキングス  大きなサイズの紳士服  
 プチ・マードレ  女児服  
 ラ メゾンド パコ・ラバンヌ  リビング用品  
 ベルナルド  テーブルウエア  黒崎は未導入
 コケー  テーブルウエア  黒崎は未導入
 クリスタル・ド・ロレーヌ  テーブルウエア  黒崎は未導入
 カセグラン  高級ステーショナリー  途中提携中止
 ジャンニ・カリタ  高級宝飾品  
 メレリオ・ディ・メレー  高級宝飾品  
 モウワード  高級宝飾品  黒崎は未導入
 ラリック  高級工芸品  
 タニノ・クリスチー  高級皮革製品  黒崎は未導入
 ザ・ペニンシュラ  チョコレート・菓子等  輸入代理
 ラ・トゥール・ダルジャン  フランスワイン等  輸入代理
 生活栽培ジュース  100%ストレートジュース  旧ダリアジュース

黒崎そごうの包装紙

百貨店の顔とも言われる包装紙…
黒崎そごう営業期間(1979年〜2000年)には、全店共通の2種類の一般包装紙が使用されました(慶弔およびクリスマス等催事包装紙は除く)。切替え時期を失念しておりますが、たぶん「小倉そごう」オープン前の1993年のお中元からではないかと思われます…

そごうのフラッグシップストアであった「横浜そごう」が単店独自のグリーン地に“かもめYOKOHAMA”ロゴが入った包装紙を採用。ストアアイデンティティの統一と、莫大なランニングコスト削減(紙厚を薄く・刷色を統一)を目的にそごうグループ全店に導入されました。個人的には老舗百貨店らしい前期のデザインが好きだったのですが…

(そごう豆知識)
下記のピンク/グレーの包装紙は、昭和36年(1961年)「そごう東京店宣伝部」でデザインされたもので「▲▼ちきり」マークの大きさを均一に並べるのではなく図案の幅に変化をもたせてます。これは、小さな商品を包んでも単調な感じにならないようにするための工夫と言われていました。翌年より、そごう全店で採用されました。

Sogo_wrapping1包装紙前期:開店〜

Sogo_wrapping2

Sogo_chugen
包装紙後期:〜閉店

Sogo_xmas_wrapping
クリスマスギフト包装紙

Sogo_wrapping
そごう歴代包装紙
(上から順に明治38年・41年・41年・昭和10年・25年・27年・32年・36年)

Sogo_shiori
進物しおり


Sogo_shoppingbag
ショッピングバッグ前期:開店〜

Sogo_seibo_1992
お歳暮メインビジュアル(1992年・中村あずさ)

Sogo_gift_train
JR鹿児島本線・お歳暮広告貸切トレイン(1992年)

〈参考〉
Sogo_yokohama_kamemebag
横浜そごう オリジナルショッピングバッグ
「かもめYOKOHAMA」
横浜エリアでは不評だった従来の包装紙・ショッピングバッグに代わる単店独自デザイン
かもめのモチーフは水島社長提案にによるもの

Sogo_tama_wrapping
多摩そごう オリジナル包装紙
フランスの女性デザイナー ベアトリス・マリオッティ(当時32歳)によるデザイン
デザインコンセプトは「多摩の生活を抽象デザインする」

Sogo_haiso_system
そごうグループ直接配送システム(1995年当時)

黒崎そごうシンボルゾーン

 Sogo_kurosaki_symbolzone
シンボルゾーン「光の樹」「節理の滝」イメージスケッチ

Sogo_hikarinoki_daylight
「光の樹」(正面玄関・1〜3階吹き抜け)
コミュニティスペースに彩りを添える3本のゴージャスな回転式オブジェ
オーストリア製スワロフスキークリスタルを贅沢に使用

Sogo_hikarinoki
夜になると輝きを増す「光の樹」

Setsurinotaki_2「節理の滝」(屋外正面玄関前)
芥屋海岸大門の節理をテーマとした金属性の立体的な滝

Sogo_setsurinotaki
ライトアップされた「節理の滝」

Sogo_setsurinotaki2

いずれも国際的造形作家(現 東京芸術大学美術学部デザイン科教授)である伊藤隆道氏による作品です。残念ながら、同氏のプロフィールには悲しいかな作品として登録されていません。削除されたのかも…。「そごう」のニオイを感じるこの2つのモニュメントは「井筒屋」移転オープンと共に完全に撤去されています。勿体ない…。

幻の「イッツ・ア・スモールワールド時計」設置計画
「小倉そごう」の正面玄関を華やかに彩った大型からくり時計。正式名称は、“世界の人形時計”こと「イッツ・ア・スモールワールド時計」です。「黒崎そごう」にも時計設置へ向けての試算がありました。「小倉そごう」開店に伴い、「黒崎そごう」が閉店するという噂話が消えず、友の会やそごうカードの会員勧誘にも影響が出ていました。集客の面はもちろんですが、「黒崎そごう」は閉店しないという目に見える投資が必要でした。ご存知にように時計設置は適わず、黒崎のお客様を楽しませることはできませんでした。「東京ディズニーランド」へのライセンス料を含め見積金額は約1億円。「小倉そごう」のように新規開店時の本社経費と異なり、後付けになる「黒崎そごう」の単店経費では到底無理な数字でした。ちなみに、「小倉そごう」にはそごうグループでも最大級横長タイプの「イッツ・ア・スモールワールド時計」が設置されていましたが、「黒崎そごう」は小型の正方形タイプを予定していました。

黒崎そごうフロアガイド(最終)

2000年3月の「黒崎そごう」事実上の最終フロアガイド
7月12日の破綻後は、取引先による債権回収(商品引き揚げ)や相次ぐ撤退などで
百貨店としての体を成していない状況に陥り、作成するどころではありませんでした…
(残念ながら、屋上図面は制作しておりません)
※図面をクリックすると拡大になります。

1階 食品フロア「おいしさ一番館」(開店時:大フードセンター)
Kurosaki2000_1f

2階 ファッションと雑貨のフロア(開店時:ファッションと雑貨のフロア)
Kurosaki2000_2f

3階 レディスファッションフロア(開店時:レディスフロア)
Kurosaki2000_3f

4階 メンズファッションフロア開店時:メンズフロア)
Kurosaki2000_4f

5階 子供服と婦人肌着のフロア開店時:こどものフロア)
Kurosaki2000_5f

6階 リビングと大催会場のフロア(開店時:きものとくらしとギフトのフロア)
Kurosaki2000_6f

7階 東西味の名店食堂街(開店時:そごう名店食堂街と大催会場)
Kurosaki2000_7f

各階 パーラー & 7階 東西味の名店食堂街の変遷

オープン時(1979年〜)

階数
店名
経過等
1
 フルーツパーラー「万惣」  途中退店
3
 ファッションパーラー「ガーデニア」  途中退店
3
 レディスパーラー「ダリア」  途中退店(そごう商事経営)
4
 珈琲舎「萄梨杏(ドリアン)」  
5
 ファミリーパーラー「チャコ」  途中退店
6
 和風喫茶「駿河屋」  
7
 そごうファミリーレストラン  (そごう商事経営)
7
 江戸前寿し 東京銀座「日の出」  途中退店
7
 中国料理 東京「赤坂飯店」  
7
 日本料理 大阪竹葉亭姉妹店「呉竹」  
7
 サンドウィッチレストラン「グルメ」  
7
 手打ちうどん「河口屋」  
7
 肉とサラダ 神戸「レッドカーペット」  
7
 とんかつ 東京銀座「双葉亭」  (そごう商事経営)
7
 お好み焼 大阪心斎橋「絃」  途中退店
7
 珈琲館 神戸「苑」  途中退店
7
 博多全日空ホテル「レストランスカイメイト」  途中退店
7
 ティーサロン 東京「オーク」  
R
 屋上パーラー  途中退店

後継店

階数
店名
経過等
1
 サラダハウス「ヨシノ」  途中退店
1
 UCC「神戸珈琲」  
1
 カレーハウス「マルコポーロ」  途中退店
3
 UCCコーヒーハウス「ウィーンの森」  
5
 京風ラーメン「京まいこ」  途中退店(そごう商事経営)
7
 豆腐料理「TOFUの館」  途中退店
7
 カジュアルレストラン「マリアテラス」  途中退店
7
 料亭どんぶり「味くらべ」  途中退店
7
 ハンバーガー「マクドナルド」  
7
 アイスクリーム「北キツネの大好物」  
7
 長崎ちゃんぽん「蘇州林」  
7
 和食・こだわりの味「松嘉庵」  

書 店

階数
店名
経過等
6
 旭屋書店  途中退店:1979年10月6日〜1995年2月19日 / 495平米 / 18万冊

黒崎そごう店内

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2階 インフォメーション(案内所・プレイガイド)

Sogo_2f_info2
2階 インフォメーション(そごうグループパース電光板)

Sogo_2f_chuo1
2階 中央通路(メイト方向)

Sogo_2f_chuo2
2階 中央通路(正面玄関方向)

Sogo_2f_cosmetic
2階 国道側通路 (舶来香水・雑貨等)

Sogo_2f_shiseido
2階 国道側通路(化粧品等)

Sogo_2f_pumps
2階 線路側通路 東側(婦人靴・雑貨等)

Sogo_2f_shoes
2階 線路側通路 西側(婦人靴等)

Sogo_2f_aline
2階 線路側通路 東側(ヤングカジュアル等)

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2階 線路側通路 東側(アンクラインAライン)

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2階 国道側通路 東側(テイクオフシリーズ)

Sogo_2f_haba
2階 線路側通路 東側(HABA化粧品等)

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2階 正面玄関 風除室 ディスプレイ台

Sogo_1f_sweets
1階 国道側通路 西側(ペニンシュラ等)

Sogo_1f_boncinq
1階 ボンサンク

Sogo_1f_donq1
1階 フランス菓子 ドンク(ベーカリー)

Sogo_1f_donq2
1階 フランス菓子 ドンク(ミニクロワッサン)

Sogo_1f_okowa
1階 国道側通路 東側(米飯等)

Sogo_1f_greenshop
1階 グリーンショップ

Sogo_3f_elevator
3階 エレベーターホール

Sogo_3f_casual
3階 レディスフロア(ミセスカジュアル)

3f_casual
3階 レディスフロア(ミッシーカジュアル)

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3階 レディスフロア(プレタポルテ・装苑モード)

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3階 バラ色の暮し

Sogo_3f_italiya
3階 レディスフロア 国道側通路(伊太利屋等)

Sogo_3f_shimura
3階 レディスフロア 正面玄関側通路(志村雅久ベスト等)

Sogo_3f_ucc
3階 UCCコーヒーハウス「ウィーンの森」

Sogo_4f_step
4階 西側階段 案内板

Sogo_4f_casual
4階 メンズフロア(カジュアル)

4f_mens_coat
4階 メンズフロア(コート)

Sogo_4f_suit
4階 国道側通路(高級紳士服)

Sogo_3f_durian
4階 珈琲舎「萄梨杏(ドリアン)」

Sogo_5f_mikihouse
5階 こども服(ミキハウス)

Sogo_5f_familiar
5階 こども服(ファミリア)

Sogo_5f_minik
5階 こども服(ミニK)

Sogo_5f_sanrio
5階 サンリオショップ

Sogo_5f_toys
5階 玩具

Sogo_5f_stationery
5階 文具

5f_babyroom
5階 ベビー休憩室

6f_shingu
6階 寝具・寝装品

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6階 ホットマン

6f_tachikichi
6階 たち吉

Sogo_6f_shikki
6階 漆器

Sogo_6f_jewelry
6階 宝石サロン

Sogo_6f_megane
6階 メガネサロン

Sogo_6f_surugaya
6階 和風喫茶「駿河屋」

Sogo_7f_famires
7階 そごうファミリーレストラン(そごう商事経営)

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7階 とんかつ 東京銀座「双葉亭」(そごう商事経営・双葉亭4号店)

Sogo_7f_akasakahanten
7階 中国料理 東京「赤坂飯店」

7f_kuretake
7階 日本料理 大阪竹葉亭姉妹店「呉竹」

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7階 お好み焼 大阪心斎橋「絃」(明石焼)

7f_gourmet
7階 サンドウィッチレストラン「グルメ」

7f_kawaguchiya
7階 手打ちうどん「河口屋」

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7階 ティーサロン 東京「オーク」(スパゲッティ&ピザ)

7f_kitakitsune
7階 アイスクリーム「北キツネの大好物」

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7階 ハンバーガー「マクドナルド」

Sogo_7f_tenchoshitsu
従業員施設7階 黒崎そごう店長室(秘書室)

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7f_syasyoku
従業員施設7階 黒崎そごう社員食堂(メイト黒崎ビル勤務全従業員共用)

日本最大のデパオク遊園地「そごう屋上大スカイパーク」

長さ236mもの広大なスペースに、楽しい大型アトラクションが充実「空の公園 そごう屋上大スカイパーク」。
スカイモノレールをはじめ、ミニ列車、メリーゴーランド、アストロライナーなど、家族がまる一日楽しめる日本最大のデパート屋上遊園地でした(開業当時)。運営はゲームメーカー「namco(ナムコ)」に委託。後年、アスレチックやバッティングセンター、おばけ屋敷など大型アトラクションを導入し、リニューアルを繰り返しましたが、黒崎そごう7階に屋内型アミューズメント「SEGA WORLD(セガ・ワールド)」がオープンしたため、その後大型アトラクションは休業し、ビデオゲームのみの運営となりました。

Skypark_art
開業前のイメージ画

Kurosaki_monorail1979
1周240mの本格派「スカイモノレール」

Kurosaki_monorail2

Skymonorail1991
「スカイモノレール」は、1991年のリニューアル時にカラーリングが変更されています

Fureai_train
動物たちの夢の国へようこそ「ふれあいトレイン」

astro開業時の呼び物の一つだった「アストロライナー」
(すぐ壊れて撤去されたとのこと…)

merry遊園地の定番「メリーゴーランド」
(最後まで人気があリました…)

Meteskypark
アドバルーンが上がる開業時の屋上風景(東端)

Petshop
ペットショップ

Beergarden_visual
黒崎夏の風物詩「黒崎そごう屋上ジャンボビヤガーデン」メインビジュアル

黒崎そごう屋上のお稲荷さん

御由緒

御祭神 宇賀之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)

この御社は株式会社黒崎そごう開設に当り、特にメイト黒崎ビル社屋の鎮護と社業の繁栄、ひいては懸民、市民ご近隣の方々の開運、安穏を祈念して、昭和五十四年十月二日 総本宮伏見稲荷大社より勧請いたしました。
大神様の御神徳は改めて申し上げるまでもなく産業興隆、商売繁昌、交通安全、開運出世、家内安全、芸能上達の守護神として、日本国中は勿論のこと、広く海外にまで知られております。
御神威あらたかな、この神社に、どうぞご自由に御参拝下さい。 昭和五十四年十月吉日

Sogo_inari

inari

Sogo_inari_yuisyo
堂々と「黒崎そごう開設に当り…」と書かれているので
「井筒屋」となった今、現存しているかは不明です

黒崎そごうの屋外看板

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ペデストリアンデッキから見た塔屋のメイン看板(4面ネオン・アッパー照明撤去前)

Kurosai_sogo_neon
塔屋メイン看板(ネオン点灯時)

 Sogo_neon
本館屋上から見た塔屋メイン看板(アッパー照明撤去後)

Sogo_kurosaki_escalator
国道3号線側エスカレーターより

Sogo_ura
JR側の懸垂幕昇降装置(3基)とネオン看板

Kanban_jrq
JR側のネオン看板
(当初は全面にスパンコールが付いていました)

Kurosakisogo_nishiginbk
懸垂幕昇降装置(正面5基・国道側5基・JR側5基・西日本銀行黒崎支店屋上より許可を得て撮影)

Sogo_sodekanban
2階プロムナードの袖看板(右:現在の看板)

Sogo_flag
屋上のそごう社旗・日章旗掲揚台

Mate_build
メイト専門店街の広告より(黒崎そごう大誕生祭・黒崎フォーラス オープン時)

黒崎そごうとペデストリアンデッキ

Kurosakiekimae歩道橋だらけの「国鉄黒崎駅」前(1981年)

Kursakisogo_pededeck1984
橋上の「国鉄黒崎駅」が竣工(1984年)

Kursakisogo_deck1989
「黒崎駅前ペデストリアンデッキ」竣工式典(1989年11月3日)

Kurosaki92「黒崎そごう」と廃止直前の西鉄路面電車(1992年)

Pedestriandeck95_2初代「黒崎駅前ペデストリアンデッキ」全景(1995年)
その後、2001年コムシティ側に拡張

Kurosaki_sogo_decknight
ペデストリアンデッキから見た「黒崎そごう」

黒崎そごう主な催事

Kurosakisogo_flower
「周年祭」広告用メインビジュアル

Sogo_takaraichi
「多家楽市」広告用メインビジュアル

Sogodisneyxmas1988
「そごうはディズニー・クリスマス」メインビジュアル(1988年版)

Kurosaki_sogo
メイト・ジャスコ看板をすべてカットした広告用メインビジュアル

Wasshoi100parade「わっしょい百万夏まつり」に参加したパレード隊

物産系催事(通年)

◎信州の物産と観光展(1月)/長野県主催
◎長崎県の物産と観光展(4月)/長崎県主催
◎中国大商品展(5月)
◎北海道の物産と観光展(11月)/北海道主催
◎日本列島グルメ紀行 全国うまいもの大会(年2〜4回)

物産系催事(単発)

◎福岡県の物産と観光展/福岡県主催
◎大分県の物産と観光展(11月)/大分県主催
◎飛騨高山の観光と物産展(9月)/飛騨特産品組合主催
◎鹿児島県の物産と観光展/鹿児島県主催
◎沖縄県の物産と観光展/沖縄県主催
◎四国の物産と観光展(2月)
◎東北の物産展
◎大阪浪花の物産展
◎大英国展(10月)
◎フランス展(9月)
◎スペインフェア(5月)
◎大イタリア展(1979年10月31日〜11月5日)/イタリア大使館後援
◎ドイツ食品フェア(1991年9月25日〜30日)/ドイツ農産物振興会後援

文化系催事(通年)

◎サンリオフェスティバル(7月)/サンリオ主催
◎北九州いけばな名流展(9月)/毎日新聞社主催
 池坊・池坊佳月式・雲心流・小原流・嵯峨御流・新池坊・新生流・専正池坊・草月流・日本華道・立華池坊
◎日本名刀展〜展示即売〜(1月)

文化系催事(単発)

◎日本芸術院会員展(1979年10月6日〜14日)/日本芸術院・日本経済新聞社主催
◎池坊専永展(1979年10月6日〜11日)/朝日新聞社主催
◎宇宙戦艦ヤマト展(1979年10月6日〜12日)
◎イタリアオペラの世界(1979年10月31日〜11月5日)/スカラ座演劇博物館・西日本新聞社主催
◎辻村ジュサブロー展〜新八犬伝・真田十勇士〜
◎英国の代表作にみるバーナード・リーチ展(1980年6月20日〜7月1日)/大原美術館・朝日新聞社主催
◎第2回日本新工芸展(1980年8月14日〜27日)/日本新工芸家連盟主催
◎山下清展(1981年9月)
◎横山大観展(1981年10月)
◎小柳ルミ子写真展〜立木義浩撮影〜(1983年)
◎大チベット展(1984年)
◎マイセン現代磁器展(1984年3月2日〜7日)/日本経済新聞社・マイセン磁器公団共催
◎芦馬治雄展(1984年11月・1986年11月)
◎長岡秀星イラストファンタジー・迷宮のアンドローラ展(1985年1月3日〜11日)/長嶋茂雄企画・小泉今日子イメージソング
◎和泉雅子冒険展(1985年)
◎中国蘇繍芸術展(1985年)
◎ローマ法王庁秘蔵展(1988年10月14日〜19日)
◎上村政利 手作り世界の船展(1989年)
◎千 利休遠忌400年秋の文化講演会(1989年11月13日)
◎メルヘンの世界展(1989年3月10日〜15日)/毎日新聞社主催
◎専正池坊いけばな展(1990年3月23日〜28日)/専正池坊主催
◎オチ・オサム「浮遊する球体」展(1990年5月25日〜30日)
◎スペイン・光と影 山口精之助油絵個展(1990年8月2日〜8日)
◎池田満寿夫「書」展(1990年9月21日〜26日)
◎大徳寺の秘宝と嵯峨御流いけばな展(1991年4月19日〜24日)
◎バラ色の暮し ハーブの世界展(1991年10月9日〜14日)
◎肥前有田焼名窯展(1991年10月16日〜21日)
◎切り絵作家 小野史郎作品展(1991年10月16日〜21日)
◎小樽ヴェネツィア美術館所蔵展(1991年10月30日〜11月4日)
◎税を知る週間(1991年11月13日〜15日)/八幡税務署主催
◎秋山 巌板画展(1991年11月20日〜25日)
◎新春いけばな展(1992年1月8日〜13日)/帝国華道院北九州支部主催
◎いけばな池坊展(1992年4月22日〜27日)/池坊福岡県連合支部主催
◎枡田秀山墨蹟展(1992年10月8日〜12日)/法隆寺107世管主
◎鉄道展(1992年10月14日〜19日)/JR九州・JR黒崎駅主催

Kippu_3

◎大相撲新時代写真展(1992年3月17日〜23日)
◎ピカソ・ミロとカタロニア美術新世代展(1992年5月27日〜6月1日)
◎景徳鎮名磁展(1992年)
◎全自衛隊美術展(1993年2月9日〜14日)
◎東京ディズニーランド5周年そごうのディズニーフェア(1988年5月13日〜18日)
◎東京ディズニーランド10周年そごうのディズニーフェア(1993年7月6日〜12日)

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黒崎そごう前にミッキーとミニーを乗せてやって来た
東京ディズニーランドオフィシャルリムジン「liMOUSEine(リマウジン)」
厚地恭子さん(東京ディズニーランド第11代アンバサダー)


YouYubeにアップしました(冒頭ノイズ多いです)


YouYubeにアップしました(続きです)

◎後藤純男展(1993年10月6日〜11日)
◎佐賀県立有田窯業大学校卒業生作品展(1993年10月6日〜11日)
◎市立八幡西養護学校・太田和孝合同作品展(1994年3月16日〜21日)
◎ぼくらの声・聞こえますか!旧ユーゴスラビア子供の絵画展(1994年5月3日〜9日)/日本習字教育財団北豊支所主催
◎愛EYEチャリティーバザー(1994年5月11日〜16日)/北九州八幡ライオンズクラブ主催
◎世界のワンちゃん大集合展(1996年4月24日〜5月6日)
◎世界のわん・にゃん大集合展(1997年4月25日〜5月7日)
◎高畑勲・宮崎駿のすばらしきアニメの世界展(1995年1月2日〜6日)
◎ビックリマンワールド(1988年4月29日〜5月11日)
◎それいけ!アンパンマンワールド(1989年12月24日〜1990年1月7日)
◎ドラえもんのなかよしひろば(1990年4月28日〜5月6日)
◎ドラえもんアドベンチャーワールド(1998年8月12日〜18日)
◎ひみつのアッコちゃんとゆかいな仲間たち(1989年4月29日〜5月7日)
◎夏休み塩ジョイワールド(1989年8月10日〜16日)/JT主催
◎夏休み塩ジョイワールドソルティ王国への冒険(1990年8月2日〜8日)/JT主催
◎夢の紬インドサリー展(1989年11月17日〜22日)/毎日新聞社主催
◎ビジュー・サンク チャリティーカット展(1991年8月5日)/癌研究
◎土谷忠臣遺作展(1992年9月2日〜7日)/土谷忠臣遺作展実行委員会主催

特招催事・セール等

◎宝飾逸品会(4月・11月)
 会場:ニュー瀬戸ホテル→松柏園グランドホテル(グランドホール)→ 北九州プリンスホテル(プリンスホール)
◎ファッション衣料雑貨・リビング用品 大倉庫市
 会場:黒崎そごう水巻物流センター → 北九州プリンスホテル(プリンスアリーナ)
◎店休日返上全館特別ご招待会「店特」(月1)
◎全館特別ご優待会(月2)
◎豪華洋上逸品コレクション
 (1988年9月20日)会場:豪華客船 さんふらわあ7
 (1990年9月19日)会場:豪華客船 サウンズ・オブ・セト
 (1991年7月14日)会場:豪華客船 サウンズ・オブ・セト

Soundsofseto
サウンズ・オブ・セト出航(1991年7月14日/門司港西海岸)
中央でハンカチを降る三代店長 梶谷氏(故人)/ ちなみに左は当時まだ20代の私…

◎読売ジャイアンツ日本シリーズ優勝セール(1981年10月・1989年10月・1994年10月)
◎西武ライオンズ優勝おめでとう(ご声援ありがとう)セール
◎福岡ダイエーホークス優勝おめでとうセール
◎第12回防災フェア(1993年8月25日〜30日)/国土庁主催

orikomi(上から1991年〜・1993年〜・1995年〜・1996年〜)
1993年10月の小倉そごう開店週より、差別化のためにSOGOよりKurosaki(くろさき)を大きくアピールするデザインに変更
(黒崎そごうの地盤、八幡西区全域に小倉そごうのチラシが折込まれていたため)
1979年〜1990年は、統一のアイキャッチはなし

Sogologo_kiyozuri
Kurosaki_fude
黒崎そごうロゴマーク清刷

黒崎そごう来店芸能人・著名人一覧

有名無名は問わず「黒崎そごう」には数多くの芸能人・著名人が来店し、お客様を楽しませていました。夏休みには、2階ピロティ広場で恒例のアイドルキャンペーンが開催され、ステージショーを繰り広げました。掲載内容は、黒崎そごう主催・黒崎そごうテナント主催・レコードショップ「ウィーン」主催(メイト専門店街)を含みます。確認できるほんの一例・順不同。

来店芸能人・著名人の一例

Openingevent

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Dianelane

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(1988年1月16日・西日本新聞)

ダイアン・レイン(1988年1月15日・マックスファクター 主催)
来店当時は、22歳。ヒット映画の主演が続き、日本での人気がピークの時でした。黒崎そごう2階正面玄関上の3階バルコニーから登場し、駅前を埋め尽くした約5,000人のお客様に向けてスピーチをしました。オープンセレモニー司会の山口 崇・藤田 弓子氏以来のバルコニー利用でした。実はこれが最後のバルコニー開放でした。

氏 名
職種
来店日
備 考
山口 崇 俳優  1979年10月3日・6日  オープンセレモニー司会・黒崎そごう1日店長
藤田 弓子
俳優  1979年10月3日・6日  オープンセレモニー司会・黒崎そごう1日店長
小曽根 実
音楽家  1979年10月3日・6日  電子ピアノ演奏
小曽根 真
音楽家    電子ピアノ演奏
中原 ひとみ
俳優  1979年10月10日  黒崎そごう1日店長
武田 鉄矢
歌手  1979年10月10日  RKBラジオまつり 公開生放送
松本 ちえこ
歌手  1979年10月10日  RKBラジオまつり 公開生放送
倉田 まり子
歌手  1979年10月10日  RKBラジオまつり 公開生放送
坂本 新兵
タレント  1979年10月10日  ピンポンパン新兵ちゃんと遊ぼう
堀江 美都子
歌手  1979年10月14日  歌のお姉さんショー
平山 三紀
歌手  1979年11月16日  FM福岡 公開生放送
美樹 克彦
歌手  1979年11月16日  FM福岡 公開生放送
内藤 やす子
歌手  1979年11月18日  FM福岡 公開録音
和泉 雅子
俳優    黒崎そごう1日店長
ダイアン・レイン
俳優  1988年1月15日  マックスファクター 主催
来栖 あんな
歌手  1988年7月17日  マックスファクター 主催
奈美 悦子
俳優    マックスファクター 主催
今 陽子
歌手    マックスファクター 主催
中島 ゆたか
俳優  1986年4月26日・1988年4月9日・1989年1月28日  マックスファクター 主催
松岡 きっこ
俳優  1989年10月8日  マックスファクター 主催
マリ・クリスチーヌ
タレント  1990年7月8日  マックスファクター 主催
安田 成美
俳優    花王ソフィーナ 主催
ミシェル・コラス
メイク  1989年9月13日  ゲラン 主催
武藤 まき子
芸能リポ  1999年7月16日  HABA化粧品 主催
萬田 久子
俳優  1999年11月13日  HABA化粧品 主催
ピーコ
タレント  1994年10月8日  開店15周年記念トークショー
天地 真理
歌手    
ひかる 一平
歌手  1981年  
中原 理恵
歌手    
風見 しんご
歌手  1985年  
BaBe
歌手  1987年9月5日  FM福岡 公開録音
西田 ひかる
歌手  1988年  KBCラジオ 公開生放送
ラブ・ウイングス
歌手  1980年5月5日  アイドルキャンペーン
大場 久美子 歌手  1985年9月22日  アイドルキャンペーン
河合 奈保子
歌手  1985年11月2日  アイドルキャンペーン
西村 知美
歌手  1986年3月31日・1987年4月5日・1990年5月20日  アイドルキャンペーン
新井 薫子
歌手    アイドルキャンペーン
藤井 一子
歌手    アイドルキャンペーン
石野 陽子
歌手    アイドルキャンペーン
芳本 美代子
歌手    アイドルキャンペーン
本田 美奈子
歌手    アイドルキャンペーン
石川 秀美
歌手  1983年  アイドルキャンペーン
荻野目 洋子
歌手    アイドルキャンペーン
Wink
歌手    アイドルキャンペーン
水谷 麻里
歌手  1986年8月24日  アイドルキャンペーン
小川 範子
歌手  1988年3月26日  アイドルキャンペーン
アンナアン
歌手  1988年8月4日  アイドルキャンペーン
岡本 南
歌手  1988年8月27日  アイドルキャンペーン
坂上 香織
歌手  1988年8月29日  アイドルキャンペーン
国実 百合
歌手  1989年4月29日  FM福岡 公開録音
里中 茶美
歌手  1989年8月21日  アイドルキャンペーン
いいとも青年隊
(K-Chaps! )
歌手  1989年8月26日・1990年4月7日  アイドルキャンペーン
田村 英里子
歌手  1989年9月16日  アイドルキャンペーン
早坂 好恵
歌手  1990年8月28日  アイドルキャンペーン
新島 弥生
歌手  1992年8月14日  アイドルキャンペーン
セイントフォー
歌手    
一条 みゆき
歌手    
山野 さと子
歌手  1993年7月10日・11日  そごうのディズニーフェア 司会・歌
インペリアルJB'S
ダンサー  1994年10月1日  
田中 美奈子
モデル  1987年9月5日  1987年 レナウンイエイエガール
三瀬 真美子
モデル  1990年9月23日・24日  1990年 レナウンチャージクイーン
藤原 秀樹
俳優  1992年12月20日  恐竜戦隊ジュウレンジャー・ダン
高瀬 春奈
俳優    
杉田 かおる
俳優    
富田 靖子
俳優    
岡崎 友紀
俳優    
沖 雅也
俳優    
山本 富士子
俳優    
谷 隼人
俳優    
真屋 順子
俳優  1984年11月25日  
山崎 銀之丞
俳優    RKB「HiHiHi」公開録音
小西 博之
俳優    
ABブラザーズ
タレント    
香坂 みゆき
タレント  1988年8月4日  
泉 アキ
タレント  1991年7月14日  洋上特別ご招待会
マッハ文朱
タレント    
斉藤 洋美
タレント  1988年4月17日  TBS「ラジオはアメリカン」公開録音
桂 三枝
落語家    
林葉 直子
女流棋士    旭屋書店 主催
大竹 英雄
囲碁棋士  1988年8月28日  
みのもんた
アナ    
押坂 忍
アナ    
倉橋 冨子
ダンサー  1992年5月27日  スペインフェア
フォルクロマーノ
音楽家  1979年10月31日  大イタリア展
コリーン・カスケビッチ
音楽家  1989年10月8日  フランス展
ドナート・ラシアッティ オーケストラ
楽団  1990年9月19日・1991年7月14日  洋上特別ご招待会
北の湖
力士    
王 貞治
プロ野球    
小林 繁 プロ野球    
若菜 嘉晴
プロ野球    
西田 恭平
歌手  1993年8月28日・29日  防災フェア ラジオ公開録音
まつもと 未来
歌手  1993年8月28日  防災フェア
永田 真代
歌手  1993年8月29日  防災フェア
ばってん荒川
タレント    
ケン坊 田中
タレント  1992年3月20日  屋上大スカイパーク
玉村 文太
タレント  1992年3月20日  屋上大スカイパーク
安藤 正春
局アナ  1979年10月6日  オープンセレモニー進行(TNC)
沢田 幸二
局アナ    KBC「PAO〜N ぼくらラジオ異星人」公開録音
芦間 恵子
局アナ  1988年11月  KBC「はつらつサタデー」公開生放送
西川 恵三
局アナ  1988年  KBCラジオ 公開生放送

