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〈追記〉小倉そごうメモリアル

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(1979年10月4日・西日本新聞)
「小倉そごう」の当初オープン予定は、「黒崎そごう」のオープンからわずか2年後の1981年。実際には遅れに遅れ、予定より12年後の1993年にオープンしました。しかも、わずか7年の短命。「そごう」が「小倉そごう」を計画し、小倉駅前に土地を取得したのは、実にオープンより24年も前の1969年のことでした。

小倉そごう社長水島広雄氏 20年余の苦労に感慨(トーク)
1990年4月20日
 「冷たい水で顔を洗ったようなすがすがしさ」と現在の気持ちを表現するのは、JR小倉駅前の再開発ビルに核テナントとして入居することになった小倉そごう(本社北九州市)の水島広雄社長。平成4年度中の完成を目指し19日に起工式を行ったが、ここに至るまでには地元商店街や寺院の根強い反対があるなど、実に長い道のりだった。「私どもが駅前に土地を取得したのは昭和44年11月27日午後11時35分」とメモも見ずにスラスラ。「半ばあきらめ、風化しかけていた土地で商売をやらせてもらう以上、博多に負けないよう頑張る」と決意を新たにしていた。

水島氏にとって「小倉そごう」はある意味、特別な店舗でもありました。

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「大宮そごう」にそっくりな
小倉駅前東地区市街地再開発ビル 初期案
※当所、小倉そごうと小倉駅ビル(現アミュプラザ小倉)を地下(街)で
 結ぶ計画も存在、経費や利害関係等で頓挫しました。
(小倉そごうシリンダー部分⇄現アミュプラザ地階レッドキャベツ付近)

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小倉駅前東地区市街地再開発ビル 建築模型(そごうネオンは未設置)

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小倉そごう 初期完成予定図

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小倉そごう カラーパース画
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小倉そごう モノクロパース画

小倉そごう会社概要

■商号 株式会社小倉そごう(英文 Kokura Sogo Co.,Ltd)
■店名 小倉そごう
■住所 北九州市小倉北区京町3丁目1番1号
■電話 093-512-2111(代表)
■営業時間 午前10時〜午後7時(地下1・1・2・3・4階は8時まで)
■年間休日 12日(原則として火曜日)
■設立 1988年11月28日
■開店 1993年10月10日(閉店2000年12月25日)
■内容 百貨店業および百貨店業に付随する事業
■資本金 1億円
■株主構成
     株式会社広島そごう30%
     株式会社千葉そごう25%
     株式会社柏そごう25%
     株式会社黒崎そごう20%
■建物面積 113,546㎡(地下3階・地上14階)
■店舗面積 43,774㎡(兼業面積7,161㎡)
■取引銀行 福岡銀行・西日本銀行・福岡シティ銀行他
■従業員数 正社員410名(男195・女215)・パート160名※2000年
■売上推移
     1993年=151億3000万円(93/10〜94/2合計)
     1994年=343億4000万円(94/3〜95/2合計) 
     1995年=399億4000万円(95/3〜96/2合計)
     1996年=428億0000万円(96/3〜97/2合計)
     1997年=432億8000万円(97/3〜98/2合計)※最高売上
     1998年=418億3800万円(98/3〜99/2合計) 
     1999年=394億9500万円(99/3〜00/2合計)
※小倉そごうは閉店間際まで実に年商400億円を計上していました…

小倉そごう歴代店長

◎初代店長 森  透 → その後、そごう大阪店店次長
◎二代店長 梶谷 方宏 → その後、船橋そごう店長(故人)
◎三代店長 福井 洋一 → その後、コトデンそごう店長(故人)
◎四代店長 垣内 龍介 → 破綻退職後、日報社長・スピナ常任監査役
◎五代店長 亀岡 伸吾 → 破綻退職後、ちまきや副社長・山口井筒屋店長

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(1993年4月1日・毎日新聞西部本社版夕刊)

