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日本最大の百貨店 そごうの実像1

Nikkei

 

日経ビジネス 1992.11.09

 

立地も規模も常識破り地域一番店への執念

 

「そごうが1991年度グループ売上高で,百貨店日本一に」--。日本一の百貨店は高島屋か三越とばかり思っていた人には,にわかに信じられない事実だろう。それほどそごうの日本一達成は足早に,そして静かにやってきた。
 下のグラフは百貨店主要4社(そごう,高島屋,三越,西武百貨店)の過去5年のグループ売上高を表したものだ。87年度では4番目に位置していたそごうのグループ売上高が大きく伸長,ついに91年度で約1兆4000億円と他社を引き離した。
 82年2月期には3500億円足らずだったグループ売上高は10年間で4倍の急成長を遂げた。「流通の雄」と呼ばれたスーパーを見ても,この10年間ではダイエーグループの売上高が約2.5倍,イトーヨーカ堂グループが約3.6倍だから,「老年期を迎えた」とも評される百貨店業界の中にあって,そごうグループの急成長は驚異的といえる。
 それを支えたのがおう盛な新規出店だ。過去5年間に海外を含め15店を出し,現在35店に達している。同時期の高島屋の出店数3店,三越の4店(小規模店舗を除く)をはるかに上回るペースだ。
 海外では84年に開店したタイそごうを皮切りに,シンガポール,インドネシアなど東南アジアに大型店を重点展開している。日本人観光客の「土産物店」にすぎなかった百貨店の海外進出を革新,百貨店大手の東南アジアでの大型店ブームに火をつけた。

繁華街の外れに巨艦店舗複雑な共同出資で立ち上げ

新規出店はすべて別会社の形態をとっている。上場しているそごう本社と各グループ企業の資本関係は薄く,連結決算の対象にもなっていない。しかも新会社は千葉そごうや広島そごうなどグループ企業が中心となって共同出資するため,12ページのような複雑な出資相関図が出来上がる。これでは外部の目に「えたいの知れない企業」と映るのも無理はない。
 水島広雄社長自身,「それぞれの店が自主独立で頑張ることを基本にしているから,グループ全体の売り上げにはこだわっていません」と話す。実態もよくつかめぬまま日本一の座へ駆け上がったそごうの姿は,百貨店業界の中でも“異端児”と呼ぶにふさわしい。
 社員構成を見てもそごうの異端ぶりがうかがえる。そごうの場合,問屋の派遣社員が多く,自社店員の比率が他の百貨店に比べて低い。
 愛媛県松山市では,いよてつそごうと三越松山店が,同規模の店を隣接した場所に構えている。両店に納入している業者によると「そごうは社員1人に派遣社員が2.5人いる。三越は0.6人程度で大きな差がある」という。急ピッチの多店舗化で不足する人材を,外部の力も総動員して補っている。
 常識破りなのは出店ペースや社員構成だけではない。とても一等地とは呼べない,繁華街から外れた場所にそごうは店舗面積3万平方メートル以上の「巨艦店」を作ってしまう。
 例えば,74年に開店した広島そごうは広島市の商業中心地・八丁堀から約1キロメートル離れた基町にある。開店当初は人通りも少なく,初年度売上高は123億円と惨たんたる状況だった。
 売り場面積は1万平方メートル足らずで開店したが,その後増床を重ね,9年後には3万平方メートルを超えた。さらにバスターミナルが店舗の3階に併設されると,市内から人が集まり,状況は一変した。飛躍的に売り上げが伸び,91年度で821億円を記録。そごうの集客力に目を付けて専門店などが周辺に相次いで建ち,現在では八丁堀と並び「そごうタウン」と呼ばれる繁華街を形成している。
 東武百貨店の山中社長はそごうを百貨店を近代化した“ターミナル型百貨店”と評する。「新興住宅地を背景に持つ地域や交通の要所に出店して人を集めている」。ここ10年で住宅地がさらに郊外へ広がり,百貨店の立地条件は変わりつつある。そこへ真っ先に目をつけたのがそごうだった。
 この哲学を水島社長は“漁礁理論”と命名している。漁礁とは,魚を集めるために海底に沈める廃船のこと。「小さい漁礁をつくっても,魚は来やしません。逆に100倍の大きさの漁礁をつくれば,1万倍の魚が集まってくる。百貨店も同じ。都心の狭い土地に建てるよりも,少し不便でも大きな店を建てる方がお客様は集まるのです」(水島社長)。

地元商店街活性化へ5億円一度決めたら必ず出店する底力

もっとも,いくら巨艦店主義を掲げてみても出店できなければ,しょせん「絵に描いたモチ」に過ぎない。そごうの強さは,一度決めたら必ず実現する「政治力」にある。今年4月にオープンした福山そごうはその典型例だ。
 広島県福山市は周辺市町村を含めると商圏人口が80万人とも100万人ともいわれる。百貨店は天満屋福山店の1店しかなかったため,そごうにはぜひとも出店したい地域だった。
 新店の場所は福山駅から西へ400メートル離れた西町にある山陽染工(本社福山市)の工場跡地。周囲には住宅が立ち並び,商店がほとんどない。そこにそごうは売り場面積3万4400平方メートルという中国地方最大の店を出した。
 88年,福山市と商工会議所に出店計画書を提出。福山の商業発展を掲げた商工会議所の支持を受け,そごうは出店に向けて大きく踏み出した。
 ところが,駅前の東地区にある商店街が「そごう進出は死活問題」と一斉に反対。約2年にわたる反対運動の末,最終的に出店を決定づけたのが,そごうによる5億円の基金だった。
 「福山そごうが銀行に5億円を10年間預託,その利子を商店街振興組合連合会が商店街の活性化のために使うかわりに出店には反対しない」という協定が,そごう,小林政夫・商工会議所会頭(現名誉会頭),同副会頭でもある鍋島喜八郎・商振連会長の間で成立,以後,反対運動は沈静化した。
 鍋島副会頭は「昨年は商店街の人間でヨーロッパの主要都市の商業施設を見学してきた。今では反対する人はほとんどいない」と話す。地元の商店主は「もう昔の話だから」と口を閉ざす。
 福山そごう出店で地元が揺れている時,さらに周囲を驚かせたのは,そごうが福山で2店目を出す意向を表明したことである。
 福山駅前にある伏見町の再開発計画が浮上,商業施設のキーテナントをめぐり,そごうをはじめ天満屋,西武百貨店,近鉄百貨店が名乗りをあげた。90年11月,最終的に伏見町市街地再開発準備組合はキーテナントをそごうに決定した。事前商業活動調整協議会で西町への福山1号店の出店が決定して,わずか半年後のことである。
 もっとも伏見町の場合,商店主など地権者が200人以上いるとみられ,「再開発が動き出すのは21世紀」という見方が大勢を占める。「もし伏見町に他社が出店すれば,西町のそごうは致命的な打撃を受ける。他社の進出を阻止するため“生命線”である伏見町を押さえた」とみる関係者もいる。
 確かに300億円以上を投資して完成した福山そごうの豪華な外観から,もう1店舗できるとは考えにくい。しかし,あくまでも地域一番店にこだわるそごうの基本戦略からすれば,当然の防御策といえるかもしれない。

堺市進出も10年越しで実現へ「40店舗達成」はほぼ確実

大阪・堺市の南海電鉄・中百舌鳥(なかもず)駅前への出店をめぐる争いでも,そごうは底力を見せつけた。
 中百舌鳥地区は人口約17万人の泉北ニュータウンを背景に擁し,将来の発展が見込まれるため,大阪府と堺市が「副都心計画」の中心地と位置づけている。82年に「中百舌鳥駅前土地区画整理事業」が認可され,駅前11.3ヘクタールの土地が区画整理の対象となった。
 そごうの井上盛市副社長は「当時の我堂武夫市長から『核店舗として出店してほしい』との要請を受けて,土地の取得を開始した」と言う。しかし,84年に我堂市長が死去,後ろ盾を失う。西武百貨店,阪急百貨店が相次いで名乗りをあげ,そごうの出店は暗礁に乗り上げた。
 87年に地権者で組織する中百舌鳥駅前共同事業準備組合が発足。「組合上層部は西武支持派が多く,そごうを締め出した」と関係者は内幕を語る。88年にはコンペが実施され,結果は阪急,西武,そごうの順となったが,最終的に組合がテナントに決定したのは西武だった。
 出店への執念を燃やすそごうは,その後も地権者から土地の取得を続けて巻き返しに出た。「共同事業でテナント料をもらうか,そごうに土地を売るかをめぐって地権者間で対立が生じた」(関係者)。この混乱に乗じて,そごうは「選考過程に問題があった」と異議を申し立て,結局,91年3月には組合の決定を白紙に戻した。
 組合は今年3月,調整役を堺市に委任。堺市は「テナントが西武に決まった時,組合には地権者の半数しか加入しておらず,地権者であるそごうも参加できなかった。本来は全員で決めるべきだ」との姿勢を打ち出し,調整を再開した。そごうは9月に「中百舌鳥そごう開設準備室」を発足,出店に向けて体制を固めた。
 9月末には西武が景況悪化を理由に辞退し,そごう進出が事実上,決まった。10月には市と地権者との集会でそごうの出店が満場一致で正式に可決された。10年越しの執念がようやく実を結んだ瞬間だった。
 バブル時代に出店攻勢をかけてきたそごうだが,景気後退色が明確になってきた今年6月,水島社長は「現在進行中の店舗は除き,出店をスローダウンする」と内外に宣言した。中百舌鳥店についても,「時期は遅れそうだ」(水島社長)という。
 だが,当面の計画を見る限り,とても出店にブレーキがかかっているとは思えない。来年以降,決まっている店だけでも千葉新店,広島新館,北九州の小倉,香川県・高松など5店以上に上り,40店舗達成はほぼ間違いない。それどころか「50店舗」体制さえそう遠い話ではないようにみえる。

用地取得→巨額借り入れ→出店→含み益で累損一掃
土地神話崩れ,そごう流「錬金術」に陰り

急拡大を続けるそごう--。外からみて大きなナゾは,その資金調達方法だ。次々と大型店を立ち上げるカネをどこから持って来るのか。グループの全容がつかみにくい上に,水島社長のカリスマぶりが喧伝(けんでん)されている。そこから「錬金術」「水島担保」と言われ,金融機関に巨額の融資を認めさせる特別の手法でもあるのではないか,との憶測が生じている。