氏 名
職 種
来店日
備 考
厚地 恭子
東京ディズニーランドアンバサダー  1993年7月10日  そごうのディズニーフェア
ひ・ま・わ・り
長崎旅博キャンペーンシンガー  1990年4月1日  第11回 長崎県の物産と観光展
コスモスチーム
長崎旅博ダンサーチーム  1990年4月1日  第11回 長崎県の物産と観光展
  ミス旅博  1990年4月1日  第11回 長崎県の物産と観光展
隈部 由美
ミス島原  1996年3月27日  第17回 長崎県の物産と観光展
田野倉 智英
ミス  1989年1月27日  第6回 信州の物産と観光展
土屋 直美
ミス佐久鯉  1991年1月31日  第8回 信州の物産と観光展
  ミス小諸  1991年1月31日  第8回 信州の物産と観光展
斉藤 雪絵
大町レディース  1996年1月17日  第13回 信州の物産と観光展
高木 美寿穂
ミス志賀高原  1998年1月28日  第15回 信州の物産と観光展
野原 明美
ミス松本  1999年1月27日  第16回 信州の物産と観光展
松沢 千歩
大町レディース  2000年1月26日  第17回 信州の物産と観光展
村口 昌子
ミス旭川  1990年11月2日  第12回 北海道の物産と観光展
毛利 花菜絵
ミス旭川  1990年11月2日  第12回 北海道の物産と観光展
寺島 美穂
ミスくりライス  1999年10月27日  第21回 北海道の物産と観光展
折尾女子学園高校
ハンドベルクワイア  毎年12月  クリスマスフェア

ダイアン・レインをはじめ、なぜ、マックスファクター関連のイベントが多いのか。当時、「マックスファクター黒崎そごう店」は九州管内のマックスファクター全ショップの中でNo.1の売上げを誇っていたため、優先的に芸能人のトークショーやメイクアップショーなどが実施されていました。

広告モデルとして

Okabemari岡部 まり(1983年頃・元ABC「探偵!ナイトスクープ」秘書・エッセイスト) 
「そごうの呉服大座売り市」撮影場所:黒崎そごう8階 宣伝スタジオ

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夏川 結衣(1988年5月〜10月・女優)
左2点「夏の大感謝祭」撮影場所:黒崎そごう8階 宣伝スタジオ
右「婦人服大祭典」撮影場所:北九州市立八幡市民会館ロケ

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「そごう小倉ご用承り所DM」撮影場所:黒崎そごう8階 宣伝スタジオ

黒崎そごうの出向先

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黒崎そごう社員には、そごうグループおよび関連会社以外に地域のテーマパークへの出向勤務がありました。主な業務内容は、商品開発・流通、そして販売。余談ですが、そごうを含めその出向先のほとんどが、経営破たんしている現実がとても皮肉です。

そごうはメインの「東京ディズニーランド」のオフィシャルスポンサーをはじめ、「スペースワールド」「ハウステンボス」「呉ポートピアランド」「レオマワールド」「有田ポーセリンパーク」など、そごうがある地域のテーマパークのオフィシャルスポンサーになっていました。
黒崎そごうでも「東京ディズニーランド」へのスポンサー分担金を本社からの指示で毎月支払っていました。
(そもそも、スポンサーになってる場合じゃなかったような…)

黒崎そごうの主な出向先(そごうグループ出資先)

●スペースワールド(北九州市・社名は株式会社スペースワールド)
●スーパーブランドシティ(福岡市・社名は株式会社エス・ビー・シー)
●ハウステンボス(長崎県佐世保市・社名は株式会社アレックス / 横浜そごう子会社)
●有田ポーセリンパーク(佐賀県有田町・社名は株式会社有田VOC)

そごうグループ協賛博覧会(出展パビリオン)

●神戸ポートアイランド博覧会「ファッションライブシアター」(そごう・1981年)
●なら・シルクロード博「シルクロード童話館」(奈良そごう・1988年)
●横浜博覧会「横浜そごう館」(横浜そごう・1989年)
●海と島の博覧会・ひろしま「夢アジアそごう特別協賛館」(広島そごう・1989年)
●国際花と緑の博覧会「いのちの塔」(そごう・1990年)

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黒崎そごうがスペースワールドに出店していたショップ
そごうおもちゃ館「FUNFUN」

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黒崎そごうが提供していたスペースワールドの
スペースドーム内「コスモピア」

Sogoswスペースワールド開園5周年特集号 協賛広告

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スペースワールドにある九州最大級の巨大観覧車「スペース・アイ」
皮肉にも「呉そごう」がオフィシャルスポンサーだった呉ポートピアランド(1998年閉園)から移設されたものです
(呉ポートピアランド時代の名前は「ジャイアントホイール」)
当時、観覧車中央に設置されていたそごうの〝まるちきり〟マークが今でも認識できます

そごう保養所「そごう別府心温閣」

そごうには「そごう健康保険組合」が運営する直営保養施設が全国に5箇所ありました。
その中でも唯一九州にあった「そごう別府心温閣」は「黒崎そごう」並びに「小倉そごう」従業員・家族に親しまれた施設でした。

そごう保養所
住所
備考
 そごう那須山荘  栃木県那須郡那須町高久乙字遅山3376-1424  閉鎖
 そごう箱根山荘  神奈川県足柄下郡箱根町仙石原字イタリ1245-413  閉鎖
 そごう芦屋山荘  兵庫県芦屋市奥池町26-3  閉鎖
 そごう洞爺湖蒼水閣(とうやこ そうすいかく)  北海道虻田郡虻田町洞爺湖温泉町212-3-2  閉鎖
 そごう別府心温閣(べっぷ しんおんかく)  大分県別府市大字鉄輪字トノヤシキ1060  閉鎖

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Shinon
鉄輪温泉の高台にあった「そごう別府心温閣」
 宿泊定員35名・和室9室・洋室1室
1994年4月開業・2001年3月閉鎖(現 絶景の宿さくら亭)

宿命のライバル そごう vs 井筒屋

Yahata_izutsuya_areamap (文章ではわかりにくいので略図作成しました…)

「そごう」は「黒崎そごう」新規出店に際し、競合百貨店「八幡井筒屋(現 黒崎井筒屋)」が増床拡張できないよう「八幡井筒屋」南側の公園通りを挟んだ土地を購入し、5階建ての新築ビル「ふれあい会館」を建設しました。
さらに東側の黒崎新天街アーケード内の旧焼肉店跡を購入し、改装後、ゲームセンターとして貸し出しました。
これにより「八幡井筒屋」は、ライバル「そごう」によって店舗周辺が固められ、増床拡張することが不可能となりました。
迎え撃つ「井筒屋」も「黒崎そごう」包囲網として、「黒崎そごう」開店から2年後の1981年に郊外型低層百貨店「本城井筒屋」を開店させました。しかし、うまくいかず1984年に閉店…
さらに「井筒屋」は「小倉そごう」新規出店に際し、「小倉そごう」建設予定地の一角を「井筒屋」の子会社である「宝町会館」名義で秘密裏に購入。地権者の一人となり、一時期「小倉そごう」開店にストップが掛かったことがありました。
お互いにいろいろありました…
※ふれあい会館:そごう文化教室・中華料理チネーゼ紅林・サン明治屋・インド料理シバなどが入居

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今は無き西鉄バス停「黒崎駅そごう前」

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北九州プリンスホテル「北九州曲里蠟燭能」協賛広告(1994年)

「小倉そごう」と「黒崎そごう」の複雑な関係
前章でも記載しましたが、元々、九州出店には「そごう」独自による「小倉そごう」出店計画のみが存在し、「黒崎そごう」は北九州市からの要望によるイレギュラー出店でした。当時、九州では知名度ゼロの「そごう」ブランド。そこから地道にストアブランドの構築と顧客作りを進めてきた「黒崎そごう」ですが、開店14年目に「小倉そごう」が開店します。店舗規模は「黒崎そごう」の約1.5倍で、最新設備に豪華な内装、シャネルなどのスーパーブランドを導入した重量級仕様。都心小倉と副都心黒崎の立地。安普請「黒崎そごう」はどう見ても太刀打ちできません。「小倉そごう」は「そごう本社」から投入された潤沢な宣伝広告費で、豪華イベントや、広域テレビスポット、さらに新聞折込チラシも「黒崎そごう」の商圏全域をもカバー。「黒崎そごう」の地盤を荒らすライバル店でもありました。「黒崎そごう」にとって「小倉そごう」は、人事交流の深い姉妹店。さらに出資先(20%)でもあるため、法人格としては先輩「黒崎そごう」が上、グループ内の店格は後輩「小倉そごう」が上。隣接商圏ゆえのこの複雑な人間関係ならぬ店舗関係は、「そごう」特有の別法人独立採算制の弊害と言えます。その原則独立採算制のはずなのに「黒崎そごう」の利益は、全く関係のない、絢爛豪華な超赤字店舗「奈良そごう」への補填に使われていたという矛盾。まあ「小倉そごう」に関しては、下関・北九州・筑豊・京築・中津エリア圧倒的地域一番店になることが「そごう」グループの至上命令だったので仕方ないのですが…
それにしても閉店時にあった「小倉そごう」約400億円、「黒崎そごう」約200億円の売上はどこに消えてしまったのでしょうか…

幻のデパート「福岡そごう」

1990年代後半、水島廣雄氏が小倉と共に地熱を感じる街〝福岡市天神〟に県内ではグループ3店舗目に当たる「福岡そごう(にしてつそごう)※いずれも仮称」出店計画がありました。出店場所は「博多大丸」の向かいにある「西鉄福岡駅ターミナルビル(Cビル)」。ご承知の通り、現在は「福岡三越」が核店舗として出店していますが、関係者情報によると、西鉄の役員決裁も通り、最終コンペでは「そごう」出店で、決まっていたとのこと。しかし、地元財界の政治的な動きにより、大どんでん返しで「三越」出店が決まったと聞いています(当初は三越・井筒屋・西鉄の合弁会社案もあり)。福岡県内の天神・黒崎・小倉の3大拠点の一等地を中央百貨店の「そごう」1社が独占することを地元財界が嫌ったからだと言われています。この「福岡」出店に際し、少しでも有利に働くよう「黒崎そごう」でも、ビルオーナー「西鉄」との関わりを持つためオープン前からのメイン広告代理店であった「大広」から西鉄グループの「西鉄エージェンシー」に広告代理店を変更、さらに「そごう博多ご用承り所」を「西鉄大手門ビル」に入居させました。もし、福岡にそごうがあったら、「福岡そごう」は存続店舗だったかも知れません…

mitsukoshi九州の中心地・福岡市天神にある「福岡三越」
(そごうが入る予定だった???)

西鉄福岡駅の再開発 そごう、出店の意向、副社長が公式表明 (1985年12月5日)

そごうの井上盛市副社長は4日、東京都内で記者会見し、西日本鉄道が計画している西鉄大牟田線・福岡駅再開発に触れ、「立地条件の良い場所に出店したいという意欲は持っている」と語り、間接的な表現ながら進出の意向を示した。西鉄が10月末に同駅再開発の青写真を年内に作成すると発表して以来、そごうの名が取りざたされていたが、同社首脳が公式に進出意欲を表明したのは初めて。西鉄福岡駅再開発に伴う出店問題については、すでに岩田屋が西鉄に対し正式な申し入れをしており、また西鉄グループの井筒屋も出店へ関心を寄せている。今回、そごうが進出の意向を表明したことで、地場、中央の百貨店入り乱れての競争となり、西鉄側の対応が注目される。井上副社長によると、福岡市への出店はそごうの念願という。西鉄は昭和51年にも西鉄福岡駅の再開発を計画したが、このときにもそごうが有力候補にあげられた。しかし、西鉄が石油ショック後の不況で計画を断念したため、そごう側もあきらめざるを得なかった。その後、そごうは北九州市にねらいを定め、昭和54年に黒崎そごうを出店、現在も小倉駅前再開発に伴う出店計画を進めている。しかし、西鉄福岡駅への進出意向を示したことで、福岡市への出店意欲を現在も持ち続けていることが明らかになった。これに対し西鉄側は「年内に青写真を完成するという段階で、テナントうんぬんはまだ先の話」(橋本尚行専務)と言っている。一方、そごうの井上副社長は「出店する、しないは相手先の意向とも関連する」として他の百貨店の動きも見守りながら計画を進める構え。そごうと西鉄は現在、微妙な関係にある。小倉駅前への進出計画でそごうは西鉄グループの井筒屋と対立する一方、同じ西鉄グループの広告会社、西鉄エージェンシーが黒崎そごうの代理店となるなど緊密さを増しているとの見方もある。西鉄福岡駅の青写真が完成する前にあえてそごうが進出意向を示したことで、両社の関係がどう変わるのか、注目される。

北九州市の副都心「黒崎」最盛期

Kurosaki_1983
1983年の国鉄黒崎駅前

「2百貨店・4量販店」黒崎で大型商業施設の集積がピークだったころです。まだ、北九州市の〝副都心〟としての存在をアピールできていたころと言えます。

(1)トポス黒崎店(ディスカウントストア・旧 ダイエー黒崎店)
(2)八幡井筒屋(百貨店・現 黒崎井筒屋)
(3)長崎屋黒崎店(総合スーパー/GMS)
(4)ユニード黒崎店(総合スーパー/GMS・旧 丸栄黒崎店)
(5)ジャスコ黒崎店(総合スーパー/GMS)
(6)黒崎そごう(百貨店)

Kurosakizenkei1993年の黒崎地区全景

右奥に白く巨大な「メイト黒崎ビル」。洞海湾を挟んで対岸は若松。中央の細長い緑地帯は長崎街道の名残り「曲里(まがり)の松並木」です。今は無き「北九州プリンスホテル(現ホテルクラウンパレス北九州)」の16面テニスコートが目を引きます。

Kurosaki_area
1990年代中盤のJR黒崎駅前(正確な年は不明)

すでに「ジャスコ黒崎店」が「黒崎フォーラス(1990年9月22日開店)」に業態変更しており「黒崎そごう」には、「SEGA WORLD」のネオン看板が設置されています。他に「黒崎井筒屋」「長崎屋黒崎店」「トポス黒崎店」の看板が見えます。まだ、手前の「黒崎駅西地区再開発ビル(コムシティ)」の姿はありません。「コムシティ」含め、現在、残っているのは「黒崎井筒屋」のみとは…

kurosakigenzai2001年のJR黒崎駅前

JR黒崎駅を中心に南側に放射線状に商業地帯が広がる「黒崎」。JR鹿児島本線と国道3号線、2つの九州の大動脈の間に2つの巨大な再開発ビルが並びます。

左上(黒崎駅西地区再開発ビル):コムシティ
右下(黒崎駅東地区再開発ビル):黒崎井筒屋(旧黒崎そごう)
左下:井筒屋アネックス-1(旧黒崎井筒屋)
遠方に洞海湾、北九州工業地帯(三菱マテリアル・三菱化学・安川電機等)が広がっています。
※現在、井筒屋アネックス-1向かいの「長崎屋黒崎店」は解体されビジネスホテル「アルクイン黒崎」になっています。

kurosakinishi手前(黒崎駅西地区再開発ビル):コムシティ
奥 (黒崎駅東地区再開発ビル):黒崎井筒屋(旧黒崎そごう)

そごうグループ倒産

2000年(平成12年)7月12日
百貨店「そごう」がグループ21社とともに 民事再生手続き開始を申請
そごうグループの倒産は 合計28件 負債の単純合計 2兆9220億2900万円

東証1部上場の大手百貨店「株式会社そごう(負債6891億円、大阪市)」は、百貨店業界を取り巻く環境の悪化により業績低迷に見舞われ、グループの大半が債務超過に転落、リストラなど再建計画の策定やメーンバンクからの役員派遣も抜本的解決には至らなかったことから2000年4月には取引金融機関へ総額6390億円の債権放棄を要請したものの、これを拒否する準メーン旧・長銀(現・新生銀行)の同グループ向け債権をめぐり、預金保険機構が買い取ったうえで債権放棄に応じることについて国民の批判が高まり、企業イメージも大幅に低下したことで再建計画の前提条件も崩れ、グループ21社とともに民事再生手続き開始を申請した。

法人名
所在地
負債総額
法的手続
 株式会社 そごう  大阪市中央区  6,891億円  再生認可
 株式会社 千葉そごう  千葉市中央区  4,054億円  再生認可
 株式会社 新千葉そごう  千葉市中央区  953億円  再生認可
 株式会社 柏そごう  千葉県柏市  1,238億円  再生認可
 株式会社 廣島そごう  広島市中区  3,282億円  再生認可
 株式会社 廣島そごう新館  広島市中区  545億円  再生認可
 株式会社 徳島そごう  徳島県徳島市  662億円  再生認可
 株式会社 八王子そごう  東京都八王子市  503億円  再生認可
 株式会社 横浜そごう  横浜市西区  1,955億円  再生認可
 株式会社 大宮そごう  埼玉県大宮市  774億円  再生認可
 株式会社 呉そごう  広島県呉市  236億円  再生認可
 株式会社 西神そごう  神戸市西区  240億円  再生認可
 株式会社 川口そごう  埼玉県川口市  736億円  再生認可
 株式会社 札幌そごう  札幌市中央区  496億円  破産宣告
 株式会社 黒崎そごう  北九州市八幡西区  321億円  破産宣告
 株式会社 船橋そごう  千葉県船橋市  666億円  破産宣告
 株式会社 豊田そごう  愛知県豊田市  496億円  破産宣告
 株式会社 加古川そごう  兵庫県加古川市  361億円  破産宣告
 株式会社 奈良そごう  奈良県奈良市  1,231億円  破産宣告
 株式会社 福山そごう  広島県福山市  742億円  破産宣告
 株式会社 小倉そごう  北九州市小倉北区  673億円  破産宣告
 株式会社 錦糸町そごう  東京都墨田区  303億円  破産宣告

法人名
所在地
負債総額
法的手続
 株式会社 木更津そごう  千葉県木更津市  241億円  自己破産
 株式会社 長野そごう  長野県長野市  87億円  自己破産
 株式会社 多摩そごう  東京都多摩市  553億円  特別清算
 株式会社 茂原そごう  千葉県茂原市  235億円  特別清算
 株式会社 そごうホップ  大阪市阿倍野区  92億円  特別清算
 株式会社 アレックス  東京都港区  59億円  自己破産
 株式会社 そごう物産  東京都港区  402億円  自己破産
 そごうクレジットサービス 株式会社  横浜市神奈川区  55億円  特別清算
 そごう情報システム 株式会社  横浜市神奈川区  6億円  特別清算
 株式会社 そごう情報サービス  横浜市神奈川区  5億円  特別清算
 中国そごうシステム 株式会社  広島市中区  2億円  特別清算
 株式会社 中国そごう都市開発  広島市中区  550億円  自己破産
 株式会社 エス・エス・ディー  広島市中区  29億円  自己破産
 株式会社 そごうインターナショナル・デベロップメント  東京都品川区  2,781億円  特別清算
 株式会社 滋賀ゴルフ倶楽部  滋賀県水口町  63億円   
 株式会社 装苑  広島市中区  55億円  自己破産
 株式会社 七博  東京都港区  232億円  自己破産
 株式会社 コリドー開発  千葉市中央区  33億円  破産宣告
 三多摩土地建物 株式会社  東京都多摩市  131億円  破産宣告
 (株式会社 コトデンそごう)  香川県高松市  246億円  破産宣告

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そごう9店が閉鎖に至った理由

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そごう9店が閉鎖に至った理由   特別顧問 和田 繁明

 11月2日の経営協議会での説明を中心に、9店が閉鎖に至った理由を述べます。存続・閉鎖の審査基準は「速報」8号に挙げた5点です。二次破綻が生じない継続的な安定利益の確保のために、将来性を含めた総合的事業収益力を見極めようと、弁護士、公認会計士、ミレニアム企画、そごうの4者によるチームが各店の現地調査と、膨大なデータを分析検討し、客観的・科学的な結論として再生計画案にしました。
 全体的に言えるのは、(1)景気・経済が右肩下がりの環境にもかかわらず、過大な設備投資を重ねた結果、財務を圧迫、(2)商品力、販売力の強化による利潤追求ではなく、利益を薄くする手法の外商、値引き販売に頼った売り上げ至上主義、(3)その結果、収益構造が悪化を続け、営業リストラ、すなわち利益を上げられない店舗は閉鎖し、存続店舗は効率性の高い営業体質にして再出発するーということでした。
 閉鎖店舗と存続店舗を経営数値で比較してみれば、理解いただけるでしょう(詳細な数字は、紙面の都合上控えますが、経協で詳しく説明しました)。
 たとえば、売上総利益率(平成11年度=以下同じ)は、存続店平均24.8%ー閉鎖店22.4%/売上高対販売管理費率は存続店平均22.4%ー閉鎖店平均23.5%/営業利益は存続店1店舗当たり14億円に対して閉鎖店は1600万円の赤字。経常利益も存続店平均1店当たりは6億円ですが、閉鎖店は7億円の赤字です。
 経協で質問のあった個別店舗について説明します。
閉鎖店のなかで唯一、利益計上していたのは黒崎そごうです。しかし、売上高は平成2年度をピークに減少が続き、12年度はその半分以下になる見込みです。それなのに黒字を維持してこられたのは経費削減効果で、努力が認められますが、目一杯やってきて限界に達しています。12年度は大幅な赤字になるでしょう。
将来要素はどうか。基幹産業の衰退によるマーケットの縮小や、競合店の進出、店舗の老朽化による維持・改修費の増大などで、再生債権を弁済する財務力はないと判断されました。
では、同じ規模の売り上げである西神そごうは、なぜ残るのかと言うと、マーケットの潜在的可能性が高く、行政主導の総合都市開発による店舗であることから、成長性に期待できるからです。
数字的には赤字の現状です。しかし、上記の背景に加えて坪当たり生産性の高さ、マーチャンダイジングの見直しによる効率化や固定費などのコスト削減が可能であり、今後の設備投資も少なくて済むなどの理由で存続とされました。
小倉そごうも毎期赤字の連続です。好立地で来客数が多いにもかかわらず、開店時の過大な投資がいまだに重荷になっており、競合店や博多の集客力との戦いで将来性が懸念されました。
そのうえ、外商比率が高い割に1人当たりの売上高が低く、坪当たり生産性も低い。また、特招会、店外催事が多く利益圧迫要因になるなど、そごうの営業体質の悪さの一典型です。
したがって、その他の要素を含め、改善を重ね、経営数値を積み上げても弁済原資をまかなうキャッシュフローは生み出せない、と判断されました。
 奈良そごうは、立地や過剰投資などによる経常的な赤字体質、札幌そごうは当面に営業利益を確保できても建物老朽化への設備投資や金利負担による経常赤字状態から脱し切れず、競合店進出など商圏の変化に対応できないとの判定でした。
(2000年11月9日発行/新生「そごう」のために No.9より抜粋)

そごう存続店・閉鎖店の背景   顧問 米谷 浩

 再建計画においては、継続的な安定利益の確保が何よりも求められている。債権者に多額の債権放棄をお願いすることとなる以上、利益が確保できる存続店舗を見極め、存続不可能な店舗については閉鎖をし、法的な手続きに従って清算するということにならざるを得ない。存続店舗においては、何年かに分けて債務の弁済を求められることとなる。したがって、2次ロスを発生させないというスタンスと継続的な安定利益が確保できる店であるかどうかという点が存続店舗の見極めになった。
 そこで、検討した結果、既存の収益店舗10店の中で横浜、千葉、神戸、広島、大宮、八王子、柏、徳島、呉そごうの9店舗については弱体化の要因を改善することで、継続的に安定した利益を確保できると考え存続させることにした。
99年までは収益店舗であったが、本年度赤字化に転落する黒崎そごうについては
(1)店舗の老朽化からくる(築21年)改善投資の必要性(投資額:5~10億円)、さらに耐震工事投資の必要性があり(投資約20億円)そのことを考慮すると、利益化の可能性は難しい。
(2)さらに、商圏内の基幹産業の衰退と2大都市圏、福岡、小倉の流出度が極めて高いことからマーケット自体が衰退してきており、将来の拡大が望めないこと。
(3)さらに来秋駅前に「コム黒崎(コムシティ)」(8000坪)の出現で新たな競合の軌道を考えると、減収減益に歯止めがかからず赤字転落は避けられないと考え、存続店より、はずさざるを得なくなった。
業績不振店舗については、業績不振要因を取り除けないかについて、店舗に赴き実査を行った。
(1)施設費の過大なものは家賃減額の試算をしたり、テナント導入による施設費負担の縮小化と利益の拡大化を計画しシミュレートしてみた。
(2)粗利益率の低さによるものについては、商品構成のバランス是正など、差益管理強化による年率アップ率を入れて試算し、可能性を追求した。
(3)人件費もすでにリストラされているが、さらに6~7%の削減を入れて試算した。
その結果、川口および西神そごうにおいては家賃の減額の可能性が見え、利益化の可能性が出てきたので、存続店舗に入れることにした。
 しかし、マーケットの成長性が期待できず、その上マーケットの競合条件が拡大される状況にあること。そして、マーケットサイズを見誤り、広域からの集客を見込んで、店舗に対して過大な投資をしたために、広大な施設設備からくる低生産性や固定費の負担は、どのような改善策を見込んでも改善は難しく、これからも継続して利益化のメドがつかない錦糸町、加古川、豊田、奈良、福山そごうの5店舗と、札幌そごうは、百貨店マーケットとしては、現在でも過剰な上に2003年に強力な新しい競合の出現が予測されるなかで、老朽化した店舗への改善投資(約20億円)、さらに競合に勝るための投資を考えると、利益化の可能性は難しく、百貨店としての運営は断念せざるを得なかった。
 そして、小倉そごうについては、マーケットもよく、立地も良好であるにもかかわらず、無理な開発からの過剰投資と非効率な区分所有物件であるために、営業努力では利益化できない構造から継続を断念せざるを得ないと判断した。
 これら継続的に利益を確保することが難しい7店舗については、不振要因を改善する可能性が現状ではないためそごうとしては残念ながら閉鎖することとし、再生計画の提出については見合わせることとした。
(2000年10月26日発行/全そごう労働組合機関誌 No.6より抜粋)

そごう店舗別 収益状況(2000年)

Sogo_network_20200619202901

収益状況
店 名
措 置
備 考
営業赤字
 そごう東京店  閉鎖(再生法申請後)  
 錦糸町そごう  閉鎖  
 多摩そごう  閉鎖(再生法申請後)  
 船橋そごう  閉鎖  
 茂原そごう  閉鎖(再生法申請前)  
 木更津そごう  閉鎖(再生法申請後)  
 長野そごう  閉鎖(再生法申請後)  
 豊田そごう  閉鎖  
 そごう大阪店  閉鎖(全面建て替え)  その後売却
 西神そごう  存続  その後閉鎖
 加古川そごう  閉鎖  
 福山そごう  閉鎖  

営業黒字(経常赤字
 札幌そごう  閉鎖  
 川口そごう  存続  その後閉鎖
 奈良そごう  閉鎖  
 小倉そごう  閉鎖  

営業黒字(経常黒字)
 八王子そごう  存続  その後閉鎖
 横浜そごう  存続  
 大宮そごう  存続  
 千葉そごう  存続  
 柏そごう  存続  その後閉鎖
 そごう神戸店  存続  その後売却
 広島そごう  存続  
 広島そごう新館  存続  
 呉そごう  存続  その後閉鎖
 徳島そごう  存続  その後閉鎖
 黒崎そごう  閉鎖  

そごうの株券(ただの紙屑)

Sogo_kabuken
ただの紙屑となった「株式会社そごう株券(従業員持株会)」
どれだけの従業員が損をしたのか(T-T)


kensui閉店セール懸垂幕
左:没バージョン 右:OKバージョン
そごう本社より閉店セールは粛々と実施するようと指摘され、作り直し…

西日本新聞への投書

思い出をありがとう 永住美枝子

 黒崎と小倉のそごうが、閉鎖になるというニュースがテレビで流れた。もし娘が元気でいたら、このニュースはだれよりも一番さみしがるのではないかと思った。
 体の弱かった娘は、病院以外あまり外出することもなく、唯一そごうでの買い物が楽しみだった。一人で行けるわけでもなく、いつも私が一緒だった。そごうの中では書店、服売り場、アクセサリー売り場、CDショップとコースが決まっていた。買い物が終われば、紅茶とケーキを食べて体はくたくたになりながらも十分満足していた。
 今も娘のクローゼットの中にはそでを通していないままの服などがいくつも並べられている。鏡台には真新しい口紅などがあり、引き出しを開けるだけで胸が詰まる。娘にとってのそごうは、心のやすらぎの場であったと思う。そごうがなくなるとさみしくなるけれど、最後に一言「娘とのたくさんの思い出をありがとう」といいたい。
(主婦・50歳=北九州市八幡西区)
西日本新聞 2000年11月28日夕刊「紅皿」欄より

Nishinippon2000

西日本新聞社様「無断転載」をお許しください
どうしてもこのお客様の投書は残したかったので…
閉店間際、数々の新聞報道があった中、一番忘れられない記事…
永住さんの娘さんのためだけでも「黒崎そごう」が存在した意義はありました(T-T)

Sogo_neon_uplight1990
歳末風景(1990年)
広告撮影用にオープン以来11年ぶりに点灯させたネオン下のアッパー照明
これが最後の点灯になりました

Kurosaki_sogo_night
歳末風景(1995年頃)

Kurosakisogo_nishiginbk2
歳末風景(1997年頃・西日本銀行黒崎支店屋上より許可を得て撮影)

Kurosakisogo_deck_yakei
歳末風景(1998年頃)

Sogo2000
歳末風景(2000年閉店間際)

Kurosakisogodm_3最後のダイレクトメール A6判(2000年11月)

Sogo_orikomi_last
最後の折込広告 D4判(2000年12月)

Sogo_kurosaki_mark
最初の折込広告(左・1979年)と最後の折込広告(右・2000年)のロゴマーク

(参考)西日本新聞が選んだ2000年の九州10大ニュース

●佐賀市の17歳少年が西鉄高速バス乗っ取り
●プロ野球福岡ダイエーホークスが2年連続のリーグ優勝
●九州新幹線鹿児島ルートの全線フル規格が決定
●福岡市で九州・沖縄サミット蔵相会合、宮崎市で外相会合開催
●シドニー五輪で田村亮子、井上康生選手ら九州出身者が活躍
●九州国立博物館の建物の基本設計が決まる
北九州市の小倉そごう、黒崎そごう両店が閉店
●山口市の16歳少年が母親を金属バットで殺害
●熊本県知事選で、潮谷義子氏が全国2人目の女性知事に当選
●大分県野津町で一家6人が殺傷され、15歳の少年を逮捕

黒崎そごう閉店の日

2000年12月25日(月)クリスマス 午後7時30分
「黒崎そごう」21年間の歴史に幕…

retsu1階正面玄関 入場制限

sale2階レディスフロア 盛況が虚しい閉店セール

miokuri2階正面玄関 最後のお見送り(一番奥:最後の店長 濱田氏)

miokuri2整列した幹部&サービス課社員の間をお客様が通り抜ける…

Omiokuri_2最後は全員でお見送り…

heiten閉店の瞬間(正面玄関のシャッターが降りる)
「21年間ありがとうございました…」

heitensaigo「皆さま、さようなら…」

tekkyo閉店後、商品・什器すべてが撤去された店内(3階婦人服フロア)

shimbun翌日の新聞記事の一例
(2000年12月26日・読売新聞西部本社版)

asahinp
(2000年12月26日・朝日新聞西部本社版)

logo

参考文献〈一覧〉

●株式会社そごう社史(そごう社長室弘報室)昭和44年
●株式会社そごう小史(そごう小史編集委員会)昭和54年
●社報そごう(そごう本社広報室)昭和54年10月黒崎そごう開店準備号〜平成12年最終号
●お元気ですか(そごう健康保険組合)昭和63年4月号〜平成12年最終号
●黒崎駅東地区市街地再開発史(黒崎駅東地区再開発組合)昭和55年
●全そごう労働組合三十年の歩み (全そごう労働組合)昭和57年
●そごう各店開店パンフレット普及用・VIP用

●百貨店叢書「そごう」(村上静人:百貨店新聞社出版部)昭和17年
●そごうの全貌 (山森俊彦:ストアーズ社)昭和55年
●不死鳥・そごうの経営 (和田進:評言社)昭和56年
●そごう怒涛の大航海「水島そごう」日本一への出帆 (山森俊彦:ストアーズ社)昭和63年
●そごうさらに壮大なる未来へ (山森俊彦:ストアーズ社)平成4年
●日本最大の百貨店 そごうの実像 (日経ビジネス11月9日号 )平成4年
●[ポケット社史]そごう地域密着・地域貢献の経営 (佐藤正忠:経済界)平成6年
●「そごう」に新しい神話がはじまった (佐藤正忠:経済界)平成6年
●小説「翔べ!そごう」 (渡辺 一雄:廣済堂出版)平成6年
●小説「そごう」崩壊 (渡辺一雄:廣済堂出版)平成12年
●ブランドはなぜ墜ちたか そごうの深層 (産経新聞取材班:角川書店)平成13年
●そごう 壊れた百貨店—乱脈経営の全貌とメインバンクの過ち(週刊ダイヤモンド特別取材班:ダイヤモンド社)平成13年
●ドキュメントそごう解体—裁かれる「バブル経営」(日本経済新聞社)平成14年
●神様の墜落〈そごうと興銀〉の失われた10年 (江波戸哲夫:新潮社)平成15年

〈追記〉黒崎そごうの残像

 Izutsuya_neon02
「黒崎そごう」跡に入居したライバル「黒崎井筒屋」
屋上塔屋の4面メイン看板に、丸く黒い汚れが見えます

Izutsuya_neon01
覚えているだけで2〜3回は塗り直していると思いますが
何度も浮き出てくる「そごうロゴマーク(まるちきりマーク)」
ちゃんと成仏してほしい(T-T)

〈追記〉プレステに出てくる黒崎そごう

Densyadego01 Densyadego02 Densyadego03
1998年発売のPlayStationソフト電車運転シミュレーター「電車でGO!2(タイトー)」
黒崎駅停車アナウンスのあと、黒崎駅が近づいてくると「黒崎そごう」が見えてきます…
ホームから見える駐車場棟も忠実に再現されています…
(アーケードモード上級編:鹿児島本線 快速 折尾〜小倉)

〈追記〉どっちが元気だ!? 小倉 VS 黒崎(1988年)

北九州エリア唯一のタウン情報誌「おいらの街(通称:おい街)」。
残念ながら当時の運営会社(株式会社おーぱす)は、2004年末に破産。現在は別の会社が同じ名前で再発刊しています。
その「おい街」1988年5月号の特集記事。
北九州市の都心「小倉」と副都心「黒崎」を読者アンケートにより、ランキング形式で比較しています。ちなみに、この号が「おい街」最大発行部数を記録したとのこと。それだけ市民の関心が高かったのでしょう。すべての項目にランキングしている「黒崎そごう」。発行時、まだ「小倉そごう」が無かったため、小倉に対する黒崎の自慢のアドバンテージは「黒崎そごう」だったことが伺えます。

〈記事抜粋〉黒崎にはそごうがある
「そして、いつでもどこでもでてくるそごう。黒崎はもうこれ書いとけばいいって感じで、全部そごうって書いてきた人もいる。」

Oimachi01_2

どちらが好きか その理由

小倉 1. 小倉城があるから 2. モノレールがあるから 3. 店がいろいろある 4. ディスコがある 5. ライブハウスが多い

黒崎 1. そごうがある 2. 物が安い 3. トポスがある 4. 商店街が広い 5. 活気がある

街のイメージは?

