はじめに

2000年12月25日に閉店した
北九州市八幡西区黒崎の百貨店「黒崎そごう」の21年間の
記録を残したい・・・・そんな気持ちで始めたブログです。
順不同・時系列無視・未確認等お許しください。
※メモリアル【memorial】:記録・覚書・回想録・年代記の意
※なお、当ホームページは株式会社そごう及び株式会社ミレニアムリテイリングとは
 一切関係はございません。
※Macintoshで制作しているため、Windowsでは一部正しく表示されない場合があります。

kurosaki
黒崎そごうカラーパース画

そごう豆知識

Sogoiheiそごうの起こりは、遠く江戸時代文政年間に、大和国十市郡十市村(現在の奈良県橿原市十市町)のきぬや徳兵衛の次男「伊兵衛(いへい)」が大阪に出て、天保元年(1830年)に坐摩神社南隣(現在の大阪市東区渡辺町所在)に店を構え「大和屋(やまとや)」と称して古手商(古着商)を始めたのに由来します。初代伊兵衛の長男、二代伊兵衛は、父ゆずりの商才に加えて明治維新(1868年)の新しい時流を敏感にとらえ、数々の新しい方策を打ち出しました。明治3年(1870年)に「十合(そごう)」姓を名のり、明治9年(1876年)には、養子の十合重助に当時の繁華街である大阪市安堂寺橋通り3丁目に呉服店を開業させ、太物(綿織物)を販売しました。明治10年(1877年)、安堂寺橋通りの店を閉鎖して、大阪市南区心斎橋筋1丁目44番地(現在の心斎橋筋鰻谷角)に新店舗を開き、重助を移り住まわせました。大和屋は古手業を廃業、心機一転の決意をこめて創業以来の屋号「大和屋」をも廃止しました。新しい店には、新しい看板とのれんが掲げられ、それには『現金正札 呉服太物帯地 十合呉服店』と印されていました。こうして「大和屋」は「十合呉服店(そごうごふくてん)」となりました。
※「そごう(ひらがな表記)」の商号は、昭和8年(1933年)、「そごう神戸店」開店の際から
 使われるようになりました。

Gofukuten_2
合名会社 十合呉服店大阪本店 明治38年(1905年)
※ショーウィンドーと軽便車(看板表記順:場本見 品行流 店服呉合十 社会名合)
      Yasuimitsuzo
神戸元町「安井写真機店」から浜側の「十合呉服店神戸支店」を撮影
大正2年(1913年)(C)安井光三 元町懐古写真

Hikifuda

左:明治5年(1872年)頃の十合呉服店の引札(ひきふだ=チラシ)
右:明治41年(1908年)、十合呉服店大阪本店の新装開店時に入口両側に掲げられた大看板。銅地に金文字で「十合呉服店」「随意御縦覧」と書かれている。
※黒崎そごうにもこの看板のレプリカがありました。

osakaopen昭和5年(1930年)そごうは、本店新店舗の設計者に当時新進の建築家「村野藤吾氏(福岡県立小倉工業高校卒)」を起用。一期工事、二期工事の末、昭和10年(1935年)「そごう大阪店」が完成。ちなみに村野氏は、「そごう東京店」も設計しています。左:昭和10年(1935年)9月、そごう大阪店が新装オープンした時の新聞全面広告。藤川勇造氏の「飛躍の像」がメインビジュアルに使用されています。(大阪毎日新聞)

Zumen
村野藤吾「そごう(大阪店)」御堂筋側エレベーション
昭和7年(1932年)6月30日※建設は大倉土木(現大成建設)が担当
Logodesign
村野藤吾「そごうロゴタイプデザイン」※アイデアスケッチ
Kushu_1
Sogosensai
昭和20年(1945年)3月13日「大阪大空襲」から2日後の
「そごう大阪店」付近の惨状。そごうは、辛うじて被災を免れた。

Px_1左:昭和21年(1946年)5月1日「そごう大阪店」は、アメリカ進駐軍に全店接収され「OSAKA PX(軍人・軍属向け物品販売所)」として利用されることになりました。接収は、昭和27年(1952年)まで6年間も続き、その間「そごう神戸店」と5つの営業所(本部卸商品館・難波店・阿倍野店・全国食品市場・百貨更正デポー)のみでそごうを支えなくてはなりませんでした。その時、接収を解除されたのは「そごう大阪店(OSAKA PX)」と「小倉玉屋(KOKURA PX)」の2店のみでした。

Hiyaku右:そごう大阪店のシンボル「飛躍の像」。高さ210cmのブロンズ像。御堂筋側外壁地上18〜21mに位置。昭和10年(1935年)、日本近代彫刻界の第一人者 帝国美術院会員(二科会名誉会員) 藤川勇造氏 製作。

maruそごうのロゴマークは「まるにちきり」または「まるちきり」と呼ばれています。「ちきり」は縦糸を巻く織機の付属具で、当初そごうが呉服店(十合呉服店)であったころ、織機にちなんでマークとして使ったものです。また「ちきり」は石材や木材などをつなぐときに用いる堅木の「千切り」に通じ、堅く結びつくことも表わしてます。さらに「まるちきり」は「五」の文字を図案化したもので「りゅうご」とも言われ、形がエンドレスなところが目出たい意味も持ってます。なお、マークの規格は、直径の9分の1をもって、円の太さ(外円および内部)が定められています。
ci

daliya「ダリア」は躍進そごうの店花。親切・感謝を表します。優美な大輪「デコラティブ咲き」豪華で花首が強く、上向きに咲く「ダリア」はそごうの限りない将来への発展を象徴しています。(しかし倒産してしまいました・・・)

そごう系列会社一覧(破綻前)

国内法人
Osakasogo_2
そごう大阪店(1979年)
●株式会社そごう(大阪市中央区・資本金144億4,000万円)※親会社
        大阪店(大阪市中央区)※心斎橋そごう
        神戸店(神戸市中央区)※三ノ宮そごう
        東京店(東京都千代田区)※有楽町そごう
●そごう商事株式会社(大阪市中央区・資本金1億円)※連結子会社
●株式会社神戸エス・ジー・サービス(神戸市中央区・資本金1,000万円)
●株式会社十合(大阪市中央区・資本金不明)※現ミレニアムリテイリング
●株式会社ダリア友の会(大阪市中央区・資本金不明)
●そごう情報システム株式会社(横浜市神奈川区・資本金1億円)
●株式会社ケイ・エスビル(資本金1億円)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Chibasogo_3
千葉そごう旧店舗(1969年)
●株式会社千葉そごう(千葉市中央区・資本金1億円)※親会社
●株式会社柏そごう(千葉県柏市・資本金1億3,000万円)
●株式会社阿倍野そごう(大阪市阿倍野区・資本金1億円)
●株式会社廣島そごう(広島市中区・資本金1億円)
●株式会社札幌そごう(札幌市中央区・資本金4億円)
●株式会社黒崎そごう(北九州市八幡西区・資本金7億5,000万円)
●株式会社船橋そごう(千葉県船橋市・資本金20億円)
●株式会社徳島そごう(徳島県徳島市・資本金1億円)
●株式会社八王子そごう(東京都八王子市・資本金1億円)
●株式会社横浜そごう(横浜市西区・資本金4億5,000万円)
●株式会社大宮そごう(埼玉県大宮市・資本金1億1,000万円)
●株式会社木更津そごう(千葉県木更津市・資本金2億5,000万円)
●株式会社長野そごう(長野県長野市・資本金8億円)
●株式会社豊田そごう(愛知県豊田市・資本金1億円)
●株式会社加古川そごう(兵庫県加古川市・資本金18億円)
●株式会社奈良そごう(奈良県奈良市・資本金168億9,000万円)
●株式会社多摩そごう(東京都多摩市・資本金164億3,800万円)
●株式会社呉そごう(広島県呉市・資本金1億円)
●株式会社西神そごう(神戸市西区・資本金1億円)
●株式会社茂原そごう(千葉県茂原市・資本金1億円)
●株式会社福山そごう(広島県福山市・資本金1億円)
●株式会社柚木そごう(東京都八王子市・資本金5,000万円)
●株式会社廣島そごう新館(広島県中区・資本金1億円)
●株式会社新千葉そごう(千葉市中央区・資本金1億円)
●株式会社小倉そごう(北九州市小倉北区・資本金1億円)
●株式会社錦糸町そごう(東京都墨田区・資本金1億円)
●株式会社川口そごう(埼玉県川口市・資本金3,000万円)
●株式会社コトデンそごう(香川県高松市・資本金3億円)※琴平電鉄グループ
●株式会社いよてつそごう(愛媛県松山市・資本金1億円)※伊予鉄道グループ
●株式会社そごうホップ(大阪市阿倍野区・資本金3,000万円)
●株式会社そごうインターナショナル・デベロップメント
 (東京都品川区・資本金155億3,300万円)
●株式会社そごうトラベルサービス(横浜市西区・資本金8,000万円)
●株式会社そごう工作所(資本金4億9,000万円)
●神戸エス・ジー・ビル株式会社(神戸市中央区・資本金1億円)
●株式会社サンダリアン(大阪市中央区・資本金不明)
●株式会社そごう物産(東京都港区・資本金32億円)※旧ティスミー
●株式会社シー・エヌ・エス(横浜市西区・資本金不明)
●そごうクレジットサービス株式会社(横浜市神奈川区・資本金2億円)
●株式会社そごう情報サービス(横浜市神奈川区・資本金1億円)
●中国そごうシステム開発株式会社(横浜市神奈川区・資本金3,000万円)
●そごうファイナンス株式会社(東京都港区・資本金1億円)
●そごうカンサイ物流株式会社(神戸市東灘区・資本金2,000万円)
●ロジスティックスサービス株式会社(資本金不明)
●株式会社滋賀ゴルフ倶楽部(滋賀県水口町・資本金3,000万円)
●三多摩土地建物株式会社(東京都多摩市・資本金1,000万円)
●株式会社そごうクリエーティブアソシエーツ
 (神戸市中央区・資本金2,000万円)
●株式会社エス・エス・ディー(広島市中区・資本金不明)
●株式会社中国そごう都市開発(広島市中区・資本金2,000万円)
●株式会社そごう海洋開発(広島市中区・資本金不明)
●株式会社そごうサンホームズ(広島市中区・資本金不明)
●株式会社そごうサンヘルス(広島市中区・資本金不明)
●株式会社装苑(広島市西区・資本金5,000万円)
●株式会社クロスワールド(広島市中区・資本金不明)
●株式会社嵯峨野(広島市中区・資本金不明)
●株式会社グリーンスポーツ(広島市中区・資本金不明)
●株式会社オーク(広島市中区・資本金不明)
●株式会社プロスパージャパン(広島市中区・資本金不明)
●株式会社七博(東京都港区・資本金1,000万円)
●株式会社アレックス(東京都港区・資本金1,000万円)
●株式会社秋田アレックス(秋田県秋田市・資本金2,000万円)
●株式会社ベストワン(東京都港区・資本金不明)
●株式会社エヌ・ジー・シー(横浜市西区・資本金不明)
●株式会社ヴィアート(横浜市西区・資本金不明)
●株式会社ティスサービス(横浜市西区・資本金不明)
●株式会社エイチ・ピー・ティー(横浜市西区・資本金不明)
●株式会社徳島クロージング(徳島県徳島市・資本金不明)
●株式会社コリドー開発(千葉市中央区・資本金5,000万円)
●千葉そごう産業株式会社(千葉市中央区・資本金1,000万円)
●千葉そごうサービス株式会社(千葉市中央区・資本金不明)
●十栄商事株式会社(北九州市八幡西区・資本金不明)
●財団法人そごう美術館(横浜市西区)
●財団法人奈良そごう美術館(奈良県奈良市)
●財団法人千葉そごう美術館(千葉市中央区)
海外法人
●そごうホンコン株式会社(香港・資本金400万HK$)
●イーストロードディベロップメント株式会社(香港・資本金50万HK$)
●エス・スペースデザイン株式会社(香港・資本金不明)
●そごうシンガポール株式会社(シンガポール・資本金1.000万S$)
●そごうタイランド株式会社(タイ・資本金2,500万B)
●エラワンそごう株式会社(タイ・資本金2,500万B)
●太平洋崇光百貨有限公司(台湾・資本金不明)
●廣三崇光百貨有限公司(台湾・資本金不明)
●北京荘勝崇光百貨 有限公司(中国・資本金不明)
●そごうパルナスデパートメントストア株式会社(マレーシア・資本金2.000万RM)
●パルナスそごう株式会社(マレーシア・資本金1億RM)
●GAMAホールディングス 株式会社(マレーシア・資本金1,641万8,804RM)
●GAMAスーパーマーケット&デパートメンタルストア 株式会社
 (マレーシア・資本金不明)
●そごうパネンインドネシア株式会社(インドネシア・資本金不明)
●そごうロンドン株式会社(イギリス・資本金3.300万£)
●そごうエスパーニャ株式会社(スペイン・資本金不明)
●ホテル・デ・ヴィラ・オリンピア株式会社(スペイン・資本金32億PTS)
●そごうイタリア株式会社(イタリア・資本金1億9,700万ITL)
●S&Aインターナショナル 株式会社(イタリア・資本金28億5,100万ITL)
●S.N.C.そごうフランス株式会社(フランス・資本金8.400万FF)
●バローハム株式会社(オーストラリア・資本金51A$)
●そごうアメリカ株式会社(アメリカ・資本金1,260万US$)
●ツー・ロデオ・アソシエーツ株式会社(アメリカ・資本金1億5,900万US$)
※有価証券報告書上では、ほとんどの法人が「株式会社千葉そごう」の子会社であり
 「株式会社そごう」の関連会社は7社に過ぎない。
※「株式会社横浜そごう」および「株式会社廣島そごう」には子会社・関連会社
 (いわゆる孫会社)が各20社以上あった。また、各現地法人にも子会社・関連会社が
 無数にあり、社名・数は把握できていない。