開店の話が出る前に安値で用地取得グループ挙げ新会社に債務保証

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「錬金術」の中身を詳しく見てみよう。スタートは用地の取得だ。85年に開業した横浜そごうの場合,69年に「株式会社横浜そごう」を設立した。その前後から,出店に備えて土地を物色し始めている。「同じころに広島や千葉でもダミー会社が用地を取得した。開店の話が表に出る5年前には,土地の買い付けに着手しているようだ」と関係者は指摘する。土地は店舗用,社宅用など可能な限り手当てする。
 「駅裏で人気もなく,海に面した場所に出すと決めた時は,不動産業者から『魚相手に商売するのか』と言われた」(横浜出店にかかわった元そごう社員)。それだけに購入価格は安かった。「千葉の土地は,平均で坪(3.3平方メートル)130万円程度で買ったはず」(そごう役員)。これが錬金術のタネになる。
 用地取得と並行して,グループ各社の出資で新店を運営する新会社を設立する。資本金は1億円程度なので大きな負担にはならない。
 地元との調整を経て,いよいよ出店だ。ここでグループ各社の力が発揮される。上場しているそごう本社や,すでに独り立ちしたグループ企業の債務保証によって,新会社が極力低利で金融機関から借り入れできるようにする。
 再び横浜そごうを例にとる。85年9月,日本一の売り場面積を持つ百貨店(当時)としてオープンしただけに,開店資金は約590億円と,当時としてはケタ外れで,日本興業銀行を中心に23行が協調融資した。信用の裏付けになったのは,そごう本社の債務保証だ。85年2月期には195億円だった横浜そごう向けの債務保証は,翌年には741億円へと膨れ上がった。
 開店後しばらくは初期投資の負担が重く,赤字がたまっていく。資本金が少ないのであっという間に債務超過になる。普通の企業ならば借り増しはできないが,グループの債務保証が付いているし,直接グループ企業から借り入れることもできる。グループ内でも「債務超過が理由で,責められることはまずない」(ある店長)という。
 やがて,地域で一番大きな店は集客力を発揮,それとともに売り上げが伸び,借入金の金利を払っても単年度で利益が出るようになる。この報告を毎月の店長会議で発表するのが,そごうグループの店長にとって最も晴れがましい瞬間だ。
 最近では87年にオープンした大宮そごうが,今期で単年度黒字達成が確実になり,店長は横浜そごうで開かれた店長会議で「全国の店長から盛んな拍手を浴びた」(他店店長)という。 期間損益が黒字に転じ,安定して利益を稼げると判断した段階で,店舗や土地の自社保有にこだわったことが生きてくる。保有する土地などを,時価に評価替えしていく。取得時にはぺんぺん草の生えていた土地も,そごうの出店で地域一の商業地になっており,時価と簿価の差,つまり含み益は膨大になっている。

損益黒字化後に不動産評価替え「300億円程度の累損は消せる」

この含み益をさまざまな方法で生かして,開店以来たまった累積損失を相殺してしまうのだ。不動産の保有会社を合併,資産の再評価を行うなどの手法もとられている模様だが,累損の一掃という狙いは同じ。「仮に累積損失額が200億円から300億円程度のものならば,不動産の評価替えで大体消してしまいます。大宮は来年には消えるでしょう」(水島社長)。昨年末に大宮そごうは,柏そごうの系列とみられる不動産管理会社,エスアンドエム(埼玉県大宮市)を合併した。これは,黒字化を見込み,累損を一掃する準備とみられる。
 グループの債務保証の裏付けと,地価を上げて赤字を吹き飛ばす能力があるからこそ,金融機関も新会社に安心して巨額の貸し付けをする。まさに百貨店と言うよりデベロッパーの手法だ。
 併せて本社などの債務保証が外される。独り立ちできる店になったという証明だ。大宮そごうで見ると,黒字化を機に,前期末で387億円あった本社の債務保証が,この8月中間期にはゼロになった。
 開店から期間損益黒字,累損一掃までは「5~6年が望ましい」(財務担当の中沢幸夫副社長)。税務上,損失は5年間繰り延べできるので,土地の益出しを無税で実施して累損を消せる。また,売却益を出しすぎて課税されないよう,累損に見合う分だけの土地を分筆してから売却するなどの工夫も行う。
 土地を使った節税策は,一見,西武鉄道グループと同じという印象を与える。しかし西武が申告所得を極力抑えようとするのに対し,そごうはそれぞれのグループ会社が利益を計上し,「税金を払って地域に還元するのが最終的な目的」(そごう役員)。実際,千葉,柏などのグループ企業は経常利益を上げ,税金を支払っている。
 累損が消えるとはいえ,これはあくまで帳簿上の操作で,巨額の借入金が消えるわけではない。しかし,金融機関にしてみれば債務超過の会社と,累損ゼロの会社とでは貸付先の評価という点では天と地ほどの差がある。これでこの会社は自前の資金調達力を持ち,新会社への債務保証,資金供給が可能になる。一つのサイクルが完了し,次の拡大再生産が始まるわけだ。
 債務保証ができるまでに育った企業は,本社を別にして「千葉,柏,広島,黒崎,徳島などの各社」(そごう役員)。かつては本社と千葉だけが債務保証をしていたため,両社の保証額はピーク時3000億円前後まで達したが,地方のいくつかの店が育ったので分散できるようになった。
 85年以前に出店したところでは船橋そごうを除き黒字になっている。また,今期中には大宮に加え,呉そごうも黒字化する見通しという。
 仮に出店をそごう本社の支店としてやっていたら,一つの店が立ち上がるまでの損失が,すべて本社の決算に反映してしまう。そごう本体の利益(前期末で当期利益55億6000万円)では,横浜クラスの出店をカバーしきれず,赤字転落となって,資金調達の道が閉ざされる可能性すらある。グループ各社の株式を分散,本体の連結対象から外しているのも,連結決算への悪影響を避けるとともに,新店のリスクを本社と切り離すためだ。
 「最初はそんなやり方では成功しないと業界で随分笑われました。今は全部の百貨店が,そごう方式で別会社でやっている。笑っていた人が,ノウハウを知りたいと頭を下げてきますよ」(水島社長)。

地価下落,冷え込む消費銀行は未利用地の売却要請も

平成景気はそごうの出店方式にとって,またとない追い風になった。金融の超緩和で低コストのカネを借りやすくなり,地価上昇で含みが増えた。さらに消費が過熱し,売り上げも急増。そごうグループはこの間の大量出店をテコに,ついに百貨店売上高日本一の座についた。
 しかし皮肉にも,日本一になったとたん風向きは変わった。銀行は融資に慎重になり,地価は下落し,消費は冷え込んでいる。
 もちろん環境の悪化はそごうに限った話ではない。しかし,そごうの日本一達成の原動力になった新店のいくつかは,建設費が高騰した時期に建てたため,初期投資が膨らんでいる。
 「土地は昔手に入れたものだから助かっている。建築費が予想外に高くなりました。大宮までは5年から6年で期間黒字にできたが,新しい店は期間黒字が出るまで7年から8年になるかな。2,3年遅れそうです」(水島社長)。
 バブル後遺症などで銀行が新規の融資に慎重になっているのも気がかり。そごう本社だけでも長短借入金は前期末で1190億円。グループ全体での借入金は,「海外を含めて1兆円強」(取引金融機関)という。店舗の拡大再生産システムは,裏返せば借入金の拡大再生産にほかならない。
 「記者会見で,時勢がこうだから,仕掛かり品だけは完成して新規出店は一服すると言ったら,そごうは行き詰まりとか報道された。冗談じゃありません」(水島社長)。
 しかし金融機関の見方が徐々に厳しくなっているのは事実だ。ある銀行は「既存店分の借入金は,返済に使える現金収入があるから心配ない。しかしいつ着工するか分からない増床や新店予定地は整理した方が良い」と語る。
 そごうは開店・増床の用地を先行して取得するため,まだ使っていない細切れの土地をかなり所有している。「含み益は軽く1兆円を超える」(取引銀行)というだけに,未利用の土地を売却し,少しでも借入金を減らすように要請しているわけだ。

新規出店の減速,効率化逆風下,拡大から内部固めへ

 そごう流の「錬金術」が限界に来はじめたことは同社が最もよく知っている。土地の含み益が膨らむという前提が崩れ,事業利益で累損を消すしかなくなれば,過大な借入金は重荷になる。
 「行政とか町の有力者とかみんな頼んで来るんです。義理人情もあるけれど,採算主義でいかないと生き残れない。だからそろばんに合わないところはお断りしております」(水島社長)。
 そごうグループの財務内容は,実はこれからさらに苦しくなる。千葉の新店,小倉そごうなど「仕掛かり品」の開店でさらに資金が必要になるためだ。「借入金の額は94年2月期がピーク」(取引銀行)になりそうで,総額は1兆2000億円程度に膨らむ可能性がある。
 「今が一番つらい時。合理化がうまくいき,借入金が減り始めれば,95年2月期から楽になるはず」(取引銀行)。
 厳しい環境に直面し,そごうは新規出店を減速する傍ら,グループを挙げて効率化に取り組み始めている。「特別なものではなく,総利益率の改善,経費の節減,在庫や売掛金を圧縮し資金効率を向上するなど,基本的な点の徹底を図る」(中沢副社長)。
 上のグラフで分かる通り,正社員を多重活用しつつ派遣社員が多い人員構成が効いて,売上高販売管理費比率こそ他社に比べ優れているが,売上高総利益率は平均を割っている。そのほかの指標も水準以上のものはない。日本一の百貨店チェーンを築きながら,仕入れ力の向上などチェーンのメリットを十分に享受しているとはいい難い。
 土地神話は崩壊し,これまでのそごうの手法は通用しなくなってきた。「今回ぼくは水島君を見直したよ。しばらく出店をストップすると言ったからね。進む時は楽,引く時は難しい。水島君はそれを実践した。これは勇気のいることだ」。水島氏の出身母体,興銀の中山素平特別顧問はこう語る。土地を根幹に置いた日本経済の仕組みが変わり始めている時に,それとともに伸びてきたそごうもまた拡大から内部固めへと変わらざるを得ない。

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水島廣雄 氏


  • Mizushima_5

    1912年4月15日京都府舞鶴市生まれ。元そごうグループ代表(本社会長・社長/グループ各社会長・社長・相談役)。元中央大学顧問(兼理事・評議員)。元東洋大学名誉教授(兼理事)。元大東文化大学理事。法学博士。1936年に中央大学法学部を主席で卒業後、日本興業銀行に入行。東北支店(当時福島市)に配属。1939年本店証券部信託課に転勤。融資課長、発行課長、証券部次長、中小工業部次長、特別調査室部長待遇考査役と歩み、その後、そごう副社長に就任。1953年に学位論文「浮動担保(フローティング・チャージ)の研究」で法学博士号を取得。第5回毎日新聞学術奨励賞受賞。この論文が1958年に「企業担保法」という法律に結びつく。中央大学では1963年から70歳の定年になるまで20年間、週2コマの銀行信託論を教えた。東洋大学では1956年から27年間、週5コマを教えた。なお、中央大学では理事長職・総長職への打診を9回断っている。2014年7月28日心不全のため死去。享年102。
    ●1958年 副社長就任
    ●1962年 社長就任
    ●1982年 (ヴァチカン最高位勲章受章)
    ●1988年 (経営者賞受賞)
    ●1988年 (ヴァチカン最高位勲章受章)
    ●1989年 (新技術開発財団会長就任)
    ●1990年 (近畿百貨店協会会長就任)
    (日本百貨店協会副会長就任)
    ●1993年 (ヴァチカン最高位勲章受章)
    ●1994年3月 会長就任
    ●1994年 (エンコミエンダ勲章受章)
    ●1998年 (レジオン・ドヌール勲章受章)
    ●2000年4月 会長(全役職)辞任

山田恭一 氏


  • Yamada

    1928年3月31日兵庫県生まれ。1952年京都大学農学部卒。同年そごう入社。以後20年間にわたり人事・労務畑一筋。元そごう社長。元そごうグループ経営会議議長。2010年7月2日肺炎で死去。享年82。
    ●1952年 そごう入社
    ●1970年 取締役
    ●1974年 常務取締役
    ●1976年 兼神戸店長
    ●1979年 専務取締役
    ●1988年 副社長就任
    ●1989年 そごうインターナショナルデベロップメント社長就任
    ●1993年 神戸店管掌
    ●1995年 神戸店復興本部長・海外事業専担管掌
    ●1997年 監査室管掌
    ●1999年1月 社長代行・営業本部長
    ●1999年4月 社長就任
    ●2000年7月 社長辞任

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十合呉服店〜戦後


  • Kane_chikiri

    Sogo_seika

    きぬや (十合伊兵衛 生家)

    大和国十市郡十市村(といちむら)。現 奈良県橿原市十市町。絹屋徳兵衛の子、伊兵衛生家。農業のかたわら呉服の行商を営み、屋号を「きぬや」、商標として「かねちきり」を用いていた。