小倉 1. 都会・賑やか(32%) 2. ゴミゴミしている(20%) 3. ガラが悪い(14%) 4. 街が小さい(12%) 5. 言葉が悪い(8%)

黒崎 1. 開発が進んでいる(29%) 2. そごうがある街(25%) 3. 商店街が広い(16%) 4. 賑やか(8%) 5. ガラが悪い(6%)

Oimachi02_2

良いところは?

小倉 1. ブティックが多い(40%) 2. 賑やか(22%) 3. 何でもある(15%) 4. 買物に便利(7%)

黒崎 1. アーケードが広い(28%) 2. そごうがある(25%) 3. 物が安い(12%) 4. 人がいい(9%)

Oimachi03

よく行くお店は?(買物)

小倉 1. 井筒屋 2. 東映会館 3. 魚町銀天街 4. 三愛

黒崎 1. そごう 2. トポス 3. 商店街 4. 井筒屋

よく行くお店は?(ブティック)

小倉 1. 東映会館 2. 三愛 3. SABO 4. サンレモ

黒崎 1. マックアビー 2. ダイセン 3. そごう 4. フランドル

待ち合わせはココ

小倉 1. 小倉駅 2. マクドナルド 3. 東映会館 4. モノレール

黒崎 1. 黒崎駅 2. そごう 3. 井筒屋 4. 上高地

〈追記〉小倉そごうメモリアル

Kokura_np(1979年10月4日・西日本新聞)

「小倉そごう」の当初オープン予定は、「黒崎そごう」のオープンからわずか2年後の1981年。実際には遅れに遅れ、予定より12年後の1993年にオープンしました。しかも、わずか7年の短命。「そごう」が「小倉そごう」を計画し、小倉駅前に土地を取得したのは、実にオープンより24年も前の1969年のことでした。

小倉そごう社長水島広雄氏 20年余の苦労に感慨(トーク) (1990年4月20日)
「冷たい水で顔を洗ったようなすがすがしさ」と現在の気持ちを表現するのは、JR小倉駅前の再開発ビルに核テナントとして入居することになった小倉そごう(本社北九州市)の水島広雄社長。平成4年度中の完成を目指し19日に起工式を行ったが、ここに至るまでには地元商店街や寺院の根強い反対があるなど、実に長い道のりだった。「私どもが駅前に土地を取得したのは昭和44年11月27日午後11時35分」とメモも見ずにスラスラ。「半ばあきらめ、風化しかけていた土地で商売をやらせてもらう以上、博多に負けないよう頑張る」と決意を新たにしていた。

水島氏にとって「小倉そごう」はある意味、特別な店舗でもありました。

Kokurasogo1989
「大宮そごう」にそっくりな小倉駅前東地区市街地再開発ビル初期案

計画当所、小倉そごうと小倉駅ビル(現アミュプラザ小倉)を地下で結ぶ計画も存在しましたが、経費や諸々の利害関係等で頓挫しました。(小倉そごうシリンダー地階と現アミュプラザ地階レッドキャベツ付近を地下道または地下街で結ぶ計画)

Kokurasogo_model
小倉駅前東地区市街地再開発ビル 建築模型(そごうネオンは未設置)

Kokurasogoshoki小倉そごう 初期完成予定図

Kokura_sogo_perspective
小倉そごう カラーパース画
Kokura_sogo_monochrome
小倉そごう モノクロパース画

小倉そごう開設準備室

■住所 神戸市中央区御幸通5丁目1番21号 富永ビル2階
■住所 北九州市小倉北区米町1丁目2番22号 平和生命ビル5階
■住所 北九州市小倉北区米町1丁目3番25号 安田火災北九州ビル7階

小倉そごう会社概要

■商号 株式会社小倉そごう(英文 Kokura Sogo Co.,Ltd)
■店名 小倉そごう
■住所 北九州市小倉北区京町3丁目1番1号
■電話 093-512-2111(代表)
■営業時間 午前10時〜午後7時(地下1・1・2・3・4階は8時まで)
■年間休日 12日(原則として火曜日)
■設立 1988年11月28日
■開店 1993年10月10日(閉店2000年12月25日)
■内容 百貨店業および百貨店業に付随する事業
■資本金 1億円
■株主構成
     株式会社広島そごう30%
     株式会社千葉そごう25%
     株式会社柏そごう25%
     株式会社黒崎そごう20%
■建物面積 113,546㎡(地下3階・地上14階)
■店舗面積 43,774㎡(兼業面積7,161㎡)
■取引銀行 福岡銀行・西日本銀行・福岡シティ銀行他
■従業員数 正社員410名(男195・女215)・パート160名※2000年
■売上推移
     1993年=151億3000万円(1993年10月〜1994年2月 合計)
     1994年=343億4000万円(1994年3月〜1995年2月 合計) 
     1995年=399億4000万円(1995年3月〜1996年2月 合計)
     1996年=428億0000万円(1996年3月〜1997年2月 合計)
     1997年=432億8000万円(1997年3月〜1998年2月 合計)※最高売上
     1998年=418億3800万円(1998年3月〜1999年2月 合計) 
     1999年=394億9500万円(1999年3月〜2000年2月 合計)
※小倉そごうは閉店間際まで実に年商400億円を計上していました…

小倉そごう歴代店長

◎初代店長 森   透 → その後、そごう大阪店店次長
◎二代店長 梶谷 方宏 → その後、船橋そごう店長(故人)
◎三代店長 福井 洋一 → その後、コトデンそごう店長(故人)
◎四代店長 垣内 龍介 → 破綻退職後、日報社長・スピナ常任監査役
◎五代店長 亀岡 伸吾 → 破綻退職後、ちまきや副社長・山口井筒屋店長

Ekimae(1993年4月1日・毎日新聞西部本社版夕刊)

Nyushashiki
小倉北区の「九州厚生年金会館」大ホールで行われた最初で最後の2社合同入社式
(小倉そごう第1期生268名・黒崎そごう第15期生26名)

ここからわずか7年半後に会社が破綻するとは誰も想像していませんでした。破綻後の調査によると、この時期、そごうグループの実体はすでに債務超過に陥っており、仕掛かり案件とはいえ、巨額経費を使った「小倉そごう」のオープンは無謀であったとも言われています。

kokuravisual「小倉そごう」オープン広告のメインビジュアル

咲かせたい、暮らしルネッサンス
人と人がふれあって、やさしくあたたかな気持ちが生まれてくるように。小倉そごうは、お客さまおひとりおひとりに心地よく充実した時を過ごしていただけるような店づくりをめざしました。楽しく快適な店内環境、上質な暮らしをご提案できる売場、あたたかいサービス、お役にたてる生活情報など、新しい生活を創造する百貨店として、皆さまの暮らしに上質な花を咲かせたいと考えます。
(TVCMと同時スチール撮影 / 株式会社電通)



YouTubeにアップしました

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オープン準備中の小倉そごう(1993年)

Kokuraopen_np(1993年10月11日・朝日新聞西部本社版1面トップ)

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北九州市が1993年夏に実施した「街の中の色」人気投票第3位に選ばれた「小倉そごうの外壁」。『街に花を咲かせよう』と桜の花をイメージして淡いピンク色に決められました。しかし、当初そごうは、初期完成予定図からもわかるようにピンクの度合いのもっと強いものを考えていました。さらに袖看板、懸垂幕スペースもかなり確保していました。ところが、北九州市より、市の玄関として「小倉そごう」だけが突出しないように要請があり、ピンク色が控えめになり、外壁北側と西側下部にあるそごう筆記体マークをひと回り小さくし、赤色から金色に変更。袖看板は取りやめ、懸垂幕の本数も減らしました。なお、外壁全体にある△▽模様はそごうの「まるちきり」マークをイメージしています。
※企画段階では、天候によって、外壁タイルの色が変わるというアイデアもありましたが、技術的・経費的に実現されませんでした。
※外壁タイルは、正面シリンダーを挟む2面がINAX製、裏側が地元TOTO製。

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JR小倉駅からモノレール軌道を入れた「小倉そごう」定番アングル
ペデストリアンデッキを行き交う人々…
後方には破綻した「山一證券」と小倉そごうビルには同じく破綻した「三洋証券」もありました…

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屋上には「瘡守(かさもり)稲荷神社」が鎮座していました…
本場の宮大工に造営を依頼、総檜造りで、総工費約16億円を投じました…
百貨店の屋上神社としては国内最大級、本格派のお社です…
地上にはビル営業時間外でも参拝ができるように祠が造られました…

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小倉そごう 夜景(壁面全面に動くイルミネーション)

Smallworldイッツ・ア・スモールワールド時計
オフィシャルスポンサーだった「東京ディズニーランド」のアトラクション
『it's a small world』をモデルにした大型からくり時計…
「千葉そごう(新店舗)」と並んでグループ最大級の大型時計でした…
(午前9時と午後3時の文字盤の位置に小倉オリジナル「小倉祇園太鼓人形」を設置)

Sogokaidan_2小倉そごうの階段壁面装飾 1995年「日本の空間デザイン」奨励賞を受賞
(福岡在住の画家 土器修三氏の作品)

Ucccafe
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3つの滝と吹き抜けが開放的な10階「UCCカフェプラザ」

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閉店が正式に決まった日(2000年10月25日)

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2000年12月25日 2階正面玄関

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Kokura2000年12月25日 小倉そごう閉店(中央:最後の店長 亀岡氏)

主な催事(ほんの一部)

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●開店記念 大ヴァチカン展(1993年10月20日〜31日)
●開店1周年記念 アイルトン・セナ展〜FOREVER〜(1994年10月4日〜10日・フジテレビ主催)
●今田美奈子お菓子展「バレンタインお菓子物語」(1994年2月9日〜14日)
●安田早葉子染め花展(1994年3月2日〜7日)
●仮面ライダーワールド(1994年3月23日〜28日)
●第1回加賀百万石名品展(1994年4月6日〜11日・毎年開催)
●エルンスト・ハース展(1994年4月27日〜5月9日)
●ねむの木の子どもたちとまり子美術展(1994年5月3日〜9日・1997年4月29日〜5月5日)
●華道新池坊創流85周年記念花展(1994年11月16日〜22日)
●服部早苗ジャパンキルト展(1995年2月8日〜20日)
●ひらけ!ポンキッキ チャイルドパーク(1995年3月28日〜4月10日)
●宮川大助・花子日本昔ばなし絵画原画展(1995年5月2日〜8日)
●小倉そごうの不思議水族館(1995年8月15日〜20日)
●開店2周年記念 後藤純男展(1995年9月26日〜10月8日)
●開店2周年記念 ザ・ビートルズ展(1995年10月10日〜23日)
●世界のテディベアコレクション展(1995年11月28日〜12月11日)
●中島みゆきストーリー展(1996年5月22日〜27日)
●与 勇輝展(1996年7月16日〜29日)
●開店3周年記念 宝塚歌劇展(1996年10月3日〜14日)
●開店3周年記念 ウェッジウッド・ミュージアム秘蔵の名品展(1996年10月15日〜21日)
●アプリケ芸術50年 宮脇綾子遺作展(1997年7月16日〜28日)
●スイス サン・クロワ博物館所蔵 世界のオートマタ展(1997年9月23日〜10月6日)
●山下 清展(1997年12月10日〜22日)
●大恐竜展(1997年12月〜1月1日)
●アニエス ベー エトセトラ・・・!(1998年10月7日〜19日)
●開店5周年記念 野村万作・萬斎 三番曳・初の競演(1998年10月15日/九州厚生年金会館)
●新春いけばな展(1999年1月20日〜25日)
●カシニョール展(1999年2月11日〜14日)
●なかよしフェスティバル(1999年8月13日〜19日)
●華道新池坊創流90周年記念花展(1999年11月17日〜22日)

◎小倉そごうは復活の可能性がほんの一瞬ありました…

小倉そごうは破産手続きへ (2001年2月26日)

福岡銀行の寺本清頭取は26日の会見で、融資先の小倉そごう(北九州市)の経営再建問題について「(そごうグループが)小倉そごうの再生は不可能と考えており、破産手続きに移行せざるを得ない状況にある」との見方を示した。同グループは、黒崎そごう(同市)についても破産手続きに移る方針を固めており、小倉、黒崎の両店舗が営業を再開する可能性は事実上なくなった。寺本頭取によると、そごうグループから2月16日、小倉そごうの営業再開で協力を求められたが、わずか一週間後には同グループが再開を断念した。同グループはまた、地元財界などによる小倉そごうの会社更生法適用申請も可能との見方を示したが、寺本頭取は「経営責任を地元に転嫁するもの」と強く批判、申請する考えがないことを強調した。 民事再生法に基づく両店の再生計画案提出期限は3月9日に迫っているが、同グループは「再建が困難と判断している以上、小倉そごう単独で会社更生法の適用を申請しても裁判所は認めない可能性が高い」としているという。 ただ、寺本頭取は地元で浮上している「持ち床会社」によるテナント誘致構想については「できる範囲でバックアップしたい」と協力する考えを示した。

余談ですが「小倉そごう」跡には、その後に出店した「伊勢丹」ではなく、先に「大丸」が出店意向を示していました。「下関大丸」「(小倉大丸)」「博多大丸」「長崎大丸」の北部九州流通ネットワークの構築が目的でした。小倉そごうビルにおける、複雑な地権者問題をクリアすることが困難と考え、頓挫したと言われています。

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〈追記〉そごうグループ全52店舗(破綻前)

サイドバーにある「そごうグループ国内店・海外店」のパース部分を再編集したものです。

そごうグループ

Sapporo_sogo_beforeSapporo_sogo_open1978_20200716175201Sapporo_sogo

Maruchikiri8札幌そごう SAPPORO SOGO
1973年11月2日会社設立。1978年9月1日開店。第8号店。29,728平米。1988年増床。資本金4億円。売上高325億円(1998年度)。札幌市中央区北五条西2-1。国鉄札幌駅前の再開発事業の一環として、総床面積10万平米、北日本最大級の規模を誇る、札幌ターミナルビル「エスタ」の核テナントとして出店。1階にはバスターミナルを内包し、地下鉄およびJRの札幌駅とも直結。その商圏は札幌だけにとどまらず、小樽、千歳、苫小牧などを含み、広域的な動員力を持っていた。シンボルゾーン「北海道の幻想(伊藤隆道作)」。オープン時のキャッチフレーズは「でっかい、そごう」。
※2000年12月25日閉店:現 札幌エスタ

Tokyo_sogo1979

Maruchikiri8そごう東京店/有楽町そごう YURAKUCHO SOGO
1957年5月25日開店。第3号店。15,275平米。資本金144億4千万円(本社)。売上高168億円(1998年度)。東京都千代田区有楽町1-11-1。首都圏進出の1号店として開店。アメリカ映画「ラスヴェガスで逢いましょう」からヒントを得た「有楽町で逢いましょう」のキャッチフレーズで知られ、開店日は雨の中を約30万人の客が押し寄せた。正面入口に、天井から床に向け風を送って外気を遮断する「エア・ドア」を導入したり、昇りと下りのエスカレーターをX字型に設置するなど、目新しい設備も話題となり、若者たちの待ち合わせ場所にもなった。女子店員の人気も高く「伊勢丹ボーイに、そごうガール」という言葉も生まれた。しかし、都道と市道にはさまれた狭小の三角店舗は、基本的なキャパシティに最後まで悩まされ続けた。1991年に東京都庁が新宿に移転。バブルの崩壊と長引く不況のなかで業績がさらに悪化した。1994年より業界初の日曜定休を導入し話題となった。シンボルゾーン「クリスタルシンボル柱」。
※2000年9月24日閉店:現 ビックカメラ有楽町店

Kinshicho_sogo_open

Maruchikiri8錦糸町そごう KINSHICHO SOGO
1991年会社設立。1997年10月22日開店。第42号店。31,350平米。資本金1億円。売上高149億円(1998年度)。東京都墨田区錦糸2-2-1。1995年2月一時出店断念。同9月出店再開。オフィスビル、マンション、ホテル、商業棟からなる錦糸町駅北口「アルカタワーズ錦糸町」に開店。そごうグループにとって東京店以来、東京23区内2店舗目の出店となった。国内最後の出店。コア商圏は半径3kmと狭いエリアを設定していた。オープン時のキャッチフレーズは「すみだが生んだ、すみだの百貨店」。
※2000年12月25日閉店:現 アルカキット錦糸町

Tama_sogo
Tama_sogo1989

Maruchikiri8多摩そごう TAMA SOGO
1988年会社設立。1989年10月20日開店。第24号店。34,448平米。資本金4億円。売上高195億円(1998年度)。東京都多摩市落合1-46-1。将来人口約31万人の新都市を計画していた多摩ニュータウンの中心、多摩センター駅前に立地。八王子そごう・柚木そごう・(未開店の橋本そごう)との連携のもとで、西東京地域におけるそごうのイメージアップとエリアネット化を担っていた。宮沢りえ主演のTBSドラマ「東京エレベーターガール」のロケ地となった。シンボルゾーン「バード・サンクチュアリー」。オープン時のキャッチフレーズは「はじめまして、新・山の手社交界」。
※2000年7月12日閉店:三越多摩センター店(閉店)→ 現 ココリア多摩センター

Hachioji_station_north

Maruchikiri8八王子そごう HACHIOJI SOGO
1982年会社設立。1983年11月1日開店。第14号店。28,809平米。資本金1億1百万円。売上高427億円(1998年度)。東京都八王子市旭町1-1。東京店の誕生からおよそ四半世紀を経た東京で2店舗目のそごうとして、JR八王子駅北口の駅ビル、八王子ターミナルビル「NOW」の核店舗として開店。中央線沿線・三多摩地域のそごうグループ基幹店舗と位置づけられていた。
※存続:そごう八王子店(その後2012年1月31日閉店)→ 八王子ナウ → 現 セレオ八王子

Yugi_sogo_open

Maruchikiri8柚木そごう YUGI SOGO
1990年9月28日会社設立。1992年6月7日開店。第33号店。資本金5千万円。13,150平米。東京都八王子市南大沢2-28-1。多摩ニュータウンの西部地区、京王電鉄相模原線南大沢駅前に多摩ニュータウン開発センターが建設した商業ビル「ガレリア・ユギ」の核店舗としてオープン。サマセット・モームやカーライルなど多くの文化人が育まれた丘、ロンドンのチェルシーテラスの生活マインドがストアーコンセプトだった。そごうでは珍しいブラウン系の外壁を採用。オープン時のキャッチフレーズは「上質生活ヶ丘・東京チェルシーテラス」。
※1994年10月3日閉店:現 イトーヨーカドー南大沢店

Yokohama_sogo

Maruchikiri8横浜そごう YOKOHAMA SOGO
1969年会社設立。1985年9月30日開店。第17号店。77,211平米。資本金4億6千万円。売上高1403億円(1998年度)。横浜市西区高島2-18-1。横浜駅東口「横浜新都市ビル」の核店舗として開店。当時としてはケタ外れの開店資金約590億円を投じた百貨店史上類をみない超弩級の巨艦百貨店。そごうグループの英知を結集したリーディングストア、フラッグシップストア(旗艦店)。「首都圏レインボー作戦」の要として、重責を与えられていた。博物館法に基づく「そごう美術館」を設置。シンボルゾーン「燦帆(時忠彦作)」。シンボルモニュメント「太陽(岡本太郎作)」。オープン時のキャッチフレーズは「横浜が生んだ、世界最大級の百貨店」。
※存続:現 そごう横浜店

Kawaguchi_sogo

Maruchikiri8川口そごう KAWAGUCHI SOGO
1983年9月6日会社設立。1984年当初開店予定。1991年10月16日開店。第30号店。45,981平米。資本金3千万円。売上高323億円(1998年度)。埼玉県川口市栄町3-5-1。JR川口駅東口市街地再開発ビルの核店舗として開店。そごうグループ埼玉県下2店舗目、首都圏10店舗目。埼玉最大規模の百貨店。川口そごうの開店により、そごうグループは国内23店舗・海外7店舗の30店舗となり、宿願の「トリプルそごう計画(そごう30店舗構想)」を達成。シンボルゾーン「輝林」。オープン時のキャッチフレーズは「世界へ。そごう新世紀、始まる」「世界の素敵が川口へー国内外そごうグループの総力を結集した」「30番目のバースデー」
※存続:現 そごう川口店(2021年2月閉店予定)

Omiya_sogo

Maruchikiri8大宮そごう OMIYA SOGO
1981年会社設立。1987年3月27日開店。第19号店。39,157平米。資本金1億1千万円。売上高484億円(1998年度)。埼玉県大宮市桜木町1-6(当時)。JR大宮駅西口「大宮スカイビル」の核店舗として、北関東最大・大宮以北では東日本地区最大の百貨店として開店。そごうグループ首都圏ネットワークの重要拠点のひとつであり、空白エリアの東北進攻への足ががりでもあった。 
※存続:現 そごう大宮店

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Maruchikiri8千葉そごう CHIBA SOGO
◎旧店:1966年10月28日会社設立。1967年3月21日開店。第4号店。資本金1億円。千葉県千葉市富士見町2-3-1(当時)。JR千葉駅前に開店したそごうグループ多店舗化1号店。千葉そごうに始まる地域一番店主義、駅前巨艦店主義、独立別会社方式による地域密着型の経営はのちに「そごう方式」と言われた。法人として事実上のそごうグループの親会社でもあった。シンボルゾーン「大シャンデリア」「コダックカロラマ(カラースライド)」。オープン時のキャッチフレーズは「都心のムードでしゃれたお買い物」「千葉県でいちばん大きく、いちばん美しいデパート誕生!」。
◎新店:1992年会社設立(新千葉そごう)。1993年4月27日開店(36号店)。61,000平米。資本金1億円。売上高1,007億円(1998年度)。千葉市中央区新町100。千葉市新町地区再開発ビル「センシティ(1000CITY)」の核店舗として開店。新しい百貨店の「千葉そごう」、専門店街の「SOGOコリドーモール」(コリドーパーキングビル内)、旧店舗をリニューアルしたヤング館の「ビー・ワン」(旧 千葉そごう)、スポーツ館の「ビー・ワン スポーツ」(旧 男の新館)の4館体制。「そごうタウン」と称し、世界最大級のショッピングゾーンを形成していた。博物館法に基づく「千葉そごう美術館」を設置。シンボルゾーン「ゴールドプラザ煌源」。シンボルモニュメント「大空と子供(圓鍔勝三作)」。オープン時のキャッチフレーズは「世界最大級・新しい日本の百貨店」。
※存続:現 そごう千葉店
Maruchikiri8ビー・ワン Bee-One
(旧 千葉そごう本館)1993年4月27日開店。千葉市中央区。17,000平米。ヤング館。専門店ビル。
※閉店:現 塚本ビル
Maruchikiri8ビー・ワン スポーツ Bee-One SPORTS
(旧 男の新館)1993年4月27日開店。千葉市中央区。スポーツ館。専門店ビル。
※閉店

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Maruchikiri8船橋そごう FUNABASHI SOGO
1978年会社設立。1981年4月2日開店。第11号店。32,580平米。資本金20億円。売上高270億円(1998年度)。千葉県船橋市浜町2-1-1。「船橋ヘルスセンター」跡地再開発として生まれた船橋ショッピングセンター「ららぽーと」の核店舗。ワンフロア15,000平米、4階建という従来にない広大なフロアと低層階の売場展開は、百貨店の一つのあり方を提案した。1997年9月には新業態専門フロア「ベイ・プラネット」オープン。3、4階すべてを新しい集客装置と位置づけ、フットロッカーやトイザらスなど人気ショップや話題の専門店を導入した。シンボルゾーン「大シャンデリア(伊藤隆道作)」。オープン時のキャッチフレーズは「日本最大のショッピングセンター」。
※2000年12月25日閉店:現 ららぽーとWEST

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Maruchikiri8柏そごう KASHIWA SOGO
1971年6月1日会社設立。1973年10月10日開店。第6号店。35,477平米。資本金1億3千万円。売上高403億円(1998年度)。千葉県柏市柏1-1-21。柏駅前に当時、地方百貨店最大規模で開店。1969年に施行された「都市再開発法」に基づく全国で初めての駅前開発事業であった。再開発ビルはABC3館に分かれ、A館(スカイプラザ柏)柏そごうと専門店、B館柏そごう、C館(ファミリ柏)丸井と専門店が入居し、駅前大ショッピング街を形成した。商圏は常盤線、東武線を基線に、上野・春日部・下館・水戸・成田・船橋と広域が設定されていた。開店までには、そごうのイメージ作りを目的とした「そごうフード」の存在もあった。シンボルゾーン「光木の林」。オープン時のキャッチフレーズは「みどりのまちにお城のような百貨店」「未来をひらく新しい百貨店」。
※存続:そごう柏店(その後2016年9月30日閉店)

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Maruchikiri8茂原そごう MOBARA SOGO
1989年会社設立。1992年3月7日開店。第31号店。15,060平米。資本金1億円。売上高63億円(1998年度)。千葉県茂原市千代田1-6。JR茂原駅南口再開発ビル「サンヴェル」の核店舗として開店。千葉県完全制覇を目標に、そごうグループ県下5店目の出店。「トリプルそごう計画(そごう30店舗構想)」達成後の第1号店として、外房を代表する都市型百貨店を目指していた。当時、茂原市人口約8万6千・商圏人口30万以下で百貨店の出店としては当初から厳しい条件であったと言われる。「そごうシネマサロン」設置店舗。1999年7月28日、翌年2月29日に閉店することを発表した。
※2000年2月29日閉店:現 南総サンヴェル

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Maruchikiri8木更津そごう/サカモトそごう KISARAZU SOGO
1978年10月1日開店。第9号店。19,349平米。資本金2億5千万円。売上高107億円(1998年度)。千葉県木更津市富士見1-2-1(サカモトそごう:千葉県木更津市中央1-3-8)。1977年木更津地区唯一の名門老舗百貨店「サカモト」と提携。1978年10月1日「サカモトそごう」として木更津駅前に開店。1988年3月17日、新築移転開店時に「木更津そごう」に商号変更。オープン時のキャッチフレーズは「木更津が変わる。夢ふくらむ、大きなそごう」。

※2000年7月12日閉店:現 アクア木更津

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Maruchikiri8長野そごう/丸光そごう NAGANO SOGO
1983年6月30日開店。第12号店。11,157平米。資本金8億円。売上高59億円(1998年度)。長野県長野市問御所町1206。地場老舗百貨店「丸光」と提携。1983年6月30日、「丸光そごう」として開店。1987年5月13日、大規模リニューアル時に「長野そごう」に商号変更。1989年の全館リニューアル時にはストアコンセプトを「魅惑的高級大型専門店」とし、呉服・子供服・玩具・家電・書籍部門を廃止した。
※2000年7月12日閉店(その後解体):現 TOiGO(SBC信越放送新社屋)

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Maruchikiri8豊田そごう TOYOTA SOGO
1986年8月28日会社設立(トヨタ自動車7%)。当初計画1987年春開店予定。1988年10月8日開店。第21号店。40,761平米。資本金1億円。売上高227億円(1998年度)。愛知県豊田市若宮町1-57-1。名鉄豊田市駅西口に本格派都市型百貨店として開店。そごうグループにとって初の東海地区への出店となった。昭和天皇の容態悪化による国内自粛ムード最中のオープンとなり、華美なオープンセレモニーは行わず、ロゴマークも通常の赤から緑に変更された。また、広告表現も「豊田そごうオープン」を使用せず「豊田そごう営業開始」を用いた。「イッツ・ア・スモールワールド時計」も開店時には設置されなかった。オープン時のキャッチフレーズは「世界の豊田に本格派都市型百貨店」。
※2000年12月25日閉店:現 松坂屋豊田店