黒崎そごう会社概要

Kurosakipers
黒崎そごうカラーパース画(リアルバージョン) 

商  号 株式会社黒崎そごう(英文 Kurosaki Sogo Co.,Ltd)
店  名 黒崎そごう
住  所 北九州市八幡西区黒崎1丁目1番1号
電  話 093-632-2111(代表)
営業時間 午前10時〜午後7時(1・2・3階は7時30分まで)
年間休日 12日(原則として木曜日)
設  立 1977年10月21日
開  店 1979年10月3日(閉店2000年12月25日)
内  容 百貨店業および百貨店業に付随する事業
資本 金 7億5千万円
株式総数 4,700,000株(額面500円)
株主構成 株式会社広島そごう40.67%
     株式会社千葉そごう24%
     株式会社柏そごう16%
     株式会社横浜そごう7.6%
     株式会社船橋そごう5.2%
     株式会社小倉そごう0.4%
     その他6.13%
役  員 (オープン時)
     代表取締役 相談役 水 島 廣 雄
     代表取締役 社 長 松 尾   武
     代 表 取 締 役 山 田 恭 一
     常務取締役 店 長 山 形 義 一
     取   締   役 光 行 康 郎
     取   締   役 田 中 久 昭
     取   締   役 里 見 康 男
     監   査   役 城 戸 寿 彦
建物面積 50,051平米(地上8階)
店舗面積 26,332平米(兼業面積3,306平米)
取引銀行 日本興業銀行・福岡銀行・福岡シティ銀行・西日本銀行他
出資 先 株式会社小倉そごう20%(4位)
     株式会社横浜そごう9%(4位)
     株式会社長野そごう3%(3位)
従業員数 正社員225名(男114・女111)・パート73名※2000年
売上推移 1980年=185億0000万円(80/1〜80/12合計)
     1981年=225億0000万円(81/1〜81/12合計)
     1982年=256億0000万円(82/3〜83/2合計) 
     1983年=273億0000万円(83/3〜84/2合計)
     1984年=303億0000万円(84/3〜85/2合計)※単年度黒字転換
     1985年=322億0000万円(85/3〜86/2合計) 
     1986年=329億0000万円(86/3〜87/2合計)
     1987年=334億0000万円(87/3〜88/2合計)
     1988年=344億0000万円(88/3〜89/2合計) 
     1989年=356億0000万円(89/3〜90/2合計)
     1990年=377億2000万円(90/3〜91/2合計)
     1991年=380億2000万円(91/3〜92/2合計)※最高売上・全国71位 
     1992年=370億1000万円(92/3〜93/2合計)
     1993年=306億8000万円(93/3〜94/2合計)※10月小倉そごう開店
     1994年=276億0000万円(94/3〜95/2合計) 
     1995年=257億3000万円(95/3〜96/2合計)
     1996年=257億9000万円(96/3〜97/2合計)
     1997年=245億9200万円(97/3〜98/2合計)
     1998年=224億9000万円(98/3〜99/2合計) 
     1999年=200億9200万円(99/3〜00/2合計)
※1991年、賃貸借で営業していた店舗部分などを自社ビルとして買収することで 
 ビル所有者の「メイト黒崎」と合意した。黒崎そごう側が譲渡を申し入れていたもので 
 買収金額はビル・土地代を合わせ約95億円。毎月支払う高額な家賃負担軽減が狙い
 だったが、小倉そごうオープンに伴う、閉店身売り話を否定する要素もあった。
※1993年4月1日 九州百貨店協会加盟   
※なお、株式会社黒崎そごうは、2000年12月25日閉店、2001年1月31日に全従業員を
 解雇、3月12日東京地裁が再生手続廃止を決定、4月18日東京地裁が破産宣告、
 のち清算され、現在、法人として存在していない。

本館

sogo
黒崎そごう全景(1990年秋)
※ジャスコ黒崎店が黒崎フォーラスに業態変更した頃
gyogan
ペデストリアンデッキ2階正面玄関前(魚眼レンズで撮影)

外商ご用承り所

■そごう小倉ご用承り所(1980年11月21日開設)
 北九州市小倉北区大畠3丁目4番17号
■そごう博多ご用承り所(1981年6月29日開設)
 福岡市中央区大手門2丁目1番10号西鉄大手門ビル3階
■そごう戸畑ご用承り所(1983年2月12日開設)
 北九州市戸畑区天神2丁目1番33号
■そごう直方ご用承り所(1985年6月2日開設)
 直方市津田町1番2号

サテライトショップ

■飯塚そごうショップ(1990年11月17日開設)
 飯塚市西町2番87号
■下関そごうショップ(1992年6月15日開設)
 下関市唐戸町1番22号
■宗像そごうショップ(1993年6月20日開設)
 宗像市土穴411-5
■直方そごうショップ(1994年6月24日開設)
 直方市古町10-13
munakata
宗像そごうショップ(旧国道3号線沿・現サンリブくりえいと宗像前)
nogata
直方そごうショップ(ふるまち通り内)

物流センター

名  称 黒崎そごう物流センター
住  所 福岡県遠賀郡水巻町頃末新池ノ下1030-3
敷地面積 4,224平米
建築面積 2,475平米(鉄筋2階建)
床 面積 4,950平米(1階配送・納品/2階ストック・包装)
開  設 1979年10月
butsuryu
黒崎そごう物流センター(小倉そごう共用)
※元々は閉鎖されたボウリング場跡を改築し使用。1階にはレストラン跡を
 利用した社員食堂、2階にはボウリングレーンの名残がありました。
 なお、現在は解体され、跡地には立派な高層マンションが建っています。

momozono
黒崎そごう桃園センター(現存・閉鎖中)※賃貸

黒崎そごうオープン広告&テレビCM

黒崎そごうオープン広告

poster
話題を呼んだキャッチフレーズ『まるで宇宙戦艦!黒崎そごう』
(B3中吊りポスター)
openshimbun
新聞特集「躍進するそごうグループ」のカラー広告
(1979年10月3日・朝日新聞西部本社版・全5段)
openisshiki
opencard上:オープン1ヶ月前の1979年9月3日からスタートした「訪問キャンペーン(ローラー作戦)」用のVIPパンフレット(外袋・ケース・本冊)
※前年にオープンした「札幌そごう」パンフレットを完全に踏襲している。

右:同封していたオリジナルポストカード(3枚入)
yamato

(参考)大ヒット映画「さらば宇宙戦艦ヤマト〜愛の戦士たち〜」は1978年8月上映で、黒崎そごうが開店した1979年は空前の「宇宙戦艦ヤマト」ブームの真只中。黒崎そごうでもオープン週にキャッチフレーズにちなみ「宇宙戦艦ヤマト展」を開催しています。オープン時の担当広告会社は「株式会社大広」で、外観を戦艦に見立てた発想、ヤマトブームのタイムリー性といい、当時としては秀逸のキャッチフレーズと言えます。有楽町そごうの「有楽町で逢いましょう」までは行きませんが。なお、原作者の漫画家「松本零士」氏が地元北九州市出身(福岡県立小倉南高校卒)と言うのは当時まだ知られてなかったと思われますので、偶然の産物と言えます。(C)松本零士・東北新社

黒崎そごうオープンCM

インパクトがあり当時評判だったオープン告知テレビスポット。
25年以上たった今でも強い印象を残しているCMと言えます。
商 品 名:黒崎そごう(平常版)※オープン後使用版
広 告 主:株式会社そごう
広告代理店:株式会社大広
制作会社 :株式会社Bushman(現像:東洋現像所ビデオセンター)
時   間:15秒
放映エリア:福岡県全域および関門エリア
挿 入 歌:揃ってそごうへ行こう(作詞・作曲:いずみたく)※1966年
     Cm1
     放送されていない冒頭ロゴマーク
     Cm3
     「S!O!G!O!」※合唱
     Cm2
     「そごうへ行こう」※合唱
     Cm4
     「S!O!G!O!」※合唱
     Cm5
     「そごうへ行こう」※合唱
     Cm6
     「まるで宇宙戦艦!」※ナレーション
     Cm7
     「全国スケールの本格デパート」
     「黒崎そごう!」※ナレーション
     Cm8
     「そろってそごうへ」※合唱
     「行こお!」※ナレーション
     Cm9
     エンドのロゴマーク

黒崎そごう通年CM
KBCラジオ午前10時の時報スポット
『SOGOそごうへ行こう・・・黒崎そごうは只今10時開店です』ピーッ
『SOGOそごうへ行こう・・・黒崎そごうは本日お休みです』ピーッ

黒崎そごう提供番組
FM福岡「黒崎そごうサマーウィンド」
ハートカクテルをBGMにしたオシャレな週1の5分間番組
(1990年夏頃〜)

黒崎そごう出店経緯

黒崎そごうは、北九州市の国鉄黒崎駅前に建設された黒崎再開発ビルの核店舗として、1979年10月6日開店した。黒崎再開発ビルは、北九州市の副都心黒崎駅前の近代化をはかるため、都市再開発法に基づいて、黒崎駅東地区市街地再開発組合が施工したビルである。
(発起人北九州市建築局再開発協議は1972年3月)
「株式会社そごう」は、再度にわたりこのビルの核店舗として出店要請を受け、1977年10月、資本金1億円の「株式会社黒崎そごう」を設立した。
(出店表明は1975年9月27日)
その後、黒崎そごうは、1979年3月、増資により資本金を3億円とした。
(のち7億5千万円)
黒崎再開発ビルは、1978年6月起工、翌1979年9月竣工した。建物は、一部地下1階地上7階、総面積は98,195平米で九州最大を誇り、建物の東西の全長236mは日本一の長さである。
(いずれも当時)
ビルには、黒崎そごうのほか、ジャスコ黒崎店、メイト専門店街が入居し、さらに公共施設、クリニックなどが配され、そごうとしては初めての入居形態である。黒崎そごうの誕生によって、そごうは、北海道から九州にいたる日本列島四島を縦断するわが国初の百貨店網を実現したのである。
※株式会社そごう小史より一部抜粋追記

元々、株式会社そごうは「小倉そごう」出店計画が先にあったため「黒崎そごう」出店に関しては、一度正式に断っている。しかし、市役所など地元側から
『八幡西区の黒崎出店をするなら、小倉出店にも協力する』と言われ出店に踏み切った。そごうは、地方自治体に協力する形で多店舗化の歴史を歩み始める。

建設の記

    Kurosakimukashi
    再開発以前の黒崎駅前広場
    yosozu
    初期の完成予定図
kensetsu
建設中の黒崎そごう(左から1979年1月・4月・7月・8月)
Kensetsuchu
1978年12月頃
kensetsu
1979年7月頃
zenkei
1979年9月頃※まだ駐車場入口が整備されていない
Kusatsutobu
北九州市北東部(若松・戸畑方面)を望む
※中央の緑地部は黒崎城(山城)があったとされる「城山緑地公園」
 左上の洞海湾には真紅の吊り橋「若戸大橋」が見える

mate
1979年10月頃※鳴水方面より望む

黒崎そごうオープンにあたって(プレスリリース)

(1979年8月27日付マスコミ用資料挨拶文)
10月3日(水)そごうグループ10番目の店 黒崎そごう を開業させていただく運びとなりました。
黒崎そごうは九州最大の都市 北九州市の副都心の形成という地元関係者の永年にわたる願いを実現する核店舗として開設されます。新しい街づくりを願う多くの人々の期待に応え核店舗としての役割を果たすためにも地域一番のサービス、地域一番の信用、地域一番のグレードをその内容とした店づくりを進めます。知名度ゼロからの出発というキビシイ現状認識のもとに、
より謙虚な姿勢、ヴィヴィッドな感覚、強固なチームワーク、あふれる行動力で本当に消費者に喜ばれる店づくりを心がけてまいります。特にサービスの基本は「親切」と「感謝」とし、
ニコニコ・ハキハキ・キビキビとした行動を全員が実行します。どうか末永く格別のご指導と、ご愛顧を賜りますよう心からお願い申し上げます。
※大店審による営業許可日は10月1日(10月3日開業・10月6日開店)