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「小倉そごう」第1期生268名・「黒崎そごう」第15期生26名。
九州厚生年金会館大ホールで行われた最初で最後の合同入社式。
わずか7年半後に会社が破綻するとは誰も想像していませんでした。
しかし、破綻後の調査により、この時期、そごうグループの実体は
すでに債務超過に陥っており、仕掛かり物件とはいえ、
「小倉そごう」のオープンは無謀であったと言われています。

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「小倉そごう」オープン広告のメインビジュアル

咲かせたい、暮らしルネッサンス
人と人がふれあって、やさしくあたたかな気持ちが生まれてくるように。小倉そごうは、お客さまおひとりおひとりに心地よく充実した時を過ごしていただけるような店づくりをめざしました。楽しく快適な店内環境、上質な暮らしをご提案できる売場、あたたかいサービス、お役にたてる生活情報など、新しい生活を創造する百貨店として、皆さまの暮らしに上質な花を咲かせたいと考えます。
※TVCMと同時撮影。制作会社「株式会社電通」。



YouTubeにアップしました

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(1993年10月11日・朝日新聞西部本社版1面トップ)

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北九州市が1993年夏に実施した「街の中の色」人気投票でベストテン第3位に選ばれた「小倉そごうの外壁」。『街に花を咲かせよう』と桜の花をイメージして淡いピンク色に決められました。しかし、当初そごうは、初期完成予定図からもわかるようにピンクの度合いのもっと強いものを考えていました。さらに袖看板、懸垂幕スペースもかなり確保していました。ところが、北九州市より、市の玄関として「小倉そごう」だけが突出しないように要請があり、桜色が控えめになり、外壁北側と西側下部にあるそごう筆記体マークをひと回り小さくし、赤色から金色に変更。袖看板は取りやめ、懸垂幕の数を減らしました。なお、△▽模様はそごうの「まるちきり」マークをイメージしています。
※企画段階では、天候によって、外壁タイルの色が変わるというアイデアもありましたが、技術的・経費的に実現されませんでした。
※外壁タイルは、正面シリンダーを挟む2面がINAX製、裏側が地元TOTO製。

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JR小倉駅からモノレール軌道を入れた「小倉そごう」定番アングル。
ペデストリアンデッキ(人工地盤)を行き交う人々。
※後ろの破たんした「山一證券」ビルの看板が悲しい・・・
 小倉そごうビルには同じく破たんした「三洋証券北九州支店」もありました・・・


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屋上には「瘡守(かさもり)稲荷神社」がありました。
※江戸時代の寛永14年(1637年)に建立。天然痘や性病・皮膚病感染を
 避けるための疱瘡神(ほうそうがみ)。商売繁盛の神。


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小倉そごう 夜景(壁面全面に動くイルミネーション)

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イッツ・ア・スモールワールド時計
オフィシャルスポンサーだった「東京ディズニーランド」の
アトラクション『it's a small world』をモデルにしたからくり時計。
「千葉そごう」と並んでグループ最大級の大型時計でした。
午前9時と午後3時の文字盤の位置に
小倉オリジナルの「小倉祇園太鼓人形」を設置。

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小倉そごうの階段壁面装飾
1995年「日本の空間デザイン」奨励賞を受賞。
(福岡在住の画家・イラストレーター土器修三氏の作品)

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3つの滝と吹き抜けが開放的な10階「UCCカフェプラザ」

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12月25日に閉店が決まった日(2000年10月25日)

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2000年12月25日 2階正面玄関

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Kokura
2000年12月25日 小倉そごう閉店(中央:最後の店長 亀岡氏)

主な催事(ほんの一部)

●開店記念 大ヴァチカン展(1993年10月20日〜31日)