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Maruchikiri8そごう大阪店/心斎橋そごう SHINSAIBASHI SOGO
1877年5月創業。1937年新築開店。そごう創業店。第1号店。31,768平米。資本金144億4千万円(本社)。売上高523億円(1998年度)。大阪市中央区心斎橋筋1-8-3。旧称大阪本店として、そごうの母店ではあったが、隣接する競合店「大丸心斎橋店」と差を付けられ、グループ内での位置づけは決して高くは無かった。シンボルゾーン「光の樹」。シンボルモニュメント「飛躍の像(藤川勇造作)」。エレベータ「漆螺鈿装飾扉(島野三秋作)」。モザイクタイル天井画「天空(鶴丸梅吉作)」。オープン時のキャッチフレーズは「お遊びに、お買物に」。

※2000年12月25日閉店(その後解体):そごう心斎橋本店(閉店)→ 現 大丸心斎橋店北館

Nara_sogo_openNara_sogo1989

Maruchikiri8奈良そごう NARA SOGO
1984年11月21日会社設立。当初計画1986年春開店予定。1989年10月2日開店。第23号店。46,201平米。資本金161億2千万円。売上高346億円(1998年度)。奈良県奈良市二条大路南1-3-1。店祖「十合伊兵衛」生誕の地に念願の出店。投資額600億円の重装備店舗。開店直後から駐車場の拡充が課題とされ、1991年頃から立体駐車場併設の別館建設計画が持ち上がった。当初計画1993年9月完成予定。約22,000平米。1993年9月増床計画凍結。完成していれば、本館と合わせ県下最大の約57,000平米の総売場面積となっていた。博物館法に基づく「奈良そごう美術館」を設置。シンボルゾーン「浮夢殿」。オープン時のキャッチフレーズは「奈良最大の都市型本格百貨店」。
※2000年12月25日閉店:イトーヨーカドー奈良店(閉店)→ 現 ミ・ナーラ

Kobe_sogo1979Sogo_kobeSogo_kobe_shinsai

Maruchikiri8そごう神戸店/神戸三ノ宮そごう KOBE SOGO
1899年6月25日相生町に開店。1901年4月3日元町に移転。1933年10月1日三宮に新築開店。第2号店。この時「十合呉服店」表示が廃され「神戸そごう」と表わされることになった。48,962平米。資本金144億4千万円(本社)。売上高835億円(1998年度)。神戸市中央区小野柄通8-1-8。1995年1月阪神・淡路大震災により店舗倒壊全館閉店。同4月部分営業。1996年4月28日全館復興開店。西日本におけるそごうグループのフラッグシップストア(旗艦店)であった。シンボルゾーン「ふしぎな光の滝」「サンファーレ広場」。
※存続:そごう神戸店(その後エイチツーオーリテイリングに売却) → 現 神戸阪急

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Maruchikiri8そごう神戸店 岡山分店  KOBE SOGO OKAYAMA BLANCH
1975年2月開店。892平米。岡山県岡山市駅元町1-5。1978年の国鉄札幌駅前再開発に絡み「札幌そごう」を出店する際、大家である国鉄から「ニコイチ案件」として、岡山で国鉄が初めて開業するホテル(旧 岡山ターミナルホテル/岡山ターミナルビル)の1階〜3階を借りるよう条件が付いていた。
※1994年閉店:現 ホテルグランヴィア岡山

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Maruchikiri8西神そごう SEISHIN SOGO
1990年会社設立。1990年10月10日開店。第28号店。17,881平米。資本金1億円。売上高198億円(1998年度)。神戸市西区糀台5-9-4。そごうグループ兵庫県下3店舗目。そごう神戸店の郊外第1号店として、神戸の新しい街「西神ニュータウン」に出店。ショッピングセンター「西神プレンティ」の核店舗。母店そごう神戸店のハイプレステージ指向に対し、
ニューファミリーをメインターゲットにした地域密着型百貨店をストアコンセプトとしていた。オープン時のキャッチフレーズは「ハイ・カジュアル主義」「ふだんが上等だと365日気持ちいい」。
※存続:そごう西神店(その後2020年8月31日閉店)

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Maruchikiri8加古川そごう KAKOGAWA SOGO
1988年会社設立。1989年9月15日開店。第22号店。30,854平米。資本金18億円。売上高205億円(1998年度)。兵庫県加古川市加古川町篠原町21-8。JR加古川駅前の市街地再開発ビル「カピル21」の核店舗として開店。1991年11月13日、隣接したジャスコ加古川店跡に別館開店。「ふたつでひとつ」をキャッチフレーズに同時に本館もリニューアルした。1999年1月15日、別館を全国初の百貨店型アウトレット館にリニューアル。メーカー直営ではなく、総委託方式で在庫品を販売していた。アウトレット館閉館に伴い2000年3月1日、本館をリニューアル。オープン時のキャッチフレーズは「播州一の本格派都市型百貨店」。
※2000年12月25日閉店:現 加古川ヤマトヤシキ

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Maruchikiri8広島そごう HIROSHIMA SOGO
1972年会社設立。1974年10月10日開店。第7号店。34,702平米。資本金1億円。売上高924億円(1998年度)。広島市中区基町6-27。紙屋町地域再開発計画と広島バスセンター増改築計画によって新たに建設されたターミナルビル「広島センタービル」の核店舗として開店。当初、大丸も出店意欲を示していた。ターミナルビルは、総面積110,000平米で西日本最大規模を誇り、広島そごう、広島センター街(専門店150店)、広島バスセンター(3階)、駐車場が集合するユニークなショッピングゾーンとなっている。中国・四国地区における不動の地域一番店として独自の「広島そごう流通グループ」を形成、そごうグループの基幹店の一つであった。「紙屋町タウン化構想」により、複数の専門店を店外に有し、広島そごうタウン(スポーツ&ゴルフ館・キャプテンサンタクラブ・きもの館「さがの」・メガネ館・マリーベル&ビームス館・サザビー館・家具インテリア館・ハウジングセンター・パソコン館「T-ZONE」等)を展開していた。さらに広島・島根・山口3県に50店以上のサテライトショップを出店していた。シンボルゾーン「大シャンデリア」。オープン時のキャッチフレーズは「すてきな明日をひらく百貨店」。
※存続:現 そごう広島店 

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Maruchikiri8広島そごう新館 HIROSHIMA SOGO SHINKAN
1990年会社設立。1994年4月22日開店。第40号店。27,000平米。広島市中区基町6-78。広島そごう本館と隣接した「NTTクレド基町ビル(基町クレド)」再開発事業の商業エリアの核店舗として出店。ワンランク上の高品質でワールドワイドな品揃えを志向。ゆとりのあるアメニティスペースや、100店舗の専門店街「パセーラ」など、本館合わせ西日本最大の百貨店ゾーンが誕生した。広島そごう新館の開店により、そごうグループは40店舗となり、宿願の「そごう40店舗構想」を達成。シンボルモニュメント「大空(圓鍔勝三作)」。オープン時のキャッチフレーズは「エクセレントKAMIYACHO」。
※存続:現 そごう広島店(本館に統合)

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Maruchikiri8呉そごう KURE SOGO
1987年9月26日会社設立。1990年3月18日開店。第27号店。21,365平米。資本金1億円。売上高181億円(1998年度)。広島県呉市西中央1-1-1。JR呉駅前西地区再開発ビルの核店舗として開店。高級志向のハイセンスな都市型百貨店をストアコンセプトとしていた。当時、呉駅前西地区第一種市街地再開発事業は、「酒田セントラルビル(山形県・19,000平米)」を抜き、個人施行によるものとしては最大規模を誇った(呉そごう 33,800平米)。事業主体が「そごう」個人であったため、再開発組合設立の場合よりも事業の推進がスムーズであったという。オープン時のキャッチフレーズは「呉ではじめての、都市型本格派百貨店」。
※存続:そごう呉店(その後2013年1月31日閉店)

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Maruchikiri8福山そごう FUKUYAMA SOGO
1988年会社設立。1992年4月29日開店。第32号店。34,300平米。資本金1億円。売上高243億円(1998年度)。広島県福山市西町1-1-1。広島県内3番目の店。中・四国最大規模、福山で初めての都市型百貨店として出店。ファッション・文化・情報の発信基地=ミュージアムとして、21世紀の複合情報拠点とした店づくりを目指していた。シンボルゾーン「光のオブジェ」「せせらぎ公園」。シンボルモニュメント「豊饒の濯(圓鍔勝三作)」「希望の奏(圓鍔勝三作)」。オープン時のキャッチフレーズは「夢発信。素敵が集うミュージアム」。
※2000年12月25日閉店:福山ロッツ(閉店) → リム・ふくやま(閉店)

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Maruchikiri8コトデンそごう  KOTODEN SOGO
1991年会社設立。1997年4月23日開店。第41号店。29,500平米。資本金3億円(コトデン70%・そごう30%)。売上高222億円(1998年度)。香川県高松市常磐町1-3-1。地場私鉄「琴平電気鉄道」と提携。乗降客が最も多いコトデン瓦町駅ビルに四国最大の本格派都市型百貨店として出店。香川県内2店舗目、66年ぶりの百貨店の誕生となった。この出店に際し高島屋が契約済ということでクレームがつき、二重契約問題も起こったと言う。「明るく明るく」の環境コンセプトのもと、シンボルのシースルーエスカレーターをはじめ店内は自然光で溢れていた。オープン時のキャッチフレーズは「それは、ニュースな百貨店」。
※2001年4月15日閉店:高松天満屋(閉店)→ 現 瓦町FLAG

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Maruchikiri8徳島そごう TOKUSHIMA SOGO
1979年会社設立。1983年10月1日開店。第13号店。26,939平米。資本金1億円。売上高379億円(1998年度)。徳島県徳島市寺島本町西1-5。徳島駅前再開発ビル「アミコ」の核店舗として開店。四国一の百貨店規模を誇った。本格派都市型百貨店を標榜するとともに、地域密着をより一層高めたワンストップ型百貨店を指向。オープン時のキャッチフレーズは「徳島が生んだ四国一の百貨店」。
※存続:そごう徳島店(その後2020年8月31日閉店)

Iyotetsu_sogo

Maruchikiri8いよてつそごう IYOTETSU SOGO
1969年9月1日会社設立(伊予鉄百貨店)。1971年7月5日開店。第5号店。23,517平米。資本金1億円。売上高507億円(1998年度)。愛媛県松山市湊町5-1-1。古くから四国一の名門企業として知られている地場私鉄「伊予鉄道」と提携。1970年4月「いよてつそごう」に社名変更。伊予鉄「松山市駅」のターミナルデパートとして成長を続け、開店後3年で黒字転換、1976年には四国一の売上を達成した。シンボルゾーン「大シャンデリア」。オープン時のキャッチフレーズは「ガラスのお城にあふれるファッション」。
※2000年12月提携解消:いよてつ百貨店 → 現 いよてつ高島屋

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Maruchikiri8小倉そごう KOKURA SOGO
1970年小倉駅前出店用地買収(約3,500平米)。1988年会社設立。1993年10月10日開店。第38号店。43,774平米。資本金1億円。売上高418億円(1998年度)。北九州市小倉北区京町3-1-1。初期投資など515億円の負債を抱え、毎月億単位の借入金返済に追われた。坪単価で平均24,000円という高額な賃料と、地権者を優遇した売場配置がネックとなった。初期計画には東映と共同で「小倉東映会館(閉鎖解体済)」の場所への出店案もあったといわれる。シンボルゾーン「アクアガーデン」。シンボルモニュメント「花のめ神(圓鍔勝三作)」。オープン時のキャッチフレーズは「咲かせたい、暮らしルネッサンス」。
※2000年12月25日閉店:小倉玉屋仮店舗(閉店)→ 小倉伊勢丹(閉店)→ コレット井筒屋(閉店)→ 現 小倉駅前アイム

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Maruchikiri8黒崎そごう KUROSAKI SOGO
1977年10月21日会社設立。1979年10月6日開店。第10号店。26,332平米。資本金7億5千万円。売上高225億円(1998年度)。北九州市八幡西区黒崎1-1-1。北九州市の副都心、国鉄黒崎駅前東地区の再開発ビル「メイト黒崎」の核テナントとして開店。黒崎そごうのほか、ジャスコ黒崎店・メイト専門店街・公共施設(市立消費生活センター等)・文化教室なども配され、そごうとしては初めての入居形態だった。黒崎そごうの開店により、そごうグループは10店舗となり、宿願の「グレーターそごう計画(そごう10店舗構想)」を達成。北海道から九州まで、百貨店業界で初めて日本列島4島すべてに店を出現させることになった。鉄冷えと言われた厳しい地域経済の中で開店わずか5年で黒字化に至った。シンボルゾーン「節理の滝(伊藤隆道作)」「光の樹(伊藤隆道作)」。オープン時のキャッチフレーズは「まるで宇宙戦艦!」。
※2000年12月25日閉店:黒崎井筒屋(2020年8月17日閉店)

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Maruchikiri8タイそごう/アマリンそごう(タイ) AMARIN SOGO
1984年12月1日開店。第15号店。海外1号店。12,000平米。SOGO(THAILAND)CO.,LTD.(資本金2500万バーツ:約2億5千万円/アマリンディベロップメント他地場51%・そごう49%)。500 PLOENCHIT ROAD, PATHUMWAN, BANGKOK 10330 THAILAND。首都バンコクのメインストリート、プルンチット通りとラジャダムリ通りの交差する随一の商業地にあるアマリンプラザ1階〜4階に出店。旧アマリンホテル跡地。オープン時のキャッチフレーズは「The Brighter Side of Your Life」。
※閉店:現 アマリンプラザ

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Maruchikiri8エラワンそごう(タイ) ERAWAN SOGO
1990年12月4日開店。第29号店。11,201平米。ERAWAN SOGO CO.,LTD.。ラーチャダームリ通り。新エラワンホテルビルの核店舗として開店。インターナショナル、高感度商品の品揃えで都市型の高級百貨店を目指し、アマリンそごうとの差別化を指向。東隣りに位置するアマリンそごうとはブリッジでつながれ、合計約25,000平米の百貨店として一体運営されていた。
※閉店:現 エラワンバンコク

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Maruchikiri8香港そごう(香港) HONG KONG SOGO
1983年会社設立。1985年5月31日開店。第16号店。海外2号店。33,000平米。SOGO HONG KONG CO.,LTD.(崇光香港百貨有限公司)。EAST POINT CENTRE, 555 HENNESSY ROAD, CAUSEWAY BAY, HONG KONG。香港島の商業の中心地、銅鑼灣(コーズウェイベイ)に最大級の日系百貨店として出店。1989年、海外では珍しい日本式のエレベーターガールを採用した。1991年12月5日、大幅な増床拡張計画を策定。既存店舗に隣接する1,532平米の土地を購入し、地下3階〜地上22階の複合ビルを建設(百貨店は地上10階まで)。1993年秋、通称「ジャンボそごう」として、売場面積2.2倍となる香港最大の百貨店が誕生した。なお、「そごう」の中国後表記「崇光(ツォンクァン)」は、香港そごう開店にあたり、日本語読みでは「スウコウ」と「そごう」に発音が近く、字の持つ意味も良いところから、水島社長が命名した。オープン時のキャッチフレーズは「New Sensation」。2001年1月現地企業「利福国際集団有限公司(ライフスタイルインターナショナル)」に売却。
※存続:現 香港そごう銅鑼灣店(崇光香港百貨)

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Maruchikiri8シンガポールそごう(シンガポール) SINGAPORE SOGO
1986年10月25日開店。第18号店。海外3号店。12,500平米。DBS(シンガポール開発銀行=国営商業銀行)との合弁。SOGO DEPARTMENT STORES SINGAPORE PTE. LTD.(資本金1千万シンガポールドル:約11億円/そごう49%・DBS48%他、そごう85%・ラッフルズ社15%)。252 NORTH BRIDGE ROAD, #01-01/05 RAFFLES CITY SHOPPING CENTRE, SINGAPORE 179103。官民一体のビッグプロジェクト「ラッフルズシティ」再開発のアンカーテナントとして出店。約40億円投資。
※2000年9月閉店:現 ラッフルズシティショッピングセンター

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Maruchikiri8タンピネスそごう(シンガポール) TAMPINES SOGO
1993年7月31日開店。第37号店。シンガポール2号店。SOGO DEPARTMENT STORES SINGAPORE PTE. LTD. TAMPINES STORE。12 TAMPINES CENTRAL 1, #01-02/03 DBS TAMPINES CENTRE, SINGAPORE 529537。シンガポール東北部タンピネス地区に、シンガポール発展銀行が開発する商業ビルの核店舗として入居。同国初の本格派郊外型ターミナル百貨店。
※1998年9月閉店(その後解体): 現 TAMPINES1(タンピネスワン)

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Maruchikiri8太平洋そごう(台湾) PACIFIC SOGO TAIPEI
1987年11月11日開店。第20号店。海外4号店。台湾1号店。35,000平米。PACIFIC SOGO DEPARTMENT STORES CO.,LTD.(太平洋崇光百貨股分有限公司)。No.45, SEC.4, CHUNG HSIAO EAST RD., TAIPEI, TAIWAN。台北の中心、忠孝東路に開店。太平洋そごうの開店により、そごうグループは国内16店舗・海外4店舗の20店舗となり、宿願の「ダブルそごう計画(そごう20店舗構想)」を達成。
※存続:現 太平洋そごう台北忠孝館(太平洋崇光百貨)

Sogo_dunhua

Maruchikiri8太平洋そごう 敦化新館(台湾) PACIFIC SOGO DUN HUA
1994年9月16日開店。

※存続:現 太平洋そごう台北敦化館

Sogo_zhongli

Maruchikiri8太平洋そごう 中壢店(台湾) PACIFIC SOGO ZHONGLI
1998年9月25日開店。台湾4号店。太平洋そごうグループ3号店。28,400平米。地下1階〜地上11階。人口30万人、台湾北部有数の工業都市「中壢」に開店。外環道路に面した海華新都心で「新都市型百貨店」を志向。高品質な商品とサービス、文化・情報を提供していた。
※存続:現 太平洋そごう中壢元化館

Sogo_kaohsiung

Maruchikiri8太平洋そごう 高雄店(台湾) PACIFIC SOGO KAOHSIUNG
1996年9月26日開店。台湾3号店。24,000平米。台湾第2の商業都市「高雄」の中心地三多三路(サントウサンルウ)に開店。PACIFIC SOGO DEPARTMENT STORES CO.,LTD. KAOHSIUNG BRANCH(太平洋崇光百貨股分有限公司高雄分公司)。No.217, SANDUO 3RD ROAD, KAOHSIUNG, TAIWAN。
※存続:現 太平洋そごう高雄店

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Maruchikiri8太平洋そごう 新竹店(台湾) PACIFIC SOGO HSINCHU
1999年9月25日開店。台湾5号店。15,800平米。
※存続:現 太平洋そごう新竹店

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Maruchikiri8廣三そごう(台湾) KUANG SAN SOGO TAICHUNG
1995年11月11日」開店。台湾2号店。40,000平米。KUANG SAN SOGO DEPARTMENT STORES CO.,LTD.(廣三崇光百貨股分有限公司)。No.299, SEC.1, TAICHUNG KANG ROAD, TAICHUNG, TAIWAN。
※存続:現 廣三そごう(廣三崇光百貨)

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Maruchikiri8廣三そごう 精誠路店(台湾) KUANG SAN SOGO JINGCHENG ROAD
1999年12月6日開店。廣三そごう2号店。22,000平米。台中市のファッショナブルストリート精誠路とメインストリート中港路に面した新しいランドマークデパート。オープン時のキャッチフレーズは「NEW SOGO STYLE」。
※閉店:後継不明

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Sogo_beijing1998

Maruchikiri8北京荘勝そごう(中国) BEIJING SOGO
1998年6月24日開店。第43号店。海外14号店。84,000平米(第1期部分)。地下1階〜地上6階。北京市宣武区宣武門外大街8号。中国・北京の交通の要衝として発展が続く宣武区。その中心部、宣武門外大街の都心型複合施設「北京荘勝プラザ」の核店舗として開店。北京最大級の本格派フルライン百貨店として誕生した。そごうグループが「北京荘勝崇光百貨商場」に商標を貸与し、百貨店営業のコンサルティングサービスを提供するという形で運営されていた。
※存続:現 北京荘勝そごう(北京荘勝崇光百貨商場)

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Maruchikiri8武漢そごう(中国) WUHAN SOGO
2000年12月24日開店。北京荘勝グループによる中国2号店。
※存続:現 武漢そごう

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Maruchikiri8ペナンそごう/ペナンガマ(マレーシア) PENANG SOGO
1989年9月開店。第25号店。1989年12月マレーシアのペナン島にある百貨店・スーパーの持ち株会社「ガマ・ホールディングズ」を約3940万マレーシアドル(約22億円)で買収。中心部ジョージタウンにあった百貨店を「そごう」として運営。11,077平米。GAMA SUPER MARKET & DEPARTMENTAL STORE SDN. BHD.。WISMA GAMA, No.1 JALAN DATO KRAMAT ROAD 10150 PENANG, W. MALAYSIA。
※閉店(提携解消):現 GAMAデパート

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Maruchikiri8クアラルンプールそごう(マレーシア) KUALA LUMPUR SOGO
1994年1月18日開店。第39号店。海外11号店。57,900平米。マレーシア国営コングロマリット、パルナスとの合弁で誕生した東南アジア最大の百貨店。娯楽施設や多目的ホールも備えた都市型複合コンプレックス。投資額26億円。SOGO PERNAS DEPARTMENT STORE SDN. BHD.(KOMPLEKS PERNAS SOGO)(そごう70%・パルナス30%)。190, JALAN TUANKU ABDUL RAHMAN, 50100 KUALA LUMPUR, MALAYSIA。シンボルゾーン「WATER FALL」。

※存続:現 クアラルンプールそごう(パルナスそごうコンプレックス)

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Maruchikiri8インドネシアそごう/ジャカルタそごう(インドネシア) INDONESIA SOGO
1990年3月1日開店。第26号店。海外6号店。16,000平米。P.T.PANEN LESTARI INTERNUSA(P.T.パネン・レスタリ・インテルヌサ)。PLAZA INDONESIA, JALAN M.H.THAMRIN KAV. 28-30, JAKARTA-PUSAT 10350 INDONESIA。ジャカルタの中心、タムリン通りに面した同国最大級の複合ビル「プラザ・インドネシア」の核店舗として開店。地元の大手資本「カジャ・ツンガルグループ」と提携し、技術を援助。
※閉店:現 プラザ・インドネシア

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Maruchikiri8インドネシアそごう プラザスナヤン店(インドネシア) INDONESIA SOGO PLAZA SENAYAN
1999年10月29日開店。インドネシア2号店。22,000平米。
※存続:現 インドネシアそごうプラザスナヤン店(プラザスナヤン)

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Maruchikiri8クラパガディンそごう(インドネシア) KELAPA GADING SOGO
1995年1月開店。地場財閥ガジャ・トゥンガルグループ。ジャカルタ北部クラパガディン地区のショッピングモールの核テナントとしてオープン。約11,000平米。
※存続:現 インドネシアそごうクラパガディンモール店(クラパガディンモール)

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Maruchikiri8ロンドンそごう(イギリス) LONDON SOGO
1991年会社設立。1992年6月提携先の英国不動産開発業者マウントリー社倒産。1992年7月7日開店。第34号店。2,300平米。SOGO(LONDON)LTD. 。THE CRITERION BUILDING, PICCADILLY CIRCUS, LONDON WI, U.K.。クライテリオン再開発事業。ロンドンの超一等地ピカデリー・サーカスに出店。リージェント通り・ピカデリー通りなどの高級ショップ街に隣接。シンボルモニュメント「Horse Statue」。オープン時のキャッチフレーズは「新しい伝統の前奏曲(プレリュード)」。
※1999年4月閉店:現 ヴァージンメガストア

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Maruchikiri8バルセロナそごう(スペイン) BARCELONA SOGO
1992年パーシャルオープン。1993年9月25日グランドオープン。第35号店。7,400平米。SOGO ESPANA S.A.。米デベロッパーのトラベルステッドグループ(NY)と共同で再開発したパルク・デ・マール地区の商業棟に核店舗として入居。ホテルやオフィス、SCなどで構成される巨大複合施設マリーナ・ヴィレッジ・プロジェクトの中核で、欧州最大の日系百貨店として誕生。当初70億円の投資予定が最終的には1,000億円を使った。巨大シンボルオブジェ「Flying Fish(フランク・O・ゲーリー作)」。
※1996年閉店

そごうグループ開店順リスト

※オープン当時の店名・住所(政令指定都市は市名より)表記

店名
開店日
住所
1
 そごう大阪店  1877年/新店1935年10月1日  大阪市中央区
2
 そごう神戸店  1899年/新店1933年10月1日  神戸市中央区
3
 そごう東京店  1957年5月25日  東京都千代田区
4
 千葉そごう  1967年3月21日  千葉市中央区
5
 いよてつそごう(松山)  1971年7月5日  愛媛県松山市
6
 柏そごう  1973年10月10日  千葉県柏市
7
 広島そごう  1974年10月10日  広島市中区
8
 札幌そごう  1978年9月1日  札幌市北区
9
 サカモトそごう(木更津そごう)  1978年10月1日/新店1988年3月17日  千葉県木更津市
10
 黒崎そごう  1979年10月6日  北九州市八幡西区

 グレーターそごう計画達成(そごう10店舗構想)※1

11
 船橋そごう  1981年4月2日  千葉県船橋市
12
 丸光そごう(長野そごう)  1983年6月30日  長野県長野市
13
 徳島そごう  1983年10月1日  徳島県徳島市
14
 八王子そごう  1983年11月1日  東京都八王子市
15
 タイそごう  1984年12月1日  バンコク(タイ)
16
 香港そごう  1985年5月31日  香港
17
 横浜そごう  1985年9月30日  横浜市西区
18
 シンガポールそごう  1986年10月25日  シンガポール
19
 大宮そごう  1987年3月27日  さいたま市大宮区
20
 太平洋そごう  1987年11月11日  台北(台湾)

ダブルそごう計画達成(そごう20店舗構想)

21
 豊田そごう  1988年10月8日  愛知県豊田市
22
 加古川そごう  1989年9月15日  兵庫県加古川市
23
 奈良そごう  1989年10月2日  奈良県奈良市
24
 多摩そごう  1989年10月20日  東京都多摩市
25
 ペナンそごう※2  1989年9月22日  ペナン(マレーシア)
26
 インドネシアそごう  1990年3月1日  ジャカルタ(インドネシア)
27
 呉そごう  1990年3月18日  兵庫県呉市
28
 西神そごう  1990年10月10日  神戸市西区
29
 エラワンそごう  1990年12月4日  バンコク(タイ)
30
 川口そごう  1991年10月16日  埼玉県川口市

トリプルそごう計画達成(そごう30店舗構想)

31
 茂原そごう  1992年3月7日  千葉県茂原市
32
 福山そごう  1992年4月29日  広島県福山市
33
 柚木そごう  1992年6月7日  東京都八王子市
34
 ロンドンそごう  1992年7月7日  ロンドン(イギリス)
35
 バルセロナそごう  1992年7月/全面1993年  バルセロナ(スペイン)
36
 新千葉そごう  1993年4月27日  千葉市中央区
37
 タンピネスそごう  1993年7月31日  シンガポール
38
 小倉そごう  1993年10月10日  北九州市小倉北区
39
 クアラルンプールそごう  1994年1月18日  クアラルンプール(マレーシア)
40
 広島そごう新館  1994年4月22日  広島市中区

クアトロそごう計画達成(そごう40店舗構想)※3

41
 コトデンそごう(高松)  1997年4月23日  香川県高松市
42
 錦糸町そごう  1997年10月22日  東京都墨田区
43
 北京荘勝そごう  1998年6月24日  北京(中国)

ノーカウント店舗 ※4

==
 太平洋そごう 敦化新館  1994年9月16日  台北(台湾)
==
 クラパガディンそごう  1995年1月  ジャカルタ(インドネシア)
==
 廣三そごう  1995年11月11日  台中(台湾)
==
 太平洋そごう 高雄店  1996年9月26日  高雄(台湾)
==
 太平洋そごう 中壢店  1998年9月25日  中壢(台湾)
==
 インドネシアそごう プラザスナヤン店  1999年10月29日  ジャカルタ(インドネシア)
==
 太平洋そごう 新竹店  1999年9月25日  新竹(台湾)
==
 廣三そごう 精誠路店  1999年12月6日  台中(台湾)
==
 武漢そごう  2000年12月24日  武漢(中国)

法人登記済 未開店店舗

==
 阿倍野そごう  (法人登記)1972年  大阪市阿倍野区
==
 郡山そごう  (法人登記)1983年  福島県郡山市
==
 茨木そごう  (法人登記)  大阪府茨木市
==
 中百舌鳥そごう  (法人登記)  堺市北区

※1 「大そごう計画(大そごう建設長期計画)」ともいう。
※2 実際は23号店のはずなのだが、買収店舗のため、国内3店(加古川・奈良・多摩)の同時期オープンのカウントが優先されたと見られる。
※3 クアトロはスペイン後で「4」。会社発表の正式な計画名ではない。水島氏が新聞取材時に命名した。
※4 トリプルそごう達成以降、柚木そごう閉鎖や、中百舌鳥・阿倍野そごう等の新規出店凍結、海外店乱立など、店舗のカウントにこだわらなくなって行った。

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業界初40店舗達成その歩み 社報そごうNo.217(1994年5月号)
掲載訂正:川の流れる名店食堂街の第1号は「船橋そごう」ではなく「黒崎そごう」

Sogo_pers_manual
1995年当時のそごうグループパース使用マニュアル(そごう営業本部 販売推進統括室 発行)

Sogogroupnetwork
最後のそごうグループネットワーク掲出(2000年お中元カタログ)

〈追記〉そごう各店オープンパンフレット

札幌そごう (1978年発行・B4変形×42ページ抜粋)

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黒崎そごう (1979年発行・B4変形×32ページ抜粋)

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木更津そごう (1988年発行・B4×28ページ抜粋)

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豊田そごう (1988年発行・B4×42ページ抜粋)

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奈良そごう (1989年発行・B4×32ページ抜粋)

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多摩そごう (1989年発行・B4×36ページ抜粋)

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川口そごう (1991年発行・B4×40ページ抜粋)

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福山そごう (1992年発行・A4×32ページ抜粋)

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千葉そごう新店舗 (1993年発行・B4×67ページ抜粋)

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小倉そごう (1993年発行・B4×36ページ抜粋)

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広島そごう新館 (1994年発行・B4×40ページ抜粋)

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錦糸町そごう (1997年発行・A4×28ページ抜粋)

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Kinshicho02
Sogonetwork

香港そごう (1985年発行・B4×20ページ抜粋)

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ロンドンそごう (1992年発行・B4×8ページ/A4×8ページ抜粋)

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そごうスタイルハンドブック (1988年発行・A4×24ページ抜粋)

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Style01
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Style03

〈追記〉そごうロゴマークについて

Sogoci
Maruchikiri

村野藤吾デザイン「マーク・そごう・SOGOの規格」

そごうのロゴマークは「まるにちきり」または「まるちきり」と呼ばれています。「ちきり」は縦糸を巻く織機の付属具で、当初そごうが呉服店(十合呉服店)であったころ、織機にちなんでマークとして使ったものです。また「ちきり」は石材や木材などをつなぐときに用いる堅木の「千切り」に通じ、堅く結びつくことも表わしてます。さらに「まるちきり」は「五」の文字を図案化したもので「りゅうご」とも言われ、形がエンドレスなところが目出たい意味も持ってます。なお、マークの規格は、直径の9分の1をもって、円の太さ(外円および内部)が定められています。また、屋外広告等でマークを大きく取扱う場合には、太さの規格9分の1原則を、8.5分の1として使用することを例外として認めています。