従業員教育用記録映画

eiga
タイトル:九州のシンボル・宇宙戦艦黒崎そごう誕生(建設の記録)
企  画:株式会社黒崎そごう
製  作:株式会社そごう総合事業部
(1979年製作・35分・ベータ※写真はVHSにダビングしたもの)

◆映画に出てくる沿革一覧

1978年 6月1日 起工式
1978年11月1日 黒崎そごう第1期生入社試験(応募約500名)
1978年12月6日 水島社長・山田専務現地視察
1979年 4月1日 黒崎そごう第1期生入社式(安川電機体育館)
           店花ダリアの種を付けた風船
           合宿研修(葛城高原ロッジ・県立英彦山青年の家)
1979年4月27日 上棟式・祝賀会
1979年8月17日 黒崎そごう第1期生グループ店研修より帰店
           (千葉・神戸・広島・いよてつ)※4ヵ月間
1979年8月18日 下期人事異動に伴い第2次幹部社員到着
1979年9月 6日 水島社長・山田専務最後の現地遵守
           幹部社員集会(ホテルサンルート黒崎)
1979年9月 3日 訪問キャンペーンスタート
           (2週間:30万世帯・1人1日100件)
houmon
1979年9月11日 エスカレーター付き横断歩道設置(国道3号線)
1979年10月2日 節理の滝始動式・光の樹点灯式(水島社長)
           伏見稲荷奉鎮祭(屋上)
           労使共催開店祝賀前夜祭(屋上)
1979年10月3日 竣工式・竣工開店披露宴(1,100名)
           司 会:山口崇・藤田弓子
           来 賓:日本興業銀行 中山 素平 相談役
               野村證券   瀬川美能留 相談役
               海外石油開発 今里 廣記 会 長
           ゲスト:池坊専永・アンジェロリトリコ
           取引先700名
           ※オンワード樫山 馬場 彰 社長(乾杯音頭)
           ※東京スタイル  高野義雄 社長(万歳三唱)
1979年10月6日 黒崎そごうオープン
           福岡大学ブラスバンド(演奏・本年日本一)
           黒崎祇園山笠保存会(太鼓披露)
           ママさんコーラス(SOGOそごうへ行こうの歌)
           東京消防記念会第5区4番組(木遣り)
zenya
屋上で開催された労使共催開店祝賀前夜祭
(1979年10月2日)
masu竣工開店披露宴で使用された升
(1979年10月3日)
Kurosaki_np_5
        (1979年10月3日・西日本新聞夕刊1面)

黒崎そごうオープン

open
1979年10月6日 秋晴れのもと華々しくオープンした黒崎そごう
オープニングセレモニー司会=山口崇(俳優)藤田弓子(俳優)
安藤正春(テレビ西日本アナウンサー・故人)
そごう新店舗のレセプション・オープニングの司会を毎回担当している山口崇氏と、当時9月で放送が終了したばかりのNHKの人気朝ドラ「マー姉ちゃん」に出演していた藤田弓子氏を起用。
open2
黒崎そごうオープンにより
業界初の日本列島四島縦断百貨店チェーン達成
そごうグループ10店舗構想「グレーターそごう計画」達成
openhito
開店時の人の波(黒崎駅前)※記者発表約30万人
tapecut
テープカットする関係者
※左から
松尾 武(株式会社黒崎そごう社長)※故人
岡崎春雄(黒崎駅東地区市街地再開発組合理事長)※故人
安川 寛(北九州商工会議所会頭)※故人
水島廣雄(株式会社そごう社長)
欠席:谷 伍平(北九州市長)※故人
Genkan
オープン直後の2階正面玄関
Kaitenbi
2階北側通路※奥が正面玄関
yama
ネクタイ売場でアドバイスする山口崇1日店長
呼び込みの安藤アナウンサー
fujitaAngelolitrico
左:藤田弓子1日店長
右:デザイナー アンジェロ・リトリコ氏
yamaguchi
紳士服売場での両氏
Kurosakiopen_np_2
(1979年10月7日・朝日新聞西部本社版1面)

黒崎そごうシンボルゾーン

Hikarinoki_2Setsuri_3

シンボルゾーン完成予定パース「光の樹」と「節理の滝」 

       hikarinoki
       「光の樹」(正面玄関・1〜3階吹き抜け)
       コミュニティスペースに彩りを添える
       3本のゴージャスな回転式オブジェ。
       オーストリア製スワロフスキークリスタル
       を贅沢に使っています。
       setsuritaki        
       「節理の滝」(屋外正面玄関前)
       芥屋海岸大門の節理をテーマとした
       金属性の立体的な滝。
※いずれも国際的造形作家(現 東京芸術大学美術学部デザイン科教授)である伊藤隆道氏による作品。しかし、同氏のプロフィールには悲しいかな作品として登録 されていません。削除されたのかも・・・ある意味「そごう」のニオイを感じる2つのモニュメントは「井筒屋」移転オープンと共に完全に撤去されています。
hikarisetsuri
左:「光の樹」跡は、クマさんこと芸術家 篠原勝之氏の壁面モニュメントになっています。右:「節理の滝」跡は、埋め立てられ、適当に植栽されています。この状態はひど過ぎます(T-T) 

黒崎そごう歴代社長・店長

●相談役  水島 廣雄 (1977年10月〜2000年7月)
 ※兼務(株式会社そごう会長)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
●初代社長 松尾  武(1977年10月〜1994年5月)
 ※兼務(北九州市議会議員/議長・故人)
●二代社長 山田 恭一 (1994年6月〜2000年7月)
 ※兼務(株式会社そごう社長)
●三代社長 阪田 悦紹 (2000年7月〜破産まで)
 ※兼務(株式会社そごう社長代行・元興銀取締役)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
●初代店長 山形 義一(1979年9月〜1988年2月)
 ※その後、いよてつそごう店長/副社長・故人
●二代店長 桜井 俊宏(1988年3月〜1991年2月)
 ※その後、そごう神戸店次長・コトデンそごう店長
●三代店長 梶谷 方宏(1991年3月〜1994年8月)
 ※その後、小倉そごう店長・船橋そごう店長・故人
●四代店長 樋口 勝彦(1994年9月〜1995年2月)
 ※その後、いよてつそごう店長・クアラルンプールそごう店長・故人
●五代店長 垣内 龍介(1995年3月〜1999年2月)
 ※その後、小倉そごう店長
●六代店長 土屋  徹(1999年3月〜2000年2月)
 ※その後、小倉そごう外商部長
●七代店長 濱田 和麿(2000年3月〜2000年12月)
 ※その後、呉そごう店長
syasyo
   そごう社章  そごうルネッサンスバッジ
sogoname
 そごうネームバッジ そごうサービス課バッジ
※社章・バッジ類は在籍中にスキャンしたもので現存しておりません。

sogomae
新入社員には一定期間、若葉マークの
「見習」バッジもありました
hata
屋上のそごう社旗
sogocard
そごうカード(VIP用)そごうカード(一般用)
Shohinken
黒崎そごう商品券(デザイン全社共通)
Dahliamanki
ダリア友の会満期記念品(一例:手提げバッグ)
Atarimae
1階納品場エレベーターホールに掲示されていた
「わたしたちの基本」

黒崎そごう職位・職制

職位

■(社長)※非常勤
■店長
■(副店長)※桜井氏のみ
■店次長(総務担当・内販担当・外販担当)※後年廃止
■部長(統括マネジャー)
■担当部長(マネジャー)※ライン課長と同格
■課長(マネジャー)
■担当課長※係長と同格
■係長(スタッフエキスパート・スキルズエキスパート
 セールスリーダー・セールスエキスパート)
■一般職
■フリースタッフ※パート社員
■アルバイト

職制

店長
|-----(副店長)
店次長

販売推進部
-----営業企画課(営業企画宣伝課)(営業企画担当)
-----宣伝課(宣伝装飾課)(宣伝担当)
-----装飾課(宣伝装飾課)(装飾担当)
-----催し課(催・特招課)
-----特販ギフト用品課
-----(販売サービス担当)
-----(友の会担当)
-----(外商サロン担当)
-----(ギフトショップ担当)
営業第1部
-----呉服課(呉服寝具課)
-----特別雑貨課
-----美術工芸課(特雑美術工芸課)
-----ギフト用品課(特雑ギフト用品課)
-----リビング用品課(特雑リビング用品課)
-----家庭用品課(美術家庭用品課)
-----寝具課(呉服寝具課)
-----家具課(家具家庭用品課)
-----食品課(食品食堂課)
-----食堂名店課(食品食堂課)
-----紳士服レジャー用品課(紳士服課)(紳士服用品課)
-----紳士用品課(紳士服用品課)
-----特販課
営業第2部
-----文具玩具課(文玩子供ベビー用品課)
-----子供服ベビー用品課(文玩子供ベビー用品課)
-----婦人服第1課(婦人服課)
-----婦人服第2課(婦人服課)
-----婦人服第3課(婦人服課)
-----婦人雑貨課
営業第3部
外商統括部
-----統括課(統括担当)
-----外商システム第1課(外商システム課)
-----外商システム第2課(外商システム課)
第1外商部
-----第1課・・・・・
第2外商部
-----第1課・・・・・
第3外商部
-----第1課・・・・・
第4外商部
-----第1課・・・・・
総務部
-----秘書室(秘書・お客様相談室担当)
-----お客様相談室(秘書・お客様相談室担当)
-----人事課(人事教育課)(人事教育担当)
-----教育課(人事教育課)(人事教育担当)
-----サービス課(サービス担当)
-----保安課(保安担当)
-----庶務課(庶務担当)
-----電機営繕課(電機営繕担当)
-----配送課(配送担当)
財務部
-----財務課(経理財務課)(財務担当)
経理部
-----経理課(経理財務課)(経理担当)
-----会計課(経理担当)
全そごう労働組合黒崎支部

黒崎そごうの制服(全社共通)※一部

Shimuraデザイナー 志村雅久
そごう女子社員(サービス担当社員・一般社員)の制服デザインを担当。そごう専属デザイナーとして、プライベートブランド「志村雅久ベスト」「シムラ・スポーツ」「E.T. by シムラ」などを展開していた。第10回毎日ファッション大賞受賞。

そごう最盛期、サービス担当社員の制服は季節ごとに贅沢にも毎年4回ずつ(春服・夏服・秋服・冬服)新調していました。一般社員は年2回(春夏服・秋冬服)を2年毎新調していました。
    Service891_2
    サービス担当社員制服(1988年冬服)
    Service891
    サービス担当社員制服(1989年春服)
    Service892
    サービス担当社員制服(1989年夏服)
    Service01
    サービス担当社員制服(1989年冬服)
    Service904
    サービス担当社員制服(1990年秋服)
    Service90_4
    サービス担当社員制服(1990年冬服)
    Service92_4_2Tegv
    サービス担当社員制服(1992年冬服)
    ※宮沢りえ主演のTBSドラマ「東京エレベーターガール」
      着用同タイプ(C)TBS

    Service93
    サービス担当社員制服(1993年冬服)
    Service
    サービス担当社員制服(1995年春服・夏服)
Service467(参考)昔のサービス担当社員制服。そごうプライベートブランド商品として、ちょうど販売が開始されようとしていた、パリのデザイナー「ジャック・エステレル」がデザイン。スチュワーデスを連想するこの制服は、半歩進んだ洗練されたデザインとして当時好評を博しました。左:1971年秋冬服
右:1972年夏服
Service39集合写真:1964年のそごう大阪店サービス担当社員制服。バスガイドを連想するデザイン。機能性重視の要素が強い頃。
Service  右:2007年現在の新生そごうサービス担当社員制服。