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●開店1周年記念 アイルトン・セナ展〜FOREVER〜
 (1994年10月4日〜10日)※フジテレビ主催
●今田美奈子お菓子展「バレンタインお菓子物語」(1994年2月9日〜14日)
●安田早葉子染め花展(1994年3月2日〜7日)
●仮面ライダーワールド(1994年3月23日〜28日)
●第1回加賀百万石名品展(1994年4月6日〜11日)※毎年開催
●エルンスト・ハース展(1994年4月27日〜5月9日)
●ねむの木の子どもたちとまり子美術展
 (1994年5月3日〜9日・1997年4月29日〜5月5日)
●華道新池坊創流85周年記念花展(1994年11月16日〜22日)
●服部早苗ジャパンキルト展(1995年2月8日〜20日)
●ひらけ!ポンキッキ チャイルドパーク(1995年3月28日〜4月10日)
●宮川大助・花子日本昔ばなし絵画原画展(1995年5月2日〜8日)
●小倉そごうの不思議水族館(1995年8月15日〜20日)
●開店2周年記念 後藤純男展(1995年9月26日〜10月8日)
●開店2周年記念 ザ・ビートルズ展(1995年10月10日〜23日)
●世界のテディベアコレクション展(1995年11月28日〜12月11日)
●中島みゆきストーリー展(1996年5月22日〜27日)
●与 勇輝展(1996年7月16日〜29日)
●開店3周年記念 宝塚歌劇展(1996年10月3日〜14日)
●開店3周年記念 ウェッジウッド・ミュージアム秘蔵の名品展
 (1996年10月15日〜21日)
●アプリケ芸術50年 宮脇綾子遺作展(1997年7月16日〜28日)
●スイス サン・クロワ博物館所蔵 世界のオートマタ展
 (1997年9月23日〜10月6日)
●山下 清展(1997年12月10日〜22日)
●大恐竜展(1997年12月〜1月1日)
●アニエス ベー エトセトラ・・・!(1998年10月7日〜19日)
●開店5周年記念 野村万作・萬斎 三番曳・初の競演
 (1998年10月15日/九州厚生年金会館)
●新春いけばな展(1999年1月20日〜25日)
●カシニョール展(1999年2月11日〜14日)
●なかよしフェスティバル(1999年8月13日〜19日)
●華道新池坊創流90周年記念花展(1999年11月17日〜22日)

小倉そごうは復活の可能性がほんの一瞬ありました・・・

小倉そごうは破産手続きへ
2001/02/26
福岡銀行の寺本清頭取は26日の会見で、融資先の小倉そごう(北九州市)の経営再建問題について「(そごうグループが)小倉そごうの再生は不可能と考えており、破産手続きに移行せざるを得ない状況にある」との見方を示した。同グループは、黒崎そごう(同市)についても破産手続きに移る方針を固めており、小倉、黒崎の両店舗が営業を再開する可能性は事実上なくなった。寺本頭取によると、そごうグループから2月16日、小倉そごうの営業再開で協力を求められたが、わずか一週間後には同グループが再開を断念した。同グループはまた、地元財界などによる小倉そごうの会社更生法適用申請も可能との見方を示したが、寺本頭取は「経営責任を地元に転嫁するもの」と強く批判、申請する考えがないことを強調した。 民事再生法に基づく両店の再生計画案提出期限は3月9日に迫っているが、同グループは「再建が困難と判断している以上、小倉そごう単独で会社更生法の適用を申請しても裁判所は認めない可能性が高い」としているという。 ただ、寺本頭取は地元で浮上している「持ち床会社」によるテナント誘致構想については「できる範囲でバックアップしたい」と協力する考えを示した。

余談ですが「小倉そごう」跡には、その後に出店した「小倉伊勢丹」ではなく、先に「大丸」が出店意向を示していました。「下関大丸」「小倉大丸」「博多大丸」「長崎大丸」の北部九州流通ネットワークの構築が目的でした。小倉そごうビルにおける、複雑な地権者問題をクリアすることが困難と考え、頓挫したと言われています。

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