株式会社そごう社史より(そごう広報室・1969年発行)

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社報そごう No.195 中島福三郎「そごう原点帖」より(そごう広報室・1990年発行)

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島 武史「屋号・商標100選〜CIのルーツをさぐる」より(日本工業新聞社・1986年発行)

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本間之英「有名企業 社名とマークの秘密」より(学習研究社・2008年発行)

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デザインの現場 4月号 松田行正「松屋とそごうとツェッぺリン」(美術出版社・2008年発行)

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デザインの現場 6月号 松田行正「招福記号と魔よけ」(美術出版社・2008年発行)

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〈追記〉そごう社歌

そごう社歌
(1957年10月制定・作詩:竹中 郁 / 作曲:朝比奈 隆)

 Shaka

1.
朝暾(あさひ)さす 朝暾(あさひ)てる 東から
われらそごうの 棟てらす はばたけとこそ 光り射す
われらそごうの 棟てらす 百貨あきなう このきそい

2.
雲をぬく みめかたち 咲き匂え
ひしめくばかり 流れこむ 華客(とくい)はひろく とこしえに
ひしめくばかり 流れこむ 百貨あきなう このまこと

3.
旗は鳴る 旗は鳴る 大ぞらに
のれんのほまれ はたためく のれんの歴史 よみがえる
のれんのほまれ はたためく 百貨あきなう このさかえ

S・O・G・O そごうへ行こう / GO GO そごう
(1966年制定・作詞・作曲:いずみたく / 唄:キューティーQ・ハニーナイツ)

この胸が はちきれそう
くらしの夢で いっぱいよ
そうよ そうだわ そごうよ
そごうで そっくり そろえましょう
S・O・G・O そごうへ行こう
S・O・G・O そごうへ行こう
両手にいっぱい お買物
そろって そごうへ行こう

有楽町そごう開店記念ソング「有楽町で逢いましょう」
(1957年・作詞:佐伯 孝夫 / 作曲:吉田 正 / 唄:フランク永井)

1.
あなたを待てば雨が降る 濡れて来ぬかと気にかかる
ああ ビルのほとりのティー・ルーム
雨もいとしや 唄ってる 甘いブルース
あなたと私の合言葉「有楽町で逢いましょう」

2.
心に沁みる雨の唄 駅のホームも濡れたろう
ああ 小窓にけむるデパートよ
今日のシネマはロードショウ かわす囁き
あなたと私の合言葉「有楽町で逢いましょう」

3.
悲しい宵は悲しいよに 燃えるやさしい街灯り
ああ 命をかけた恋の花
咲いておくれよ いつまでも いついつ迄も
あなたと私の合言葉「有楽町で逢いましょう」

三ノ宮そごう増築開店記念ソング「デイト イン サンノミヤ」
(1966年・作詞:喜多内 十三造 / 作曲・唄:高島 忠夫)

1.
うしろ姿に 口笛吹いて 今日も会います やさしいひとみ
好きよ雨でも サンチカタウン
恋のヒミツを 知ってるように ポートタワーの 光がまわる
アイ・ラブ・ユー・ラブ デイト・イン・サンノミヤ

2.
山に投げキス 送って行けば 海の青さの コートが軽い
好きよロマンス センター街
どこで呼ぶのか かもめのように 今日も聞こえる あの日の歌が
アイ・ラブ・ユー・ラブ デイト・イン・サンノミヤ

3.
恋のサインの 汽笛が鳴れば 今日も会います クインとジャック
好きよ そごうよ フラワーロード
エキゾチックな ため息ついて 星も寄りそう 二人の肩に
アイ・ラブ・ユー・ラブ デイト・イン・サンノミヤ

黒崎そごうの歌
(1979年・“若い力”替え歌)

1.
熱い闘志と 根性で 黒崎そごうの 同期生
九州一の 店づくり 心のうねりを 高ならせ
若く明るい 黒崎そごう やるぞ見ておれ この力

2.
固い我らの 団結は いかなる敵をも ものとせん
地域社会に 愛されてともに励まし 手をとって
進む我らの S・Cづくり 競え黒崎 ファッションメイト

3.
夢と希望に あふれたる ナショナルチェーン 今築く
九州一の 売上げは そごうの未来に 輝ける
その日近い 今こそ立とう めざせそごうの 日本一

黒崎そごうイメージソング「恋の街・黒崎」
(1982年・作詞:能仲 ヤツヲ / 作曲:鈴木 アキラ / 編曲:山田 良夫 / 唄:尚美 & ラブ・サントス)

 

Koinomachi_kurosaki

1.
(男)小雨に濡れた歩道橋 赤い色した傘をさし
(女)急ぎ歩きで手を振れば
(男)ビルの窓辺の喫茶店 いつものところと笑顔を向けた
(女)あなたのしぐさが目に浮かぶ
(男)恋の恋の(男・女)黒崎駅前

2.
(女)だまっていてもあまいひと 私をつつむ あの言葉
(男)いつも心に君が住む コインを投げて幸福(しあわせ)を 祈ったビルの小さな滝に
(女)肩を寄せ合う
(男)君と僕
(男)恋の恋の(男・女)黒崎駅前

3.
(男)恋のデパート 愛の懸橋(はし) 光の雨のシャンデリア
(女)二人の夢をつつむ歌
(男)愛がほのかにひらく時 バラ色の花びら静かに咲いて
(女)ふたりの心が燃えている
(男)恋の恋の(男・女)黒崎駅前

徳島そごうの歌
(1983年・“栄冠は君に輝く”替え歌)

夢と希望と 若さにあふれ
栄光の 伸びゆく われらがそごう
進めよ いざ 情熱と誇りを胸に
堂々と めざせ四国一
ああ われらの 徳島そごう

いよてつそごうの歌
(1971年・作詞:山川 啓介 / 作曲:いずみたく / 唄:田中のり子・ハニーナイツ)

1.
美しく豊かに 変わるあなた
花びらが瞳に 踊るあなた
この世界の何もかも あの人にあげたい
愛してるあなたの いよてつそごう

2.
素晴らしい何かが 呼んでいるの
幸せに今すぐ 逢いに行くの
若い時を感じよう この心歌おう
愛してるあなたの いよてつそごう

3.
虹色の明日が 待っているの
喜びをみんなで 育てたいの
生きることを微笑みを この街の明日を
愛してるあなたの いよてつそごう

2人のビューティフルデイ
(広島そごう・呉そごう)

あなたの瞳に映っている きらめく街は今日も
素敵な笑顔に 出会うステージ
ここにはいつだって 新しい夢が溢れています
あなたと私が 微笑み交わせば
季節の花も 香ります
2人のビューティフルデイ ビューティフルステージ
2人のビューティフルデイ ビューティフルステージ
SOGO そごう

そごうイメージソング「SMILE FOR MY DREAM」
(1994年・作詞:壱総寺 賢 / 作曲:杉山 泰 / 編曲:久米 大作 / 唄:鈴木 ユカリ)

風が 優しく 頬を撫でる 心 触れ合う 陽だまりの地
今 みんなが 微笑んでいる そう 夢あふれる
Oh 空を見上げ SMILING
どこまでも 広がる空に
すてき みんなの SMILE FOR MY DREAM
いつまでも 煌めく笑顔
永遠の MY WISH SMILE FOR MY DREAM

いつも 一緒に ながめてたね 空の青さも 雲の流れも
ほら 不思議ね 忘れかけてた そう 胸に残る
Ah あの日見てた SMILING
どこまでも 広がる空に
いつも 何処かで SMILE FOR MY DREAM
いつまでも 煌めく笑顔
永遠の MY WISH SMILE FOR MY DREAM

笑顔から はじまる朝は
すてき みんなの SMILE FOR MY DREAM
微笑んで 素敵に朝を
あこがれの MY WISH SMILE FOR MY DREAM


Youtubeにアップしました…

全そごう労働組合の歌「明るい笑顔の君と僕」
(1972年制定・作詞:西村 スエ子 / 補作・作曲:服部 正)

1.
明るい笑顔で お早ようと 元気に声かけ 今日も行く
若さが一ぱい 君と僕
ああ われらの仲間 全そごう

2.
明るい心で 手をつなぎ 力をあわせ 明日のため
アイデアさがそう 君と僕
ああ われらの仲間 全そごう

3.
明るい希望で 胸を張り 夢みる楽しい ユートピア
理想は同じ 君と僕
ああ われらの仲間 全そごう

そごうグループ 店内に流れる曲(1988年)

店名
曲名・時報
八王子そごう
 12:00/正午時報・イッツ ア スモールワールド
 15:00/イッツ ア スモールワールド
大宮そごう
 12:00/正午時報・イッツ ア スモールワールド
千葉そごう
 11:00・13:00・14:00・15:00・16:00・17:00/イッツ ア スモールワールド
 12:00/エメラルドの鐘・イッツ ア スモールワールド
船橋そごう
 12:00/正午時報・イッツ ア スモールワールド
 15:00/やさしいそごう・イッツ ア スモールワールド
柏そごう
 12:00/正午時報
木更津そごう
 12:00・15:00/エメラルドの鐘
そごう大阪店
 12:00/正午時報
 18:10/オリーブの首飾り
そごう神戸店
 10:35・13:05・16:05/ロージェントの歌
 11:10・14:05・17:30/やさしいそごう
 12:00/正午時報
 12:35・18:30/デイト イン サンノミヤ
広島そごう
 11:30・12:30・13:30・14:30・15:30/イッツ ア スモールワールド
 12:00/広島そごうテーマソング
徳島そごう
 12:00/正午時報・S O G O そごうへ行こう
 15:00/S O G O そごうへ行こう
いよてつそごう
 12:00・15:00/いよてつそごうテーマソング
黒崎そごう
 12:00/ウエストミンスターの鐘・曜日ごとに違う曲
 15:00/曜日ごとに違う曲

〈追記〉そごうグループ シンボルゾーン

そごうグループ各店にあったシンボルゾーンをまとめてみました。
そごうの代名詞とも言える絢爛豪華な空間は、そのすべてが新生そごうでは撤去され現存しておりません。
シンボルモニュメントは、なぜかほぼ現存しております。
「イッツ・ア・スモールワールド時計(世界の人形時計)」のカラクリ機能は廃止され、時計のみが稼働中です(存続店のみ)。
資料が少なく、すべてを把握しておりません。

Sapporo_symbol
札幌そごう「北海道の幻想」 ※ボニージャックス

Tokyo_symbol
そごう東京店「クリスタルシンボル柱」

Tama_symbol
多摩そごう「バード・サンクチュアリー」

Sogo_sanhan
横浜そごう「燦帆」

Kawaguchi_symbol
川口そごう「輝林」

Kashiwa_symbol
柏そごう「光木の林」

Osaka_symbol
そごう大阪店「光の樹」

Nara_symbol
奈良そごう「浮夢殿」

Kobe_symbol
そごう神戸店「不思議な光の滝」

Hiroshima_symbol
広島そごう「大シャンデリア」

Iyotetsu_symbol
いよてつそごう「大シャンデリア」

Sogo_hikarinoki
黒崎そごう「光の樹」

店 名
シンボルゾーン
シンボルモニュメント
その他
世界の人形時計
札幌そごう  北海道の幻想(伊藤隆道)     -
そごう東京店  クリスタルシンボル柱  愛の女神像(朝倉響子)  コダックカロラマ -
錦糸町そごう       -
多摩そごう  バード・サンクチュアリー    クリスタルタワー 正方形(5×5)
八王子そごう  光輪の広場     -
柚木そごう       正方形(5×5)
横浜そごう  燦帆(時忠彦)  太陽(岡本太郎)  川の流れる名店食堂街
 オルフェ(ロダン)
正方形(5×5)
川口そごう  輝林    川の流れる名店食堂街 正方形(5×5)
大宮そごう       正方形(4×4)
千葉そごう・旧  大シャンデリア    コダックカロラマ -
千葉そごう・新  ゴールドプラザ煌源  大空と子供(圓鍔勝三)  アトリウムドーム
 川の流れる名店食堂街
長方形(3×9)
船橋そごう  大シャンデリア(伊藤隆道)    川の流れる名店食堂街 -
柏そごう  光木の林     正方形(5×5)
茂原そごう       正方形(5×5)
サカモトそごう      スカイサロン -
木更津そごう       -
長野そごう       -
豊田そごう      滝の流れるグルメ街 正方形(5×5)
そごう大阪店  光の樹  飛躍の像(藤川勇造)  漆螺鈿装飾扉(島野三秋)
 天空(鶴丸梅吉)
正方形(5×5)
奈良そごう  浮夢殿(法隆寺管理下)  救世観音像(小野寺久幸)  川の流れる名店食堂街 正方形(5×5)
そごう神戸店  不思議な光の滝
 (ジャンボーホール)
   サンファーレ広場 長方形(3×9)
西神そごう      川の流れる名店食堂街 正方形(5×5)
加古川そごう      川の流れる名店食堂街 正方形(4×4)
広島そごう  大シャンデリア     正方形(5×5)
広島そごう新館    大空(圓鍔勝三)   -
呉そごう      川の流れる名店食堂街 正方形(5×5)
福山そごう  光のオブジェ  豊饒の濯(圓鍔勝三)
 希望の奏(圓鍔勝三)
 せせらぎ公園
 川の流れる名店食堂街
正方形(5×5)
コトデンそごう       -
徳島そごう    おどり・空(伊藤隆道)   正方形(5×5)
いよてつそごう  大シャンデリア     -
小倉そごう  アクアガーデン  花のめ神(圓鍔勝三)   長方形(3×9)
黒崎そごう  光の樹(伊藤隆道)
 節理の滝(伊藤隆道)
   川の流れる名店食堂街 -

〈追記〉有楽町そごうメモリアル

主な沿革

1954年12月11日 取締役会にて開設を決定
1954年12月24日 開設準備委員会を設置
1955年02月21日 読売会館建築起工
1956年09月24日 開設事務所を設置
1957年01月30日 東京雪ヶ谷社宅竣工(大田区)
1957年05月22日 読売会館竣工
1957年05月23日 開店披露
1957年05月25日 開店
1958年06月29日 「愛の女神像」除幕
1959年08月    店舗賃貸料引下げ交渉成立
1964年12月    店舗賃貸料再引下げ交渉成立
1970年11月    そごう東雲配送センター開設(江東区)
1972年11月15日 開店15周年記念式典挙行
1974年07月29日 地下2階・3階地下鉄開口部工事開始
1974年10月30日 地下鉄有楽町駅改札前に地下2階入口を開設
1977年12月26日 外壁改装工事
1978年01月11日 第2期エスカレーター工事
2000年07月12日 そごう民事再生法を申請
2000年09月24日 閉店

Yurakuchoそごう東京店カラーパース画

Tokyomurano
村野藤吾「読売会館(そごう東京店)」1階平面図

3112有楽町駅から見た建設中のそごう東京店(1956年12月)

Yomiurikaikan_4そごう出店前の竣工時の読売会館(1957年)
設計:村野藤吾(協力:読売会館建築事務所)
構造:SRC造/地上9階・地下1階(基礎:木田式深礎工法)
施工:清水建設(三菱電気・音響・東大生産技術研究所)

Tokyo19321957年(昭和32年)5月20日 朝日新聞夕刊 半5段

Tokyo_np
1957年(昭和32年)5月24日 朝日新聞夕刊 全7段

Tokyo_np2
1957年(昭和32年)5月24日 日本経済新聞夕刊 全6段

Open_np
1957年(昭和32年)5月25日 日本経済新聞夕刊

1957
1957年(昭和32年)開店セール

Yurakuchodeaimasyo
大映映画『有楽町で逢いましょう』タイトルバック(1958年1月15日封切)
(C)大映/KADOKAWA

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Uk2_2
Uk3_2
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ニュー東映映画『宇宙快速船』で宇宙人に破壊される(1961年7月19日封切)
壁面に「開店5周年 謝恩特別大奉仕」の看板が見える
(C)ニュー東映/東映

Tokyokusatsu
有楽町エリア空撮(1979年)
「そごう東京店」手前には「日劇」や「朝日新聞社」が見える

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そごう東京店 クリスタルシンボル柱

Shinonomenohinそごう東雲配送センター(1970年開設)

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1957年の外観

Tokyosogo
ゴールドのサインが眩しい1969年の外観

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1979年の外観

Tokyosogo
1990年代の外観

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2000年9月17日折込 「そごう東京店」最後の広告

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2000年9月24日 そごう東京店閉店

有楽町そごうで働いた仲間たちの集い有楽ちぎり会

 Yurakuchosogologo

〈追記〉そごう心斎橋本店オープン

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Rie

女優 宮沢りえを起用した「そごう心斎橋本店」オープンポスター
宮沢りえと言えば、20年前の「横浜そごう」オープン広告に、当時無名だった宮沢りえを起用したり、また「多摩そごう」が舞台の13年前のTBSドラマ『東京エレベーターガール』の主役 沢木つかさとしても登場。そして、今回の「そごう心斎橋本店」オープン広告… 何かと「そごう」と縁があるようです…
(制作:K2クリエイティブディレクター長友啓典氏)

Godzilla02_2
Godzilla01_2
Godzilla03_21955年公開の東宝映画『ゴジラの逆襲』
宣伝用スチールに使われた「そごう大阪店」
(C)1955 TOHO Co.,Ltd.

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1989年公開のハリウッド映画『ブラック・レイン』
マイケル・ダグラスの後ろに映り込む「そごう大阪店」のネオンサイン
(C)1989 Paramount Pictures

shinlogo

〈追記〉空襲とそごう

Sogoosaka1937日中戦争の“祈 武運長久”幕と日章旗が掲出されている(1937年)

Sogosensai
昭和19年(1944年)6月15日、米軍のB-29爆撃機が初めて北九州を空襲。中国・成都基地から北九州の八幡製鉄所へ飛来・爆撃した(八幡大空襲)。11月24日、今度はマリアナ基地のB-29爆撃機70機が、東京を襲って爆撃を加えた。これを口火として、米機による本土空襲は、日を追って苛酷なものとなった。阪神地方に対する空襲も開始された。同年12月9日、大阪は初空襲に見舞われ、市内東住吉区瓜破(うりわり)地区が被災した。この頃から、そごうは大阪本店・神戸支店とも当直員を大幅に増員し、空襲に備えることになった。当時、すでに男子従業員は激減していたので、当直長をつとめる役付者は、ほとんど隔日に宿直しなければならなかった。

Kushu_1
翌20年(1945年)3月10日、B-29爆撃機325機が東京を空襲(東京大空襲)。3月12日、B-29爆撃機288機が名古屋を空襲(名古屋大空襲)。3月13日、大阪に対する大規模な空襲が行われた。この日、午後11時30分頃からB-29爆撃機274機が襲来し、およそ3時間に渡って、市中心部を猛爆した(大阪大空襲)。被害は甚大で、心斎橋筋一帯をはじめ、市の大半は焼夷弾、爆弾によって、完全に焼土となった。この空襲下にあって、大阪本店は、被爆こそ免れたが、店舗の東、南、北側から猛火が襲い、鰻谷納品口の商品がたちまち火炎に包まれた。しかし、当夜の当直員の懸命な消火作業によって、店内への類焼は喰い止めることができたのであった。

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戦時中の大阪地区百貨店新聞広告(そごう・大丸・三越)

参考文献
●大日本百貨店帖(百貨店新聞社・1937年発行)
●株式会社そごう社史(そごう社長室弘報室・1969年発行)
●株式会社そごう小史(そごう小史編集委員会・1979年発行)

〈追記〉村野藤吾とそごう

Sgosaka1西側から見たファサード

Sogo_osaka1937
東側から見たファサード

そごう大阪店(心斎橋そごう)
1933年[第1期]/1935年[第2期]/1937年[第3期]/1952年[改修]/1969年[増築]
大阪市中央区心斎橋筋1丁目8-3

ロシア構成主義の「そごう百貨店」、かたやアメリカンボザールの「大丸百貨店(W・M・ヴォーリズ設計)」は、御堂筋沿いに並んで建っていた。村野の「そごう百貨店」は、淡い黄褐色のトラバーチンとガラスブロックの凹凸により、幻想的な陰翳が印象的であった。「そごう」と「大丸」は大阪市営地下鉄1号線の心斎橋駅の開設に合わせ、共にその全容を現した。その後、1937年の御堂筋の完成により、垂直リブのある「そごう百貨店」は移動しながら見る建築として、3分の2世紀の時を御堂筋の代表的景観の1つとして持続した。定点で見る様式建築の「大丸」と比較すれば、モダニズム建築としての「そごう」は、2003年に取り壊された今こそ、改めてその価値や存在の重さを強く印象付ける。村野はあるインタビューで、ラジオの横縞を縦縞にしたとデザインの根拠を語っているが、それは上記の意図が実現できると確信があってのことである。ロダンの弟子、藤川勇造が制作した西立面の「飛躍」と島野三秋制作のエレベーター扉は改築されたそごう心斎橋本店に受け継がれ、特別食堂の壁画、藤田嗣治「春」の一部は新高輪プリンスホテルのメインバー「あさま」にある。内部、特に階段回りのやわらかい紐をイメージした曲線は、やがて大衆の好むところとなった。また、6階に茶室があり、文化的なサロンとして豊かさに寄与した。


 

Tokyosogo
そごう東京店(有楽町そごう)
1957年
東京都千代田区有楽町1-11-1

JR有楽町駅の西側に隣接する三角形の敷地に建つ。地下2階〜地上6階はそごう東京店(有楽町そごう)、7〜9階は約1,100名収容のホールをもつ読売会館。外観より、この2つの機能は分割されていることがわかり、明快である。東面が線路に呼応するかのように緩やかにカーブし、北面および東面はガラスブロック(現在は型板ガラス)がはめられ、暗緑色のファサードを構成する。西面は目地をなくした白い大理石のテッセラ貼りの美しい壁面であった。敷地条件を逆手に取り、三角形の敷地に対して三隅に階段を配し、狭くなりがちな売場を有効に取るなど平面計画の巧みさがうかがえる。内部の機能に対し、外部の表現は異なる。このことが、竣工当時、建築界の話題となった。同年竣工した、北東隣地の旧東京都庁舎(丹下健三設計)との比較である。2001年、東面と北面を残し、ファサードは改装された。ちなみに、当時の流行歌、フランク永井の「有楽町で逢いましょう」は、有楽町そごうのCMソングである。


Sogonamba
そごう難波店
1946年 / 大阪市南区難波新地5番地外
(村野藤吾 設計)

Sogo_abeno1947
食品市場そごう阿倍野店
1947年 / 大阪市阿倍野区阿倍野筋1丁目54番地
(村野藤吾 設計)

近代建築青空ミュージアム〜そごう百貨店心斎橋本店

参考文献
●村野藤吾建築案内(村野藤吾研究会・TOTO出版・2009年発行)
●村野藤吾建築設計図展カタログ3「村野藤吾とふたつのそごう」(京都工芸繊維大学美術工芸資料館・村野藤吾の設計研究会・2001年発行)

〈追記〉多摩そごう「東京エレベーターガール」

「多摩そごう」が物語の舞台として登場する 宮沢りえ主演のTBSドラマ『東京エレベーターガール』
懐かしの「多摩そごう」が各所に出てきます

Dvd_2(C)TBS/松竹 映像商品部

21_3『東京エレベーターガール』のDVD-BOX(2012年発売)
商品パッケージやメニュー画面のロゴ周りに使用されているエレベーターガールらしきシルエット
もしかしたらこの画像 ↓ を勝手にトレースした???Service93_2

元 黒崎そごう 小路貴カメラマン撮影 黒崎そごうの制服
モデルを使っての即席撮影なので、実はこの案内ポーズは、ぎこちない上に正確ではありません…
しかもドラマに出てくる制服とは全く違うフォルムです…
(天下のTBS…パ●ったな)

Tegcd01
Tegcd02CDアルバム「東京エレベーターガール」より

Tamasogo_elevatorgirl_20190725000101実際の撮影当時の「多摩そごう」サービス課社員

11_3TBS系列 1992年1月10日〜3月20日放送(全11話)
毎週金曜日 21:00〜21:54

18多摩そごう 外観(京王プラザホテル多摩側)

01多摩そごう 回廊

10多摩そごう 従業員入口

041991年度冬期 そごうエレベーターガール制服(全店共通)

Tokyoelevatorgirl201
バックヤード/レジスター 現金バッグ(釣り銭バッグ)

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1階インフォメーションのそごうグループの電照パネル

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サービス課の朝礼(挨拶の練習)

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多摩そごう 1階エレベーターホール

02
エレベーターのリモコン制御

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新春初売りポスター
ポスター交換業務はサービス課ではなく
広報課(宣伝課・装飾課)の仕事だと思うんだけど…

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なぜに「花王ソフィーナ(仙道敦子さん)」のポスターが…
「花王」は当時番組スポンサーでした…

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1階正面玄関 開店時のお出迎え

14
シリンダー1階正面玄関の東京ディズニーランドライセンス時計
「イッツ・ア・スモールワールド時計」

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バックヤード/そごうボテ車(ボテ箱に車輪が付いたもの)

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バックヤード/多摩そごう手提げバッグのパッキン(東洋紙業製)

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バックヤード/プライベートブランド「パコ・ラバンヌ」ポスター

Teg90
バックヤード/プライベートブランド「ロージェント」「チタ・ファッシーノ」
「川口そごうオープン」ポスター

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ネームバッジのアップ

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バックヤード/「川口そごうオープン」ポスター

20
ベビーカーの清掃

Teg94
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そごうの店花「ダリア」が施されたエレベーター扉

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エレベーター起動スイッチ

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そごうマーク(ちきり)をモチーフにしたエレベーター扉

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シリンダー吹抜けゾーン(2階から)

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Teg93
シリンダー吹抜けゾーン(地下1階から)
多摩そごうシンボルゾーン…

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多摩そごうのみのオリジナル手提げバッグ
(ベアトリス・マリオッティによるデザイン)

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多摩そごうロゴが入った「多摩センター駅」の鏡

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ベビーカーのう●ち清掃

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バックヤード/透明の女子従業員用バッグ

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多摩そごうロゴが入ったイベント用風船

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バックヤード/多摩そごう 折込広告「そごう名物 多家楽市(たからいち)」

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バックヤード/1991年そごうテーマポスター「オアシスのある街。」

Teg101
バックヤード/撮影スタジオ 多摩そごう 折込広告
(色校の段階でこのレイアウト変更はたまらない)

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多摩そごう 1階エスカレーターホール

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1992年そごうテーマポスター「しあわせ広げたい。」

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バックヤード/荷物用大型エレベーター

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バックヤード/多摩そごう 従業員ロッカー(警備室前)

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多摩そごう ショーウィンドー「バレンタインデー」

81
多摩そごう ショーウィンドー「東京ディズニーランド」

116
そごう有料手提げバッグ自販機(旧カラーと新カラー2種類)

115
113
バックヤード/一般女子従業員制服(カーディガン付)

111
多摩そごう 屋上のそごう社旗
(SOGOバッジ上下逆さま…)

117
「多摩中央公園」から見た多摩そごう

120
「パルテノン多摩」から見た多摩そごう

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エンドロールの協力クレジット

〈追記〉そごう四コマ漫画

「全そごう労働組合40周年記念誌(1992年発行)」に掲載されたそごう四コマ漫画…
作画はレオナルド・いも氏などギャグ漫画家に依頼され
そごう各店の実話エピソードや一部ブラックジョークが垣間見られます…

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〈追記〉北九州市の百貨店史

1963年の五市合併当時、九州最大の人口を誇り九州初の政令指定都市となった北九州市。
現在は、その座を福岡市に明け渡しましたが、非県都としては、中四国九州エリア最大の都市に変わりはありません。
北九州市は、古くから産業・交通・軍事の要衝として栄え、商業の要、街の顔として数多くの百貨店が存在していました…

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そっくりな三つの百貨店の記念絵ハガキ
左「丸柏百貨店」 中央「小倉井筒屋」 右「菊屋百貨店(のちの小倉玉屋)」

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「小倉井筒屋」新築開店記念ビジュアル(1936年)

Tamayacard「小倉玉屋」絵ハガキ(増築前・5階建て時)

Tamaya_taisho門司・栄町にあった「小倉玉屋」の前身「田中丸呉服店」(大正期)

kokuratamaya「小倉玉屋」リニューアル前(1989年)(C)北九州市の建築

Tamaya「小倉玉屋」リニューアル後(1996年)(C)北九州市の建築
周辺の電線が地中化され、突き出し看板を撤去、正面玄関も異なる

小倉玉屋
1930年に八幡市西本町(現北九州市八幡東区西本町)に玉屋分店を開店し、蛭子町に別館を開設した。本館は1935年竣工。1938年に小倉市室町(現北九州市小倉北区室町)に開店。当初の店名は「菊屋百貨店」。進出に反対していた地元に配慮し、「玉屋」の商号は用いず、「菊屋」の名称で営業を開始した。戦後、店舗は「そごう大阪店(OSAKA PX)」と同様にアメリカ進駐軍に全店接収され、進駐軍専用の「KOKURA PX(軍人・軍属向け物品販売所)」となり、接収を解かれたあと、正式に「玉屋」の商号を用いる。建物は何度も増築され、8階建てになっているが元々は5階建てである。デザインの扱いが異なるので増築の過程は一目瞭然。当時の最上階に見られる丸窓は昭和初期の特徴と言える。2003年解体撤去。跡地は複合商業施設「リバーウォーク北九州」になっている。

1806年    田中丸家が佐賀県牛津で荒物商を始める
1925年    玉屋グループの本家格である「福岡玉屋」創業
1937年    旧小倉市田町に小倉玉屋の前身「菊屋」設立
1941年    社名を「菊屋」から「小倉玉屋」に変更
1952年    米軍に建物を接収され分散営業していたが本館で再開店
1973年    本館増築。延べ床面積26,607平米に
1996年    福岡玉屋が「博多リバレイン」への出店を断念
2002年02月 田中丸善昌会長兼社長が退任。小倉北区室町の店舗を閉店
2002年03月 旧小倉そごうのビルで仮営業開始
2002年10月 営業終了を発表
2002年12月 営業終了

Kaneyasu木造4階建の「かねやす百貨店」(1920年)

Kaneyasudepartmentstore_2鉄筋7階建の新築「かねやす百貨店」(1936年)

かねやす百貨店
文久年間、小倉にて創業。初め米穀店であったが、のち慶応年間に「かねやす呉服店」となる。この建物は1920年、木造4階建のデパート式経営を始めた時のもので、1936年、鉄筋7階建の「かねやす百貨店」になった。しかし、1952年、附近の出火により消失し、2年後に破産してしまった。(1937年当時住所 小倉市魚町127)

Hyougoya1926北九州最初の百貨店とされる「兵庫屋」(大正期)

兵庫屋
1918年に鳥町三丁目に開店。大分県中津資本。外観は赤煉瓦三階建ての高層洋館建築で小倉の名物デパートであった。呉服が主であったが、下駄を入口で預け、三階まで絨毯の上を歩いて買物ができた。弁当・おしるこをメニューとした食堂も人気だったという。1926年閉店。その後「小倉商工会議所ビル」となった。

Hiraiya_3開業時の旧門司市栄町筋「平井屋」(1931年)

Marukyu1935_1八幡市中央区に開店した“マルキュー”こと「九州百貨店」(1932年)

Marukyu

九州百貨店(マルキュー百貨店)/ 八幡丸物
1932年10月設立。大阪「白木屋」出身の支配人が手掛けた本格派百貨店。北九州随一の4階建ての近代的な大型百貨店として、商圏は広く、顧客は広域に渡っていた。のちに経営不振から「京都丸物」傘下となり、1954年9月「八幡丸物」として発足した。

Tamaya_yahata1932
八幡市西本町4丁目にあった「玉屋分店」(1932年)

Hiraiya1934新築ビル竣工時の門司「平井屋」(1934年)
その後、経営不振に陥り、1934年末に「山城屋」に買収された

Hiraiya「平井屋」正月初売りの記念写真(1930年代)

1935呉服店時代の若松「丸柏」(1935年)