  • Maru_chikiri

    Yamatoya_map

    大和屋(やまとや)

    1830年大阪・坐摩神社の南隣りに古手商(古着屋)として開店。現 大阪市東区渡辺町。(写真は江戸時代の坐摩神社界隈/摂津名所図絵)

  • Sogo_osaka1877

    十合呉服店 大阪本店

    1877年大阪市心斎橋筋1丁目に開店。「大和屋」の屋号を廃し、「呉服太物帯地類扱 十合呉服店」と改めた。1894年移転拡張開店(写真)。

  • Sogo_kyoto1885

    十合呉服店 京都支店

    1885年7月京都市錦小路通に開店。翌年、京都市四条室町東(四条烏丸)に移転。1898年増築(写真1900年)。
    ※1940年閉店(十合呉服店 大阪本店に吸収)

  • Sogo_kobe1899

    十合呉服店 神戸支店

    1899年神戸市相生町に開店。1901年神戸市元町五丁目に移転(写真1905年)。
    ※1933年閉店(のち三宮に移転)
                

    Chikiriyaeriten1894

    別家 ちきりや襟店

    1894年十合呉服店大阪本店旧店舗跡(鰻谷角)に開店。半襟小物の店(写真1926年)。
    ※1943〜45年閉店
                

    ちきりや茶店

    京都市三條通新町。
                

    十合洋服店

    1906年坐摩前の大和屋跡に開店した紳士服専門店。1909年心斎橋筋2丁目に移転。1910年心斎橋筋1丁目の十合呉服店の真向かいに移転。165平米。
    ※1923年閉店(十合呉服店 大阪本店に吸収)

  • Sogo_osaka1908

    十合呉服店 大阪本店

    1908年、当時では最新式の耐火土蔵づくり2階建ての店舗を新築開店。
    ※現在の竹中工務店施工。

  • Sogo_chirimen1919

    十合呉服店 丹後縮緬工場

    1919年開業。丹後山田。現 京都市与謝郡野田川町石川。十合呉服店 京都支店管轄の直営縮緬(ちりめん)工場。
    ※1939年閉鎖
                

    Sogo_osaka1918

    十合呉服店 大阪本店

    1918年新店舗開店。鉄筋コンクリート造り。地下1階・地上4階。4,095平米。大阪の業界で初めてエレベーターを設置した。
                

    Sogo_kobe1933

    そごう神戸支店

    1933年三宮にターミナル百貨店として新築開店。大林組施工。地下2階・地上7階。10,164平米。オープン時のキャッチフレーズは「神戸そごうの新しき店、新しき品、充実せる百貨」。広告に平仮名「そごう」の表示を使い始める。
                

    Sogo_osaka1935

    そごう大阪本店

    1935年新築開店(第二期工事完成)。村野藤吾設計。大倉土木施工(現在の大成建設)。地下3階・地上8階。31,697平米。国内初のヌードエスカレーターを採用。オープン時のキャッチフレーズは「お遊びに、お買物に」。

  • Sogo_beijing1939

    十合公司 北京出張所
    (中華民国)

    1939年開設。中国・北京市南玉帯胡同。十合公司(そごうこんす)。1941年北池子二条に移転拡張。1943年北京・南順城街の製粉工場を買収。主な販路:北京・長江口・青島・石家荘など。十合商事部管轄。
    ※1945年閉鎖

  • Sogo_kankou1939

    十合公司 漢口出張所
    (中華民国)

    1939年開設。中国湖北省・漢口(現在の武漢)江漢路。1940年出光洋行と代理店契約。1941年現地の資生堂・兼松・大倉商事と共同出資で歯ブラシ製造工場建設。1943年日綿実業と代理店契約。主な販路:漢口・黄陂・新難口など。十合商事部管轄。
    ※1945年閉鎖
                

    十合公司 奉天出張所
    (満洲国)

    1940年開設。中国奉天省・奉天(現在の瀋陽)大和区千代田通。営外酒保に対する商品納入。主な販路:奉天・新京・チチハル・ハイラルなど主要都市30数カ所。十合商事部管轄。
    ※1945年閉鎖
                

    十合公司 遼陽出張所
    (満洲国)

    1941年開設。中国奉天省・遼陽。東京陵(とうけいりょう)の関東軍第917部隊内(満洲最大の兵器製造工場・南満工廠に駐屯)。1942年軍用地を利用して農場経営。十合商事部管轄。
    ※1945年閉鎖
                

    十合公司 上海出張所
    (中華民国)

    1944年開設。中国・上海市広東路(現在の上海市黄浦区)。物資仕入れ・中継拠点。十合産業部管轄。
    ※1945年閉鎖
                

    十合 実務女学校

    戦前に開設。高等小学校を卒業した二十歳未満の女子店員用の補修教育機関。私立青年学校令に準拠した実務学校。
    ※閉鎖年不明

  • Sogo_honbu1946

    本部・そごう卸商品館

    1946年開店。大阪市西区土佐堀通。大同ビル1階(卸商品館)・2階(本部)。のち十合商事管轄。
    ※1950年閉店
                

    そごう東京出張所

    丸の内の東京建物ビル内に1948年開設。東京都千代田区。
    ※1957年閉鎖
                

    十合 大阪ユニバーサル・ストア

    卸商品館1階ホールに1950年開店。在日外国人に対し洋服地・木綿生地・食料品などの輸入商品を販売。
    ※1952年閉店
                

    Sogo_nanba1946

    そごう難波店

    1946年開店。大阪市南区難波。2,523平米。村野藤吾設計。ストアコンセプトは「生活必需百貨の店」。
    ※1963年閉店
                

    Sogo_ichiba1946

    そごう全国食品市場

    1946年開店。大阪市北区梅田。鉄道弘済会営業委託。
    ※1952年閉店
                

    Sogo_umeda

    梅田そごうステーション・ストア
    (そごう梅田店・そごう梅田食堂)

    全国食品市場閉鎖後、跡地に1952年開店。
    ※1956年閉店(のち十合商事に委譲し、飲食店として開店)

  • Sogo_kosei_depo

    そごう百貨更生デポー

    1946年開店。大阪市北区梅田。416平米。衣料・雑貨・日用品・更正品の販売。
    ※1950年閉店

  • Sogo_abeno1947

    食品市場 そごう阿倍野店

    1947年開店。大阪市阿倍野区阿倍野筋。891平米。1階食料品・2階喫茶食堂。村野藤吾設計。
    ※1951年閉店
                

    Sogo_osaka_1952

    そごう大阪店

    1952年接収解除・再開店。再開店を期してそごうは本支店の呼称を廃した。「大阪本店」を「大阪店」に、「神戸支店」を「神戸店」に変更した。
                

    Sogo_tokyo_1957

    そごう東京店

    1957年開店。村野藤吾設計の新築「読売会館」の大部分を賃借。
                

    Sogo_chiba1967

    千葉そごう

    1967年開店。塚本大千葉ビル内。別会社方式によるそごうグループ多店舗化1号店。
                

    Sogo_kobe_mitsui

    そごう神戸店

    1969年増築開店。株式会社設立50周年記念事業。
                

    Sogo_osaka1969

    そごう大阪店

    1969年増築開店。株式会社設立50周年記念事業。
                

    Sogo_paris

    そごうパリ事務所

    1978年開設。フランス・パリ。イル・ド・フランス モンテベロ通り。
    ※閉鎖年不明

そごうグループ国内店
(破綻前)


  • Sapporo_pers

    札幌そごう

    1973年11月2日会社設立。1978年9月1日開店。第8号店。29,728平米。1988年増床。資本金4億円。売上高325億円(1998年度)。札幌市中央区北五条西2-1。国鉄札幌駅前の再開発事業の一環として、総床面積10万平米、北日本最大級の規模を誇る、札幌ターミナルビル「エスタ」の核テナントとして出店。1階にはバスターミナルを内包し、地下鉄およびJRの札幌駅とも直結。その商圏は札幌だけにとどまらず、小樽、千歳、苫小牧などを含み、広域的な動員力を持っていた。シンボルゾーン「北海道の幻想(伊藤隆道作)」。オープン時のキャッチフレーズは「でっかい、そごう」。
    ※2000年12月25日閉店:現 札幌エスタ

  • Yurakucho_pers

    そごう東京店
    (有楽町そごう)

    1957年5月25日開店。第3号店。15,275平米。資本金144億4千万円(本社)。売上高168億円(1998年度)。東京都千代田区有楽町1-11-1。首都圏進出の1号店として開店。アメリカ映画「ラスヴェガスで逢いましょう」からヒントを得た「有楽町で逢いましょう」のキャッチフレーズで知られ、開店日は雨の中を約30万人の客が押し寄せた。正面入口に、天井から床に向け風を送って外気を遮断する「エア・ドア」を導入したり、昇りと下りのエスカレーターをX字型に設置するなど、目新しい設備も話題となり、若者たちの待ち合わせ場所にもなった。女子店員の人気も高く「伊勢丹ボーイに、そごうガール」という言葉も生まれた。しかし、都道と市道にはさまれた狭小の三角店舗は、基本的なキャパシティに最後まで悩まされ続けた。1991年に東京都庁が新宿に移転。バブルの崩壊と長引く不況のなかで業績がさらに悪化した。1994年より業界初の日曜定休を導入し話題となった。シンボルゾーン「クリスタルシンボル柱」。
    ※2000年9月24日閉店:現 ビックカメラ有楽町店

  • Kinshicho2_pers

    錦糸町そごう

    1991年会社設立。1997年10月22日開店。第42号店。31,350平米。資本金1億円。売上高149億円(1998年度)。東京都墨田区錦糸2-2-1。1995年2月一時出店断念。同9月出店再開。オフィスビル、マンション、ホテル、商業棟からなる錦糸町駅北口「アルカタワーズ錦糸町」に開店。そごうグループにとって東京店以来、東京23区内2店舗目の出店となった。国内最後の出店。コア商圏は半径3kmと狭いエリアを設定していた。オープン時のキャッチフレーズは「すみだが生んだ、すみだの百貨店」。
    ※2000年12月25日閉店:現 アルカキット錦糸町

  • Tama_pers

    多摩そごう

    1988年会社設立。1989年10月20日開店。第24号店。34,448平米。資本金4億円。売上高195億円(1998年度)。東京都多摩市落合1-46-1。将来人口約31万人の新都市を計画していた多摩ニュータウンの中心、多摩センター駅前に立地。八王子そごう・柚木そごう・(未開店の橋本そごう)との連携のもとで、西東京地域におけるそごうのイメージアップとエリアネット化を担っていた。宮沢りえ主演のTBSドラマ「東京エレベーターガール」のロケ地となった。シンボルゾーン「バード・サンクチュアリー」。オープン時のキャッチフレーズは「はじめまして、新・山の手社交界」。
    ※2000年7月12日閉店

  • Hachioji_pers

    八王子そごう

    1982年会社設立。1983年11月1日開店。第14号店。28,809平米。資本金1億1百万円。売上高427億円(1998年度)。東京都八王子市旭町1-1。東京店の誕生からおよそ四半世紀を経た東京で2店舗目のそごうとして、JR八王子駅北口の駅ビル、八王子ターミナルビル「NOW」の核店舗として開店。中央線沿線・三多摩地域のそごうグループ基幹店舗と位置づけられていた。
    ※存続:そごう八王子店(その後2012年1月31日閉店)

  • Yugi_pers

    柚木そごう

    1990年9月28日会社設立。1992年6月7日開店。第33号店。資本金5千万円。13,150平米。東京都八王子市南大沢2-28-1。多摩ニュータウンの西部地区、京王電鉄相模原線南大沢駅前に多摩ニュータウン開発センターが建設した商業ビル「ガレリア・ユギ」の核店舗としてオープン。サマセット・モームやカーライルなど多くの文化人が育まれた丘、ロンドンのチェルシーテラスの生活マインドがストアーコンセプトだった。そごうでは珍しいブラウン系の外壁を採用。オープン時のキャッチフレーズは「上質生活ヶ丘・東京チェルシーテラス」。
    ※1994年10月3日閉店:現 イトーヨーカ堂南大沢店