そごうプライベートブランド(PB)※破綻前

●アンジェロ・リトリコ(婦人服雑貨/紳士服雑貨/女児服)※途中提携中止
●パコ・ラバンヌ(婦人服雑貨/紳士服雑貨/男女児服/リビング用品)
●チタ・ファッシーノ(婦人服雑貨/紳士服雑貨/リビング用品)
●ジャンクロード(婦人服)※途中提携中止
●志村雅久ベスト(婦人服)
●シムラ・スポーツ(婦人服)
●シムラSライン(婦人服)※黒崎は未導入
●ハニーベル(婦人服雑貨/女児服)
●ミス・マーティ(婦人服)※途中提携中止
●イ・コローリ(婦人服)※途中提携中止
●ダニー・ノーブル(婦人服)※途中提携中止
●ザザ・サンディフォード(婦人服)※途中提携中止
●ミキシング(婦人服)※途中提携中止
●オブリッジ(婦人服)※途中提携中止
●アイムテン(婦人服/紳士服/リビング用品)
●ロージェント(紳士服雑貨/男児服)
●ロージェント2(紳士服雑貨)
●ロージェントゴルフ(ゴルフウェア)
●ルイス(紳士服雑貨)※途中提携中止
●ヨーロピアン・トラディション by シムラ(紳士服雑貨)
●ノートン&サンズ(紳士服)※途中提携中止
●G.B.フォンタナ(紳士服)
●プチ・マードレ(女児服)
●カセグラン(高級ステーショナリー)※途中提携中止
●ジャンニ・カリタ(宝飾品)
●メレリオ・ディ・メレー(宝飾品)
●モウワード(宝飾品)※黒崎は未導入
●タニノ・クリスチー(婦人雑貨)※黒崎は未導入
●ペニンシュラホテル(チョコレート等)※輸入代理
●ラ・トゥール・ダルジャン(ワイン等)※輸入代理
●生活栽培ジュース(食品)※旧ダリアジュース

黒崎そごう店内

       info
       Pers
       2階 インフォメーション
       2f1
       2階 国道側通路手前(化粧品等)
       kutsu
       2階 JR側通路手前(婦人靴売場等)
       2f2
       2階 JR側通路奥(ヤングカジュアル等)
       Donqjpg
       donq
       1階 フランス菓子 ドンク(ミニクロワッサン)
       (ミニ情報)八幡西区相生町の『モンリーブル』と
         八幡西区星ヶ丘の『パン工房ポンム』は
         『ドンク』から独立した方のお店です。

       green
       1階 グリーンショップ
       3f
       3階 エレベーターホール
       3f
       3階 婦人服フロア(ミセスカジュアル等)
       itariya
       3階 婦人服フロア(プレタポルテ等)
       Ucc
       3階 UCCカフェメルカード ウィーンの森
       shinshi
       4階 メンズフロア(高級紳士服等)
       dorian
       4階 珈琲舎 萄梨杏(ドリアン)
       miki
       5階 ミキハウス
       sanrio
       5階 サンリオショップ
       shingu
       6階 寝具売場
       tachikichi
       6階 たち吉       
       surugaya
       6階 和風喫茶 駿河屋
       familyrest
       7階 そごうファミリーレストラン(そごう商事経営)
       ※そごうで初めて「川の流れるレストラン街」が導入されました。
       futabatei
       7階 とんかつ 双葉亭(そごう商事経営)
       akasaka
       7階 中華料理 赤坂飯店
       Kuretake_1
       7階 日本料理 呉竹
       Gen
       7階 お好み焼 絃
       Mc
       7階 ハンバーガー マクドナルド
       Hisho
       従業員施設7階 黒崎そごう店長室・秘書室
       Shashoku
       従業員施設7階 社員食堂

各階 パーラー&7階 東西味の名店食堂街の変遷

〈オープン時〉

●フルーツパーラー「万惣」(1階)※途中閉鎖
●ファッションパーラー「ガーデニア」(3階)※途中閉鎖
●レディスパーラー「ダリア」(3階)※途中閉鎖
●珈琲舎「萄梨杏(ドリアン)」(4階)
●ファミリーパーラー「チャコ」(5階)※途中閉鎖
●和風喫茶「駿河屋」(6階)
●そごうファミリーレストラン(7階)
●江戸前寿し 東京銀座「日の出」(7階)※途中閉鎖
●中国料理 東京「赤坂飯店」(7階)
●日本料理 大阪竹葉亭姉妹店「呉竹」(7階)
●サンドウィッチレストラン「グルメ」(7階)
●手打ちうどん「河口屋」(7階)
●肉とサラダ 神戸「レッドカーペット」(7階)
●とんかつ 東京銀座「双葉亭」(7階)
●お好み焼 大阪心斎橋「絃」(7階)
●珈琲館 神戸「苑」(7階)※途中閉鎖
●博多全日空ホテル「レストランスカイメイト」(7階)※途中閉鎖
●ティーサロン 東京「オーク」(7階)
●屋上パーラー(屋上)※途中閉鎖

〈後継店〉

●サラダハウス「ヨシノ」(1階)※途中閉鎖
●カレーハウス「マルコポーロ」(1階)※途中閉鎖
●京風ラーメン「京まいこ」(5階)※途中閉鎖
●UCCカフェメルカード「ウィーンの森」(3階)
●豆腐料理「TOFUの館」(7階)※途中閉鎖
●カジュアルレストラン「マリアテラス」(7階)※途中閉鎖
●料亭どんぶり「味くらべ」(7階)※途中閉鎖
●ハンバーガー「マクドナルド」(7階)
●アイスクリーム「北キツネの大好物」(7階)
●長崎ちゃんぽん「蘇州林」(7階)
●和食・こだわりの味「松嘉庵」(7階)

フロアガイド(2000年3月期)

       7階 東西味の名店食堂街
       007f
       6階 リビングと大催会場のフロア
       006f
       5階 子供服と婦人肌着のフロア
       005f
       4階 メンズファッションフロア
       004f
       3階 レディスファッションフロア
       003f
       2階 ファッションと雑貨のフロア
       002f
       1階 食品フロア「おいしさ一番館」
       001f
       ※2000年7月の民事再生法申請前の
         黒崎そごう事実上の最終売場配置図です。
         図面をクリックすると拡大になります。

空の公園「屋上大スカイパーク」

長さ240mもの広大なスペースに楽しい乗物や施設が充実。
モノレールをはじめ、アストロライナーやメリーゴーランドなど
家族が1日を思い切り楽しめる屋上公園として華々しくオープン。
アスレチック、バッティングセンター、おばけ屋敷など改装を
繰り返したが、階下に「SEGA WORLD」がオープンしたため、
末期は大型施設は休業、ビデオゲームのみの運営となりました。
monorail
1周240mのモノレール(現存してるのかどうか不明)
astro
オープン時呼び物の一つだったアストロライナー
(すぐ壊れて撤去されたとのこと・・・)
merry
定番メリーゴーランド(最後まで人気があった)
pet
屋上定番ペットショップ

屋上のお稲荷さん

御由緒

御祭神 宇賀之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)
 この御社は株式会社黒崎そごう開設に当り
特にメイト黒崎ビル社屋の鎮護と社業の繁栄
ひいては懸民、市民ご近隣の方々の開運、安穏を祈念して
昭和五十四年十月二日
総本宮伏見稲荷大社より勧請いたしました。
(鳥居横の御由緒より抜粋)
inarisyoumen
inari
inarikanban
現存しているかは不明

黒崎そごうの屋外看板

        kanban
        屋上のメイン看板
        (4面ネオン・アッパー照明あり)
        sokumen
        国道3号線側エスカレーターより
        sogoura
        JR側の懸垂幕昇降装置(3基)とネオン看板
        kanbanjr
        JR側のネオン看板
        Sogoyoko
        懸垂幕昇降装置(正面5基・国道側5基)
promnade
2階プロムナードの突出し看板(ネオン)   現在の看板

黒崎そごうの包装紙

百貨店の顔である包装紙。
黒崎そごう営業期間(1979年〜2000年)は
全店共通の2種類の包装紙が使用されました。
(慶弔およびクリスマス等催事包装紙は除く)
切替え時が不明ですが、「小倉そごう」オープン前の
1993年のお中元からではないかと思われます。未確認。
個人的にはロゴマークの「ちきり」をモチーフにした
前期のピンク/グレーがおしゃれで好きなんですが、
事実上のそごうのフラッグシップストアであった
「横浜そごう」がグリーン地に「YOKOHAMA」ロゴが
入った独自の包装紙を使用していたので
ストアアイデンティティの統一と言う意味で
似た感じのデザインに変更になりました。
実は紙厚が薄くなり経費削減が本当の意味です・・・
(そごう豆知識)ピンク/グレーの包装紙は、
昭和36年(1961年)「そごう東京店宣伝部」でデザイン
されたもので「▲▼ちきり」マークの大きさを均一に
並べるのではなく図案の幅に変化をもたせてます。
これは、小さな商品を包んでも単調な感じにならないように
するための工夫と言われていました。
翌年より、そごう全店で使用されるようになりました。
housoushihousoushi2

包装紙前期:開店〜    包装紙後期:〜閉店

黒崎そごうの出向先

黒崎そごう社員には、そごうグループおよび関連会社以外に
地域のテーマパークへの出向勤務がありました。
主な業務内容は、商品開発・流通・販売。
余談ですが、そごう本体はもとより、
出向先もそのほとんどが、破たんしている現実が皮肉です。
また、同時にグループで、東京ディズニーランド(TDL)
のオフィシャルスポンサーをはじめ、スペースワールド、
ハウステンボス、呉ポートピアランド、レオマワールド
など各地のテーマパークのスポンサーにもなっています。
黒崎そごうも毎月TDLのスポンサー費を支払っていました。
(スポンサーになってる場合じゃなかったんですが・・)

黒崎そごうの主な出向先
・スペースワールド(北九州市)
・スーパーブランドシティ(福岡市)※エス・ビー・シー
・ハウステンボス(長崎県佐世保市)※実際は横浜そごう管轄
・有田ポーセリンパーク(佐賀県有田町)※有田VOC
funfun
スペースワールドに出店していた
そごうおもちゃ館「FUNFUN」
Sogosw
スペースワールド開園5周年特集号協賛広告

主な催事・歩み

物産系催事(通年)

●信州の物産と観光展(1月)※長野県主催
●長崎県の物産と観光展(4月)※長崎県主催
●中国大商品展(5月)
●北海道の物産と観光展(11月)※北海道主催
●日本列島グルメ紀行 全国うまいもの大会(年2〜4回)

物産系催事(単発)

●福岡県の物産と観光展( 月)※福岡県主催
●大分県の物産と観光展(11月)※大分県主催
●飛騨高山の観光と物産展(9月)※飛騨特産品組合主催
●鹿児島県の物産と観光展( 月)※鹿児島県主催
●沖縄県の物産と観光展( 月)※沖縄県主催
●四国の物産と観光展(2月)
●東北の物産展( 月)
●大阪浪花の物産展( 月)
●大英国展(10月)
●フランス展(9月)
●スペインフェア(5月)
●大イタリア展(1979年10月31日〜11月5日)※イタリア大使館後援
●ドイツ食品フェア(1991年9月25日〜30日)※ドイツ農産物振興会後援

文化系催事(通年)

●サンリオフェスティバル(7月)※ サンリオ主催
●北九州いけばな名流展(9月)※毎日新聞社主催
 池坊・池坊佳月式・雲心流・小原流・嵯峨御流・新池坊・
 新生流・専正池坊・草月流・日本華道・立華池坊
●日本名刀展〜展示即売〜(1月)

文化系催事(単発)