Yamashiroya門司港まつり時の門司「山城屋」(1936年)

Izutsuyaopen開業当日の「小倉井筒屋」(1936年)
1936年10月6日「開店披露大売出し」風景

Izutsuya1935完成間もない新築の「小倉井筒屋」(1936年頃)

小倉井筒屋
昭和8年頃、第10代小倉市長だった神崎慶次郎氏は当時三越にいた高瀬潔にすすめられ、自分の経営する高級旅館「梅屋」の家屋敷を提供し、百貨店の設立を計画。さらに当時の九州電気軌道(現・西鉄)の村上専務に資本の件で相談し、半額の出資を要請した。残りの資本は、門司で井筒屋という呉服店を経営していた住岡由太郎氏に相談、出資を受諾、専務として迎え入れることになる。昭和10年7月18日に小倉商工会議所で創立総会を開き、7月30日に資本金100万円で株式会社井筒屋の設立登記を完了。昭和11年10月6日、鉄筋地下1階、地上7階、2,497総延坪で宝町(現・船場町)に完成し開店した。開店当時は玄関を開けると、10数分で店内は各階とも超満員になり、すぐ入客を制限して順次、入り口で待機する客を誘導するという盛況を終日くり返した。特に人気を呼んだのはエレベーターガールで、当時は東京からの転勤者が多数あり、その娘たちが採用されたため、スマートな服装と東京弁が好評であり、筑豊や中津方面からの腰弁当の見物客も殺到して、景気のよい開店風景であったという。

 

Osakamachi銀行街だった大坂町筋から見た「小倉井筒屋」(1937年)

Izutsuya1937珍しい「小倉井筒屋」の夜景(1937年)

Marukashi1938若松市議選の候補者看板が立つ新築中の「丸柏百貨店」(1938年)

Izutsuya1938
日中戦争“徐州陥落”記念売出しの「小倉井筒屋」(1938年)

Kikuya_2戦前の小倉のメインストリートだった室町通り(1939年)
手前:小倉警察署 一番奥:菊屋百貨店

1939「小倉井筒屋」前の電車通り(1939年)
のちの西鉄電車北九州線

Kaneyasu小倉「かねやす百貨店」前の電車通り(1939年)
のちの西鉄電車北方線

Marukyu_2終戦直後の八幡「九州百貨店」(1945年)
背後は八幡製鐵所

Izutsuya1946_2戦時中の迷彩を施したままの「小倉井筒屋」(1946年)

Izutsuya1946_2“復興祭”で賑わう勝山橋付近と迷彩「小倉井筒屋」(1946年)

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“小倉競輪”の懸垂幕が下がる「小倉井筒屋」(1948年)

Marukashi_2戦後の改築前の若松「丸柏百貨店」
歳末「大歳の市」売出し風景(1951年)

Marukashipers若松「丸柏百貨店」のイメージパース画

丸柏百貨店
1948年創業した石炭財閥系百貨店「丸柏(まるかし)」。1888年(明治21年)、広島県因島出身の店祖、柏原氏が若松で太物商をはじめたことに由来する。その後、「柏原太物店」から呉服店「柏原呉服店」「丸柏呉服店」となり、戦後「丸柏百貨店」となった。石炭産業の衰退で業績が悪化し、1979年に経営援助の要請を受けた井筒屋が子会社化し「若松井筒屋」となった。1995年閉店。建物は壊され、現在はビジネスホテルになっている。

Marukashi_5若戸大橋開通前の若松「丸柏百貨店」周辺(1950年代)

1951_6森永ミルクキャラメルの巨大広告塔と「小倉井筒屋」(1951年)

Kokuradepartment_store_2貴重な初代小倉三大百貨店のスリーショット(1952年)

Kokuraizutsuya1953第一次増築工事が完成した「小倉井筒屋」(1953年)
6階と7階の間に朝日新聞の電光ニュース板がある

Yamashiroya1954決算大処分の懸垂幕がさがる門司「山城屋」(1954年)
屋上に観覧車・毎日新聞の電光ニュース板がある

山城屋
1896年(明治29年)、大阪市で現在は別会社になっている「イカリソース」のメーカーとして創業。1934年に門司出張所が地元百貨店「平井屋」を買収して百貨店業に進出した。北九州市内の百貨店では最も古い。以来門司の老舗企業として営業を続けた。1953年に建てられた店舗は、地上5階・地下1階、売場面積約7,200平米。1993年8月期の売上高約26億7,900万円。ピーク時は1975年度に約32億円を売り上げた。1994年1月24日、福岡地裁小倉支部に和議申請・受理。破たん後、部分営業をしていたが、2001年1月29日営業継続を断念。同年3月末日閉店。現在は解体され、マンションが建っている。

Tamaya1955GHQ「KOKURA PX」接収解除後に電飾を施した珍しい「小倉玉屋」(1955年)

1955_2電車通りの正面に見える「小倉井筒屋」(1955年)

Tamaya1955_2「タマヤ」ネオンが珍しい増築前の「小倉玉屋」(1955年)

1955
Marubutsu_2「九州百貨店(マルキュー百貨店)」の後継として開店した
京都の老舗百貨店「丸物」傘下の「八幡丸物」(1956年)(C)jr6gnk

1956西鉄ライオンズ優勝の横断幕と「小倉井筒屋」(1956年)

Yahatamarubutsu1956「八幡丸物」前を通る西鉄ライオンズ優勝パレード(1956年)

Izutsuya1957黒崎駅前通りに建設中の「八幡井筒屋」(1957年)

Kokura1957ひときわ大きさが目立つ「小倉井筒屋」(1957年)
左上:小倉豊楽園球場

Izutsuya02「小倉玉屋」店舗から見た「小倉井筒屋」方面(1958年)

Izutsuya西鉄魚町電停付近から見た「小倉井筒屋」(1950年代後半)
手前:緑屋(のちの小倉東映会館)

Yahataizutsuya34建設中の「八幡井筒屋」(1959年)
設計:日建設計工務 施工:竹中工務店

Kokurahaku1959_3電車通りの“ミス小倉博”のパレード(1959年)

Kokura02天守を復興したばかりの小倉城と「小倉井筒屋」(1960年)

Sumitomobank1960_2平和通り小倉駅前交差点付近から見た「小倉井筒屋」(1960年代)

Kokuratamaya60_2小倉城天守閣から見た「小倉玉屋」(1960年)

Kokurahaku60_2“小倉博”会場駐車場から見た小倉城と「小倉玉屋」(1960年)
正式名称:市制60周年記念 伸びゆく北九州 小倉大博覧会

Kaneyasu_3
雑居ビル化した小倉「かねやす百貨店」跡(1960年代)
屋上の防空監視哨がわかる

Yahataizutsuya黒崎駅前通りの「八幡井筒屋」(1960年)

Toeiopen61開業時の「小倉東映会館」と塔屋に大時計がある「小倉井筒屋」(1961年)

Marukashi1962開通したばかりの若戸大橋と「丸柏百貨店(右下)」(1962年)

Marukashi_21若松「丸柏百貨店」前を通る“ミス若松”のパレード(1962年)

Marukashirf_2若松「丸柏百貨店」屋上観覧車(1962年)
背後:建設中の若戸大橋

1962_2「八幡井筒屋」と黒崎の街(1962年)

Kokura1962_3小倉駅側から見た「小倉井筒屋」「小倉東映会館」(1962年)(C)毎日グラフ
左下:のちの小倉そごう建設地に移転した永照寺が見える

1962_5魚町交差点「小倉東映会館」「小倉井筒屋」(1962年)

Wakato62_3魚町交差点での“ミス若戸博”のパレード(1962年)

Yahataizutsuya1963_2旧八幡市時代の「八幡井筒屋」(1962年)

1963中の橋(太陽の橋)から見た「小倉井筒屋」(1963年)

Seika_2「小倉東映会館」前を通る東京オリンピック聖火リレー(1964年)
奥の「小倉井筒屋」壁面に東京オリンピックのロゴマークが見える

Ymsryop門司「山城屋」前を通る東京オリンピック聖火リレー(1964年)

Izutsuya40_3屋上に観覧車がある頃の「小倉井筒屋」(1965年)

Yahata_izutsuya1965
圧倒的地域一番店だった「八幡井筒屋」(1965年)

Iwataya1965_2
1965iwataya開店時の「戸畑岩田屋」(1965年)

Iwatayatobata_4_3「戸畑岩田屋」は岩田屋唯一の直営支店だった(1966年)

戸畑岩田屋
5市合併当時、北九州市には山城屋(門司区)・丸柏百貨店(若松区)・小倉玉屋(小倉区)・小倉井筒屋(小倉区)・八幡丸物(八幡区)・八幡井筒屋(八幡区)と6店の百貨店があったが、戸畑区(旧戸畑市)には昔から百貨店が無かった。そこで岩田屋は戸畑支店の設置を計画。1965年(昭和40年)5月29日に開店した。地上5階・地下1階、売場面積4,380平米。1979年(昭和54年)の黒崎そごうオープンなどの影響を受け、1982年(昭和57年)2月に閉店した。

Tamayadaiei小倉城から見た「小倉玉屋」と建設中の「ダイエー小倉店」(1966年)
ダイエーの九州1号店であった

Tamaya1967
正金相互銀行(現 福岡中央銀行)と「小倉玉屋」(1967年)

Tamaya1967_36階から出火した「小倉玉屋」(1967年)

1960
東壁面外装工事中の「小倉井筒屋」(1960年代)

Kokurajetcoaster68_2勝山公園のジェットコースターと「小倉井筒屋」(1968年)
現 北九州市役所建設地

1969_6「小倉井筒屋」と紫川下流にあったバラック群(1969年)

Izutsuya1971_2隣接していた小倉記念病院跡に駐車場棟を増築中の「小倉井筒屋」(1971年)

1970正面玄関上の屋上塔屋にネオンが設置された「小倉井筒屋」(1970年代)

Marukashi
Marukashi1975_2若松「丸柏百貨店」前を通る全国でも珍しい市営貨物路面電車(1974年)

Mks1975若戸大橋と若松「丸柏百貨店」(1975年頃)

Kurosaki_sogo_open1979
黒崎駅前にオープンした「黒崎そごう」(1979年)

黒崎そごう
1977年10月21日会社設立。1979年10月6日開店(そごうグループ10号店)。26,332平米。資本金7億5千万円。最高売上高380億円(91年度)。北九州市の副都心、国鉄黒崎駅前東地区の再開発ビル「メイト黒崎」の核テナントとして開店。黒崎そごうのほか、ジャスコ黒崎店・メイト専門店街・公共施設(消費生活センター等)・文化教室なども配され、そごうとしては初めての入居形態だった。黒崎そごうの開店により、そごうは10店舗(グレーターそごう計画)を達成。北海道から九州まで、百貨店業界で初めて日本列島4島すべてに店を出現させることになった。オープン時のキャッチフレーズは「まるで宇宙戦艦!」。2000年12月25日閉店。2001年1月31日に全従業員を解雇、3月12日東京地裁が再生手続廃止を決定、4月18日東京地裁が破産宣告、のち清算された。

Sogoizutsuya黒崎商業集積ピーク(1979年)

1980_2屋上に小倉ワシントン靴店のネオンがある
小倉「かねやす百貨店」跡(1980年)

Fureaidori80黒崎駅前ふれあい通りを挟んで向かい合う
「八幡井筒屋(黒崎井筒屋)」と「長崎屋黒崎店」(1980年)

Kokuracastlehotel82_3小倉城から見た「小倉玉屋」(1982年)
右:ホテルサンルート小倉(旧小倉キャッスルホテル)

Izutsuya1983複雑な「小倉井筒屋」本館・別館・駐車場棟ビル群(1983年)

Daiei1985_2勝山橋から見た室町方面「ダイエー小倉店」「小倉玉屋」(1985年)

Kurosakisogo_nishitetsu
お中元時期の「黒崎そごう」と西鉄路面電車(1985年)(C)曳野利

Denko「小倉井筒屋」の大型カラー電光掲示板“デカ電太”(1987年)
手前:小倉東映会館(4F小倉東映シネマ1・シネマ2)

Izutsuya1980_2「小倉井筒屋」別館・駐車場棟(1980年代)

Kurosaki_debut
短命に終わったファッションビル「黒崎デビュー」(1988年)
後方に「トポス黒崎店」と「メイトビル」が見える

Izutsuya1989
別館・駐車場棟・電光掲示板がある「小倉井筒屋」(1989年)

Yamashiroya92桟橋通りから見た門司「山城屋」(1992年)

Wakamatsuizu1979年 若松「丸柏百貨店」は井筒屋と資本提携
「若松井筒屋」に商号変更(1993年)

Wi1995若戸大橋と「若松井筒屋」

Kokura建設中のピンク色「小倉そごう」とレンガ色「小倉井筒屋」(1993年)

Kokura_sogo_monorail
小倉駅前にオープンした「小倉そごう」(1993年)

小倉そごう
1969年小倉駅前出店用地買収(約3,500平米)。1988年会社設立。1993年10月10日開店(そごうグループ38号店)。43,774平米。資本金1億円。最高売上高433億円(97年度)。初期投資など515億円の負債を抱え、毎月億単位の借入金返済に追われた。坪単価で平均24,000円という高額な賃料と、地権者を優遇した売場配置がネックとなった。初期計画には東映と共同で「小倉東映会館(閉鎖解体済)」の場所への出店案もあったといわれる。オープン時のキャッチフレーズは「咲かせたい、暮らしルネッサンス」。2000年12月25日閉店。

Yamashiroya閉店した門司「山城屋」(1994年)

Shinkan_2レンガ色でない「小倉井筒屋 新館」オープン(1998年)

Kokurasogo1998_3小倉駅まで延伸開通したモノレールと「小倉そごう」(1998年)

1999tamaya01室町エリアのランドマークだった「小倉玉屋」(1999年)

Tamaya99増築部分を除く「小倉玉屋」本来のファサード(1999年)

2001「黒崎そごう」跡に移転オープンした「黒崎井筒屋」(2001年)

Annex「黒崎井筒屋」跡にオープンした「井筒屋ANNEX-1」(2002年)

Tamayatekkyo旧「小倉玉屋」の屋上看板撤去(2002年)

Kokurakusatsu「小倉井筒屋」周辺の空撮(2003年)
その後「小倉市民会館」「小倉東映会館」は解体

Shikos紫川側から見た「小倉井筒屋 本館・新館」(2004年)

Kokuraisetan_3「小倉そごう」「小倉玉屋(仮店舗)」跡にオープンした「小倉伊勢丹」(2004年)

小倉伊勢丹
伊勢丹70%・井筒屋30%が出資した現地法人。セントシティ北九州(旧小倉そごうビル)の核テナントとして2004年2月10日に開店した。開店当初、伊勢丹負担の改装費は50億円にのぼった。小倉そごうの全館運営に対し、小倉伊勢丹は地下1階から地上6階までの手狭な印象の入居となった。合弁元の本丸である小倉井筒屋との競合を避けるため、セカンドライン中心の商品展開や、百貨店の上顧客窓口である外商部を設置できなかった。最高売上高182億円(開店初年度)。小倉そごうの印象が強く残るビルに、居抜きである小倉伊勢丹は「伊勢丹ブランド」を発揮できず、わずか4年で閉店した。2008年3月25日閉店。

2005isetan北九州モノレールと「小倉伊勢丹」(2005年)

Kaneyasu
屋上に戦時中の防空監視哨が現存する「かねやす百貨店」跡(2009年)

Uomachi魚町交差点からの「小倉井筒屋」(2009年)

Izutsuyaseifuku 「井筒屋」ご案内サービス担当 制服 左から
秋冬(1998年〜)春夏(1999年〜)秋冬(2005年〜)春夏(2006年〜)

Kaneyasu_quest
南側壁面が姿を現した小倉「かねやす百貨店」跡(2011年)

Cinema53
「小倉東映会館」跡地に建つ「オリエントキャピタルタワー」と「小倉井筒屋」(2016年)

北九州市の百貨店史まとめ

店名
住所
営業期間
備考
兵庫屋
 旧小倉市鳥町  1916年〜1920年  現 小倉商工会館
かねやす百貨店
 旧小倉市魚町  1920年〜1954年  現 小倉ワシントンビル
玉屋分店(八幡玉屋)
 旧八幡市西本町  1930年〜1932年  小倉に移転(蛭子町に別館)
 後 解体
高田屋
 旧八幡市  不明  
平井屋
→ 後継:山城屋
 旧門司市本町
 門司区本町
 1932年〜2001年  後 解体
 現 サンリヤン門司港
山城屋支店
 旧門司市西堀川町
 門司区西堀川町
 不明  後 解体
九州百貨店
→ 改称:マルキュー百貨店
→ 後継:八幡丸物
 旧八幡市中央区
 八幡東区中央町
 1932年〜1971年  後 解体
 現 大八木眼科医院
九軌百貨店戸畑店
→ 改称:井筒屋戸畑店
 旧戸畑市
 九軌電鐵ビル
 1933年〜1937年  井筒屋に吸収合併
 後 解体
九軌デパート
→ 改称:九軌百貨店
→ 改称:九軌経営 井筒屋
→ 改称:井筒屋小倉店
(小倉井筒屋)
 旧小倉市寳町
 小倉北区船場町
 1936年〜営業中  
菊屋百貨店
→ 改称:小倉玉屋
 旧小倉市室町
 小倉北区室町
 1937年〜2001年  後 解体
 現 リバーウォーク北九州
丸柏百貨店
→ 後継:若松井筒屋
 旧若松市中川通
 若松区本町
 1938年〜1995年  後 解体
 現 ホテルルートイン若松駅東
井筒屋八幡店(八幡井筒屋)
→ 改称:井筒屋黒崎店
(黒崎井筒屋)
 旧八幡市黒崎
 八幡西区黒崎
 1959年〜2001年  後 井筒屋ANNEX-1(解体)
 現 GP黒崎ランドマークス
井筒屋黒崎店(黒崎井筒屋)
 八幡西区黒崎  2001年〜2020年  黒崎そごう跡に移転
 後 閉店撤退
岩田屋戸畑店(戸畑岩田屋)
 戸畑区浅生  1965年〜1982年  後 解体
 現 アネーロあそう
黒崎そごう
 八幡西区黒崎  1979年〜2000年  現 メイト黒崎ビル(破産)
井筒屋本城店(本城井筒屋)
 八幡西区光貞台  1981年〜1984年  後 太陽家具北九州西店(閉店)
小倉そごう
 小倉北区京町  1993年〜2000年  現 セントシティ
小倉玉屋 仮店舗
 小倉北区京町  2002年〜2002年  現 セントシティ
小倉伊勢丹
 小倉北区京町  2004年〜2008年  現 セントシティ
コレット井筒屋(コレット)
 小倉北区京町  2008年〜2019年  現 セントシティ

※すべて個人調べのため、間違っている場合がございます。あらかじめご了承くださいませ。
※チェーンストアの
西友が経営していた「小倉西武(LIVIN)」はリストには含めません。

 

Kaneyasu_marubutsu

Tamayayamashiroya_4

Marukashilogo_9_2

Sogo2logo

Isetankokura_5

Izutsuya_kurosakilogo

※かねやす百貨店・八幡丸物・山城屋のロゴはイラレによる個人トレースのため実際のロゴとは異なります。

 

参考文献〈一覧〉
 
●大日本百貨店帖 百貨店新聞社 1937年
●井筒屋三十年史 井筒屋 1965年
●岩田屋経営史 岩田屋 1967年
●佐世保玉屋五十年史 佐世保玉屋 1967年
●写真集 明治大正昭和 小倉(ふるさとの想い出) 国書刊行会 1979年
●写真集 明治大正昭和 門司(ふるさとの想い出)国書刊行会 1979   
●写真集 明治大正昭和 若松・戸畑(ふるさとの想い出) 国書刊行会 1980
●写真集 明治大正昭和 八幡(ふるさとの想い出) 国書刊行会 1982   
●北九州市20年のあゆみ 北九州都市協会 1983
●写真集 福岡100年 西日本新聞社 1985
●北九州市の建築 北九州市・北九州都市協会 1989
●北九州思い出写真館 北九州市住まい・生活展実行委員会 1993
●門司百年 北九州市門司区役所 1999
●目で見る北九州の100年 郷土出版社 2001
●毎日グラフ 若戸大橋完成記念号 毎日新聞社 2006年復刻版
●北九州の今昔 上巻 郷土出版社 2010
●北九州の今昔 下巻 郷土出版社 2010
●北九州思い出の街かど 曳野利米壽記念写真集 曳野利 2018
●北九州市の昭和 樹林舎 2018

History of department store of KITAKYUSHU CITY

〈追記〉かねやす百貨店跡

現在、小倉にある百貨店は、わずか「小倉井筒屋」1店舗のみです…
かつて小倉には「小倉玉屋」「小倉そごう(小倉伊勢丹)」以外に「かねやす百貨店」という地場百貨店がありました…

Kaneyasu08北九州市小倉北区魚町 みかげ通り沿い(旧西鉄北方線・旧電車通り)

Kaneyasu07現在、ドラッグストア等が入居している「ワシントンビル」が「かねやす百貨店」でした…

Kaneyasu04ビルの北面には、アールを取り入れた特徴的な意匠が残っています…

Kaneyasu19屋上に残る錆びた鉄骨は「かねやす百貨店」ロゴマークが設置されていた看板の跡…
当時からライバルだった「小倉井筒屋」は現在も営業中です…

Kaneyasu_logo

「かねやす百貨店」ロゴマーク
(マークはイラレによる個人トレースのため実際のロゴとは異なります)

Kaneyasudepartmentstore1939〈資料〉かねやす百貨店(画像は昭和14年の絵葉書より)
江戸時代の文久年間、小倉にて創業。当初、米穀店であったが、のち慶応年間に「かねやす呉服店」となる。大正9年(1920)、木造4階建ての百貨店式経営を始める。昭和11年(1936)、鉄筋7階建ての「かねやす百貨店」となる。しかし、昭和27年(1952)、付近の出火により消失。その2年後に閉店し破産する。

Kaneyasu01百貨店の定番である屋上稲荷も大切に祀られています…

Kaneyasu02そして、さらに最頂部には後付けしたような立方体の異質な建造物が…
(上の〈資料〉絵葉書でも確認できます)

Kaneyasu03戦争遺構「防空監視哨」跡です…
戦時中、ここで敵機の監視をしていたとのこと…

Kaneyasu20長い間、屋上には「小倉魚町ワシントン(靴店)」の巨大ネオン看板が
設置されていたため、視認することができませんでした…

Kaneyasu2011隣接ビル解体時に、久しぶりに現れた南面(2011年撮影)
(現在は手前にパーキングビルが建っているため、見ることができません)

Kaneyasu09ビル内部です… 外観で特徴的だったアール部分は階段室でした…
(現在はビル従業員用の喫煙場所として開放されています)

Kaneyasu11もちろんレトロ感満載ですが、百貨店らしいしっかりとした造りが見られます…

Kaneyasu10年代物と思われる消化器(現在はドアストッパーとして使用)…

Kaneyasu12防火扉の出入口でしょうか…

Kaneyasu13_2都会のド真ん中なのに、ここだけ時間が止まったような感覚になります…

Kaneyasu14当時、この階段を多くの人が行き交っていたことでしょう…
手の込んだ市松模様のタイルが綺麗です…

Kaneyasu18屋上ホールにある丸窓(外観からも確認できます)…

Kaneyasu17フロア一角に扉を塞がれたレトロなエレベーターが残っています…
百貨店当時のものでしょうか…

Kaneyasu15数字のフォントがオシャレ… 地階(デパ地下)もあったようです…

Kaneyasu16カッコイイUP/DOWNボタン… もしかしたら外国製なのかも知れません…

Uomachi64(C)魚町商店街振興組合/魚町一丁目商店街振興組合
資料〉魚町銀天街 1964年 店舗図 (クリックで拡大します)
閉店から12年後「家具のかねやす」「洋服のかねやす」の名前が確認できます…

Kaneyasu22百貨店開店、防空監視哨の設置、火災、そして閉店破産、家具店・洋装店…
小さな地場百貨店の栄枯盛衰の歴史がありました…

Kaneyasudepartmentstore〈資料〉店頭の花輪の数から見て、新築開店時と思われる「かねやす百貨店」

«〈追記〉北九州市の百貨店史

十合呉服店〜戦後


  • Kane_chikiri

    Sogo_seika

    きぬや (十合伊兵衛 生家)

    大和国十市郡十市村(といちむら)。現 奈良県橿原市十市町。絹屋徳兵衛の子、伊兵衛生家。農業のかたわら呉服の行商を営み、屋号を「きぬや」、商標として「かねちきり」を用いていた。

  • Maru_chikiri

    Yamatoya_map

    大和屋(やまとや)

    1830年大阪・坐摩神社の南隣りに古手商(古着屋)として開店。現 大阪市東区渡辺町。(写真は江戸時代の坐摩神社界隈/摂津名所図絵)

  • Sogo_osaka1877

    十合呉服店 大阪本店

    1877年大阪市心斎橋筋1丁目に開店。「大和屋」の屋号を廃し、「呉服太物帯地類扱 十合呉服店」と改めた。1894年移転拡張開店(写真)。

  • Sogo_kyoto1885

    十合呉服店 京都支店

    1885年7月京都市錦小路通に開店。翌年、京都市四条室町東(四条烏丸)に移転。1898年増築(写真1900年)。
    ※1940年閉店(十合呉服店 大阪本店に吸収)

  • Sogo_kobe1899

    十合呉服店 神戸支店

    1899年神戸市相生町に開店。1901年神戸市元町五丁目に移転(写真1905年)。
    ※1933年閉店(のち三宮に移転)
                

    Chikiriyaeriten1894

    別家 ちきりや襟店

    1894年十合呉服店大阪本店旧店舗跡(鰻谷角)に開店。半襟小物の店(写真1926年)。
    ※1943〜45年閉店
                

    十合洋服店

    1906年坐摩前の大和屋跡に開店した紳士服専門店。1909年心斎橋筋2丁目に移転。1910年心斎橋筋1丁目の十合呉服店の真向かいに移転。165平米。
    ※1923年閉店(十合呉服店 大阪本店に吸収)

  • Sogo_osaka1908

    十合呉服店 大阪本店

    1908年、当時では最新式の耐火土蔵づくり2階建ての店舗を新築開店。
    ※現在の竹中工務店施工。

  • Sogo_chirimen1919

    十合呉服店 丹後縮緬工場

    1919年開業。丹後山田。現 京都市与謝郡野田川町石川。十合呉服店 京都支店管轄の直営縮緬(ちりめん)工場。
    ※1939年閉鎖
                

    Sogo_osaka1918

    十合呉服店 大阪本店

    1918年新店舗開店。鉄筋コンクリート造り。地下1階・地上4階。4,095平米。大阪の業界で初めてエレベーターを設置した。
                

    Sogo_kobe1933

    そごう神戸支店

    1933年三宮にターミナル百貨店として新築開店。大林組施工。地下2階・地上7階。10,164平米。オープン時のキャッチフレーズは「神戸そごうの新しき店、新しき品、充実せる百貨」。広告に平仮名「そごう」の表示を使い始める。
                

    Sogo_osaka1935

    そごう大阪本店

    1935年新築開店(第二期工事完成)。村野藤吾設計。大倉土木施工(現在の大成建設)。地下3階・地上8階。31,697平米。国内初のヌードエスカレーターを採用。オープン時のキャッチフレーズは「お遊びに、お買物に」。

  • Sogo_beijing1939

    十合公司 北京出張所
    (中華民国)

    1939年開設。中国・北京市南玉帯胡同。十合公司(そごうこんす)。1941年北池子二条に移転拡張。1943年北京・南順城街の製粉工場を買収。主な販路:北京・長江口・青島・石家荘など。十合商事部管轄。
    ※1945年閉鎖

  • Sogo_kankou1939

    十合公司 漢口出張所
    (中華民国)

    1939年開設。中国湖北省・漢口(現在の武漢)江漢路。1940年出光洋行と代理店契約。1941年現地の資生堂・兼松・大倉商事と共同出資で歯ブラシ製造工場建設。1943年日綿実業と代理店契約。主な販路:漢口・黄陂・新難口など。十合商事部管轄。
    ※1945年閉鎖
                

    十合公司 奉天出張所
    (満洲国)

    1940年開設。中国奉天省・奉天(現在の瀋陽)大和区千代田通。営外酒保に対する商品納入。主な販路:奉天・新京・チチハル・ハイラルなど主要都市30数カ所。十合商事部管轄。
    ※1945年閉鎖
                

    十合公司 遼陽出張所
    (満洲国)

    1941年開設。中国奉天省・遼陽。東京陵(とうけいりょう)の関東軍第917部隊内(満洲最大の兵器製造工場・南満工廠に駐屯)。1942年軍用地を利用して農場経営。十合商事部管轄。
    ※1945年閉鎖
                

    十合公司 上海出張所
    (中華民国)

    1944年開設。中国・上海市広東路(現在の上海市黄浦区)。物資仕入れ・中継拠点。十合産業部管轄。
    ※1945年閉鎖
                

    十合 実務女学校

    戦前に開設。高等小学校を卒業した二十歳未満の女子店員用の補修教育機関。私立青年学校令に準拠した実務学校。
    ※閉鎖年不明

  • Sogo_honbu1946

    本部・そごう卸商品館

    1946年開店。大阪市西区土佐堀通。大同ビル1階(卸商品館)・2階(本部)。のち十合商事管轄。
    ※1950年閉店
                

    そごう東京出張所

    丸の内の東京建物ビル内に1948年開設。東京都千代田区。
    ※1957年閉鎖
                

    十合 大阪ユニバーサル・ストア

    卸商品館1階ホールに1950年開店。在日外国人に対し洋服地・木綿生地・食料品などの輸入商品を販売。
    ※1952年閉店
                

    Sogo_nanba1946

    そごう難波店

    1946年開店。大阪市南区難波。2,523平米。村野藤吾設計。ストアコンセプトは「生活必需百貨の店」。
    ※1963年閉店
                

    Sogo_ichiba1946

    そごう全国食品市場

    1946年開店。大阪市北区梅田。鉄道弘済会営業委託。
    ※1952年閉店
                

    梅田そごうステーション・ストア

    全国食品市場閉鎖後、跡地に1952年開店。
    ※1956年閉店(のち十合商事に委譲し、飲食店として開店)

  • Sogo_kosei_depo

    そごう百貨更生デポー

    1946年開店。大阪市北区梅田。416平米。衣料・雑貨・日用品・更正品の販売。
    ※1950年閉店

  • Sogo_abeno1947

    食品市場 そごう阿倍野店

    1947年開店。大阪市阿倍野区阿倍野筋。891平米。1階食料品・2階喫茶食堂。村野藤吾設計。
    ※1951年閉店
                

    Sogo_osaka_1952

    そごう大阪店

    1952年接収解除・再開店。再開店を期してそごうは本支店の呼称を廃した。「大阪本店」を「大阪店」に、「神戸支店」を「神戸店」に変更した。
                

    Sogo_tokyo_1957

    そごう東京店

    1957年開店。村野藤吾設計の新築「読売会館」の大部分を賃借。
                

    Sogo_chiba1967

    千葉そごう

    1967年開店。塚本大千葉ビル内。別会社方式によるそごうグループ多店舗化1号店。
                

    Sogo_kobe_mitsui

    そごう神戸店

    1969年増築開店。株式会社設立50周年記念事業。
                

    Sogo_osaka1969

    そごう大阪店

    1969年増築開店。株式会社設立50周年記念事業。
                

    Sogo_paris

    そごうパリ事務所

    1978年開設。フランス・パリ。イル・ド・フランス モンテベロ通り。
    ※閉鎖年不明

そごうグループ国内店
(破綻前)