  • Yokohama_pers

    横浜そごう

    1969年会社設立。1985年9月30日開店。第17号店。77,211平米。資本金4億6千万円。売上高1403億円(1998年度)。横浜市西区高島2-18-1。横浜駅東口「横浜新都市ビル」の核店舗として開店。当時としてはケタ外れの開店資金約590億円を投じた百貨店史上類をみない超弩級の巨艦百貨店。そごうグループの英知を結集したリーディングストア、フラッグシップストア(旗艦店)。「首都圏レインボー作戦」の要として、重責を与えられていた。博物館法に基づく「そごう美術館」を設置。シンボルゾーン「燦帆(時忠彦作)」。シンボルモニュメント「太陽(岡本太郎作)」。オープン時のキャッチフレーズは「横浜が生んだ、世界最大級の百貨店」。
    ※存続:現 そごう横浜店

  • Kawaguchi_pers

    川口そごう

    1983年9月6日会社設立。1984年当初開店予定。1991年10月16日開店。第30号店。45,981平米。資本金3千万円。売上高323億円(1998年度)。埼玉県川口市栄町3-5-1。JR川口駅東口市街地再開発ビルの核店舗として開店。そごうグループ埼玉県下2店舗目、首都圏10店舗目。埼玉最大規模の百貨店。川口そごうの開店により、そごうグループは国内23店舗・海外7店舗の30店舗となり、宿願の「トリプルそごう計画(そごう30店舗構想)」を達成。シンボルゾーン「輝林」。オープン時のキャッチフレーズは「世界へ。そごう新世紀、始まる」「世界の素敵が川口へー国内外そごうグループの総力を結集した」「30番目のバースデー」。
    ※存続:現 そごう川口店(2021年2月閉店予定)

  • Omiya_pers

    大宮そごう

    1981年会社設立。1987年3月27日開店。第19号店。39,157平米。資本金1億1千万円。売上高484億円(1998年度)。埼玉県大宮市桜木町1-6(当時)。JR大宮駅西口「大宮スカイビル」の核店舗として、北関東最大・大宮以北では東日本地区最大の百貨店として開店。そごうグループ首都圏ネットワークの重要拠点のひとつであり、空白エリアの東北進攻への足ががりでもあった。
    ※存続:現 そごう大宮店

  • Chiba_pers

    Shinchiba_pers

    千葉そごう

    ◎旧店:1966年10月28日会社設立。1967年3月21日開店。第4号店。資本金1億円。千葉県千葉市富士見町2-3-1(当時)。JR千葉駅前・塚本大千葉ビルディングに開店したそごうグループ多店舗化1号店。千葉そごうに始まる地域一番店主義、駅前巨艦店主義、独立別会社方式による地域密着型の経営はのちに「そごう方式」と言われた。法人として事実上のそごうグループの親会社でもあった。シンボルゾーン「大シャンデリア」「コダックカロラマ(カラースライド)」。オープン時のキャッチフレーズは「都心のムードでしゃれたお買い物」「千葉県でいちばん大きく、いちばん美しいデパート誕生!」。 ◎新店:1992年会社設立(新千葉そごう)。1993年4月27日開店(36号店)。61,000平米。資本金1億円。売上高1,007億円(1998年度)。千葉市中央区新町100。千葉市新町地区再開発ビル「センシティ(1000CITY)」の核店舗として開店。新しい百貨店の「千葉そごう」、専門店街の「SOGOコリドーモール」(コリドーパーキングビル内)、旧店舗をリニューアルしたヤング館の「ビー・ワン」(旧 千葉そごう)、スポーツ館の「ビー・ワン スポーツ」(旧 男の新館)の4館体制。「そごうタウン」と称し、世界最大級のショッピングゾーンを形成していた。博物館法に基づく「千葉そごう美術館」を設置。シンボルゾーン「ゴールドプラザ煌源」。シンボルモニュメント「大空と子供(圓鍔勝三作)」。オープン時のキャッチフレーズは「世界最大級・新しい日本の百貨店」。
    ※存続:現 そごう千葉店

  • Beeone_pers

    Bee-One

    (旧 千葉そごう本館)1993年4月27日開店。17,000平米。千葉市中央区。ヤング館。専門店ビル。
    ※閉店:現 塚本ビル
                

    Bee-One SPORTS

    (旧 男の新館)1993年4月27日開店。千葉市中央区。スポーツ館。専門店ビル。
    ※閉店

  • Funabashi_pers

    船橋そごう

    1978年会社設立。1981年4月2日開店。第11号店。32,580平米。資本金20億円。売上高270億円(1998年度)。千葉県船橋市浜町2-1-1。「船橋ヘルスセンター」跡地再開発として生まれた船橋ショッピングセンター「ららぽーと」の核店舗。ワンフロア15,000平米、4階建という従来にない広大なフロアと低層階の売場展開は、百貨店の一つのあり方を提案した。1997年9月には新業態専門フロア「ベイ・プラネット」オープン。3、4階すべてを新しい集客装置と位置づけ、フットロッカーやトイザらスなど人気ショップや話題の専門店を導入した。シンボルゾーン「大シャンデリア(伊藤隆道作)」。オープン時のキャッチフレーズは「日本最大のショッピングセンター」「ドラマがはじまる」。
    ※2000年12月25日閉店:現 ららぽーとWEST

  • Kashiwa_pers

    柏そごう

    1971年6月1日会社設立。1973年10月10日開店。第6号店。35,477平米。資本金1億3千万円。売上高403億円(1998年度)。千葉県柏市柏1-1-21。柏駅前に当時、地方百貨店最大規模で開店。1969年に施行された「都市再開発法」に基づく全国で初めての駅前開発事業であった。再開発ビルはABC3館に分かれ、A館(スカイプラザ柏)柏そごうと専門店、B館柏そごう、C館(ファミリ柏)丸井と専門店が入居し、駅前大ショッピング街を形成した。商圏は常盤線、東武線を基線に、上野・春日部・下館・水戸・成田・船橋と広域が設定されていた。開店までには、そごうのイメージ作りを目的とした「そごうフード」の存在もあった。シンボルゾーン「光木の林」。オープン時のキャッチフレーズは「みどりのまちにお城のような百貨店」「未来をひらく新しい百貨店」。
    ※存続:そごう柏店(その後2016年9月30日閉店)

  • Mobara_pers

    茂原そごう

    1989年会社設立。1992年3月7日開店。第31号店。15,060平米。資本金1億円。売上高63億円(1998年度)。千葉県茂原市千代田1-6。JR茂原駅南口再開発ビル「サンヴェル」の核店舗として開店。千葉県完全制覇を目標に、そごうグループ県下5店目の出店。「トリプルそごう計画(そごう30店舗構想)」達成後の第1号店として、外房を代表する都市型百貨店を目指していた。当時、茂原市人口約8万6千・商圏人口30万以下で百貨店の出店としては当初から厳しい条件であったと言われる。「そごうシネマサロン」設置店舗。1999年7月28日、翌年2月29日に閉店することを発表した。
    ※2000年2月29日閉店:現 南総サンヴェル

  • Sakamoto_pers

    Kisarazu_pers

    木更津そごう
    (サカモトそごう)

    1978年10月1日開店。第9号店。19,349平米。資本金2億5千万円。売上高107億円(1998年度)。千葉県木更津市富士見1-2-1(サカモトそごう:千葉県木更津市中央1-3-8)。1977年木更津地区唯一の名門老舗百貨店「サカモト」と提携。1978年10月1日「サカモトそごう」として木更津駅前に開店。1988年3月17日、新築移転開店時に「木更津そごう」に商号変更。オープン時のキャッチフレーズは「木更津が変わる。夢ふくらむ、大きなそごう」。
    ※2000年7月12日閉店:現 アクア木更津

  • Marumitsu_pers

    Nagano_pers

    長野そごう
    (丸光そごう)

    1983年6月30日開店。第12号店。11,157平米。資本金8億円。売上高59億円(1998年度)。長野県長野市問御所町1206。地場老舗百貨店「丸光」と提携。1983年6月30日、「丸光そごう」として開店。1987年5月13日、大規模リニューアル時に「長野そごう」に商号変更。1989年の全館リニューアル時にはストアコンセプトを「魅惑的高級大型専門店」とし、呉服・子供服・玩具・家電・書籍部門を廃止した。
    ※2000年7月12日閉店(その後解体):現 TOiGO(SBC信越放送新社屋)

  • Toyota_pers

    豊田そごう

    1986年8月28日会社設立(トヨタ自動車7%)。当初計画1987年春開店予定。1988年10月8日開店。第21号店。40,761平米。資本金1億円。売上高227億円(1998年度)。愛知県豊田市若宮町1-57-1。名鉄豊田市駅西口に完成した市街地再開発ビルの核テナントとして開店した本格派都市型百貨店。ビルは共有で豊田都市開発が約6割・豊田そごうが約4割であった。そごうグループにとって初の東海地区への出店となった。昭和天皇の容態悪化による国内自粛ムード最中のオープンとなり、華美なオープンセレモニーは行わず、ロゴマークも通常の赤から緑に変更された。また、広告表現も「豊田そごうオープン」を使用せず「豊田そごう営業開始」を用いた。「イッツ・ア・スモールワールド時計」も開店時には設置されなかった。オープン時のキャッチフレーズは「世界の豊田に本格派都市型百貨店」。
    ※2000年12月25日閉店:現 三越豊田ほか

  • Osaka_pers

    そごう大阪店
    (心斎橋そごう)

    1877年5月創業。1937年新築開店。そごう創業店。第1号店。31,768平米。資本金144億4千万円(本社)。売上高523億円(1998年度)。大阪市中央区心斎橋筋1-8-3。旧称大阪本店として、そごうの母店ではあったが、隣接する競合店「大丸心斎橋店」と差を付けられ、グループ内での位置づけは決して高くは無かった。シンボルゾーン「光の樹」。シンボルモニュメント「飛躍の像(藤川勇造作)」。エレベータ「漆螺鈿装飾扉(島野三秋作)」。モザイクタイル天井画「天空(鶴丸梅吉作)」。オープン時のキャッチフレーズは「お遊びに、お買物に」。
    ※2000年12月25日閉店(その後解体):そごう心斎橋本店→現 大丸心斎橋店北館

  • Nara_pers

    奈良そごう

    1984年11月21日会社設立。当初計画1986年春開店予定。1989年10月2日開店。第23号店。46,201平米。資本金161億2千万円。売上高346億円(1998年度)。奈良県奈良市二条大路南1-3-1。店祖「十合伊兵衛」生誕の地に念願の出店。投資額600億円の重装備店舗。開店直後から駐車場の拡充が課題とされ、1991年頃から立体駐車場併設の別館建設計画が持ち上がった。当初計画1993年9月完成予定。約22,000平米。1993年9月増床計画凍結。完成していれば、本館と合わせ県下最大の約57,000平米の総売場面積となっていた。博物館法に基づく「奈良そごう美術館」を設置。シンボルゾーン「浮夢殿」。オープン時のキャッチフレーズは「奈良最大の都市型本格百貨店」。
    ※2000年12月25日閉店:現 ミ・ナーラ

  • Kobe_old_pers

    Kobe_pers2

    Kobe_pers

    Shinkobe_pers

    そごう神戸店
    (神戸三ノ宮そごう)