●日本芸術院会員展(1979年10月6日〜14日)
 ※日本芸術院・日本経済新聞社主催
●池坊専永展(1979年10月6日〜11日)※朝日新聞社主催
●宇宙戦艦ヤマト展(1979年10月6日〜12日)
●イタリアオペラの世界(1979年10月31日〜11月5日)
 ※スカラ座演劇博物館・西日本新聞社主催
●辻村ジュサブロー展〜新八犬伝・真田十勇士〜(   年)
●英国の代表作にみるバーナード・リーチ展(1980年6月20日〜7月1日)
 ※大原美術館・朝日新聞社主催
●第2回日本新工芸展(1980年8月14日〜27日)※日本新工芸家連盟主催
●山下清展(1981年9月)
●横山大観展(1981年10月)
●小柳ルミ子写真展〜立木義浩撮影〜(1983年)
●長岡秀星・迷宮のアンドローラ展(1984年)
●大チベット展(1984年)
●芦馬治雄展(1984年11月・1986年11月)
●和泉雅子冒険展(1985年)
●中国蘇繍芸術展(1985年)
●ローマ法王庁秘蔵展(1988年10月14日〜19日)
●上村政利 手作り世界の船展(1989年)
●千 利休遠忌400年秋の文化講演会(1989年11月13日)
●メルヘンの世界展(1989年3月10日〜15日)※毎日新聞社主催
●専正池坊いけばな展(1990年3月23日〜28日)※専正池坊主催
●オチ・オサム「浮遊する球体」展(1990年5月25日〜30日)
●スペイン・光と影 山口精之助油絵個展(1990年8月2日〜8日)
●池田満寿夫「書」展(1990年9月21日〜26日)
●大徳寺の秘宝と嵯峨御流いけばな展(1991年4月19日〜24日)
●バラ色の暮し ハーブの世界展(1991年10月9日〜14日)
●肥前有田焼名窯展(1991年10月16日〜21日)
●切り絵作家 小野史郎作品展(1991年10月16日〜21日)
●小樽ヴェネツィア美術館所蔵展(1991年10月30日〜11月4日)
●税を知る週間(1991年11月13日〜15日)※八幡税務署主催
●秋山 巌板画展(1991年11月20日〜25日)
●新春いけばな展(1992年1月8日〜13日)※帝国華道院北九州支部主催
●いけばな池坊展(1992年4月22日〜27日)※池坊福岡県連合支部主催
●枡田秀山墨蹟展(1992年10月8日〜12日)※法隆寺107世管主
●鉄道展(1992年10月14日〜19日)※JR九州・JR黒崎駅主催Tetsudoten
●大相撲新時代写真展(1992年3月17日〜23日)
●ピカソ・ミロとカタロニア美術新世代展(1992年5月27日〜6月1日)
●景徳鎮名磁展(1992年)
●全自衛隊美術展(1993年2月9日〜14日)
●TDL5周年そごうのディズニーフェア(1988年5月13日〜18日)
●TDL10周年そごうのディズニーフェア(1993年7月7日〜12日)
limouseine
limouseine2
黒崎そごう前にミッキーとミニーを乗せてやって来た
TDLオフィシャルリムジン「liMOUSEine(リマウジン)」
厚地恭子氏(TDL第11代アンバサダー)
●後藤純男展(1993年10月6日〜11日)
●佐賀県立有田窯業大学校卒業生作品展(1993年10月6日〜11日)
●市立八幡西養護学校・太田和孝合同作品展(1994年3月16日〜21日)
●ぼくらの声・聞こえますか!旧ユーゴスラビア子供の絵画展
 (1994年5月3日〜9日)※日本習字教育財団北豊支所主催
●愛EYEチャリティーバザー(1994年5月11日〜16日)
 ※北九州八幡ライオンズクラブ主催
●世界のワンちゃん大集合展(1996年4月24日〜5月6日)
●世界のわん・にゃん大集合展(1997年4月25日〜5月7日)
●高畑勲・宮崎駿のすばらしきアニメの世界展(1995年1月2日〜6日)
●ビックリマンワールド(1988年4月29日〜5月11日)
●それいけ!アンパンマンワールド(1989年12月24日〜1990年1月7日)
●ドラえもんのなかよしひろば(1990年4月28日〜5月6日)
●ドラえもんアドベンチャーワールド(1998年8月12日〜18日)
●ひみつのアッコちゃんとゆかいな仲間たち(1989年4月29日〜5月7日)
●夏休み塩ジョイワールド(1989年8月10日〜16日)※JT主催
●夏休み塩ジョイワールドソルティ王国への冒険(1990年8月2日〜8日)
 ※JT主催
●夢の紬インドサリー展(1989年11月17日〜22日)※毎日新聞社主催
●ビジュー・サンク チャリティーカット展(1991年8月5日)※癌研究
●土谷忠臣遺作展(1992年9月2日〜7日)
 ※土谷忠臣遺作展実行委員会主催

特別ご招待会(通年)

●宝飾逸品会(4月・11月)
 会場:ニュー瀬戸ホテル→松柏園グランドホテル(グランドホール)
    →北九州プリンスホテル(プリンスホール)
●ファッション衣料雑貨・リビング用品 大倉庫市
 会場:黒崎そごう水巻物流センター
    →北九州プリンスホテル(プリンスアリーナ)
●店休日返上全館特別ご招待会「店特」(月1)
●全館特別ご優待会(月2)

特別ご招待会(単発)

●豪華洋上逸品コレクション
 (1988年9月20日)会場:豪華客船 さんふらわあ7
 (1990年9月19日)会場:豪華客船 サウンズ・オブ・セト
 (1991年7月14日)会場:豪華客船 サウンズ・オブ・セト
Seto
サウンズ・オブ・セト出航(1991年7月14日/門司港西海岸)
中央は三代店長 梶谷氏(故人)

全館催事(単発)

●読売ジャイアンツ日本シリーズ優勝セール
 (1981年10月・1989年10月・1994年10月)
●西武ライオンズ優勝おめでとう(ご声援ありがとう)セール
●福岡ダイエーホークス優勝おめでとうセール

その他催事(単発)

●第12回防災フェア(1993年8月25日〜30日)※国土庁主催

新聞折り込み広告のヘッドデザインの変遷

orikomi
(上から1991年〜・1993年〜・1995年〜・1996年〜)
1993年10月の小倉そごう開店週より、差別化のために
「SOGO」より「Kurosaki(くろさき)」を大きくアピール。
(八幡西区全域に小倉そごうの広告が折り込まれていた為)
※1979年〜1990年は、統一のアイキャッチはなし。

来店芸能人一覧

取りあえず私が調べたり覚えている分のみです。
そごう主催・テナント主催含みます。順不同。
●山口  崇(1979年10月6日)※開店セレモニー司会・1日店長
●藤田 弓子(1979年10月6日)※開店セレモニー司会・1日店長
●中原ひとみ(1979年10月10日)※1日店長
●海 援 隊(1979年10月10日)※RKBラジオ公開放送
●松本ちえこ(1979年10月10日)※RKBラジオ公開放送
●倉田まり子(1979年10月10日)※RKBラジオ公開放送
●坂本 新兵(1979年10月10日)
●堀江美都子(1979年10月14日)※アニメ歌手
●平山 三紀(1979年11月16日)※FM福岡公開放送
●美樹 克彦(1979年11月16日)※FM福岡公開放送
●内藤やす子(1979年11月18日)※FM福岡公開録音
●和泉 雅子※1日店長
●西村 知美(1986年3月31日・1987年4月5日・1990年5月20日)
dianDianeDianelane_2
(1988年1月16日・西日本新聞)
●ダイアン・レイン(1988年1月15日)※マックスファクター
来店当時は、22歳。ヒット映画の主演が続き、日本での人気がピークの時でした。黒崎そごう2階正面玄関上の3階バルコニーから登場し、お客様に挨拶をしました。オープンセレモニー司会の山口崇・藤田弓子氏以来のバルコニー利用でした。これが最後の利用になりました。
●来栖あんな(1988年7月17日)※マックスファクター
●奈美 悦子※マックスファクター
●今  陽子※マックスファクター
●中島ゆたか(1986年4月26日・1988年4月9日・1989年1月28日)
 ※マックスファクター
●松岡きっこ(1989年10月8日)※マックスファクター
●BaBe(1987年9月5日)※FM福岡公開録音
 近藤 智子 ・二階堂ゆかり
●斉藤 洋美(1988年4月17日)※TBS「ラジアメ」公開録音
●田村英里子(1989年9月16日)
●西田ひかる※KBCラジオ公開放送
●風見しんご
●安田 成美※花王ソフィーナ
●萬田 久子(1999年11月13日)※HABA化粧品
●武藤まき子※HABA化粧品
●インペリアルJB'S(1994年10月1日)
●ピ ー コ(1994年10月8日)※開店15周年記念イベント
●いいとも青年隊(1989年8月26日・1990年4月7日)
 ※K-Chaps! (塩ノ谷和康・中上雅巳・井谷 真)
●マリ・クリスチーヌ(1990年7月8日)※マックスファクター
●岡本  南(1988年8月27日)
●坂上 香織(1988年8月29日)
●ひまわり(1990年4月1日)※長崎旅博覧会イメージソング
●早坂 好恵(1990年8月28日)
●1987レナウンイエイエガール(1987年9月5日)
 田中美奈子
●1990レナウンチャージ・クイーン(1990年9月23日・24日)
 三瀬真美子※のちにシェイプUPガールズ
●北 の 湖
●ドナート・ラシアッティ オーケストラ
 (1990年9月19日・1991年7月14日)※洋上特招
●泉  アキ(1991年7月14日)※洋上特招
●一条みゆき※NHKステージ101
●神崎ゆう子(1993年7月10日・11日)※NHK歌のおねえさん
●小川 範子(1988年3月26日)
●里中 茶美(1989年8月21日)※DA PUMP ISSAの姉
●新島 弥生(1992年8月14日)
●中村 清六(1992年10月11日)※有田焼作家
●藤原 秀樹(1992年12月20日)※恐竜戦隊ジュウレンジャー・ダン
●河合奈保子
●杉田かおる
●富田 靖子
●芳本美代子
●桂  三枝
●林葉 直子※旭屋書店
●荻野目洋子
●みのもんた
●中原 理恵
●沖  雅也
●山本富士子
●石川 秀美
●谷  隼人
●小林  繁※プロ野球
●若菜 嘉晴※プロ野球
●大竹 英雄(1988年8月28日)※囲碁
●アンナアン(1988年8月4日)
●富田 靖子
●岡崎 友紀
●ラブ・ウイングス(1980年5月5日)
●ひかる一平(1981年)
●真屋 順子(11月25日)
●香坂みゆき
●西田 恭平(1993年8月28日・29日)※防災フェアラジオ公開録音
●松本 未来(1993年8月28日)※防災フェア
●永田 真代(1993年8月29日)※防災フェア
●ばってん荒川
●ケン坊田中(1992年3月20日)※屋上大スカイパーク
※なぜ、マックスファクター関連のイベントが多いか。当時、「マックスファクター黒崎そごう店」は九州管内のマックスファクター全ショップでNo.1の売上げを誇っていたため、優先的に芸能人のトークショーやメイクアップショーなどを実施していました。

広告モデルとして

●岡部 まり※現:探偵!ナイトスクープ秘書・エッセイスト
●夏川 結衣(1988年5月〜10月)※現:女優
natsukawa
ロケ地:
八幡市民会館前広場 

黒崎そごうvs黒崎井筒屋

黒崎そごうオープンにあたり、
同業競合店「八幡井筒屋(現 黒崎井筒屋)」対策として
ハード面で八幡井筒屋の増床拡張を抑えるために
道路を挟んで南側の酒店の土地に「ふれあい会館」を建設。
(紅林・サン明治屋等飲食店が入居)
また、道路を挟んで東側アーケードの旧焼肉店跡地を購入し、
ゲームセンターとして貸し出しました。
もちろん、迎え撃つ井筒屋も黒崎そごう対策として
黒崎そごうオープンから2年後の1981年に
郊外型の低層百貨店「本城井筒屋(1984年閉店・現 太陽家具)」
をオープンさせています。
※この項、ガゾーン関門北九州圏「小倉井筒屋新館」にリンクされています。
ガゾーン関門北九州圏ホームページ

busstop
今は無き西鉄「黒崎駅そごう前」バス停

そごう保養所「別府心温閣」

そごうには「そごう健康保険組合」が運営する
直営の保養施設が全国に5つありましたが、
その中でも唯一九州にあった「別府心温閣(しんおんかく)」は
黒崎そごう並びに小倉そごう従業員・家族が親しんだ施設でした。

そごう保養所

●そごう那須山荘(栃木県)※閉鎖
●そごう箱根山荘(神奈川県)※閉鎖
●そごう芦屋山荘(兵庫県)※閉鎖
●そごう洞爺湖蒼水閣(北海道)※閉鎖
●そごう別府心温閣(大分県)※閉鎖
shinon
鉄輪(かんなわ)温泉の高台にあった「そごう別府心温閣」
大分県別府市大字鉄輪字トノヤシキ1063
宿泊定員35名・和室9室・洋室1室
1994年4月開業・2001年3月閉鎖
(現在の所有者および営業は不明)

幻のデパート「福岡そごう」

1979年の「黒崎そごう」、1993年の「小倉そごう」に続き、
九州では3店舗目、1990年代後半、西鉄福岡駅のターミナル
ビル(Cビル)に「福岡そごう」開店予定がありました。
実際にはご承知の通り、現在は「福岡三越」が入店していますが、
噂によるとコンペでは「そごう」出店で、ほぼ決まっていたとの
こと。政治的なものが動き、最後は大どんでん返しで「三越」に
決まったと聞いています。
福岡県内の福岡・黒崎・小倉の3大拠点の一等地を中央百貨店の
「そごう」1社がにぎることを地元財界が嫌ったからだと言われ
ています。(もし、福岡にそごうがあったら、福岡そごうは
存続対象店舗だったかも知れません)

黒崎そごうでも、少しでも有利に西鉄と関わりを持つため、
オープンからの広告代理店であった「大広」をはずし、
西鉄グループの「西鉄エージェンシー」をメインにしました。
また、「博多ご用承り所」を西鉄大手門ビルに入居させました。
mitsukoshi
九州の中心地・福岡市天神にある福岡三越
(そごうが入る予定だった・・)