  • Sapporo_pers

    札幌そごう

    1973年11月2日会社設立。1978年9月1日開店。第8号店。29,728平米。1988年増床。資本金4億円。売上高325億円(1998年度)。札幌市中央区北五条西2-1。国鉄札幌駅前の再開発事業の一環として、総床面積10万平米、北日本最大級の規模を誇る、札幌ターミナルビル「エスタ」の核テナントとして出店。1階にはバスターミナルを内包し、地下鉄およびJRの札幌駅とも直結。その商圏は札幌だけにとどまらず、小樽、千歳、苫小牧などを含み、広域的な動員力を持っていた。シンボルゾーン「北海道の幻想(伊藤隆道作)」。オープン時のキャッチフレーズは「でっかい、そごう」。
    ※2000年12月25日閉店:現 札幌エスタ

  • Yurakucho_pers

    そごう東京店
    (有楽町そごう)

    1957年5月25日開店。第3号店。15,275平米。資本金144億4千万円(本社)。売上高168億円(1998年度)。東京都千代田区有楽町1-11-1。首都圏進出の1号店として開店。アメリカ映画「ラスヴェガスで逢いましょう」からヒントを得た「有楽町で逢いましょう」のキャッチフレーズで知られ、開店日は雨の中を約30万人の客が押し寄せた。正面入口に、天井から床に向け風を送って外気を遮断する「エア・ドア」を導入したり、昇りと下りのエスカレーターをX字型に設置するなど、目新しい設備も話題となり、若者たちの待ち合わせ場所にもなった。女子店員の人気も高く「伊勢丹ボーイに、そごうガール」という言葉も生まれた。しかし、都道と市道にはさまれた狭小の三角店舗は、基本的なキャパシティに最後まで悩まされ続けた。1991年に東京都庁が新宿に移転。バブルの崩壊と長引く不況のなかで業績がさらに悪化した。1994年より業界初の日曜定休を導入し話題となった。シンボルゾーン「クリスタルシンボル柱」。
    ※2000年9月24日閉店:現 ビックカメラ有楽町店

  • Kinshicho2_pers

    錦糸町そごう

    1991年会社設立。1997年10月22日開店。第42号店。31,350平米。資本金1億円。売上高149億円(1998年度)。東京都墨田区錦糸2-2-1。1995年2月一時出店断念。同9月出店再開。オフィスビル、マンション、ホテル、商業棟からなる錦糸町駅北口「アルカタワーズ錦糸町」に開店。そごうグループにとって東京店以来、東京23区内2店舗目の出店となった。国内最後の出店。コア商圏は半径3kmと狭いエリアを設定していた。オープン時のキャッチフレーズは「すみだが生んだ、すみだの百貨店」。
    ※2000年12月25日閉店:現 アルカキット錦糸町

  • Tama_pers

    多摩そごう

    1988年会社設立。1989年10月20日開店。第24号店。34,448平米。資本金4億円。売上高195億円(1998年度)。東京都多摩市落合1-46-1。将来人口約31万人の新都市を計画していた多摩ニュータウンの中心、多摩センター駅前に立地。八王子そごう・柚木そごう・(未開店の橋本そごう)との連携のもとで、西東京地域におけるそごうのイメージアップとエリアネット化を担っていた。宮沢りえ主演のTBSドラマ「東京エレベーターガール」のロケ地となった。シンボルゾーン「バード・サンクチュアリー」。オープン時のキャッチフレーズは「はじめまして、新・山の手社交界」。
    ※2000年7月12日閉店

  • Hachioji_pers

    八王子そごう

    1982年会社設立。1983年11月1日開店。第14号店。28,809平米。資本金1億1百万円。売上高427億円(1998年度)。東京都八王子市旭町1-1。東京店の誕生からおよそ四半世紀を経た東京で2店舗目のそごうとして、JR八王子駅北口の駅ビル、八王子ターミナルビル「NOW」の核店舗として開店。中央線沿線・三多摩地域のそごうグループ基幹店舗と位置づけられていた。
    ※存続:そごう八王子店(その後2012年1月31日閉店)

  • Yugi_pers

    柚木そごう

    1990年9月28日会社設立。1992年6月7日開店。第33号店。資本金5千万円。13,150平米。東京都八王子市南大沢2-28-1。多摩ニュータウンの西部地区、京王電鉄相模原線南大沢駅前に多摩ニュータウン開発センターが建設した商業ビル「ガレリア・ユギ」の核店舗としてオープン。サマセット・モームやカーライルなど多くの文化人が育まれた丘、ロンドンのチェルシーテラスの生活マインドがストアーコンセプトだった。そごうでは珍しいブラウン系の外壁を採用。オープン時のキャッチフレーズは「上質生活ヶ丘・東京チェルシーテラス」。
    ※1994年10月3日閉店:現 イトーヨーカ堂南大沢店

  • Yokohama_pers

    横浜そごう

    1969年会社設立。1985年9月30日開店。第17号店。77,211平米。資本金4億6千万円。売上高1403億円(1998年度)。横浜市西区高島2-18-1。横浜駅東口「横浜新都市ビル」の核店舗として開店。当時としてはケタ外れの開店資金約590億円を投じた百貨店史上類をみない超弩級の巨艦百貨店。そごうグループの英知を結集したリーディングストア、フラッグシップストア(旗艦店)。「首都圏レインボー作戦」の要として、重責を与えられていた。博物館法に基づく「そごう美術館」を設置。シンボルゾーン「燦帆(時忠彦作)」。シンボルモニュメント「太陽(岡本太郎作)」。オープン時のキャッチフレーズは「横浜が生んだ、世界最大級の百貨店」。
    ※存続:現 そごう横浜店

  • Kawaguchi_pers

    川口そごう

    1983年9月6日会社設立。1984年当初開店予定。1991年10月16日開店。第30号店。45,981平米。資本金3千万円。売上高323億円(1998年度)。埼玉県川口市栄町3-5-1。JR川口駅東口市街地再開発ビルの核店舗として開店。そごうグループ埼玉県下2店舗目、首都圏10店舗目。埼玉最大規模の百貨店。川口そごうの開店により、そごうグループは国内23店舗・海外7店舗の30店舗となり、宿願の「トリプルそごう計画(そごう30店舗構想)」を達成。シンボルゾーン「輝林」。オープン時のキャッチフレーズは「世界へ。そごう新世紀、始まる」「世界の素敵が川口へー国内外そごうグループの総力を結集した」「30番目のバースデー」。
    ※存続:現 そごう川口店(2021年2月閉店予定)

  • Omiya_pers

    大宮そごう

    1981年会社設立。1987年3月27日開店。第19号店。39,157平米。資本金1億1千万円。売上高484億円(1998年度)。埼玉県大宮市桜木町1-6(当時)。JR大宮駅西口「大宮スカイビル」の核店舗として、北関東最大・大宮以北では東日本地区最大の百貨店として開店。そごうグループ首都圏ネットワークの重要拠点のひとつであり、空白エリアの東北進攻への足ががりでもあった。
    ※存続:現 そごう大宮店

  • Chiba_pers

    Shinchiba_pers

    千葉そごう

    ◎旧店:1966年10月28日会社設立。1967年3月21日開店。第4号店。資本金1億円。千葉県千葉市富士見町2-3-1(当時)。JR千葉駅前に開店したそごうグループ多店舗化1号店。千葉そごうに始まる地域一番店主義、駅前巨艦店主義、独立別会社方式による地域密着型の経営はのちに「そごう方式」と言われた。法人として事実上のそごうグループの親会社でもあった。シンボルゾーン「大シャンデリア」「コダックカロラマ(カラースライド)」。オープン時のキャッチフレーズは「都心のムードでしゃれたお買い物」「千葉県でいちばん大きく、いちばん美しいデパート誕生!」。 ◎新店:1992年会社設立(新千葉そごう)。1993年4月27日開店(36号店)。61,000平米。資本金1億円。売上高1,007億円(1998年度)。千葉市中央区新町100。千葉市新町地区再開発ビル「センシティ(1000CITY)」の核店舗として開店。新しい百貨店の「千葉そごう」、専門店街の「SOGOコリドーモール」(コリドーパーキングビル内)、旧店舗をリニューアルしたヤング館の「ビー・ワン」(旧 千葉そごう)、スポーツ館の「ビー・ワン スポーツ」(旧 男の新館)の4館体制。「そごうタウン」と称し、世界最大級のショッピングゾーンを形成していた。博物館法に基づく「千葉そごう美術館」を設置。シンボルゾーン「ゴールドプラザ煌源」。シンボルモニュメント「大空と子供(圓鍔勝三作)」。オープン時のキャッチフレーズは「世界最大級・新しい日本の百貨店」。
    ※存続:現 そごう千葉店

  • Beeone_pers

    Bee-One

    (旧 千葉そごう本館)1993年4月27日開店。17,000平米。千葉市中央区。ヤング館。専門店ビル。
    ※閉店:現 塚本ビル
                

    Bee-One SPORTS

    (旧 男の新館)1993年4月27日開店。千葉市中央区。スポーツ館。専門店ビル。
    ※閉店

  • Funabashi_pers

    船橋そごう

    1978年会社設立。1981年4月2日開店。第11号店。32,580平米。資本金20億円。売上高270億円(1998年度)。千葉県船橋市浜町2-1-1。「船橋ヘルスセンター」跡地再開発として生まれた船橋ショッピングセンター「ららぽーと」の核店舗。ワンフロア15,000平米、4階建という従来にない広大なフロアと低層階の売場展開は、百貨店の一つのあり方を提案した。1997年9月には新業態専門フロア「ベイ・プラネット」オープン。3、4階すべてを新しい集客装置と位置づけ、フットロッカーやトイザらスなど人気ショップや話題の専門店を導入した。シンボルゾーン「大シャンデリア(伊藤隆道作)」。オープン時のキャッチフレーズは「日本最大のショッピングセンター」「ドラマがはじまる」。
    ※2000年12月25日閉店:現 ららぽーとWEST

  • Kashiwa_pers

    柏そごう

    1971年6月1日会社設立。1973年10月10日開店。第6号店。35,477平米。資本金1億3千万円。売上高403億円(1998年度)。千葉県柏市柏1-1-21。柏駅前に当時、地方百貨店最大規模で開店。1969年に施行された「都市再開発法」に基づく全国で初めての駅前開発事業であった。再開発ビルはABC3館に分かれ、A館(スカイプラザ柏)柏そごうと専門店、B館柏そごう、C館(ファミリ柏)丸井と専門店が入居し、駅前大ショッピング街を形成した。商圏は常盤線、東武線を基線に、上野・春日部・下館・水戸・成田・船橋と広域が設定されていた。開店までには、そごうのイメージ作りを目的とした「そごうフード」の存在もあった。シンボルゾーン「光木の林」。オープン時のキャッチフレーズは「みどりのまちにお城のような百貨店」「未来をひらく新しい百貨店」。
    ※存続:そごう柏店(その後2016年9月30日閉店)

  • Mobara_pers

    茂原そごう

    1989年会社設立。1992年3月7日開店。第31号店。15,060平米。資本金1億円。売上高63億円(1998年度)。千葉県茂原市千代田1-6。JR茂原駅南口再開発ビル「サンヴェル」の核店舗として開店。千葉県完全制覇を目標に、そごうグループ県下5店目の出店。「トリプルそごう計画(そごう30店舗構想)」達成後の第1号店として、外房を代表する都市型百貨店を目指していた。当時、茂原市人口約8万6千・商圏人口30万以下で百貨店の出店としては当初から厳しい条件であったと言われる。「そごうシネマサロン」設置店舗。1999年7月28日、翌年2月29日に閉店することを発表した。
    ※2000年2月29日閉店:現 南総サンヴェル

  • Sakamoto_pers

    Kisarazu_pers

    木更津そごう
    (サカモトそごう)

    1978年10月1日開店。第9号店。19,349平米。資本金2億5千万円。売上高107億円(1998年度)。千葉県木更津市富士見1-2-1(サカモトそごう:千葉県木更津市中央1-3-8)。1977年木更津地区唯一の名門老舗百貨店「サカモト」と提携。1978年10月1日「サカモトそごう」として木更津駅前に開店。1988年3月17日、新築移転開店時に「木更津そごう」に商号変更。オープン時のキャッチフレーズは「木更津が変わる。夢ふくらむ、大きなそごう」。
    ※2000年7月12日閉店:現 アクア木更津

  • Marumitsu_pers

    Nagano_pers

    長野そごう
    (丸光そごう)

    1983年6月30日開店。第12号店。11,157平米。資本金8億円。売上高59億円(1998年度)。長野県長野市問御所町1206。地場老舗百貨店「丸光」と提携。1983年6月30日、「丸光そごう」として開店。1987年5月13日、大規模リニューアル時に「長野そごう」に商号変更。1989年の全館リニューアル時にはストアコンセプトを「魅惑的高級大型専門店」とし、呉服・子供服・玩具・家電・書籍部門を廃止した。
    ※2000年7月12日閉店(その後解体):現 TOiGO(SBC信越放送新社屋)

  • Toyota_pers

    豊田そごう

    1986年8月28日会社設立(トヨタ自動車7%)。当初計画1987年春開店予定。1988年10月8日開店。第21号店。40,761平米。資本金1億円。売上高227億円(1998年度)。愛知県豊田市若宮町1-57-1。名鉄豊田市駅西口に本格派都市型百貨店として開店。そごうグループにとって初の東海地区への出店となった。昭和天皇の容態悪化による国内自粛ムード最中のオープンとなり、華美なオープンセレモニーは行わず、ロゴマークも通常の赤から緑に変更された。また、広告表現も「豊田そごうオープン」を使用せず「豊田そごう営業開始」を用いた。「イッツ・ア・スモールワールド時計」も開店時には設置されなかった。オープン時のキャッチフレーズは「世界の豊田に本格派都市型百貨店」。
    ※2000年12月25日閉店:現 松坂屋豊田店

  • Osaka_pers

    そごう大阪店
    (心斎橋そごう)

    1877年5月創業。1937年新築開店。そごう創業店。第1号店。31,768平米。資本金144億4千万円(本社)。売上高523億円(1998年度)。大阪市中央区心斎橋筋1-8-3。旧称大阪本店として、そごうの母店ではあったが、隣接する競合店「大丸心斎橋店」と差を付けられ、グループ内での位置づけは決して高くは無かった。シンボルゾーン「光の樹」。シンボルモニュメント「飛躍の像(藤川勇造作)」。エレベータ「漆螺鈿装飾扉(島野三秋作)」。モザイクタイル天井画「天空(鶴丸梅吉作)」。オープン時のキャッチフレーズは「お遊びに、お買物に」。
    ※2000年12月25日閉店(その後解体):そごう心斎橋本店→現 大丸心斎橋店北館

  • Nara_pers

    奈良そごう

    1984年11月21日会社設立。当初計画1986年春開店予定。1989年10月2日開店。第23号店。46,201平米。資本金161億2千万円。売上高346億円(1998年度)。奈良県奈良市二条大路南1-3-1。店祖「十合伊兵衛」生誕の地に念願の出店。投資額600億円の重装備店舗。開店直後から駐車場の拡充が課題とされ、1991年頃から立体駐車場併設の別館建設計画が持ち上がった。当初計画1993年9月完成予定。約22,000平米。1993年9月増床計画凍結。完成していれば、本館と合わせ県下最大の約57,000平米の総売場面積となっていた。博物館法に基づく「奈良そごう美術館」を設置。シンボルゾーン「浮夢殿」。オープン時のキャッチフレーズは「奈良最大の都市型本格百貨店」。
    ※2000年12月25日閉店:現 ミ・ナーラ

  • Kobe_old_pers

    Kobe_pers2

    Kobe_pers

    Shinkobe_pers

    そごう神戸店
    (神戸三ノ宮そごう)

    1899年6月25日相生町に開店。1901年4月3日元町に移転。1933年10月1日三宮に新築開店。第2号店。この時「十合呉服店」表示が廃され「神戸そごう」と表わされることになった。48,962平米。資本金144億4千万円(本社)。売上高835億円(1998年度)。神戸市中央区小野柄通8-1-8。1995年1月阪神・淡路大震災により店舗倒壊全館閉店。同4月部分営業。1996年4月28日全館復興開店。西日本におけるそごうグループのフラッグシップストア(旗艦店)であった。シンボルゾーン「ふしぎな光の滝」「サンファーレ広場」。
    ※存続:そごう神戸店(その後エイチツーオーリテイリングに売却)→現 神戸阪急
                

    そごう神戸店 岡山分店

    1975年2月開店。892平米。岡山市駅元町。1978年の国鉄札幌駅前再開発に絡み「札幌そごう」を出店する際、大家である国鉄から「ニコイチ案件」として、岡山で国鉄が初めて開業するホテル(旧岡山ターミナルホテル)の1階〜3階を借りるよう条件が付いていた。
    ※1994年閉店:現 ホテルグランヴィア岡山

  • Seishin_pers

    西神そごう

    1990年会社設立。1990年10月10日開店。第28号店。17,881平米。資本金1億円。売上高198億円(1998年度)。神戸市西区糀台5-9-4。そごうグループ兵庫県下3店舗目。そごう神戸店の郊外第1号店として、神戸の新しい街「西神ニュータウン」に出店。ショッピングセンター「西神プレンティ」の核店舗。母店そごう神戸店のハイプレステージ指向に対し、ニューファミリーをメインターゲットにした地域密着型百貨店をストアコンセプトとしていた。オープン時のキャッチフレーズは「ハイ・カジュアル主義」「ふだんが上等だと365日気持ちいい」。
    ※存続:そごう西神店(その後2020年8月31日閉店)

  • Kakogawa_pers

    加古川そごう

    1988年会社設立。1989年9月15日開店。第22号店。30,854平米。資本金18億円。売上高205億円(1998年度)。兵庫県加古川市加古川町篠原町21-8。JR加古川駅前の市街地再開発ビル「カピル21」の核店舗として開店。1991年11月13日、隣接したジャスコ加古川店跡に別館開店。「ふたつでひとつ」をキャッチフレーズに同時に本館もリニューアルした。1999年1月15日、別館を全国初の百貨店型アウトレット館にリニューアル。メーカー直営ではなく、総委託方式で在庫品を販売していた。アウトレット館閉館に伴い2000年3月1日、本館をリニューアル。オープン時のキャッチフレーズは「播州一の本格派都市型百貨店」。
    ※2000年12月25日閉店:現 加古川ヤマトヤシキ

  • Hiroshima_pers

    広島そごう

    1972年会社設立。1974年10月10日開店。第7号店。34,702平米。資本金1億円。売上高924億円(1998年度)。広島市中区基町6-27。紙屋町地域再開発計画と広島バスセンター増改築計画によって新たに建設されたターミナルビル「広島センタービル」の核店舗として開店。当初、大丸も出店意欲を示していた。ターミナルビルは、総面積110,000平米で西日本最大規模を誇り、広島そごう、広島センター街(専門店150店)、広島バスセンター(3階)、駐車場が集合するユニークなショッピングゾーンとなっている。中国・四国地区における不動の地域一番店として独自の「広島そごう流通グループ」を形成、そごうグループの基幹店の一つであった。「紙屋町タウン化構想」により、複数の専門店を店外に有し、広島そごうタウン(スポーツ&ゴルフ館・キャプテンサンタクラブ・きもの館「さがの」・メガネ館・マリーベル&ビームス館・サザビー館・家具インテリア館・ハウジングセンター・パソコン館「T-ZONE」等)を展開していた。さらに広島・島根・山口3県に50店以上のサテライトショップを出店していた。シンボルゾーン「大シャンデリア」。オープン時のキャッチフレーズは「すてきな明日をひらく百貨店」。
    ※存続:現 そごう広島店
                

    Hiroshimashinkan_pers

    広島そごう新館

    1990年会社設立。1994年4月22日開店。第40号店。27,000平米。広島市中区基町6-78。広島そごう本館と隣接した「NTTクレド基町ビル(基町クレド)」再開発事業の商業エリアの核店舗として出店。ワンランク上の高品質でワールドワイドな品揃えを志向。ゆとりのあるアメニティスペースや、100店舗の専門店街「パセーラ」など、本館合わせ西日本最大の百貨店ゾーンが誕生した。広島そごう新館の開店により、そごうグループは40店舗となり、宿願の「そごう40店舗構想」を達成。シンボルモニュメント「大空(圓鍔勝三作)」。オープン時のキャッチフレーズは「エクセレントKAMIYACHO」。
    ※存続:現 そごう広島店(本館に統合)

  • Kure_pers

    呉そごう

    1987年9月26日会社設立。1990年3月18日開店。第27号店。21,365平米。資本金1億円。売上高181億円(1998年度)。広島県呉市西中央1-1-1。JR呉駅前西地区再開発ビルの核店舗として開店。高級志向のハイセンスな都市型百貨店をストアコンセプトとしていた。当時、呉駅前西地区第一種市街地再開発事業は、「酒田セントラルビル(山形県・19,000平米)」を抜き、個人施行によるものとしては最大規模を誇った(呉そごう 33,800平米)。事業主体が「そごう」個人であったため、再開発組合設立の場合よりも事業の推進がスムーズであったという。オープン時のキャッチフレーズは「呉ではじめての、都市型本格派百貨店」。
    ※存続:そごう呉店(その後2013年1月31日閉店)

  • Fukuyama_pers

    福山そごう

    1988年会社設立。1992年4月29日開店。第32号店。34,300平米。資本金1億円。売上高243億円(1998年度)。広島県福山市西町1-1-1。広島県内3番目の店。中・四国最大規模、福山で初めての都市型百貨店として出店。ファッション・文化・情報の発信基地=ミュージアムとして、21世紀の複合情報拠点とした店づくりを目指していた。シンボルゾーン「光のオブジェ」「せせらぎ公園」。シンボルモニュメント「豊饒の濯(圓鍔勝三作)」「希望の奏(圓鍔勝三作)」。オープン時のキャッチフレーズは「夢発信。素敵が集うミュージアム」。
    ※2000年12月25日閉店:福山ロッツ(閉店)→リム・ふくやま(閉店)

  • Kotoden_pers

    コトデンそごう

    1991年会社設立。1997年4月23日開店。第41号店。29,500平米。資本金3億円(コトデン70%・そごう30%)。売上高222億円(1998年度)。香川県高松市常磐町1-3-1。地場私鉄「琴平電気鉄道」と提携。乗降客が最も多いコトデン瓦町駅ビルに四国最大の本格派都市型百貨店として出店。香川県内2店舗目、66年ぶりの百貨店の誕生となった。この出店に際し高島屋が契約済ということでクレームがつき、二重契約問題も起こったと言う。「明るく明るく」の環境コンセプトのもと、シンボルのシースルーエスカレーターをはじめ店内は自然光で溢れていた。オープン時のキャッチフレーズは「それは、ニュースな百貨店」。
    ※2001年4月15日閉店:現 瓦町FLAG

  • Tokushima_pers

    徳島そごう

    1979年会社設立。1983年10月1日開店。第13号店。26,939平米。資本金1億円。売上高379億円(1998年度)。徳島県徳島市寺島本町西1-5。徳島駅前再開発ビル「アミコ」の核店舗として開店。四国一の百貨店規模を誇った。本格派都市型百貨店を標榜するとともに、地域密着をより一層高めたワンストップ型百貨店を指向。オープン時のキャッチフレーズは「徳島が生んだ四国一の百貨店」。
    ※存続:そごう徳島店(その後2020年8月31日閉店)

  • Iyotetsu_old_pers

    Iyotetsu_pers

    いよてつそごう

    1969年9月1日会社設立(伊予鉄百貨店)。1971年7月5日開店。第5号店。23,517平米。資本金1億円。売上高507億円(1998年度)。愛媛県松山市湊町5-1-1。古くから四国一の名門企業として知られている地場私鉄「伊予鉄道」と提携。1970年4月「いよてつそごう」に社名変更。伊予鉄「松山市駅」のターミナルデパートとして成長を続け、開店後3年で黒字転換、1976年には四国一の売上を達成した。シンボルゾーン「大シャンデリア」。オープン時のキャッチフレーズは「ガラスのお城にあふれるファッション」。
    ※2000年12月提携解消:いよてつ百貨店→現 いよてつ高島屋

  • Kokura_pers

    小倉そごう

    1970年小倉駅前出店用地買収(約3,500平米)。1988年会社設立。1993年10月10日開店。第38号店。43,774平米。資本金1億円。売上高418億円(1998年度)。北九州市小倉北区京町3-1-1。初期投資など515億円の負債を抱え、毎月億単位の借入金返済に追われた。坪単価で平均24,000円という高額な賃料と、地権者を優遇した売場配置がネックとなった。初期計画には東映と共同で「小倉東映会館(閉鎖解体済)」の場所への出店案もあったといわれる。シンボルゾーン「アクアガーデン」。シンボルモニュメント「花のめ神(圓鍔勝三作)」。オープン時のキャッチフレーズは「咲かせたい、暮らしルネッサンス」。
    ※2000年12月25日閉店:小倉玉屋仮店舗→小倉伊勢丹→コレット→現 小倉駅前アイム

  • Kurosaki_pers

    黒崎そごう

    1977年10月21日会社設立。1979年10月6日開店。第10号店。26,332平米。資本金7億5千万円。売上高225億円(1998年度)。北九州市八幡西区黒崎1-1-1。北九州市の副都心、国鉄黒崎駅前東地区の再開発ビル「メイト黒崎」の核テナントとして開店。黒崎そごうのほか、ジャスコ黒崎店・メイト専門店街・公共施設(市立消費生活センター等)・文化教室なども配され、そごうとしては初めての入居形態だった。黒崎そごうの開店により、そごうグループは10店舗となり、宿願の「グレーターそごう計画(そごう10店舗構想)」を達成。北海道から九州まで、百貨店業界で初めて日本列島4島すべてに店を出現させることになった。鉄冷えと言われた厳しい地域経済の中で開店わずか5年で黒字化に至った。シンボルゾーン「節理の滝(伊藤隆道作)」「光の樹(伊藤隆道作)」。オープン時のキャッチフレーズは「まるで宇宙戦艦!」。
    ※2000年12月25日閉店:黒崎井筒屋→未定

そごうグループ海外店
(破綻前)


  • Amarin_pers

    アマリンそごう
    (タイ)

    1984年12月1日開店。第15号店。海外1号店。12,000平米。SOGO(THAILAND)CO.,LTD.(資本金2500万バーツ:約2億5千万円/アマリンディベロップメント他地場51%・そごう49%)。500 PLOENCHIT ROAD, PATHUMWAN, BANGKOK 10330 THAILAND。首都バンコクのメインストリート、プルンチット通りとラジャダムリ通りの交差する随一の商業地にあるアマリンプラザ1階〜4階に出店。旧アマリンホテル跡地。オープン時のキャッチフレーズは「The Brighter Side of Your Life」。
    ※閉店:現 アマリンプラザ

  • Erawan_pers

    エラワンそごう
    (タイ)

    1990年12月4日開店。第29号店。11,201平米。ERAWAN SOGO CO.,LTD.。ラーチャダームリ通り。新エラワンホテルビルの核店舗として開店。インターナショナル、高感度商品の品揃えで都市型の高級百貨店を目指し、アマリンそごうとの差別化を指向。東隣りに位置するアマリンそごうとはブリッジでつながれ、合計約25,000平米の百貨店として一体運営されていた。
    ※閉店:現 エラワンバンコク

  • Hongkong_pers

    香港そごう
    (香港)

    1983年会社設立。1985年5月31日開店。第16号店。海外2号店。33,000平米。SOGO HONG KONG CO.,LTD.(崇光香港百貨有限公司)。EAST POINT CENTRE, 555 HENNESSY ROAD, CAUSEWAY BAY, HONG KONG。香港島の商業の中心地、銅鑼灣(コーズウェイベイ)に最大級の日系百貨店として出店。1989年、海外では珍しい日本式のエレベーターガールを採用した。1991年12月5日、大幅な増床拡張計画を策定。既存店舗に隣接する1,532平米の土地を購入し、地下3階〜地上22階の複合ビルを建設(百貨店は地上10階まで)。1993年秋、通称「ジャンボそごう」として、売場面積2.2倍となる香港最大の百貨店が誕生した。なお、「そごう」の中国後表記「崇光(ツォンクァン)」は、香港そごう開店にあたり、日本語読みでは「スウコウ」と「そごう」に発音が近く、字の持つ意味も良いところから、水島社長が命名した。オープン時のキャッチフレーズは「New Sensation」。2001年1月現地企業「利福国際集団有限公司(ライフスタイルインターナショナル)」に売却。
    ※存続:現 香港そごう銅鑼灣店(崇光香港百貨)

  • Singapore_pers

    シンガポールそごう
    (シンガポール)

    1986年10月25日開店。第18号店。海外3号店。12,500平米。DBS(シンガポール開発銀行=国営商業銀行)との合弁。SOGO DEPARTMENT STORES SINGAPORE PTE. LTD.(資本金1千万シンガポールドル:約11億円/そごう49%・DBS48%他、そごう85%・ラッフルズ社15%)。252 NORTH BRIDGE ROAD, #01-01/05 RAFFLES CITY SHOPPING CENTRE, SINGAPORE 179103。官民一体のビッグプロジェクト「ラッフルズシティ」再開発のアンカーテナントとして出店。約40億円投資。
    ※2000年9月閉店:現 ラッフルズシティショッピングセンター

  • Tampines_pers

    タンピネスそごう
    (シンガポール)

    1993年7月31日開店。第37号店。シンガポール2号店。SOGO DEPARTMENT STORES SINGAPORE PTE. LTD. TAMPINES STORE。12 TAMPINES CENTRAL 1, #01-02/03 DBS TAMPINES CENTRE, SINGAPORE 529537。シンガポール東北部タンピネス地区に、シンガポール発展銀行が開発する商業ビルの核店舗として入居。同国初の本格派郊外型ターミナル百貨店。
    ※1998年9月閉店(その後解体):現 TAMPINES1(タンピネスワン)

  • Taipei_pers

    太平洋そごう
    (台湾)

    1987年11月11日開店。第20号店。海外4号店。台湾1号店。35,000平米。PACIFIC SOGO DEPARTMENT STORES CO.,LTD.(太平洋崇光百貨股分有限公司)。No.45, SEC.4, CHUNG HSIAO EAST RD., TAIPEI, TAIWAN。台北の中心、忠孝東路に開店。太平洋そごうの開店により、そごうグループは国内16店舗・海外4店舗の20店舗となり、宿願の「ダブルそごう計画(そごう20店舗構想)」を達成。
    ※存続:現 太平洋そごう台北忠孝館(太平洋崇光百貨)
                

    太平洋そごう敦化新館
    (台湾)

    1994年9月16日開店。
    ※存続:現 太平洋そごう台北店敦化館

  • Chureki_pers

    太平洋そごう中壢店
    (台湾)

    1998年9月25日開店。台湾4号店。太平洋そごうグループ3号店。28,400平米。地下1階〜地上11階。人口30万人、台湾北部有数の工業都市「中壢」に開店。外環道路に面した海華新都心で「新都市型百貨店」を志向。高品質な商品とサービス、文化・情報を提供していた。
    ※存続:現 太平洋そごう中壢元化館

  • Takao_pers

    太平洋そごう高雄店
    (台湾)

    1996年9月26日開店。台湾3号店。24,000平米。台湾第2の商業都市「高雄」の中心地三多三路(サントウサンルウ)に開店。PACIFIC SOGO DEPARTMENT STORES CO.,LTD. KAOHSIUNG BRANCH(太平洋崇光百貨股分有限公司高雄分公司)。No.217, SANDUO 3RD ROAD, KAOHSIUNG, TAIWAN。
    ※存続:現 太平洋そごう高雄店

  • Shinchiku_pers

    太平洋そごう新竹店
    (台湾)

    1999年9月25日開店。台湾5号店。15,800平米。
    ※存続:現 太平洋そごう新竹店

  • Kuangsan_pers

    廣三そごう
    (台湾)

    1995年11月11日」開店。台湾2号店。40,000平米。KUANG SAN SOGO DEPARTMENT STORES CO.,LTD.(廣三崇光百貨股分有限公司)。No.299, SEC.1, TAICHUNG KANG ROAD, TAICHUNG, TAIWAN。
    ※存続:現 廣三そごう(廣三崇光百貨)
                

    廣三そごう精誠路店
    (台湾)