    1899年6月25日相生町に開店。1901年4月3日元町に移転。1933年10月1日三宮に新築開店。第2号店。この時「十合呉服店」表示が廃され「神戸そごう」と表わされることになった。48,962平米。資本金144億4千万円(本社)。売上高835億円(1998年度)。神戸市中央区小野柄通8-1-8。1995年1月阪神・淡路大震災により店舗倒壊全館閉店。同4月部分営業。1996年4月28日全館復興開店。西日本におけるそごうグループのフラッグシップストア(旗艦店)であった。シンボルゾーン「ふしぎな光の滝」「サンファーレ広場」。
    ※存続:そごう神戸店(その後エイチツーオーリテイリングに売却)→現 神戸阪急
                

    そごう神戸店 岡山分店

    1975年2月11日開店。892平米。岡山市駅元町1-2-310。婦人衣料雑貨を中心に展開。1978年の国鉄札幌駅前再開発に絡み「札幌そごう」を出店する際、大家である国鉄から「ニコイチ案件」として、岡山で国鉄が初めて開業するホテル(旧岡山ターミナルホテル)の1階〜3階を借りるよう条件が付いていた。
    ※1994年閉店:現 ホテルグランヴィア岡山

  • Seishin_pers

    西神そごう

    1990年会社設立。1990年10月10日開店。第28号店。17,881平米。資本金1億円。売上高198億円(1998年度)。神戸市西区糀台5-9-4。そごうグループ兵庫県下3店舗目。そごう神戸店の郊外第1号店として、神戸の新しい街「西神ニュータウン」に出店。ショッピングセンター「西神プレンティ」の核店舗。母店そごう神戸店のハイプレステージ指向に対し、ニューファミリーをメインターゲットにした地域密着型百貨店をストアコンセプトとしていた。オープン時のキャッチフレーズは「ハイ・カジュアル主義」「ふだんが上等だと365日気持ちいい」。
    ※存続:そごう西神店(その後2020年8月31日閉店)

  • Kakogawa_pers

    加古川そごう

    1988年会社設立。1989年9月15日開店。第22号店。30,854平米。資本金18億円。売上高205億円(1998年度)。兵庫県加古川市加古川町篠原町21-8。JR加古川駅前の市街地再開発ビル「カピル21」の核店舗として開店。1991年11月13日、隣接したジャスコ加古川店跡に別館開店。「ふたつでひとつ」をキャッチフレーズに同時に本館もリニューアルした。1999年1月15日、別館を全国初の百貨店型アウトレット館にリニューアル。メーカー直営ではなく、総委託方式で在庫品を販売していた。アウトレット館閉館に伴い2000年3月1日、本館をリニューアル。オープン時のキャッチフレーズは「播州一の本格派都市型百貨店」。
    ※2000年12月25日閉店:現 加古川ヤマトヤシキ

  • Hiroshima_pers

    広島そごう

    1972年会社設立。1974年10月10日開店。第7号店。34,702平米。資本金1億円。売上高924億円(1998年度)。広島市中区基町6-27。紙屋町地域再開発計画と広島バスセンター増改築計画によって新たに建設されたターミナルビル「広島センタービル」の核店舗として開店。当初、大丸も出店意欲を示していた。ターミナルビルは、総面積110,000平米で西日本最大規模を誇り、広島そごう、広島センター街(専門店150店)、広島バスセンター(3階)、駐車場が集合するユニークなショッピングゾーンとなっている。中国・四国地区における不動の地域一番店として独自の「広島そごう流通グループ」を形成、そごうグループの基幹店の一つであった。「紙屋町タウン化構想」により、複数の専門店を店外に有し、広島そごうタウン(スポーツ&ゴルフ館・キャプテンサンタクラブ・きもの館「さがの」・メガネ館・マリーベル&ビームス館・サザビー館・家具インテリア館・ハウジングセンター・パソコン館「T-ZONE」等)を展開していた。さらに広島・島根・山口3県に50店以上のサテライトショップを出店していた。シンボルゾーン「大シャンデリア」。オープン時のキャッチフレーズは「すてきな明日をひらく百貨店」。
    ※存続:現 そごう広島店
                

    Hiroshimashinkan_pers

    広島そごう新館

    1990年会社設立。1994年4月22日開店。第40号店。27,000平米。広島市中区基町6-78。広島そごう本館と隣接した「NTTクレド基町ビル(基町クレド)」再開発事業の商業エリアの核店舗として出店。ワンランク上の高品質でワールドワイドな品揃えを志向。ゆとりのあるアメニティスペースや、100店舗の専門店街「パセーラ」など、本館合わせ西日本最大の百貨店ゾーンが誕生した。広島そごう新館の開店により、そごうグループは40店舗となり、宿願の「そごう40店舗構想」を達成。シンボルモニュメント「大空(圓鍔勝三作)」。オープン時のキャッチフレーズは「エクセレントKAMIYACHO」。
    ※存続:現 そごう広島店(本館に統合)

  • Kure_pers

    呉そごう

    1987年9月26日会社設立。1990年3月18日開店。第27号店。21,365平米。資本金1億円。売上高181億円(1998年度)。広島県呉市西中央1-1-1。JR呉駅前西地区再開発ビルの核店舗として開店。高級志向のハイセンスな都市型百貨店をストアコンセプトとしていた。当時、呉駅前西地区第一種市街地再開発事業は、「酒田セントラルビル(山形県・19,000平米)」を抜き、個人施行によるものとしては最大規模を誇った(呉そごう 33,800平米)。事業主体が「そごう」個人であったため、再開発組合設立の場合よりも事業の推進がスムーズであったという。オープン時のキャッチフレーズは「呉ではじめての、都市型本格派百貨店」「ときめき都会派ステーション」「生活快適クルージング」。
    ※存続:そごう呉店(その後2013年1月31日閉店)

  • Fukuyama_pers

    福山そごう

    1988年会社設立。1992年4月29日開店。第32号店。34,300平米。資本金1億円。売上高243億円(1998年度)。広島県福山市西町1-1-1。広島県内3番目の店。中・四国最大規模、福山で初めての都市型百貨店として出店。ファッション・文化・情報の発信基地=ミュージアムとして、21世紀の複合情報拠点とした店づくりを目指していた。シンボルゾーン「光のオブジェ」「せせらぎ公園」。シンボルモニュメント「豊饒の濯(圓鍔勝三作)」「希望の奏(圓鍔勝三作)」。オープン時のキャッチフレーズは「夢発信。素敵が集うミュージアム」。
    ※2000年12月25日閉店:福山ロッツ(閉店)→リム・ふくやま(閉店)

  • Kotoden_pers

    コトデンそごう

    1991年会社設立。1997年4月23日開店。第41号店。29,500平米。資本金3億円(コトデン70%・そごう30%)。売上高222億円(1998年度)。香川県高松市常磐町1-3-1。地場私鉄「琴平電気鉄道」と提携。乗降客が最も多いコトデン瓦町駅ビルに四国最大の本格派都市型百貨店として出店。香川県内2店舗目、66年ぶりの百貨店の誕生となった。この出店に際し高島屋が契約済ということでクレームがつき、二重契約問題も起こったと言う。「明るく明るく」の環境コンセプトのもと、シンボルのシースルーエスカレーターをはじめ店内は自然光で溢れていた。オープン時のキャッチフレーズは「それは、ニュースな百貨店」。
    ※2001年4月15日閉店:現 瓦町FLAG

  • Tokushima_pers

    徳島そごう

    1979年会社設立。1983年10月1日開店。第13号店。26,939平米。資本金1億円。売上高379億円(1998年度)。徳島県徳島市寺島本町西1-5。徳島駅前再開発ビル「アミコ」の核店舗として開店。四国一の百貨店規模を誇った。本格派都市型百貨店を標榜するとともに、地域密着をより一層高めたワンストップ型百貨店を指向。オープン時のキャッチフレーズは「徳島が生んだ四国一の百貨店」。
    ※存続:そごう徳島店(その後2020年8月31日閉店)

  • Iyotetsu_old_pers

    Iyotetsu_pers

    いよてつそごう

    1969年9月1日会社設立(伊予鉄百貨店)。1971年7月5日開店。第5号店。23,517平米。資本金1億円。売上高507億円(1998年度)。愛媛県松山市湊町5-1-1。古くから四国一の名門企業として知られている地場私鉄「伊予鉄道」と提携。1970年4月「いよてつそごう」に社名変更。伊予鉄「松山市駅」のターミナルデパートとして成長を続け、開店後3年で黒字転換、1976年には四国一の売上を達成した。シンボルゾーン「大シャンデリア」。オープン時のキャッチフレーズは「ガラスのお城にあふれるファッション」。
    ※2000年12月提携解消:いよてつ百貨店→現 いよてつ高島屋

  • Kokura_pers

    小倉そごう

    1970年小倉駅前出店用地買収(約3,500平米)。1988年会社設立。1993年10月10日開店。第38号店。43,774平米。資本金1億円。売上高418億円(1998年度)。北九州市小倉北区京町3-1-1。初期投資など515億円の負債を抱え、毎月億単位の借入金返済に追われた。坪単価で平均24,000円という高額な賃料と、地権者を優遇した売場配置がネックとなった。初期計画には東映と共同で「小倉東映会館(閉鎖解体済)」の場所への出店案もあったといわれる。シンボルゾーン「アクアガーデン」。シンボルモニュメント「花のめ神(圓鍔勝三作)」。オープン時のキャッチフレーズは「咲かせたい、暮らしルネッサンス」。
    ※2000年12月25日閉店:小倉玉屋仮店舗→小倉伊勢丹→コレット→現 小倉駅前アイム

  • Kurosaki_pers

    黒崎そごう

    1977年10月21日会社設立。1979年10月6日開店。第10号店。26,332平米。資本金7億5千万円。売上高225億円(1998年度)。北九州市八幡西区黒崎1-1-1。北九州市の副都心、国鉄黒崎駅前東地区の再開発ビル「メイト黒崎」の核テナントとして開店。黒崎そごうのほか、ジャスコ黒崎店・メイト専門店街・公共施設(市立消費生活センター等)・文化教室なども配され、そごうとしては初めての入居形態だった。黒崎そごうの開店により、そごうグループは10店舗となり、宿願の「グレーターそごう計画(そごう10店舗構想)」を達成。北海道から九州まで、百貨店業界で初めて日本列島4島すべてに店を出現させることになった。鉄冷えと言われた厳しい地域経済の中で開店わずか5年で黒字化に至った。シンボルゾーン「節理の滝(伊藤隆道作)」「光の樹(伊藤隆道作)」。オープン時のキャッチフレーズは「まるで宇宙戦艦!」。
    ※2000年12月25日閉店:黒崎井筒屋→未定

そごうグループ海外店
(破綻前)


  • Amarin_pers

    アマリンそごう
    (タイ)

    1984年12月1日開店。第15号店。海外1号店。12,000平米。SOGO(THAILAND)CO.,LTD.(資本金2500万バーツ:約2億5千万円/アマリンディベロップメント他地場51%・そごう49%)。500 PLOENCHIT ROAD, PATHUMWAN, BANGKOK 10330 THAILAND。首都バンコクのメインストリート、プルンチット通りとラジャダムリ通りの交差する随一の商業地にあるアマリンプラザ1階〜4階に出店。旧アマリンホテル跡地。オープン時のキャッチフレーズは「The Brighter Side of Your Life」。
    ※閉店:現 アマリンプラザ

  • Erawan_pers

    エラワンそごう
    (タイ)

    1990年12月4日開店。第29号店。11,201平米。ERAWAN SOGO CO.,LTD.。ラーチャダームリ通り。新エラワンホテルビルの核店舗として開店。インターナショナル、高感度商品の品揃えで都市型の高級百貨店を目指し、アマリンそごうとの差別化を指向。東隣りに位置するアマリンそごうとはブリッジでつながれ、合計約25,000平米の百貨店として一体運営されていた。
    ※閉店:現 エラワンバンコク