北九州市の副都心「黒崎」最盛期

1993年の黒崎地区全景

Kurosakizenkei_2
右奥に白く巨大なメイト黒崎ビル。洞海湾を挟んで対岸は若松です。
中央の細長い緑地帯は長崎街道の名残り「曲里(まがり)の松並木」です。
今は無き「北九州プリンスホテル」の18面テニスコートが目を引きます。

1990年代中盤のJR黒崎駅前(正確な年は不明)

kurosakieki
すでにジャスコ黒崎店が黒崎フォーラスに業態変更しており、
黒崎そごうには、SEGAのネオンが設置されています。
黒崎そごうのほか、黒崎井筒屋、長崎屋黒崎店、トポス黒崎店の
看板が見えます。黒崎での流通各社がフルラインだったころです。
ある意味、まだ黒崎が北九州市の副都心としての存在をアピール
できていたころとも言えます。もちろん、手前の黒崎駅西地区
再開発ビル(コムシティ)の姿はありません。
コムシティ含め、現在、残っているのは井筒屋のみとは・・・・・

2001年のJR黒崎駅前(上の写真の逆アングル)

kurosakigenzai
JR黒崎駅を中心に南側に放射線状に商業地帯が広がる「黒崎」。
JR鹿児島本線と国道3号線、2つの九州の大動脈の間に2つの
巨大な再開発ビルが並びます。
左上(黒崎駅西地区再開発ビル):コムシティ
右下(黒崎駅東地区再開発ビル):黒崎井筒屋(旧黒崎そごう)
左下:井筒屋アネックス-1(旧黒崎井筒屋)
遠方に洞海湾、北九州工業地帯(三菱マテリアル・三菱化学・
安川電機等)が広がっています。
※現在、井筒屋アネックス-1向かいの「長崎屋黒崎店」は
 解体されビジネスホテル「アルクイン黒崎」になっています。
kurosakinishi
手前(黒崎駅西地区再開発ビル):コムシティ
奥 (黒崎駅東地区再開発ビル):黒崎井筒屋(旧黒崎そごう)

そごうグループ倒産

2000年(平成12年)7月12日
百貨店「そごう」がグループ21社とともに
民事再生手続き開始を申請
そごうグループの倒産は 合計28件
負債の単純合計 2兆9220億2900万円

東証1部上場の大手百貨店(株)そごう(負債6891億円、大阪市)
は百貨店業界を取り巻く環境の悪化により業績低迷に見舞われ
グループの大半が債務超過に転落、リストラなど再建計画の策定
やメーンバンクからの役員派遣も抜本的解決には至らなかった
ことから2000年4月には取引金融機関へ総額6390億円の債権
放棄を要請したものの、これを拒否する準メーン旧・長銀
(現・新生銀行)の同グループ向け債権をめぐり、預金保険機構が
買い取ったうえで債権放棄に応じることについて国民の批判が高
まり、企業イメージも大幅に低下したことで再建計画の前提条件
も崩れ、グループ21社とともに民事再生手続き開始を申請した。

株式会社そごう(資本金144億4044万円)ほかグループ21社
1830年(天保元年)「大和屋」の屋号で古着屋として創業
1919年(大正8年)12月 (株)十合呉服店として法人に改組
1949年(昭和24年)大証1部に上場
1961年(昭和36年)東証1部に上場
1969年(昭和44年)4月 現商号に変更
2000年(平成12年)7月12日 東京地裁へ再生手続開始の申立

(株)そごう    (大阪市)負債総額6891億円
(株)千葉そごう  (千葉市)負債総額4054億円
(株)新千葉そごう (千葉市)負債総額 953億円
(株)柏そごう   (柏市) 負債総額1238億円
(株)廣島そごう  (広島市)負債総額3282億円
(株)廣島そごう新館(広島市)負債総額 545億円
(株)徳島そごう  (徳島市)負債総額 662億円
(株)八王子そごう(八王子市)負債総額 503億円
(株)横浜そごう  (横浜市)負債総額1955億円
(株)大宮そごう  (大宮市)負債総額 774億円
(株)呉そごう   (呉市) 負債総額 236億円
(株)西神そごう  (神戸市)負債総額 240億円
(株)川口そごう  (川口市)負債総額 736億円
(株)札幌そごう  (札幌市)負債総額 496億円→破産宣告
(株)黒崎そごう (北九州市)負債総額 321億円→破産宣告
(株)船橋そごう  (船橋市)負債総額 666億円→破産宣告
(株)豊田そごう  (豊田市)負債総額 496億円→破産宣告
(株)加古川そごう(加古川市)負債総額 361億円→破産宣告
(株)奈良そごう  (奈良市)負債総額1231億円→破産宣告
(株)福山そごう  (福山市)負債総額 742億円→破産宣告
(株)小倉そごう (北九州市)負債総額 673億円→破産宣告
(株)錦糸町そごう (東京都)負債総額 303億円→破産宣告
---------------------------------------------------------------------------------
(株)木更津そごう(木更津市)負債総額 241億円→自己破産
(株)長野そごう  (長野市)負債総額  87億円→自己破産
(株)多摩そごう  (東京都)負債総額 553億円→特別清算
(株)茂原そごう  (茂原市)負債総額 235億円→特別清算
(株)コトデンそごう(高松市)負債総額 246億円→破産宣告
---------------------------------------------------------------------------------
(株)そごうホップ (大阪市)負債総額  92億円→特別清算
(株)アレックス  (東京都)負債総額  59億円→自己破産
(株)そごう物産  (東京都)負債総額 402億円→自己破産
そごうクレジットサービス(株)(横浜市)負債総額 55億円→特別清算
そごう情報システム(株)(横浜市)負債総額 6億円→特別清算
(株)そごう情報サービス(横浜市)負債総額 5億円→特別清算
中国そごうシステム開発(株)(横浜市)負債総額 2億円→特別清算
(株)中国そごう都市開発(広島市)負債総額 550億円→自己破産
(株)エス・エス・ディー(広島市)負債総額  29億円→自己破産
(株)そごうインターナショナルデベロップメント(東京都)
              負債総額 2781億円→特別清算
(株)滋賀ゴルフ倶楽部(滋賀県)負債総額 63億円
(株)装苑      (広島市)負債総額 55億円→自己破産
(株)七博      (東京都)負債総額 232億円→自己破産
(株)コリドー開発  (千葉市)負債総額 33億円→破産宣告
三多摩土地建物(株) (多摩市)負債総額 131億円→破産宣告 sogokaiken
Group_2
そごうグループ出資比率(1994年当時)

そごう9店が閉鎖に至った理由

◆そごう9店が閉鎖に至った理由
                           特別顧問 和田 繁明

 11月2日の経営協議会での説明を中心に、9店が閉鎖に至った理由を述べます。存続・閉鎖の審査基準は「速報」8号に挙げた5点です。二次破綻が生じない継続的な安定利益の確保のために、将来性を含めた総合的事業収益力を見極めようと、弁護士、公認会計士、ミレニアム企画、そごうの4者によるチームが各店の現地調査と、膨大なデータを分析検討し、客観的・科学的な結論として再生計画案にしました。
 全体的に言えるのは、(1)景気・経済が右肩下がりの環境にもかかわらず、過大な設備投資を重ねた結果、財務を圧迫、(2)商品力、販売力の強化による利潤追求ではなく、利益を薄くする手法の外商、値引き販売に頼った売り上げ至上主義、(3)その結果、収益構造が悪化を続け、営業リストラ、すなわち利益を上げられない店舗は閉鎖し、存続店舗は効率性の高い営業体質にして再出発するーということでした。
 閉鎖店舗と存続店舗を経営数値で比較してみれば、理解いただけるでしょう(詳細な数字は、紙面の都合上控えますが、経協で詳しく説明しました)。
 たとえば、売上総利益率(平成11年度=以下同じ)は、存続店平均24.8%ー閉鎖店22.4%/売上高対販売管理費率は存続店平均22.4%ー閉鎖店平均23.5%/営業利益は存続店1店舗当たり14億円に対して閉鎖店は1600万円の赤字。経常利益も存続店平均1店当たりは6億円ですが、閉鎖店は7億円の赤字です。
 経協で質問のあった個別店舗について説明します。
閉鎖店のなかで唯一、利益計上していたのは黒崎そごうです。しかし、売上高は平成2年度をピークに減少が続き、12年度はその半分以下になる見込みです。それなのに黒字を維持してこられたのは経費削減効果で、努力が認められますが、目一杯やってきて限界に達しています。12年度は大幅な赤字になるでしょう。
将来要素はどうか。基幹産業の衰退によるマーケットの縮小や、競合店の進出、店舗の老朽化による維持・改修費の増大などで、再生債権を弁済する財務力はないと判断されました。
では、同じ規模の売り上げである西神そごうは、なぜ残るのかと言うと、マーケットの潜在的可能性が高く、行政主導の総合都市開発による店舗であることから、成長性に期待できるからです。
数字的には赤字の現状です。しかし、上記の背景に加えて坪当たり生産性の高さ、マーチャンダイジングの見直しによる効率化や固定費などのコスト削減が可能であり、今後の設備投資も少なくて済むなどの理由で存続とされました。
小倉そごうも毎期赤字の連続です。好立地で来客数が多いにもかかわらず、開店時の過大な投資がいまだに重荷になっており、競合店や博多の集客力との戦いで将来性が懸念されました。
そのうえ、外商比率が高い割に1人当たりの売上高が低く、坪当たり生産性も低い。また、特招会、店外催事が多く利益圧迫要因になるなど、そごうの営業体質の悪さの一典型です。
したがって、その他の要素を含め、改善を重ね、経営数値を積み上げても弁済原資をまかなうキャッシュフローは生み出せない、と判断されました。
奈良そごうは、立地や過剰投資などによる経常的な赤字体質、札幌そごうは当面に営業利益を確保できても建物老朽化への設備投資や金利負担による経常赤字状態から脱し切れず、競合店進出など商圏の変化に対応できないとの判定でした。
(2000年11月9日発行/新生「そごう」のために No.9より抜粋)

-------------------------------------------------------------------------

◆そごう存続店・閉鎖店の背景
                            顧問 米谷   浩

 再建計画においては、継続的な安定利益の確保が何よりも求められている。債権者に多額の債権放棄をお願いすることとなる以上、利益が確保できる存続店舗を見極め、存続不可能な店舗については閉鎖をし、法的な手続きに従って清算するということにならざるを得ない。存続店舗においては、何年かに分けて債務の弁済を求められることとなる。したがって、2次ロスを発生させないというスタンスと継続的な安定利益が確保できる店であるかどうかという点が存続店舗の見極めになった。
 そこで、検討した結果、既存の収益店舗10店の中で浜、千葉、神戸、広島、大宮、八王子、柏、徳島、呉そごうの9店舗については弱体化の要因を改善することで、継続的に安定した利益を確保できると考え存続させることにした。
99年までは収益店舗であったが、本年度赤字化に転落する黒崎そごうについては
(1)店舗の老朽化からくる(築21年)改善投資の必要性(投資額:5~10億円)、さらに耐震工事投資の必要性があり(投資約20億円)そのことを考慮すると、利益化の可能性は難しい。
(2)さらに、商圏内の基幹産業の衰退と2大都市圏、福岡、小倉の流出度が極めて高いことからマーケット自体が衰退してきており、将来の拡大が望めないこと。
(3)さらに来秋駅前に「コム黒崎(コムシティ)」(8000坪)の出現で新たな競合の軌道を考えると、減収減益に歯止めがかからず赤字転落は避けられないと考え、存続店より、はずさざるを得なくなった。
業績不振店舗については、業績不振要因を取り除けないかについて、店舗に赴き実査を行った。
(1)施設費の過大なものは家賃減額の試算をしたり、テナント導入による施設費負担の縮小化と利益の拡大化を計画しシミュレートしてみた。
(2)粗利益率の低さによるものについては、商品構成のバランス是正など、差益管理強化による年率アップ率を入れて試算し、可能性を追求した。
(3)人件費もすでにリストラされているが、さらに6~7%の削減を入れて試算した。
その結果、川口および西神そごうにおいては家賃の減額の可能性が見え、利益化の可能性が出てきたので、存続店舗に入れることにした。
 しかし、マーケットの成長性が期待できず、その上マーケットの競合条件が拡大される状況にあること。そして、マーケットサイズを見誤り、広域からの集客を見込んで、店舗に対して過大な投資をしたために、広大な施設設備からくる低生産性や固定費の負担は、どのような改善策を見込んでも改善は難しく、これからも継続して利益化のメドがつかない錦糸町、加古、豊田、奈良、福山そごうの5店舗と、札幌そごうは、百貨店マーケットとしては、現在でも過剰な上に2003年に強力な新しい競合の出現が予測されるなかで、老朽化した店舗への改善投資(約20億円)、さらに競合に勝るための投資を考えると、利益化の可能性は難しく、百貨店としての運営は断念せざるを得なかった。
 そして、小倉そごうについては、マーケットもよく、立地も良好であるにもかかわらず、無理な開発からの過剰投資と非効率な区分所有物件であるために、営業努力では利益化できない構造から継続を断念せざるを得ないと判断した。
 これら継続的に利益を確保することが難しい7店舗については、不振要因を改善する可能性が現状ではないためそごうとしては残念ながら閉鎖することとし、再生計画の提出については見合わせることとした。
(2000年10月26日発行/全そごう労働組合機関誌 No.6より抜粋)