    1999年12月6日開店。廣三そごう2号店。22,000平米。台中市のファッショナブルストリート精誠路とメインストリート中港路に面した新しいランドマークデパート。オープン時のキャッチフレーズは「NEW SOGO STYLE」。
    ※存続:現 廣三そごう精誠路店

  • Beijing_pers

    北京荘勝そごう
    (中国)

    1998年6月24日開店。第43号店。海外14号店。84,000平米(第1期部分)。地下1階〜地上6階。北京市宣武区宣武門外大街8号。中国・北京の交通の要衝として発展が続く宣武区。その中心部、宣武門外大街の都心型複合施設「北京荘勝プラザ」の核店舗として開店。北京最大級の本格派フルライン百貨店として誕生した。そごうグループが「北京荘勝崇光百貨商場」に商標を貸与し、百貨店営業のコンサルティングサービスを提供するという形で運営されていた。
    ※存続:現 北京荘勝そごう(北京荘勝崇光百貨商場)
                

    Wuhan_pers

    武漢そごう
    (中国)

    2000年12月24日開店。北京荘勝グループによる中国2号店。
    ※存続:現 武漢そごう

  • Gama_pers

    ペナンそごう
    (マレーシア)

    1989年9月開店。第25号店。1989年12月マレーシアのペナン島にある百貨店・スーパーの持ち株会社「ガマ・ホールディングズ」を約3940万マレーシアドル(約22億円)で買収。中心部ジョージタウンにあった百貨店を「そごう」として運営。11,077平米。GAMA SUPER MARKET & DEPARTMENTAL STORE SDN. BHD.。WISMA GAMA, No.1 JALAN DATO KRAMAT ROAD 10150 PENANG, W. MALAYSIA。
    ※閉店(提携離脱):現 GAMAデパート

  • Kualalumpur_pers

    クアラルンプールそごう
    (マレーシア)

    1994年1月18日開店。第39号店。海外11号店。57,900平米。マレーシア国営コングロマリット、パルナスとの合弁で誕生した東南アジア最大の百貨店。娯楽施設や多目的ホールも備えた都市型複合コンプレックス。投資額26億円。SOGO PERNAS DEPARTMENT STORE SDN. BHD.(KOMPLEKS PERNAS SOGO)(そごう70%・パルナス30%)。190, JALAN TUANKU ABDUL RAHMAN, 50100 KUALA LUMPUR, MALAYSIA。シンボルゾーン「WATER FALL」。
    ※存続:現 クアラルンプールそごう(パルナスそごうコンプレックス)

  • Indonesia_pers

    インドネシアそごう
    (インドネシア)

    1990年3月1日開店。第26号店。海外6号店。16,000平米。P.T.PANEN LESTARI INTERNUSA(P.T.パネン・レスタリ・インテルヌサ)。PLAZA INDONESIA, JALAN M.H.THAMRIN KAV. 28-30, JAKARTA-PUSAT 10350 INDONESIA。ジャカルタの中心、タムリン通りに面した同国最大級の複合ビル「プラザ・インドネシア」の核店舗として開店。地元の大手資本「カジャ・ツンガルグループ」と提携し、技術を援助。
    ※閉店:現 プラザ・インドネシア
                

    インドネシアそごう
    プラザスナヤン店
    (インドネシア)

    1999年10月29日開店。インドネシア2号店。22,000平米。
    ※存続:現 インドネシアそごうプラザスナヤン店(プラザスナヤン)

  • Kurapagadin_pers

    クラパガディンそごう
    (インドネシア)

    1995年1月開店。地場財閥ガジャ・トゥンガルグループ。ジャカルタ北部クラパガディン地区のショッピングモールの核テナントとしてオープン。約11,000平米。
    ※存続:現 インドネシアそごうクラパガディンモール店(クラパガディンモール)

  • London_pers

    ロンドンそごう
    (イギリス)

    1991年会社設立。1992年6月提携先の英国不動産開発業者マウントリー社倒産。1992年7月7日開店。第34号店。2,300平米。SOGO(LONDON)LTD. 。THE CRITERION BUILDING, PICCADILLY CIRCUS, LONDON WI, U.K.。クライテリオン再開発事業。ロンドンの超一等地ピカデリー・サーカスに出店。リージェント通り・ピカデリー通りなどの高級ショップ街に隣接。シンボルモニュメント「Horse Statue」。オープン時のキャッチフレーズは「新しい伝統の前奏曲(プレリュード)」。
    ※1999年4月閉店:現 ヴァージンメガストア

  • Barcelona_pers

    バルセロナそごう
    (スペイン)

    1992年パーシャルオープン。1993年9月25日グランドオープン。第35号店。7,400平米。SOGO ESPANA S.A.。米デベロッパーのトラベルステッドグループ(NY)と共同で再開発したパルク・デ・マール地区の商業棟に核店舗として入居。ホテルやオフィス、SCなどで構成される巨大複合施設マリーナ・ヴィレッジ・プロジェクトの中核で、欧州最大の日系百貨店として誕生。当初70億円の投資予定が最終的には1,000億円を使った。巨大シンボルオブジェ「Flying Fish(フランク・O・ゲーリー作)」。
    ※1996年閉店

そごうグループ専門店
(破綻前)


  • Sogohop_logo

    そごうホップ
    (あべのベルタ店)

    1986年会社設立。1987年9月12日開店。資本金3千万円。4,500平米。売上高23億円(1996年度)。大阪市阿倍野区阿倍野筋3-10-1-100。阿倍野そごう・広島そごう共同出資。「あべのベルタ」の完成に伴い、DIY・生活雑貨・文具などの生活雑貨の専門店として開店。広島そごうのDIY店「そごうサンホームズ」がベースとなっていた。
    ※2000年12月閉店

  • Sogo_travel

    そごうトラベルサービス

    1984年5月21日会社設立。資本金8千万円。横浜そごうを中心にそごう各社で出資した旅行代理店。本社:横浜/営業所:大宮・千葉・千葉新町・八王子・多摩・川口・豊田・奈良・大阪・神戸・西神。
                

    そごうマリーベル

    1990年4月22日開館。広島市中区大手町1丁目。地下1階〜地上6階。広島「紙屋町そごうタウン」を形成する10数店舗のひとつ。ミラノファッションを中心としたブティック、エステサロンなど。「広島そごう新館」の開店時にビームスを導入し、専門店化した。
                

    Sogo_sunhealth

    そごうサンヘルス

    広島そごうの子会社が運営していたアスレティッククラブ。「そごうマリーベル」内。
    ※2000年7月閉鎖
                

    Sogo_wing

    そごうウイング

    1989年6月23日開館。地上7階建。神戸市中央区磯上通8丁目1-23。そごう神戸店が運営していた飲食店を中心としたテナントビル。ケーニヒスクローネ、そごう美容室など。本館と共にエイチツーオーリテイリングに売却された。
    ※現 阪急ウイング
                

    Sogo_wing_kurakuen

    そごうウイング苦楽園

    1991年開館。地上3階建。兵庫県西宮市南越木岩町6-12。八束はじめ氏設計のデザイナーズビル。「そごうウイング」2号館。
    ※現 リーストラクチャー苦楽園
                

    Akita_alex

    キャッスルプラザ

    1991年9月開館。6,823平米。秋田市中心部に位置するプレステージホテル「秋田キャッスルホテル」内のショッピングエリア。横浜そごうの子会社であるデベロッパー「秋田アレックス」が企画・運営していた。“サロン・ド・キャッスル”をコンセプトとしたハイグレードな店作りを展開。テナント数42店舗。モウワードブティック、ワールドキャビンなど。

  • Paragonbysogo

    パラゴンbyそごう
    (シンガポール)

    PARAGON by SOGO
    1989年約6億9000万シンガポールドルで買収。シンガポールの繁華街オーチャード通りにある複合型大型ショッピングセンター。隣接地にシンガポール政府系大手不動産会社DBSランド社と高級マンションを共同開発(1995年完成予定)。1996年12月約6億8230万シンガポールドル(約546億円)で売却。そごうグループ国内外最大の不動産売却だった。
                

    そごうフードホール
    (シンガポール)

    SOGO FOOD HALL
    1991年12月22日開店。パラゴン地階。シンガポールそごう直営の同国最大級のスーパー。

  • Sogo_brera

    Sogo_brera2

    そごうブレラ
    (ミラノ)

    SOGO BRERA MILANO
    1991年9月13日開店。ブレラ美術館前。Via Fiori Oscuri,3 20121 MILANO-ITALIA。高級日本料理店。客席数160。33億リラ(3億8500万円)を投資して、現地レストランを買収し、全面改装した。メインメニューは寿司・鉄板焼・日本各地の地酒。
    ※閉店

  • Sogo_prada

    Sogo_prada2

    そごうプラダ
    (ローマ)

    SOGO PRADA ROMA
    1991年4月12日開店。建物の経営権をルンチ社(ローマ)から20億円で取得した。高級ブランド「プラダ」との合弁。映画『ローマの休日』で有名な超一等地、コンドッティ通り・スペイン広場前に高級ブティックを展開。
    ※閉店

  • Caffe_sogo_roma

    Caffe_sogo3

    カフェそごう
    (ローマ)

    Caffe SOGO ROMA
    1990年開店。リペッタ通り。Via di Ripetta,242 00186 ROMA-ITALIA。450平米。約40人収容の立ち飲みカウンターと椅子席80。カフェバーとしてはローマ最大級だった。そごうイタリア子会社「日伊興産イタリア」経営。
    ※閉店
                

    カフェそごう
    (ロンドン)

    Café SOGO LONDON
    1992年開店。ロンドンそごうグランドフロア内。ピカデリーサーカス。寿司・そば・コーヒー・軽食等。
    ※閉店

  • Sogo_asahi_roma

    Sogo_asahi2

    そごうアサヒ
    (ローマ)

    SOGO Asahi ROMA
    1990年6月20日開店。プロパガンダ通り。Via di Propaganda,22 00187 ROMA-ITALIA。数寄屋風の純日本造りで日本料理店としてはローマ最大規模だった。アサヒビールとの合弁企業「S&Aインターナショナル(資本金30億リラ/そごうインターナショナルデベロップメント51%・東京アサヒビールシステム49%)」が運営。約450平米。客席数200。メインメニューは懐石料理・寿司・鉄板焼。
    ※閉店
                

    Nipponya_roma

    にっぽん家
    (ローマ)

    NIPPONYA ROMA
    「そごうイタリア」が日伊興産イタリアの経営する「ローマ東京レストラン」「にっぽん家ローマ」を買収し開店。ファミリーレストラン。ヴィーテ通り。Via Della Vite,102 00187 ROMA-ITALIA。メインメニューはラーメン・カレーライス・カツ丼。
    ※閉店

  • Sogo_barcaccia_roma

    Sogo_barcaccia2

    そごうバルカッチア
    (ローマ)

    BOUTIQUE Barcaccia ROMA
    ヴィーテ通り。Via Della Vite,95 00187 ROMA-ITALIA。小型のブティック。欧州のブランド品や皮衣料、お土産好適品まで幅広く取扱っていた。
    ※閉店
                

    Sogo_roma_office

    そごうローマ事務所
    (ローマ)

    映画『ローマの休日』で有名なスペイン階段に隣接したビル内に開設。「そごうイタリア」が運営する各専門店を統括していた。
    ※閉鎖

  • Two_rodeo_drive

    ツゥー・ロデオ・ドライブ
    (ロサンゼルス)

    Two Rodeo Drive
    1990年10月15日開店。26,000平米。ビバリーヒルズの高級ショッピングストリート「ロデオドライブ」に位置する2棟からなる豪華なブティックビル。興和不動産(興銀子会社)、米国スティッツェル社との共同出資事業。2000年欧米の不動産投資会社に約1億3,000万ドル(約140億円)で売却。

  • Prunier_paris

    プルニエ
    (パリ)

    Restaurant Prunier Paris
    1991年3月29日、興和不動産(興銀子会社)と共同で買収(約44億円)。ビクトル・ユーゴー通り。1872年創業、パリの凱旋門近くにあるカキ料理等魚介料理で有名な三つ星高級レストラン。
    ※売却
                

    ザ・リッツ・カールトン
    (ワシントン)

    1989年12月ワシントン郊外の大規模ショッピングセンター内高級ホテルを米国の大手年金基金と共同所有。建設費約80億円のうち、柏そごうとアメリテック・ペンション・トラストが10億円ずつ出資。正式ホテル名不明。
    ※売却
                

    カンクンのホテル
    (メキシコ)

    興銀から紹介されたメキシコのリゾート地カンクンのホテル。ホテル名不明。
    ※売却

そごう美術館
(破綻前)


  • Yokohama_sogo_museum

    そごう美術館

    1985年9月20日開館。横浜そごう6階。財団法人そごう美術館。日本一の規模と本格的な設備、体系化された組織で運営。百貨店の美術館としては他に例のない博物館法に基づき、国内・海外の重要文化財、国宝クラスの美術品の展示も可能であった。当時、横浜市には博物館法に基づく正規の美術館は無かったという。開館記念展は「ルネサンスとバロックの美展」。
    ※存続

  • Nara_sogo_museum

    奈良そごう美術館

    1989年10月2日開館。奈良そごう5階。財団法人奈良そごう美術館。921平米。2番目の「そごう美術館」。重要文化財の展示ができる設備と組織を持った関西初の本格的な百貨店美術館だった。開館記念展は「百寿記念 奥村土牛展」。
    ※2000年12月24日閉館

  • Chiba_sogo_museum

    千葉そごう美術館

    1993年4月27日開館。千葉そごう10階。財団法人千葉そごう美術館。3番目の「そごう美術館」。1,360平米の最大級の大型ミュージアムだった。開館記念展は「足立美術館 横山大観展」。
    ※2001年4月22日閉館

幻の店舗(未完の計画)


  • 掲載内容は関連書籍、マスコミ報道、勤務時代の情報および幹部社員への個人取材による(不確実な情報は除外しています)
                

    Sogo_ibaraki_image_side

    茨木そごう
    (大阪)

    JR茨木駅前の日本たばこ産業(JT)の工場跡地再開発。JTが約600億円を投入して建物を建設、そごうが核テナントとして入居。1991年出店表明。当初計画1995年秋開店予定。初年度売上目標650億円。本館120,000平米。別館37,000平米。茨木そごう美術館2,000平米併設。1,900台収容大型駐車場。出店に地元は了解したが、隣接市で反対運動が起った。1993年6月出店凍結。1995年3月17日出店断念。開店していれば国内最大の郊外型百貨店であり、そごうグループにとって横浜そごうと並ぶ、将来の旗艦店と位置付けられていた。大阪府茨木市。

  • 阿倍野そごう
    (大阪)

    JR天王寺駅・近鉄あべの橋駅に隣接する地域、約280,000平米の市街地再開発。1967年大阪我孫子のそごう配送センターと鳥潟病院との用地交換により約7,000平米の用地を取得。1972年会社設立。大阪市が建設する商業用の超大型ビル(地下1階・地上12階)の核店舗としての出店が決まっていた。当初計画1986年秋開店予定。70,000〜82,000平米。1974年モータープール開場。1997年5月出店断念。大阪市阿倍野区。
                

    湊町そごう
    (大阪)

    大阪ミナミ・JR湊町駅前再開発。新しくできる駅ビルの商業ゾーンへの出店計画。1992年6月出店凍結。大阪市浪速区。

  • 郡山そごう
    (福島)

    国鉄郡山駅前西口市街地再開発。1983年会社設立・出店表明。そごうを核店舗とする商業ビル建設で合意。約31,000平米。当初計画1985年秋開店予定。1986年1月推進派の市長交代で出店断念。東北の橋頭堡となる計画だった。福島県郡山市。

  • りんくうタウンそごう
    (大阪)

    関西国際空港の対岸部の埋め立て地に大阪府が造成した「りんくうタウン」の商業業務ゾーン(A地区・27ha)に出店。大丸・高島屋・近鉄と競合。1989年出店構想発表。1990年競合していた三菱・近鉄グループと共同分譲を締結。1992年11月出店断念。大阪府泉佐野市。

  • シドニーそごう
    (オーストラリア)

    熊谷組が現地ボンド・コーポレーションから買収したシドニーの中心部パークプラザへの出店計画。1988年海外事業専門会社「そごうインターナショナルデベロップメント」100%出資の現地会社「バローハム」設立。1989年用地取得約8,000平米(熊谷組50%出資)。約35,000平米。1998年11月出店断念。損失277億円。

  • 中百舌鳥そごう
    (大阪)

    南海電鉄高野線中百舌鳥駅前再開発計画。1988年のコンペでは阪急・西武・そごうの順となったが最終的に2番手だった西武に決まった。1992年9月末、西武が景気悪化を理由に出店を辞退。同9月、中百舌鳥そごう開設準備室設立。同10月、中百舌鳥そごう出店決定。土地約200億円で購入(そごう・奈良そごう債務保証)。1993年7月出店断念。大阪府堺市。

  • 仙台そごう
    (仙台)

    JR仙台駅出店計画。仙台市青葉区。

  • 港北ニュータウンそごう
    (横浜)

    タウンセンター第2地区開発推進会が実施する開発計画。市営地下鉄3号線センター南駅前、タウンセンター内にある4核施設のひとつ。横浜そごう・横浜高島屋・西武・東急の4百貨店がコンペに参加した。約50,000平米。事業費約500億円。1995年開店予定。横浜市都筑区。

  • 八千代そごう
    (千葉)

    東葉高速鉄道開通に伴い、沿線に出店を計画。千葉県八千代市。

  • 橋本そごう
    (相模原)

    JR橋本駅北口地区市街地再開発。賃料坪単価8,000円以上(競合した近鉄の2倍の提示額)でコンペを制した。39,800平米。同市内最大の商業施設。1989年出店発表。当初計画1996年9月開店予定。1994年出店凍結。1997年出店断念。相模原市緑区。

  • 防府そごう
    (山口)

    広島そごうによる出店計画。地元会議所がデベロッパー役の防府商業近代化株式会社を設立し、防府市も全面協力するという恵まれた計画だった。約20,000平米。従業員330名。初年度売上目標百数十億円。当初計画1984年開店予定。出店断念。山口県防府市。

  • 宇部そごう
    (山口)

    広島そごうによる宇部市役所一帯の再開発事業への出店計画。新天町一丁目西地区市街地再開発。そごうを核店舗にした地下1階・地上8階のショッピングセンターと地下1階・地上14階のオフィスタワーを建設。約30,000平米。1988年出店表明。当初計画1993年開店予定。1994年5月出店断念。山口県宇部市。

  • 成田そごう
    (千葉)

    京成電鉄公津の杜駅前・ユアエルム成田のキーテナントとしての出店計画。千葉県成田市。

  • ジェイアール立川そごう
    (東京・立川)

    東日本旅客鉄道(JR東日本)との共同計画。JR立川駅南口第一地区市街地再開発。1993年12月出店発表(共同出資の子会社設立合意)。当初計画1997年開店予定。JR立川駅南口に南武線をまたぐ形で商業ビルを建設し、その核店舗として入居。約30,000平米。1996年6月出店断念。東京都立川市。

  • ジェイアール幕張そごう
    (千葉)

    東日本旅客鉄道(JR東日本)との共同計画。千葉県・幕張新都心、JR京葉線海浜幕張駅前への出店。地主の千葉県企業庁から約5,300平米を購入。当初計画1996年春開店予定。約46,000平米。地下1階食品/1階〜7階衣料品・インテリア・貴金属等/8階ショールーム/9階レストラン・幕張そごう美術館。建設費330億円。1992年3月出店断念。千葉市花見川区。

  • イスタンブールそごう
    (トルコ)

    イスタンブール新市街の中心地タクシム広場周辺に高層百貨店およびホテル等を計画。1990年トルコ現地法人アタキンダイ社にそごうホンコンから1,500万米ドルを出資。1991年出店発表。調査費等損失約68億円。
                

    長崎そごう
    (長崎)

    1993年長崎県と国が造成していた長崎港臨港部の元船地区埋め立て地への出店計画。地元浜市商店街から激しい反対運動が起った。1994年出店断念。長崎県長崎市。
                

    札幌そごう新館
    (札幌)

    JR札幌駅南口再開発への出店計画。札幌市北区。
                

    横浜そごう新館
    (横浜)

    当初計画1994年秋開店予定。隣接する横浜スカイビル跡地への増床計画。本館との合計で売場面積約10万平米の超弩級の巨大百貨店を模索。「日本最大の百貨店」の地位奪還を目指していた。1991年7月増床認可。1992年6月増床凍結。1994年6月増床断念。横浜市西区。
                

    伏見町そごう
    (広島)

    福山駅前の伏見町市街地再開発への出店計画。福山そごう2号店。1990年競合他社(天満屋・西武・近鉄)を退け、コンペを制した。福山そごう出店が決定してわずか半年後のことだった。地権者が200人以上存在していた。広島県福山市。
                

    池袋そごう
    (東京・池袋)

    東池袋のサンシャインシティへの出店計画。当初計画1975年開店予定。東急・西武との熾烈な競争の結果、そごうに出店が内定。しかし、池袋駅から地下道を通す条件がクリアできず出店断念。東京都豊島区。
                

    北千住そごう
    (東京・北千住)

    JR北千住駅前再開発への出店計画。約33,000平米。1988年7月出店参加表明。そごうを含めた百貨店・スーパー計9社コンペ。1992年出店辞退。東京都足立区。
                

    高岡そごう
    (富山)

    JR高岡駅西街区再開発への出店計画。商業施設「ミズの街」跡地。約17,000平米。1991年9月出店検討。同年出店断念。富山県高岡市。
                

    赤穂そごう
    (兵庫)

    JR播州赤穂駅前・加里屋地区への出店計画。1993年出店断念。兵庫県赤穂市。
                

    ドイツそごう
    (ドイツ)

    欧州戦略として、トルコ出店計画のあと、日系大型百貨店未開拓の地、ドイツ出店を計画していた。
                

    今治そごう
    (愛媛)

    「今治高島屋」の経営譲渡による出店計画。1985年、規模・立地等を含め、合意に達せず高島屋との交渉を打ち切った。愛媛県今治市。
                

    土浦そごう
    (茨城)

    JR土浦駅西口再開発ビルへの出店計画。1984年春、核テナントとして進出合意。1985年末、資金繰りの悪化を理由に出店辞退。茨城県土浦市。
                

    富山そごう
    (富山)

    富山市中央通り商店街再開発計画への出店計画。富山県富山市。
                

    三田そごう
    (兵庫)

    当時人口増加率全国トップの三田市への出店計画。「そごう神戸店三田出張所」を開設し、顧客の開拓をすすめていた。兵庫県三田市。
                

    大分そごう
    (大分)

    大分市への出店計画。大分東洋ホテル地下1階に「小倉そごう大分ショップ」を開設し、市場調査および顧客の開拓をすすめていた。地場百貨店「トキハ」の動向を常にチェックしており、当時の「トキハ」社長が在任中は出店しないことになっていたと言う。大分県大分市。
                

    新大阪そごう
    (大阪)

    国鉄八王子駅出店計画と同時期に表明した国鉄新大阪駅ビルへの出店計画。大阪市淀川区。
                

    タイそごう3号店
    (タイ)

    アマリンそごう・エラワンそごうに続く3店舗目の計画。正式店名不明。

コンペ負けした幻の店舗


  • 福岡そごう
    (福岡)

    西鉄福岡駅再開発ビルC地区再開発計画。38,000平米。西鉄福岡駅再開発計画は1986年1月に発表され、駅ホームを南に80メートル移動し、その上に2棟の再開発ビルを建てるのが柱。そごう・三越・岩田屋・井筒屋の4社が、西鉄に出店を申し入れた。そごうは丁度「小倉そごう」を開店する時期で、近くに本店がある井筒屋(西鉄関係会社)と激しい商戦を繰り広げることが必至の情勢であったため、そごうの福岡出店を認めるのは難しく、防戦に回る井筒屋にも西鉄福岡駅再開発ビルに単独出店する余力がないことなどから三越がキーテナントに決定したといわれる。
    ※現 福岡三越

  • 新宿そごう
    (東京・新宿)

    JR新宿駅南口の旧国鉄貨物用地の再開発計画。55,000平米。悲願の東京ターミナル出店。メインバンクの興銀をはじめ、いくつもの金融機関から融資の満額回答を引き出せなかった。競合5社(そごう・高島屋・西武・伊勢丹・丸井)を制したのは、そごうと同じく都内に1店舗(日本橋)しかない高島屋だった。
    ※現 新宿高島屋
                

    溝口そごう
    (川崎)

    JR溝口駅北口地区再開発ビルへの出店計画。1991年出店表明。売場面積約27,000平米。6社競合(そごう・伊勢丹・西武・東急・三越・丸井)の末、ヤング層へのアピールの観点から丸井がコンペを制した。出店していれば川崎市内最大の百貨店になる予定だった。川崎市高津区。
    ※現 マルイファミリー溝口店
                

    そごう東京店新店
    (東京・有楽町)

    朝日新聞・日劇跡地の有楽町センタービル(有楽町マリオン)への出店計画。入札コンペで西武・阪急に敗れた。東京都千代田区。
                

    ジェイアール鹿児島そごう
    (鹿児島)

    JR西鹿児島駅ビルへの出店計画。37,000平米。そごう、西武百貨店、山形屋が出店表明。最終的に地場百貨店、山形屋に決定した。しかし、その後、出店を白紙撤回し、運営会社「ジェイアール九州山形屋」を清算した。鹿児島県鹿児島市。

そごう研修所・保養所
(破綻前)


  • Sogo_ashiya

    そごう芦屋研修所
    (兵庫)

    1973年開設。兵庫県芦屋市。新入社員研修、管理職研修、各種会議などに使われていた。
    ※閉鎖:解体済

  • Sogo_ashiyasansou

    そごう芦屋山荘
    (兵庫)

    1970年9月開設。兵庫県芦屋市奥池町26-3。宿泊定員42名。和室13室・洋室2室。そごう健康保険組合管轄。
    ※閉鎖:解体済

  • Sogo_nasusansou

    そごう那須山荘
    (栃木)

    1977年7月開設。天然温泉。栃木県那須郡那須町高久乙字遅山3376-1424。宿泊定員30名。和室8室。そごう健康保険組合管轄。
    ※2001年3月閉鎖:不明

  • Sogo_hakonesansou

    そごう箱根山荘
    (神奈川)

    1987年7月開設。天然温泉。神奈川県足柄下郡箱根町仙石原字イタリ1245-413。宿泊定員52名。和室11室・洋室2室。そごう健康保険組合管轄。
    ※閉鎖:不明

  • Sogo_sousuikaku

    そごう洞爺湖蒼水閣
    (北海道)

    1993年8月開設。天然温泉。北海道虻田郡虻田町洞爺湖温泉町212-3-2。宿泊定員52名。和室11室・洋室2室。そごう健康保険組合管轄。
    ※2001年3月閉鎖:不明

  • Sogo_shinonkaku

    そごう別府心温閣
    (大分)

    1994年4月開設。天然温泉。大分県別府市大字鉄輪字トノヤシキ1063。宿泊定員35名。和室9室・洋室1室。そごう健康保険組合管轄。
    ※2001年3月閉鎖:現 絶景の宿さくら亭
                

    Sogo_kaiunkaku

    そごう海雲閣
    (伊豆)

    一握りの幹部専用。駿河湾の浜辺を見下ろす豪華迎賓館。コンクリート3階建。静岡県松崎町。
    ※閉鎖:不明
                

    Sogo_ozumisansou

    そごう小住山荘
    (房総)

    一握りの幹部専用。房総半島中央の別荘地に建つ豪華迎賓館。コンクリート2階建。千葉県長柄町。
    ※閉鎖:不明

そごう年間テーマ


  • Rakuensagashi90

    1972年 自然賛歌
    1973年 歓びのうた−まつり−
    1974年 ニューライフ
    1975年 笑顔の出会い
    1976年 お気に召しましたか
    1977年 私はこれ。個性派時代
    1978年 明るさいきいき
    1979年 素敵なシティライフ
    1980年 おかげさまで創業150周年 感謝を込めて歩みます。
    1981年 ハートウォーミング
    1982年 生き方クリエーション
    1983年 Fresh Eye Fresh Life くらし新発見
    1984年 君は暮らしのデザイナー
    1985年 もぎたてエブリデー
    1986年 じぶん深度。
    1987年 ほっとするやさしさ。
    1988年 生・活・栽・培
    1989年 もうひとついいこと。
    1990年 楽園さがし。
    1991年 オアシスのある街。
    1992年 しあわせ広げたい。
    1993年 いつもいっしょ。
    1994年 笑顔からはじめます。
    1995年 まごころが、基本です。(そごう創業165周年)
    1996年 まごころで、おこたえします。
    1997年 いつも、いい出会い。
    1998年 ときめきの毎日。
    1999年 毎日を、たいせつに。
    2000年 いつも、いい関係。(SOGO 170th anniversary)

関連映画・ドラマ


  • Sogo_naniwa_elegy

    浪華悲歌(エレジー)

    松竹キネマ/1936年5月28日封切/監督:溝口健二/出演:山田五十鈴・浅香新八郎・進藤英太郎・田村邦男・原健作・橘光造・志村喬/ロケ地:そごう大阪本店(C)松竹
    日本映画史に欠くことのできない数々の傑作を世に送り出した名コンビ、溝口健二監督と脚本家・依田義賢による第1作。会社の公金を使い込んだ父のため薬種問屋の店主の妾になったアヤ子(山田五十鈴)は、学費が払えず困っている兄のためある男から金を騙し取る…。心斎橋そごう(そごう大阪本店)の3階美粧室・エレベーターホール・2階喫茶室が登場。
                

    Yurakucho_cinema

    有楽町で逢いましょう

    大映東京/1958年1月15日封切/監督:島耕二/出演:京マチ子・菅原謙二・川口浩・野添ひとみ・北林谷栄・叶順子/ロケ地:そごう東京店・そごう大阪店(C)大映(角川映画)
    新進デザイナー・亜矢(京マチ子)は、知りあいの女子大生・加奈の兄にプライドを傷つけられ怒り心頭。そのうえ弟・武志と加奈の交際についても彼と対立し…。有楽町そごう(そごう東京店)を絡めた恋愛コメディ。主題歌はフランク永井の大ヒット曲。
                

    Yurakucho_song

    有楽町で逢いましょう

    ビクターレコード/1957年11月発売/作詞:佐伯孝夫・作曲 吉田正・唄:フランク永井/有楽町そごう開店キャンペーンソング(C)ビクターエンタテインメント昭和歌謡曲あの時あの歌「有楽町で逢いましょう」
                

    Syainburai_hangeki

    社員無頼
    怒号篇・反撃篇

    東宝/1959年5月・6月封切/監督:鈴木英夫/出演:佐原健二・藤木悠・団令子・水野久美・白川由美/ロケ地:そごう東京店(C)東宝
                

    Uchukaisokusen

    宇宙快速船

    ニュー東映/1961年7月封切/監督:太田浩児/出演:千葉真一・アイアンシャープ/ロケ地:そごう東京店(C)ニュー東映

  • Tokyoelevatorgirl_side

    東京エレベーターガール

    TBSドラマ/1992年1月〜3月放映・全11話/出演:宮沢りえ・中嶋朋子・奥山佳恵・東幹久・赤井英和・宮下直紀・佐野史郎/ロケ地:多摩そごう(C)TBS

  • Frends_2

    Friends(フレンズ)

    TBSドラマ/2000年7月〜9月放映・全11話/出演:和久井映見・浜田雅功・竹内結子・宮本浩次/ロケ地:錦糸町そごう(C)TBS

  • Kisarazu_catseye

    木更津キャッツアイ

    TBSドラマ/2002年1月〜3月放映・全9話/出演:岡田准一・櫻井翔・岡田義徳・佐藤隆太・塚本高史・酒井若菜/ロケ地:木更津そごう(C)TBS

おすすめ本

水島そごう「流砂の王国」


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    isa@管理人

    北九州市小倉生まれ。八幡西区在住。黒崎そごう元社員(販売推進部宣伝担当)。プロフィール写真は在職時(1992年ピロティ広場)。

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