  • Hongkong_pers

    香港そごう
    (香港)

    1983年会社設立。1985年5月31日開店。第16号店。海外2号店。33,000平米。SOGO HONG KONG CO.,LTD.(崇光香港百貨有限公司)。EAST POINT CENTRE, 555 HENNESSY ROAD, CAUSEWAY BAY, HONG KONG。香港島の商業の中心地、銅鑼灣(コーズウェイベイ)に最大級の日系百貨店として出店。1989年、海外では珍しい日本式のエレベーターガールを採用した。1991年12月5日、大幅な増床拡張計画を策定。既存店舗に隣接する1,532平米の土地を購入し、地下3階〜地上22階の複合ビルを建設(百貨店は地上10階まで)。1993年秋、通称「ジャンボそごう」として、売場面積2.2倍となる香港最大の百貨店が誕生した。なお、「そごう」の中国後表記「崇光(ツォンクァン)」は、香港そごう開店にあたり、日本語読みでは「スウコウ」と「そごう」に発音が近く、字の持つ意味も良いところから、水島社長が命名した。オープン時のキャッチフレーズは「New Sensation」。2001年1月現地企業「利福国際集団有限公司(ライフスタイルインターナショナル)」に売却。
    ※存続:現 香港そごう銅鑼灣店(崇光香港百貨)

  • Singapore_pers

    シンガポールそごう
    (シンガポール)

    1986年10月25日開店。第18号店。海外3号店。12,500平米。DBS(シンガポール開発銀行=国営商業銀行)との合弁。SOGO DEPARTMENT STORES SINGAPORE PTE. LTD.(資本金1千万シンガポールドル:約11億円/そごう49%・DBS48%他、そごう85%・ラッフルズ社15%)。252 NORTH BRIDGE ROAD, #01-01/05 RAFFLES CITY SHOPPING CENTRE, SINGAPORE 179103。官民一体のビッグプロジェクト「ラッフルズシティ」再開発のアンカーテナントとして出店。約40億円投資。
    ※2000年9月30日閉店:現 ラッフルズシティショッピングセンター(ロビンソンズ、ジェイソンズ・マーケット・プレース)

  • Tampines_pers

    タンピネスそごう
    (シンガポール)

    1993年7月31日開店。第37号店。シンガポール2号店。SOGO DEPARTMENT STORES SINGAPORE PTE. LTD. TAMPINES STORE。12 TAMPINES CENTRAL 1, #01-02/03 DBS TAMPINES CENTRE, SINGAPORE 529537。シンガポール東北部タンピネス地区に、シンガポール発展銀行(DBS)が開発する商業ビル「DBSタンピネスセンター」の核店舗として入居。同国初の本格派郊外型ターミナル百貨店。
    ※1998年9月閉店(その後解体):現 TAMPINES1(タンピネスワン)

  • Taipei_pers

    太平洋そごう
    (台湾)

    1987年11月11日開店。第20号店。海外4号店。台湾1号店。35,000平米。PACIFIC SOGO DEPARTMENT STORES CO.,LTD.(太平洋崇光百貨股分有限公司)。No.45, SEC.4, CHUNG HSIAO EAST RD., TAIPEI, TAIWAN。(資本金4億5千万ニュー台湾ドル:約20億円/そごう49%・太平洋建設51%)。台北の中心、忠孝東路に開店。太平洋そごうの開店により、そごうグループは国内16店舗・海外4店舗の20店舗となり、宿願の「ダブルそごう計画(そごう20店舗構想)」を達成。オープン時のキャッチフレーズは「New Look New Life」。
    ※存続:現 太平洋そごう台北忠孝館(太平洋崇光百貨)
                

    太平洋そごう敦化新館
    (台湾)

    1994年9月16日開店。
    ※存続:現 太平洋そごう台北店敦化館

  • Chureki_pers

    太平洋そごう中壢店
    (台湾)

    1998年9月25日開店。台湾4号店。太平洋そごうグループ3号店。28,400平米。地下1階〜地上11階。人口30万人、台湾北部有数の工業都市「中壢」に開店。外環道路に面した海華新都心で「新都市型百貨店」を志向。高品質な商品とサービス、文化・情報を提供していた。
    ※存続:現 太平洋そごう中壢元化館

  • Takao_pers

    太平洋そごう高雄店
    (台湾)

    1996年9月26日開店。台湾3号店。24,000平米。台湾第2の商業都市「高雄」の中心地三多三路(サントウサンルウ)に開店。PACIFIC SOGO DEPARTMENT STORES CO.,LTD. KAOHSIUNG BRANCH(太平洋崇光百貨股分有限公司高雄分公司)。No.217, SANDUO 3RD ROAD, KAOHSIUNG, TAIWAN。ストアコンセプトは「高雄市民のオアシス」。
    ※存続:現 太平洋そごう高雄店

  • Shinchiku_pers

    太平洋そごう新竹店
    (台湾)

    1999年9月25日開店。台湾5号店。15,800平米。
    ※存続:現 太平洋そごう新竹店

  • Kuangsan_pers

    廣三そごう
    (台湾)

    1995年11月11日」開店。台湾2号店。40,000平米。KUANG SAN SOGO DEPARTMENT STORES CO.,LTD.(廣三崇光百貨股分有限公司)。No.299, SEC.1, TAICHUNG KANG ROAD, TAICHUNG, TAIWAN。
    ※存続:現 廣三そごう(廣三崇光百貨)
                

    廣三そごう精誠路店
    (台湾)

    1999年12月6日開店。廣三そごう2号店。22,000平米。台中市のファッショナブルストリート精誠路とメインストリート中港路に面した新しいランドマークデパート。オープン時のキャッチフレーズは「NEW SOGO STYLE」。
    ※存続:現 廣三そごう精誠路店

  • Beijing_pers

    北京荘勝そごう
    (中国)

    1998年6月24日開店。第43号店。海外14号店。84,000平米(第1期部分)。地下1階〜地上6階。北京市宣武区宣武門外大街8号。中国・北京の交通の要衝として発展が続く宣武区。その中心部、宣武門外大街の都心型複合施設「北京荘勝プラザ」の核店舗として開店。北京最大級の本格派フルライン百貨店として誕生した。そごうグループが「北京荘勝崇光百貨商場」に商標を貸与し、百貨店営業のコンサルティングサービスを提供するという形で運営されていた。
    ※存続:現 北京荘勝そごう(北京荘勝崇光百貨商場)
                

    Wuhan_pers

    武漢そごう
    (中国)

    2000年12月24日開店。北京荘勝グループによる中国2号店。
    ※存続:現 武漢そごう

  • Gama_pers

    ペナンそごう
    (マレーシア)

    1989年9月開店。第25号店。1989年12月マレーシアのペナン島にある百貨店・スーパーの持ち株会社「ガマ・ホールディングズ」を約3940万マレーシアドル(約22億円)で買収。中心部ジョージタウンにあった百貨店を「そごう」として運営。11,077平米。GAMA SUPER MARKET & DEPARTMENTAL STORE SDN. BHD.。WISMA GAMA, No.1 JALAN DATO KRAMAT ROAD 10150 PENANG, W. MALAYSIA。
    ※閉店(提携離脱):現 GAMAデパート

  • Kualalumpur_pers

    クアラルンプールそごう
    (マレーシア)

    1994年1月18日開店。第39号店。海外11号店。57,900平米。マレーシア国営コングロマリット、パルナスとの合弁で誕生した東南アジア最大の百貨店。娯楽施設や多目的ホールも備えた都市型複合コンプレックス。投資額26億円。SOGO PERNAS DEPARTMENT STORE SDN. BHD.(KOMPLEKS PERNAS SOGO)(そごう70%・パルナス30%)。190, JALAN TUANKU ABDUL RAHMAN, 50100 KUALA LUMPUR, MALAYSIA。シンボルゾーン「WATER FALL」。
    ※存続:現 クアラルンプールそごう(パルナスそごうコンプレックス)

  • Indonesia_pers

    インドネシアそごう
    (インドネシア)

    1990年3月1日開店。第26号店。海外6号店。16,000平米。P.T.PANEN LESTARI INTERNUSA(P.T.パネン・レスタリ・インテルヌサ)。PLAZA INDONESIA, JALAN M.H.THAMRIN KAV. 28-30, JAKARTA-PUSAT 10350 INDONESIA。ジャカルタの中心、タムリン通りに面した同国最大級の複合ビル「プラザ・インドネシア」の核店舗として開店。地元の大手資本「カジャ・ツンガルグループ」と提携し、技術を援助。
    ※閉店:現 プラザ・インドネシア
                

    インドネシアそごう
    プラザスナヤン店
    (インドネシア)

    1999年10月29日開店。インドネシア2号店。22,000平米。
    ※存続:現 インドネシアそごうプラザスナヤン店(プラザスナヤン)

  • Kurapagadin_pers

    クラパガディンそごう
    (インドネシア)

    1995年1月開店。地場財閥ガジャ・トゥンガルグループ。ジャカルタ北部クラパガディン地区のショッピングモールの核テナントとしてオープン。約11,000平米。
    ※存続:現 インドネシアそごうクラパガディンモール店(クラパガディンモール)

  • London_pers

    ロンドンそごう
    (イギリス)

    1991年会社設立。1992年6月提携先の英国不動産開発業者マウントリー社倒産。1992年7月7日開店。第34号店。2,300平米。SOGO(LONDON)LTD. 。THE CRITERION BUILDING, PICCADILLY CIRCUS, LONDON WI, U.K.。クライテリオン再開発事業。ロンドンの超一等地ピカデリー・サーカスに出店。リージェント通り・ピカデリー通りなどの高級ショップ街に隣接。シンボルモニュメント「Horse Statue」。オープン時のキャッチフレーズは「新しい伝統の前奏曲(プレリュード)」。
    ※1999年4月閉店:現 ヴァージンメガストア

  • Barcelona_pers

    バルセロナそごう
    (スペイン)

    1992年パーシャルオープン。1993年9月25日グランドオープン。第35号店。7,400平米。SOGO ESPANA S.A.。米デベロッパーのトラベルステッドグループ(NY)と共同で再開発したパルク・デ・マール地区の商業棟に核店舗として入居。ホテルやオフィス、SCなどで構成される巨大複合施設マリーナ・ヴィレッジ・プロジェクトの中核で、欧州最大の日系百貨店として誕生。当初70億円の投資予定が最終的には1,000億円を使った。巨大シンボルオブジェ「Flying Fish(フランク・O・ゲーリー作)」。
    ※1996年閉店

そごうグループ専門店
(破綻前)


  • Sogohop_logo

    そごうホップ
    (あべのベルタ店)

    1986年会社設立。1987年9月12日開店。資本金3千万円。4,500平米。売上高23億円(1996年度)。大阪市阿倍野区阿倍野筋3-10-1-100。阿倍野そごう・広島そごう共同出資。「あべのベルタ」の完成に伴い、DIY・生活雑貨・文具などの生活雑貨の専門店として開店。広島そごうのDIY店「そごうサンホームズ」がベースとなっていた。
    ※2000年12月閉店

  • Sogo_travel

    そごうトラベルサービス

    1984年5月21日会社設立。資本金8千万円。横浜そごうを中心にそごう各社で出資した旅行代理店。本社:横浜/営業所:大宮・千葉・千葉新町・八王子・多摩・川口・豊田・奈良・大阪・神戸・西神。
                

    そごうマリーベル

    1990年4月22日開館。広島市中区大手町1丁目。地下1階〜地上6階。広島「紙屋町そごうタウン」を形成する10数店舗のひとつ。ミラノファッションを中心としたブティック、エステサロンなど。「広島そごう新館」の開店時にビームスを導入し、専門店化した。
                