そごうの株券(ただの紙屑)

   kabuken
   紙屑となった株式会社そごうの株券(T-T)
   どれだけの従業員が損をしたのか・・・
   ※従業員持株会分
kensui
左:閉店セール懸垂幕(没バージョン)※そごう本社より閉店
セールは粛々と実施するため、派手過ぎると指摘されました

右:閉店セール懸垂幕(OKバージョン)

西日本新聞への投書

思い出をありがとう       永住美枝子

 黒崎と小倉のそごうが、閉鎖になるというニュースが
テレビで流れた。もし娘が元気でいたら、このニュースは
だれよりも一番さみしがるのではないかと思った。
 体の弱かった娘は、病院以外あまり外出することもなく、
唯一そごうでの買い物が楽しみだった。
一人で行けるわけでもなく、いつも私が一緒だった。
そごうの中では書店、服売り場、アクセサリー売り場、
CDショップとコースが決まっていた。
買い物が終われば、紅茶とケーキを食べて体はくたくたに
なりながらも十分満足していた。
 今も娘のクローゼットの中にはそでを通していないままの
服などがいくつも並べられている。鏡台には真新しい口紅
などがあり、引き出しを開けるだけで胸が詰まる。
娘にとってのそごうは、心のやすらぎの場であったと思う。
そごうがなくなるとさみしくなるけれど、最後に一言
「娘とのたくさんの思い出をありがとう」といいたい。
(主婦・50歳=北九州市八幡西区)
西日本新聞 2000年11月28日夕刊「紅皿」欄より
nagazumi
※西日本新聞社様「無断転載」をお許しください。
 どうしてもこのお客様の投書は残したかったので・・・
 閉店間際、数々の報道があった中、一番忘れられない記事。
 娘さんのためだけでも「そごう」が存在した意義は
 ありました(T-T)
Yakei
歳末風景(1990年)
※広告撮影用にオープン以来11年ぶりに点灯させたネオンの
 アッパー照明。これが最後の点灯になりました。
sogoyakei
歳末風景(1995年頃)
gaikanenkin
歳末風景(1997年頃)
xmas
歳末風景(1998年頃)
sogoheitengaikan
歳末風景(2000年閉店間際)

(参考)西日本新聞が選んだ2000年の九州10大ニュース

●佐賀市の17歳少年が西鉄高速バス乗っ取り
●プロ野球福岡ダイエーホークスが2年連続のリーグ優勝
●九州新幹線鹿児島ルートの全線フル規格が決定
●福岡市で九州・沖縄サミット蔵相会合、宮崎市で外相会合開催
●シドニー五輪で田村亮子、井上康生選手ら九州出身者が活躍
●九州国立博物館の建物の基本設計が決まる
●北九州市の小倉そごう、黒崎そごう両店が閉店
●山口市の16歳少年が母親を金属バットで殺害
●熊本県知事選で、潮谷義子氏が全国2人目の女性知事に当選
●大分県野津町で一家6人が殺傷され,15歳の少年を逮捕

黒崎そごう閉店の日

2000年12月25日(月) クリスマス 午後7時30分
黒崎そごう21年間の歴史に幕

retsu
1階正面玄関 入場制限
sale
2階レディスフロア 閉店セール
miokuri
2階正面玄関 最後のお見送り(一番奥:最後の店長 濱田氏)
miokuri2
整列した幹部&サービス課社員の間をお客様が通り抜ける・・・
Omiokuri_2
全員でお見送り・・・
heiten
閉店の瞬間(正面玄関のシャッターが降りる)
「21年間ありがとうございました・・・」
heitensaigo
「さようなら・・・」
tekkyo
閉店後、商品・什器すべてが撤去された店内
(3階婦人服フロア)
shimbun
翌日の新聞記事の一例
(2000年12月26日・読売新聞西部本社版)
asahinp
(2000年12月26日・朝日新聞西部本社版)
                 
                  logo

(おまけ)祝 そごう心斎橋本店オープン

shisaibashipost
Rie
宮沢りえを起用した「そごう心斎橋本店」の開店ポスター2種
宮沢りえと言えば、20年前の「横浜そごう」開店時の
TVCM&折込み広告に無名時代の宮沢りえを起用していたし、
また、今は亡き「多摩そごう」を舞台とした
13年前のTBSドラマ『東京エレベーターガール』の主役
のエレガー、沢木つかさ役でも登場。
そして、今回の「そごう心斎橋本店」の広告・・・・・
何かと「そごう」と因縁があるようです。
※制作:K2クリエイティブディレクター長友啓典氏

                 shinlogo

(おまけ)黒崎そごうの呪い?

izutsuya
izutsuyakanban
「黒崎そごう」跡に入居したライバル「黒崎井筒屋」
屋上の4面メイン看板に黒い汚れが見えます・・・
覚えているだけで2〜3回は塗り直していると思いますが、
何度やっても浮き出てくる「そごうロゴマーク」・・・
これはそごうの怨念かも・・・

(おまけ)プレステの中の黒崎そごう

denshadego
1998年発売のPlayStationソフト
電車運転シミュレーター
タイトー「電車でGO!2」に出てくる「黒崎そごう」
黒崎駅停車アナウンスのあと、
黒崎駅が近づいてくると見えてきます。
※アーケードモード上級編:鹿児島本線 快速「折尾〜小倉」

(おまけ)黒崎そごう元広報マン

     Koji_2
     (2001年3月8日・西日本新聞夕刊)
昨年末閉店した北九州市の黒崎そごうの元従業員、小路貴さん(47)
=同市小倉北区=が、写真展「一瞬の門司港」を同市門司区の
門司港郵便局で開いている。黒崎、小倉両そごうの閉店に伴い、
計1462人が失職し、2月末現在で再就職が決まったのは、12%と
いう厳しさ。小路さんは初の個展に「かつての同僚を励ましたい」
との思いをこめる。16日まで。

(おまけ)小倉そごうメモリアル

Kokura_np
(1979年10月4日・西日本新聞)
「小倉そごう」の当初オープン予定は「黒崎そごう」オープンから
わずか2年後の「昭和56年(1981年)」でした。実際は遅れに遅れ
予定より12年後の1993年にオープン。しかも、わずか7年の短命
に終わりました。小倉駅前にそごうが土地を取得したのはオープン
より24年も前の昭和44年(1969年)のことでした。
Kokurasogoshoki
小倉そごう初期完成予定図
Kokura
小倉そごうカラーパース(最終)

商  号 株式会社小倉そごう(英文 Kokura Sogo Co.,Ltd)
店  名 小倉そごう
住  所 北九州市小倉北区京町3丁目1番1号
電  話 093-512-2111(代表)
営業時間 午前10時〜午後7時(地下1・1・2・3・4階は8時まで)
年間休日 12日(原則として火曜日)
設  立 1988年11月28日
開  店 1993年10月10日(閉店2000年12月25日)
内  容 百貨店業および百貨店業に付随する事業
資本 金 1億円
株主構成 株式会社広島そごう30%
     株式会社千葉そごう25%
     株式会社柏そごう25%
     株式会社黒崎そごう20%
建物面積 113,546平米(地下3階・地上14階)
店舗面積 43,774平米(兼業面積7,161平米)
取引銀行 福岡銀行・西日本銀行・福岡シティ銀行他
従業員数 正社員410名(男195・女215)・パート160名※2000年
売上推移 1993年=151億3000万円(93/10〜94/2合計)
     1994年=343億4000万円(94/3〜95/2合計) 
     1995年=399億4000万円(95/3〜96/2合計)
     1996年=428億0000万円(96/3〜97/2合計)
     1997年=432億8000万円(97/3〜98/2合計)※最高売上
     1998年=418億3800万円(98/3〜99/2合計) 
     1999年=394億9500万円(99/3〜00/2合計)
※小倉そごうは閉店間際まで年商400億円を計上していた・・・

Ekimae
(1993年4月1日・毎日新聞西部本社版夕刊)Nyushashiki
小倉そごう第1期生268名・黒崎そごう第15期生26名。
九州厚生年金会館大ホールで行われた最初で最後の合同入社式。
わずか7年半後に会社が破綻するとは誰も想像していませんでした。
しかし、破綻後の調査により、この時期、そごうの実体は実質
すでに債務超過におちいっており、仕掛かり品とはいえ、
小倉そごうのオープンは無謀であったと言われています。

kokuravisual
小倉そごうオープン広告のメインビジュアル
【キャッチコピー】咲かせたい、暮らしルネッサンス。
【ボディコピー】人と人がふれあって、やさしくあたたかな気持ちが生まれてくるように。小倉そごうは、お客さまおひとりおひとりに心地よく充実した時を過ごしていただけるような店づくりをめざしました。楽しく快適な店内環境、上質な暮らしをご提案できる売場、あたたかいサービス、お役にたてる生活情報など、新しい生活を創造する百貨店として、皆さまの暮らしに上質な花を咲かせたいと考えます。
※TVCMと同時撮影。制作会社「株式会社電通」。
Kokuraopen_np
(1993年10月11日・朝日新聞西部本社版1面トップ)
Kokurasogo01
北九州市が1993年夏に実施した「街の中の色」人気投票で
ベストテン第3位に選ばれた「小倉そごうの外壁」。
『街に花を咲かせよう』と桜の花をイメージして淡いピンク色に
決められました。しかし、当初そごうは、初期完成予定図からも
わかるようにピンクの度合いのもっと強いものを考えていました。
さらに袖看板、懸垂幕スペースもかなり確保していました。
ところが、北九州市より、市の玄関として小倉そごうだけが
突出しないように要請があり、桜色が控えめになり、外壁北側と
西側下部にあるそごう筆記体マークをひと回り小さくし、赤色から
金色に変更。袖看板は取りやめ、懸垂幕の数を減らしました。
なお、▽模様はそごうのまるちきりマークをイメージしています。
※企画段階では、天候によって、外壁タイルの色が変わるという 
 アイデアもありましたが、経費的に実現されませんでした。
※外壁タイルは、地元TOTOを押しのけ、INAX製。

Kokurasogo02
JR小倉駅からモノレール軌道を入れた「小倉そごう」定番アングル。
ペデストリアンデッキ(人工地盤)を行き交う人々。
※後ろの破たんした「山一證券」ビルの看板が悲しい・・・
 小倉そごうビルには同じく破たんした
 「三洋証券北九州支店」もありました・・・

Kokura
屋上には「瘡守(かさもり)稲荷神社」がありました。
※江戸時代の寛永14年(1637年)に建立。天然痘や性病・皮膚病感染を
 避けるための疱瘡神(ほうそうがみ)。商売繁盛の神
Kokurasogoyakei
小倉そごう夜景(壁面全面に動くイルミネーション)
Smallworld
イッツ・ア・スモールワールド時計
オフィシャルスポンサーだった東京ディズニーランドの
アトラクション「it's a small world」をモデルにしたからくり時計。
千葉そごうと並んでグループ最大級の大型時計でした。9時と3時の
文字盤の位置に小倉オリジナルの「小倉祇園太鼓人形」を設置。

Sogokaidan_2
小倉そごうの階段壁面装飾
1995年「日本の空間デザイン」奨励賞を受賞。
(福岡在住の画家・イラストレーター土器修三氏の作品)
Ucccafe
Ucc
3つの滝と吹き抜けが開放的な10階「UCCカフェプラザ」
Kokura1025_4
12月25日に閉店が決まった日(2000年10月25日)
Kokuraheiten
Kokura
2000年12月25日 小倉そごう閉店

歴代店長

●初代店長 森   透 ※その後、そごう大阪店次長
●二代店長 梶谷 方宏 ※その後、船橋そごう店長(故人)
●三代店長 福井 洋一 (故人)
●四代店長 垣内 龍介 ※その後、スピナ常勤監査役
●五代店長 亀岡 伸吾 ※その後、ちまきや副社長・山口井筒屋店長

主な催事(ほんの一部)