    Sogo_sunhealth

    そごうサンヘルス

    広島そごうの子会社が運営していたアスレティッククラブ。「そごうマリーベル」内。
    ※2000年7月閉鎖
                

    Sogo_wing

    そごうウイング

    1989年6月23日開館。地上7階建。神戸市中央区磯上通8丁目1-23。そごう神戸店が運営していた飲食店を中心としたテナントビル。ケーニヒスクローネ、そごう美容室など。本館と共にエイチツーオーリテイリングに売却された。
    ※現 阪急ウイング
                

    Sogo_wing_kurakuen

    そごうウイング苦楽園

    1991年開館。地上3階建。兵庫県西宮市南越木岩町6-12。八束はじめ氏設計のデザイナーズビル。「そごうウイング」2号館。
    ※現 リーストラクチャー苦楽園
                

    Akita_alex

    キャッスルプラザ

    1991年9月開館。6,823平米。秋田市中心部に位置するプレステージホテル「秋田キャッスルホテル」内のショッピングエリア。横浜そごうの子会社であるデベロッパー「秋田アレックス」が企画・運営していた。“サロン・ド・キャッスル”をコンセプトとしたハイグレードな店作りを展開。テナント数42店舗。モウワードブティック、ワールドキャビンなど。

  • Paragonbysogo

    パラゴン By そごう
    (シンガポール)

    PARAGON By SOGO
    1989年約6億9000万シンガポールドルで買収。シンガポールの繁華街オーチャード通りにある複合型大型ショッピングセンター。隣接地にシンガポール政府系大手不動産会社DBSランド社と高級コンドミニアム「リッチモンドパーク・コンドミニアム」を共同開発(1994年完成)。1996年12月約6億8230万シンガポールドル(約546億円)で売却。そごうグループ国内外最大の不動産売却だった。
                

    そごうフードホール
    (シンガポール)

    SOGO FOOD HALL
    1991年12月22日開店。パラゴン地階。シンガポールそごう直営の同国最大級のスーパー。
    ※2000年閉店(現コールド・ストレッジ)

  • Sogo_brera

    Sogo_brera2

    そごうブレラ
    (ミラノ)

    SOGO BRERA MILANO
    1991年9月13日開店。ブレラ美術館前。Via Fiori Oscuri,3 20121 MILANO-ITALIA。高級日本料理店。客席数160。33億リラ(3億8500万円)を投資して、現地レストランを買収し、全面改装した。メインメニューは寿司・鉄板焼・日本各地の地酒。
    ※閉店

  • Sogo_prada

    Sogo_prada2

    そごうプラダ
    (ローマ)

    SOGO PRADA ROMA
    1991年4月12日開店。建物の経営権をルンチ社(ローマ)から20億円で取得した。高級ブランド「プラダ」との合弁。映画『ローマの休日』で有名な超一等地、コンドッティ通り・スペイン広場前に高級ブティックを展開。
    ※閉店

  • Caffe_sogo_roma

    Caffe_sogo3

    カフェそごう
    (ローマ)

    Caffe SOGO ROMA
    1990年開店。リペッタ通り。Via di Ripetta,242 00186 ROMA-ITALIA。450平米。約40人収容の立ち飲みカウンターと椅子席80。カフェバーとしてはローマ最大級だった。そごうイタリア子会社「日伊興産イタリア」経営。
    ※閉店
                

    カフェそごう
    (ロンドン)

    Café SOGO LONDON
    1992年開店。ロンドンそごうグランドフロア内。ピカデリーサーカス。寿司・そば・コーヒー・軽食等。
    ※閉店

  • Sogo_asahi_roma

    Sogo_asahi2

    そごうアサヒ
    (ローマ)

    SOGO Asahi ROMA
    1990年6月20日開店。プロパガンダ通り。Via di Propaganda,22 00187 ROMA-ITALIA。数寄屋風の純日本造りで日本料理店としてはローマ最大規模だった。アサヒビールとの合弁企業「S&Aインターナショナル(資本金30億リラ/そごうインターナショナルデベロップメント51%・東京アサヒビールシステム49%)」が運営。50人が入れる宴会場のほか、大小4つの純和風とバチカンに因んだ洋風VIPルーム「サーミケランジェロ」があった。約450平米。客席数200。メインメニューは懐石料理・寿司・鉄板焼・アサヒスーパードライ。
    ※閉店
                

    Nipponya_roma

    にっぽん家
    (ローマ)

    NIPPONYA ROMA
    「そごうイタリア」が日伊興産イタリアの経営する「ローマ東京レストラン」「にっぽん家ローマ」を買収し開店。ファミリーレストラン。ヴィーテ通り。Via Della Vite,102 00187 ROMA-ITALIA。メインメニューはラーメン・カレーライス・カツ丼。
    ※閉店

  • Sogo_barcaccia_roma

    Sogo_barcaccia2

    そごうバルカッチア
    (ローマ)

    BOUTIQUE Barcaccia ROMA
    ヴィーテ通り。Via Della Vite,95 00187 ROMA-ITALIA。小型のブティック。欧州のブランド品や皮衣料、お土産好適品まで幅広く取扱っていた。
    ※閉店
                

    Sogo_roma_office

    そごうローマ事務所
    (ローマ)

    映画『ローマの休日』で有名なスペイン階段に隣接したビル内に開設。「そごうイタリア」が運営する各専門店を統括していた。
    ※閉鎖

  • Two_rodeo_drive

    ツゥー・ロデオ・ドライブ
    (ロサンゼルス)

    Two Rodeo Drive
    1990年10月15日開店。26,000平米。ビバリーヒルズの高級ショッピングストリート「ロデオドライブ」に位置する2棟からなる豪華なブティックビル。興和不動産(興銀子会社)、米国スティッツェル社との共同出資事業。2000年欧米の不動産投資会社に約1億3,000万ドル(約140億円)で売却。

  • Prunier_paris

    プルニエ
    (パリ)

    Restaurant Prunier Paris
    1991年3月29日、興和不動産(興銀子会社)と共同で買収(約44億円)。ビクトル・ユーゴー通り。1872年創業、パリの凱旋門近くにあるカキ料理等魚介料理で有名な三つ星高級レストラン。
    ※売却
                

    ザ・リッツ・カールトン
    (ワシントン)

    1989年12月ワシントン郊外の大規模ショッピングセンター内高級ホテルを米国の大手年金基金と共同所有。建設費約80億円のうち、柏そごうとアメリテック・ペンション・トラストが10億円ずつ出資。正式ホテル名不明。
    ※売却
                

    リッチモンドパーク
    (シンガポール)

    1994年そごうとDBSランドがパラゴン裏に合弁開発した高級コンドミニアム(そごう60%・DBSランド40%)。28階建・全159ユニット。
    ※不明
                

    カンクンのホテル
    (メキシコ)

    興銀から紹介されたメキシコのリゾート地カンクンのホテル。ホテル名不明。
    ※売却

そごう美術館
(破綻前)


  • Yokohama_sogo_museum

    そごう美術館

    1985年9月20日開館。横浜そごう6階。財団法人そごう美術館。日本一の規模と本格的な設備、体系化された組織で運営。百貨店の美術館としては他に例のない博物館法に基づき、国内・海外の重要文化財、国宝クラスの美術品の展示も可能であった。当時、横浜市には博物館法に基づく正規の美術館は無かったという。開館記念展は「ルネサンスとバロックの美展」。
    ※存続

  • Nara_sogo_museum

    奈良そごう美術館

    1989年10月2日開館。奈良そごう5階。財団法人奈良そごう美術館。921平米。2番目の「そごう美術館」。重要文化財の展示ができる設備と組織を持った関西初の本格的な百貨店美術館だった。開館記念展は「百寿記念 奥村土牛展」。
    ※2000年12月24日閉館

  • Chiba_sogo_museum

    千葉そごう美術館

    1993年4月27日開館。千葉そごう10階。財団法人千葉そごう美術館。3番目の「そごう美術館」。1,360平米の最大級の大型ミュージアムだった。開館記念展は「足立美術館 横山大観展」。
    ※2001年4月22日閉館

そごう研修所・保養所
(破綻前)


  • Sogo_ashiya

    そごう芦屋研修所
    (兵庫)

    1973年開設。兵庫県芦屋市。新入社員研修、管理職研修、各種会議などに使われていた。
    ※閉鎖:解体済

  • Sogo_ashiyasansou

    そごう芦屋山荘
    (兵庫)

    1970年9月開設。兵庫県芦屋市奥池町26-3。宿泊定員42名。和室13室・洋室2室。そごう健康保険組合管轄。
    ※閉鎖:解体済

  • Sogo_nasusansou

    そごう那須山荘
    (栃木)

    1977年7月開設。天然温泉。栃木県那須郡那須町高久乙字遅山3376-1424。宿泊定員30名。和室8室。そごう健康保険組合管轄。
    ※2001年3月閉鎖:不明

  • Sogo_hakonesansou

    そごう箱根山荘
    (神奈川)

    1987年7月開設。天然温泉。神奈川県足柄下郡箱根町仙石原字イタリ1245-413。宿泊定員52名。和室11室・洋室2室。そごう健康保険組合管轄。
    ※閉鎖:不明

  • Sogo_sousuikaku

    そごう洞爺湖蒼水閣
    (北海道)

    1993年8月開設。天然温泉。北海道虻田郡虻田町洞爺湖温泉町212-3-2。宿泊定員52名。和室11室・洋室2室。そごうグループ30店舗達成を記念して建設された。そごう健康保険組合管轄。
    ※2001年3月閉鎖:不明

  • Sogo_shinonkaku

    そごう別府心温閣
    (大分)

    1994年4月開設。天然温泉。大分県別府市大字鉄輪字トノヤシキ1063。宿泊定員35名。和室9室・洋室1室。そごう健康保険組合管轄。
    ※2001年3月閉鎖:現 絶景の宿さくら亭
                

    Sogo_kaiunkaku

    そごう海雲閣
    (伊豆)

    一握りの幹部専用。駿河湾の浜辺を見下ろす豪華迎賓館。コンクリート3階建。静岡県松崎町。
    ※閉鎖:不明
                

    Sogo_ozumisansou

    そごう迎賓館・小住山荘
    (房総)

    そごう創業150周年を記念して建設された。房総半島中央の別荘地に建つ千葉そごう管轄の豪華迎賓館。コンクリート2階建。千葉県長柄町。
    ※閉鎖:不明

幻の店舗(未完の計画)


  • 掲載内容は関連書籍、マスコミ報道、勤務時代の情報および幹部社員への個人取材による(不確実な情報は除外しています)
                

    Sogo_ibaraki_image_side

    茨木そごう
    (大阪)

    JR茨木駅前の日本たばこ産業(JT)の工場跡地再開発。JTが約600億円を投入して建物を建設、そごうが核テナントとして入居。1991年出店表明。当初計画1995年秋開店予定。初年度売上目標650億円。本館120,000平米。別館37,000平米。茨木そごう美術館2,000平米併設。1,900台収容大型駐車場。出店に地元は了解したが、隣接市で反対運動が起った。1993年6月出店凍結。1995年3月17日出店断念。開店していれば国内最大の郊外型百貨店であり、そごうグループにとって横浜そごうと並ぶ、将来の旗艦店と位置付けられていた。大阪府茨木市。
                

    阿倍野そごう
    (大阪)

    JR天王寺駅・近鉄あべの橋駅に隣接する地域、約280,000平米の市街地再開発。1967年大阪我孫子のそごう配送センターと鳥潟病院との用地交換により約7,000平米の用地を取得。1972年会社設立。大阪市が建設する商業用の超大型ビル(地下1階・地上12階)の核店舗としての出店が決まっていた。当初計画1986年秋開店予定。70,000〜82,000平米。1974年モータープール開場。1997年5月出店断念。大阪市阿倍野区。
                