Ayrtonsenna_2
●開店1周年記念 アイルトン・セナ展〜FOREVER〜
 (1994年10月4日〜10日)※フジテレビ主催
●今田美奈子お菓子展(1994年2月9日〜14日)
●安田早葉子染め花展(1994年3月2日〜7日)
●仮面ライダーワールド(1994年3月23日〜28日)
●第1回加賀百万石名品展(1994年4月6日〜11日)※毎年開催
●エルンスト・ハース展(1994年4月27日〜5月9日)
●ねむの木の子どもたちとまり子美術展
 (1994年5月3日〜9日・1997年4月29日〜5月5日)
●服部早苗ジャパンキルト展(1995年2月8日〜20日)
●宮川大助・花子日本昔ばなし絵画原画展(1995年5月2日〜8日)
●小倉そごうの不思議水族館(1995年8月15日〜20日)
●開店2周年記念 後藤純男展(1995年9月26日〜10月8日)
●開店2周年記念 ザ・ビートルズ展(1995年10月10日〜23日)
●世界のテディベアコレクション展(1995年11月28日〜12月11日)
●中島みゆきストーリー展(1996年5月22日〜27日)
●与 勇輝展(1996年7月16日〜29日)
●開店3周年記念 ウェッジウッド・ミュージアム秘蔵の名品展
 (1996年10月15日〜21日)
●アプリケ芸術50年 宮脇綾子遺作展(1997年7月16日〜28日)
●スイス サン・クロワ博物館所蔵 世界のオートマタ展
 (1997年9月23日〜10月6日)
●山下 清展(1997年12月10日〜22日)
●華道新池坊創流85周年記念花展(1994年11月16日〜22日)
●華道新池坊創流90周年記念花展(1999年11月17日〜22日)

小倉そごうは復活の可能性がほんの一瞬ありました・・・
◆小倉そごうは破産手続きへ(産経新聞2001年2月26日)
 福岡銀行の寺本清頭取は26日の会見で、融資先の小倉そごう
 (北九州市)の経営再建問題について「(そごうグループが)
 小倉そごうの再生は不可能と考えており、破産手続きに移行せ
 ざるを得ない状況にある」との見方を示した。
 同グループは、黒崎そごう(同市)についても破産手続きに移
 る方針を固めており、小倉、黒崎の両店舗が営業を再開する可
 能性は事実上なくなった。 寺本頭取によると、そごうグループ
 から2月16日、小倉そごうの営業再開で協力を求められたが、
 わずか一週間後には同グループが再開を断念した。
 同グループはまた、地元財界などによる小倉そごうの会社更生
 法適用申請も可能との見方を示したが、寺本頭取は「経営責任
 を地元に転嫁するもの」と強く批判、申請する考えがないこと
 を強調した。 民事再生法に基づく両店の再生計画案提出期限は
 3月9日に迫っているが、同グループは「再建が困難と判断して
 いる以上、小倉そごう単独で会社更生法の適用を申請しても裁
 判所は認めない可能性が高い」としているという。
 ただ、寺本頭取は地元で浮上している「持ち床会社」によるテ
 ナント誘致構想については「できる範囲でバックアップしたい」
 と協力する考えを示した。

               Logo2

(おまけ)有楽町そごうメモリアル

   Yurakucho
        そごう東京店カラーパース画Tokyomurano

村野藤吾「読売会館(そごう東京店)」1階平面図Yomiurikaikan_4
そごう出店前の竣工時の読売会館(1957年)
設計:村野藤吾(協力:読売会館建築事務所)
構造:SRC造/地上9階・地下1階(基礎:木田式深礎工法)
施工:清水建設(三菱電気・音響・東大生産技術研究所)

Tokyo1932
1957年(昭和32年)5月20日 朝日新聞夕刊 半5段
Tokyo_np
1957年(昭和32年)5月24日 朝日新聞夕刊 全7段
Tokyo_np2
1957年(昭和32年)5月24日 日本経済新聞夕刊 全6段
Open_np
1957年(昭和32年)5月25日 日本経済新聞夕刊
Tokyokusatsu
有楽町地区空撮(1979年)
※そごう東京店の手前には今は無き「日劇」や「朝日新聞社」がある
Tokyotennai
そごう東京店クリスタルシンボル柱
     Tokyo_2_2
     1957年の外観
     Tokyosogo
     1969年の外観※ゴールドのサイン
     Tokyo_2
     1979年の外観
     Tokyosogo
     1990年代の外観
     Orikomi
     2000年9月17日折込 そごう東京店最後の広告
     Yurakuchoheiten
     2000年9月24日 そごう東京店閉店

     有楽町そごうで働いた仲間たちの集い有楽ちぎり会

          Yurakuchosogologo

(おまけ)そごうマークについて

Sogoci
Maruchikiri

村野藤吾デザイン「マーク・そごう・SOGOの規格」
そごうのロゴマークは「まるにちきり」または「まるちきり」と呼ばれています。「ちきり」は縦糸を巻く織機の付属具で、当初そごうが呉服店(十合呉服店) であったころ、織機にちなんでマークとして使ったものです。また「ちきり」は石材や木材などをつなぐときに用いる堅木の「千切り」に通じ、堅く結びつくこ とも表わしてます。さらに「まるちきり」は「五」の文字を図案化したもので「りゅうご」とも言われ、形がエンドレスなところが目出たい意味も持ってます。 なお、マークの規格は、直径の9分の1をもって、円の太さ(外円および内部)が定められています。また、屋外広告等でマークを大きく取扱う場合には、太さの規格9分の1原則を、8.5分の1として使用することを例外として認めています。

各分野の第一人者による考察

Yago_2
島 武史『屋号・商標100選〜CIのルーツをさぐる』
1986年日本工業新聞社刊

Sogogentencho
中島福三郎『そごう原点帖〜商標について〜』
1990年8月 社報そごうNo.195

Dg1
松田行正「松屋とそごうとツェッぺリン」
『デザインの現場4月号』2008年美術出版社刊

Dg2jpg
松田行正「招福記号と魔よけ」
『デザインの現場6月号』2008年美術出版社刊

(おまけ)北九州市の百貨店史

Izutsuyakikuya
開店記念ハガキ 左:小倉井筒屋 右:菊屋百貨店
kokuratamaya
小倉玉屋(1989年)(C)北九州市の建築
Tamaya
小倉玉屋(1996年)リニューアル後(C)北九州市の建築
※周辺の電線が地中化され、突き出し看板を撤去。正面玄関も異なる。
(小倉玉屋について)
1935年竣工。1938年に小倉市室町(現北九州市小倉北区室町)に開店。
当初の店名は「菊屋百貨店」。進出に反対していた地元に配慮し、
「玉屋」の商号は用いず、「菊屋」の名称で営業を開始した。
戦後、店舗は「そごう大阪店」と同様にアメリカ進駐軍に全店接収され、
進駐軍専用の「PX(軍人・軍属向け物品販売所)」となり、
接収を解かれたあと、正式に「玉屋」の商号を用いる。
建物は何度も増築され、8階建てになっているが元々は5階建てである。
デザインの扱いが異なるので増築の過程は一目瞭然。
当時の最上階に見られる丸窓は昭和初期の特徴と言える。
2003年解体撤去。跡地は「リバーウォーク北九州」となる。
Kaneyasu
創業文久年間。初め米穀店であったが、のち慶応年間に「かねやす呉服店」
となる。この建物は1920年、木造4階建のデパート式経営を始めた時の
もので、1936年、鉄筋7階建の「かねやす百貨店」になった。
しかし、1952年、附近の出火により消失し、2年後に破産してしまった。
     Hyogoya
     「兵庫屋」だった小倉商工会議所(1926年)
     Hiraiya
     開業時の「平井屋(のちの山城屋)」(1931年)Marukyu
1932年に八幡市中央区(現北九州市八幡東区中央町)に開店した
通称マルキュウ「九州百貨店(のちの八幡丸物)」(1934年)
Hiraiya
新築ビル竣工時の「平井屋(のちの山城屋)」(1934年)
Yamashiroya
平井屋を吸収した「山城屋」(1936年)※門司港まつり時
       Izutsuyaopen
       開業当日の「小倉井筒屋」(1936年)
1936年10月6日、現在地で開業。敷地は高級老舗旅館だった「梅屋」
の跡地。当時門司にあった「井筒屋呉服店」の主人、住岡由太郎が
初代社長になり、デパートの店名も「井筒屋」となった。
Osakasuji
銀行街だった大坂町筋から見た「小倉井筒屋」(1937年)
Kikuya_2
戦前の小倉のメインストリート室町通り(1939年)
※手前:小倉警察署・奥:菊屋百貨店(のちの小倉玉屋)
Marukyu_2
終戦直後の「九州百貨店(のちの八幡丸物)」(1945年)※背後:八幡製鐵所
     Izutsuya1946_2
     戦時中の迷彩を施したままの「小倉井筒屋」(1946年)
Marukashi_2
戦後の改築前の「丸柏百貨店」(1951年)※メートル法施行時
        Yamashiroya1954
        屋上に観覧車がある頃の「山城屋」(1954年)
Tamaya1955
PX接収解除後、建物全体に電飾を施した「小倉玉屋」(1955年)
Tamaya1955_2
増築前の「小倉玉屋」(1955年)※手前:正金相互銀行(現福岡中央銀行)
Marubutsu
京都の老舗百貨店系「八幡丸物(マルブツ)」(1956年)(C)gnk
Izutsuya
第一次増築工事後の「小倉井筒屋」(1950年代後半)
※西鉄魚町電停付近・のちの小倉東映会館の場所に緑屋がある
Yahataizutsuya34
開店準備中の「八幡井筒屋(黒崎井筒屋)」(1959年)
Yahataizutsuya
黒崎駅前通り「八幡井筒屋(黒崎井筒屋)」(1960年)
Marukashi_2Marukashirf_2
若松の老舗呉服店が前身だった「丸柏百貨店」(1962年)
※左:ミス若松のパレード・右:屋上観覧車・右背後:建設中の若戸大橋
1963
中の橋(太陽の橋)から見た「小倉井筒屋」(1963年)
Seika_2
東京オリンピック聖火リレー(1964年)
※小倉魚町旧電車通り(手前:小倉東映会館・奥:小倉井筒屋)
     Iwatayatobata
     岩田屋唯一の直営支店だった「戸畑岩田屋」(1966年)
     ※地上5階・地下1階。売場面積4,380平米。
Tamayadaiei
小倉城天守閣から見た「小倉玉屋」(1966年)
※右:建設中のダイエー小倉店(ダイエー九州1号店)
Izutsuya40_3
屋上に観覧車がある頃の「小倉井筒屋」(1960年代後半)
Tamaya1967_3
6階から出火した「小倉玉屋」(1967年)※右後方:小倉城
Izutsuya1971_2
隣接していた小倉記念病院跡に駐車場棟を増築中の「小倉井筒屋」(1971年)
Marukashi
「丸柏百貨店」前を通る全国でも珍しい市営貨物電車(1974年)
Sogoizutsuya
「黒崎そごう」「メイト専門店街」「ジャスコ黒崎店」と
「長崎屋黒崎店」「八幡井筒屋(黒崎井筒屋)」(1979年)
    Denko
    「小倉井筒屋」の大型カラー電光掲示板『デカ電太』(1987年)
    ※手前:小倉東映会館(小倉東映シネマ1・2)Izutsuya1980_2
「小倉井筒屋」別館・駐車場棟(1980年代)※鴎外橋
Izutsuya1990
今は無き、別館・駐車場棟・電光掲示板がある
「小倉井筒屋」(1990年)※手前:小倉東映会館
     Wakamatsuizu
     1979年、若松「丸柏百貨店」は井筒屋と資本提携
     「若松井筒屋」に商号変更(1993年)
     Yamashiroya
     門司唯一の百貨店だった「山城屋」(1994年)
     Shinkan_2
     「小倉井筒屋本店新館」オープン(1998年)
Annex
「黒崎井筒屋」跡にオープンした「井筒屋ANNEX-1」(2002年)

兵庫屋(旧小倉市鳥町・1916年〜1920年)
かねやす百貨店(旧小倉市魚町・1920年〜1954年)※現ドラッグイレブン
平井屋山城屋(門司区本町・1931年〜1994年)
小倉井筒屋(小倉北区船場町・1936年〜営業中)
菊屋百貨店小倉玉屋(小倉北区室町・1937年〜2002年)
九州百貨店八幡丸物(八幡東区中央町・1932年〜1971年)
丸柏百貨店若松井筒屋(若松区本町・1938年〜1995年)
八幡井筒屋黒崎井筒屋(八幡西区黒崎・1959年〜営業中)
戸畑岩田屋(戸畑区中本町・1965年〜1982年)
黒崎そごう(八幡西区黒崎・1979年〜2000年)黒崎井筒屋
本城井筒屋(八幡西区光貞台・1981年〜1984年)太陽家具北九州西店
小倉そごう(小倉北区京町・1993年〜2000年)コレット
小倉伊勢丹(小倉北区京町・2004年〜2008年)コレット
コレット(小倉北区京町・2008年〜営業中)
(=建物が現存していない店舗)

                  Tamayalogo

 

«(おまけ)そごうマークについて