    Koriyamasogo_yoteiKoriyama_sogo_yosozu

    郡山そごう
    (福島)

    国鉄郡山駅前西口市街地再開発。1983年会社設立・出店表明。そごうを核店舗とする商業ビル建設で合意。約31,000平米。当初計画1985年秋開店予定。1986年1月推進派の市長交代で出店断念。東北の橋頭堡となる計画だった。福島県郡山市。
                

    中百舌鳥そごう
    (大阪)

    南海電鉄高野線中百舌鳥駅前再開発計画。1988年のコンペでは阪急・西武・そごうの順となったが最終的に2番手だった西武に決まった。1992年9月末、西武が景気悪化を理由に出店を辞退。同9月、中百舌鳥そごう開設準備室設立。同10月、中百舌鳥そごう出店決定。土地約200億円で購入(そごう・奈良そごう債務保証)。1993年7月出店断念。大阪府堺市。
                

    新宿そごう
    (東京・新宿)

    JR新宿駅南口の旧国鉄貨物用地の再開発計画。55,000平米。悲願の東京ターミナル出店。メインバンクの興銀をはじめ、いくつもの金融機関から融資の満額回答を引き出せなかった。競合5社(そごう・高島屋・西武・伊勢丹・丸井)を制したのは、そごうと同じく都内に1店舗(日本橋)しかない高島屋だった。東京都新宿区。
    ※現 新宿高島屋
                

    池袋そごう
    (東京・池袋)

    東池袋のサンシャインシティへの出店計画。当初計画1975年開店予定。東急・西武との熾烈な競争の結果、そごうに出店が内定。しかし、池袋駅から地下道を通す条件がクリアできず出店断念。東京都豊島区。
                

    北千住そごう
    (東京・北千住)

    JR北千住駅前再開発への出店計画。約33,000平米。1988年7月出店参加表明。そごうを含めた百貨店・スーパー計9社コンペ。1992年出店辞退。東京都足立区。
                

    上野そごう
    (東京・上野)

    高岡・幕張・錦糸町と同時期に表明した出店計画。東京都台東区。
                

    そごう東京店 新店1
    (東京・有楽町)

    朝日新聞・日劇跡地の有楽町センタービル(有楽町マリオン)への出店計画。入札コンペで西武・阪急に敗れた。東京都千代田区。
    ※現 ルミネ有楽町
                

    そごう東京店 新店2
    (東京・銀座)

    プランタン銀座の横、東映会館と平和生命館を再開発し、キーテナントとして出店する計画。東京都中央区。
    ※現 ギンザ・グラッセ
                

    ジェイアール立川そごう
    (東京・立川)

    東日本旅客鉄道(JR東日本)との共同計画。JR立川駅南口第一地区市街地再開発。1993年12月出店発表(共同出資の子会社設立合意)。当初計画1997年開店予定。JR立川駅南口に南武線をまたぐ形で商業ビルを建設し、その核店舗として入居。約30,000平米。1996年6月出店断念。東京都立川市。
                

    橋本そごう
    (相模原)

    JR橋本駅北口地区市街地再開発。賃料坪単価8,000円以上(競合した近鉄の2倍の提示額)でコンペを制した。39,800平米。同市内最大の商業施設。1989年出店発表。当初計画1996年9月開店予定。1994年出店凍結。1997年出店断念。相模原市緑区。
                

    横浜そごう新館
    (横浜)

    当初計画1994年秋開店予定。隣接する横浜スカイビル跡地への増床計画。本館との合計で売場面積約10万平米の超弩級の巨大百貨店を模索。「日本最大の百貨店」の地位奪還を目指していた。1991年7月増床認可。1992年6月増床凍結。1994年6月増床断念。横浜市西区。
                

    港北ニュータウンそごう
    (横浜)

    タウンセンター第2地区開発推進会が実施する開発計画。市営地下鉄3号線センター南駅前、タウンセンター内にある4核施設のひとつ。横浜そごう・横浜高島屋・西武・東急の4百貨店がコンペに参加した。約50,000平米。事業費約500億円。1995年開店予定。横浜市都筑区。
                

    溝口そごう
    (川崎)

    JR溝口駅北口地区再開発ビルへの出店計画。1991年出店表明。売場面積約27,000平米。6社競合(そごう・伊勢丹・西武・東急・三越・丸井)の末、ヤング層へのアピールの観点から丸井がコンペを制した。出店していれば川崎市内最大の百貨店になる予定だった。川崎市高津区。
    ※現 マルイファミリー溝口店
                

    八千代そごう
    (千葉)

    東葉高速鉄道開通に伴い、沿線に出店を計画。千葉県八千代市。
                

    成田そごう
    (千葉)

    京成電鉄公津の杜駅前・ユアエルム成田のキーテナントとしての出店計画。千葉県成田市。
                

    ジェイアール幕張そごう
    (千葉)

    東日本旅客鉄道(JR東日本)との共同計画。千葉県・幕張新都心、JR京葉線海浜幕張駅前への出店。地主の千葉県企業庁から約5,300平米を購入。当初計画1996年春開店予定。約46,000平米。地下1階食品/1階〜7階衣料品・インテリア・貴金属等/8階ショールーム/9階レストラン・幕張そごう美術館。建設費330億円。1992年3月出店断念。千葉市花見川区。
                

    土浦そごう
    (茨城)

    JR土浦駅西口再開発ビルへの出店計画。1984年春、核テナントとして進出合意。1985年末、資金繰りの悪化を理由に出店辞退。茨城県土浦市。
                

    りんくうタウンそごう
    (大阪)

    関西国際空港の対岸部の埋め立て地に大阪府が造成した「りんくうタウン」の商業業務ゾーン(A地区・27ha)に出店。大丸・高島屋・近鉄と競合。1989年出店構想発表。1990年競合していた三菱・近鉄グループと共同分譲を締結。1992年11月出店断念。大阪府泉佐野市。
                

    湊町そごう
    (大阪)

    大阪ミナミ・JR湊町駅前再開発。新しくできる駅ビルの商業ゾーンへの出店計画。1992年6月出店凍結。大阪市浪速区。
                

    梅田そごう
    (大阪)

    大阪ターミナルビル(アクティ大阪)への出店計画。各社コンペの中、そごうも有力候補にあがっていたが、大和ランド事件が起き、決定的なマイナスを負って脱落した。大阪市北区。
    ※現 大丸梅田店
                

    新大阪そごう
    (大阪)

    国鉄八王子駅出店計画と同時期に表明した国鉄新大阪駅ビルへの出店計画。大阪市淀川区。
                

    そごう神戸店新店
    (神戸)

    国鉄三宮ターミナルビルへの出店計画。1979年出店断念。神戸市葺合区。
                

    赤穂そごう
    (兵庫)

    JR播州赤穂駅前・加里屋地区への出店計画。1993年出店断念。兵庫県赤穂市。
                

    三田そごう
    (兵庫)

    当時人口増加率全国トップの三田市への出店計画。「そごう神戸店三田出張所」を開設し、顧客の開拓をすすめていた。兵庫県三田市。
                

    高岡そごう
    (富山)

    JR高岡駅西街区再開発への出店計画。商業施設「ミズの街」跡地。約17,000平米。1991年9月出店検討。同年出店断念。富山県高岡市。
                

    富山そごう
    (富山)

    富山市中央通り商店街再開発計画への出店計画。富山県富山市。
                

    伏見町そごう
    (広島)

    福山駅前の伏見町市街地再開発への出店計画。福山そごう2号店。1990年競合他社(天満屋・西武・近鉄)を退け、コンペを制した。福山そごう出店が決定してわずか半年後のことだった。地権者が200人以上存在していた。広島県福山市。
                

    防府そごう
    (山口)

    広島そごうによる出店計画。地元会議所がデベロッパー役の防府商業近代化株式会社を設立し、防府市も全面協力するという恵まれた計画だった。約20,000平米。従業員330名。初年度売上目標百数十億円。当初計画1984年開店予定。出店断念。山口県防府市。
                

    宇部そごう
    (山口)

    広島そごうによる宇部市役所一帯の再開発事業への出店計画。新天町一丁目西地区市街地再開発。そごうを核店舗にした地下1階・地上8階のショッピングセンターと地下1階・地上14階のオフィスタワーを建設。約30,000平米。1988年出店表明。当初計画1993年開店予定。1994年5月出店断念。山口県宇部市。
                

    今治そごう
    (愛媛)

    「今治高島屋」の経営譲渡による出店計画。1985年、規模・立地等を含め、合意に達せず高島屋との交渉を打ち切った。愛媛県今治市。
                

    福岡そごう
    (福岡)

    西鉄福岡駅再開発ビルC地区再開発計画。38,000平米。西鉄福岡駅再開発計画は1986年1月に発表され、駅ホームを南に80メートル移動し、その上に2棟の再開発ビルを建てるのが柱。そごう・三越・岩田屋・井筒屋の4社が、西鉄に出店を申し入れた。そごうは丁度「小倉そごう」を開店する時期で、近くに本店がある井筒屋(西鉄関係会社)と激しい商戦を繰り広げることが必至の情勢であったため、そごうの福岡出店を認めるのは難しく、防戦に回る井筒屋にも西鉄福岡駅再開発ビルに単独出店する余力がないことなどから三越がキーテナントに決定したといわれる。福岡市中央区。
    ※現 福岡三越
                

    大分そごう
    (大分)

    大分市への出店計画。大分東洋ホテル地下1階に「小倉そごう大分ショップ」を開設し、市場調査および顧客の開拓をすすめていた。地場百貨店「トキハ」の動向を常にチェックしており、当時の「トキハ」社長が在任中は出店しないことになっていたと言う。大分県大分市。
                

    長崎そごう
    (長崎)

    1993年長崎県と国が造成していた長崎港臨港部の元船地区埋め立て地への出店計画。地元浜市商店街から激しい反対運動が起った。1994年出店断念。長崎県長崎市。
                

    ジェイアール鹿児島そごう
    (鹿児島)

    JR西鹿児島駅ビルへの出店計画。37,000平米。そごう、西武百貨店、山形屋が出店表明。最終的に地場百貨店、山形屋に決定した。しかし、その後、出店を白紙撤回し、運営会社「ジェイアール九州山形屋」を清算した。鹿児島県鹿児島市。
                

    札幌そごう新館
    (札幌)

    JR札幌駅南口再開発への出店計画。札幌市北区。
                

    仙台そごう
    (仙台)

    JR仙台駅出店計画。仙台市青葉区。
                

    Sydneysogo

    シドニーそごう
    (オーストラリア)

    熊谷組が現地ボンド・コーポレーションから買収したシドニーの中心部パークプラザへの出店計画。1988年海外事業専門会社「そごうインターナショナルデベロップメント」100%出資の現地会社「バローハム」設立。1989年用地取得約8,000平米(熊谷組50%出資)。約35,000平米。1998年11月出店断念。損失277億円。シドニージョージストリート。
                

    イスタンブールそごう
    (トルコ)

    イスタンブール新市街の中心地タクシム広場周辺に高層百貨店およびホテル等を計画。1990年トルコ現地法人アタキンダイ社にそごうホンコンから1,500万米ドルを出資。1991年出店発表。調査費等損失約68億円。
                

    ドイツそごう1号店
    (ドイツ)

    欧州戦略として、トルコ出店計画のあと、日系大型百貨店未開拓の地、ドイツ出店を計画していた。正式店名不明。
                

    タイそごう3号店
    (タイ)

    アマリンそごう・エラワンそごうに続く3店舗目の計画。正式店名不明。

おすすめ本